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13話

 寒い。


 それが最初に現れた感覚だった。


 痛みでもなく、不快でもない。

 ただ”冷たい”という事実だけが、

 遅れて身体に追いつく。


 次に。

 輪郭。


 腕がある。

 足がある。

 そう理解するより先に、

 それらが“そこにある”ことだけが、

 ぼやけて分かる。


 目を開いているのかどうかは分からなかった。

 ただ、暗さだけが続いている。


 ……違う。


 暗いのではない。

 まだ“見えていない”だけだ。


 喉の奥に、何かが残っている。


 それは異物というより、

 ずっとそこにあったもののような感覚だった。


 息をするたびに、それが少しだけ揺れる。


 身体の奥で、静かに“何かが溜まっている”。


 熱でも血でもない。

 もっと薄いものだ。


 身体にひっかかり、

 わずかに滲み出ている。


 そう気づいたとき、

 初めて”出ていっている”という感覚になった。


 どこへ、とは思わない。


 ただ、減っている。


 それだけが分かる。


 ——


 遠くで音がした。


 意味はない。


 それでも、その揺れだけは分かる。


 繰り返し、同じ方向から。


 だけど、

 喉の奥の“残っているもの”が変わらずそこにある。


 ただ、音が続いている。

 何かはわからない。


 相変わらず”何か”はわずかに、

 だけど確実に流れ出している。

 “抜け落ちている”という方が近かった。


 胸の奥に引っかかっていたものが、

 一枚ずつ剥がれていくような感覚。


 思考はまだ形にならない。


 ただ、ひとつだけ確かなことがあった。


 何かが、外へ出ていっている。


 ——


 目の前に、輪郭が生まれる。


 人の形。


 近いのか遠いのかも分からない。


 ただ、その存在だけが浮かび上がる。


 声が聞こえた。


 意味にはならない。

 

 身体の奥の“残り”がまた一つ流れる。


 吐く、というより。


 抜ける。


 落ちる。


 戻らないまま、どこかへ行く。


 それを繰り返している。


 ——


 ふと、理解ではない何かが差し込む。


 これは戻っているのではない。


 “消えている”。


 最初からあったものではなく、

 ずっとここに溜まっていたものが、

 ようやく外へ出ていっているだけだ。


 喉の奥が軽くなる。


 視界の揺れが少しずつ収まる。


 その代わりに、

 空白だけが残っていく。


 ——


 また声がした。


 今度は少しだけ近い。


 意味は分からない。


 けれど、その音に触れた瞬間、

 最後に残っていた“何か”がほどけた。


 ほどけて、流れた。


 終わった、とも違う。


 ただ、


 なくなった。


 ——


 身体が、ようやく”そこにある”と確定する。


 指が動く。


 遅れて、目の前の世界が形になる。


 人がいる。


 それが誰かは、まだ分からない。


 それでも、もう一つだけ分かる。


 さっきまで自分の中にあったものは、

 もうない。


 残っているのは、

 空気と、重さと、わずかな疲労だけだった。

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