12話
結局のところ、”あの花”は月華草ではないらしい。
じゃあ、あれが何なのかというと、
セレナちゃんに聞いても、
名前は分からないそうだ。
「あれは……あの花が出す香りは、
人の一番強い思いを、
強制的に表に引きずりだす……と、
考えているんです」
私はあのとき、花を求めていた。
あのときの体験の意味が、朧げに染み込んでいく。
それ以上のことは、彼女にも分からない。
いつ、なぜ、なんのために
”あの場所”があるのかも、知らない。
「私……たぶん、私の家系は、
あそこを維持する、
それだけの使命感をあの香りによって、
受け継がされてきただけなんだと思います」
彼女はそこで、
——あの場所で、私たちに起きたことについて、
自分の知る限りを、静かに語ってくれた。
「じゃあ、なんで、ライルはまだ……」
セレナちゃんたちが住んでいた小屋、
そこにあるベッドに横たわる”彼”を見つめる。
息はある、鼓動も聴こえる。
無理やりだが、水も与えれば飲む。
だけど反応がない。
ただ彼の中身が”ない”、
そう言い表わすしかなかった。
セレナちゃんは目を閉じ、唇を噛み締める。
俯きながら、慎重に言葉を選び出した。
「あのとき、
あそこで何があったかは、わからないです」
分からない。
セレナちゃんもまた、あの香りに再び囚われ、
返事のないお父さんだったものに、
何かを語り続けていたらしい。
沈黙に支配された部屋をこじ開けるように、
セレナちゃんは再び口を開く。
「私がお二人を……利用しようと考えたとき、
身体に染み付いていた、
あの香りがなかったんです」
香り。
身体に溶け込んできた、
あの感覚を思い出し、身震いがする。
「あのとき初めて、自分の意思を、
あの庭園から父に向けることが出来たのだと、
思います」
「……香りがなくなれば、元に戻るの?」
断言はできない。
あまりにも不確かな情報だ。
ただ、
私とセレナちゃんの”今”が説明できた気がした。
か細い光に縋りつきたくなる。
「なら!
ライルも時間が経てば、目が覚めるよね!」
打った言葉がすぐに返ってこない。
絞り出すように言葉が返ってくる。
「私が気づいた時、
あそこには花はありませんでした。
でもライルさんの口に、
花びらと根が見えたんです」
セレナちゃんは息を深く吐き、また吸う。
「たぶん……
ライルさんは花を食べたんだと思います。
食べて、花の香りがなくなった。
……だから私たちは助かったんです」
……食べる?
理解が追いつかない。
「なんでそんなこと!」
言葉がない。
「た、食べるとどうなるの!?」
沈黙が返ってくる。
もはやそれが答えのように思えた。
身体に力が入らない。
どうしてこうなってしまった。
私が依頼を紹介したから?
セレナちゃんを疑わなかったから?
月華草なんて欲しがったから?
そもそも、彼に、あのとき声をかけたから?
私の中で、
戻れたかも知れない瞬間が積み重なっていく。
——彼の肩に手をかけた記憶が鮮明に浮かぶ。
「ごめんなさい、
ごめんなさい」
私は何も出来なかった。
選ぶことすら出来なかった。
私は泣くことしか出来なかった。




