梅雨明け
雨は、少しずつ弱くなっていた。止むわけでもなく、強く降るわけでもない。その雨はまるで夜の空気そのものに溶け込みながら静かに落ち続けていた。梅雨明けはもうすぐだと、誰かが言っていた。その「もうすぐ」やけに遠く感じていた。
颯斗と私は、町の高台へ向かう木々に囲まれた階段を歩いていた。歩き始めた時には触れてさえいなかったはずなのに、いつの間にか二人の手は重なっていた。私はその温度を手放したくなかった。
階段を登りきったところに、小さな公園があった。遊具は長い年月を物語るように錆びつき、誰も乗っていないブランコだけが風に押されて小さく揺れていた。二人はそのブランコに並んで腰を下ろし、しばらく何も言わずに眼下に見える海を 町を眺めていた。
颯斗は空を見上げる。
「なあ海俐」
「ん」
「俺さ」
そこで一度、言葉が止まる。風が二人の間に流れ込んだ。
「俺さ、お前と一緒に歳とるの、当たり前だと思ってたんだよな」
「大学に行って、就職して、たまに帰省した時に会ってさ」
「なんか、そういうの全部一緒にするもんだと思ってた」
ゆっくりと視線を落とす。目に映る颯斗の姿だけが現実だった。
颯斗は続ける。
「ただ、気付いたら隣にいるやつだったから」
「そういう当たり前が、ずっと先まで続くもんだとと思ってた」
風が止む。
「でもさ」
「俺だけ、あの日から先に進めなかったんだよな」
その言葉は、軽く言ったようでいて、やけに重かった。
顔を上げられない。何かを言おうとして、やめる。口から出かけたどの言葉も違う気がした。
しばらく沈黙が続いたあと、颯斗が立ち上がる。
「行くか」
「どこに」
「海」
それだけ言って、手を引かれる。抵抗しない。ただ引かれるままに歩く。夜道は静かだった。住宅街を抜けるにつれて潮の匂いが濃くなり、胸の奥に沈んでいた記憶まで引き上げられる気がした。海岸沿いの遊歩道には、波の音だけがあった。波の音だけが、規則正しく耳に届く。颯斗は足を止めた。
「ここ、よく来たな」
私は小さく呟く。
「来たな」
この時間だけが続いて欲しいと願った時、颯斗がポツポツと話し始める。
「なあ、海俐、俺さ」
「お前と一緒に歳とりたかった」
その言葉にはただ寂しさを吐き出す言葉だったよ飾りもない。冗談もない。ただ、それだけだった。ゆっくり私と目を合わせる颯斗を見て気づいた。颯斗の未練は、何か特別な出来事ではなかった。ただ、当たり前の未来だった。
夜が深くなる。雨は完全に止んでいた。海の向こうが、ほんの少しだけ白くなり始めている。颯斗はそれを見ていた。私も見ていた。言葉はない。ただ、時間だけが進んでいく。その沈黙の中で、二人は初めて同じ終わりを見つめていた。終わりに向かう夜を。
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