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これが私の本当の自分じゃない  作者: ミナミラスト


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第11章:被害者ぶるという崇高な芸術(と目の保養)

鮭の最後の一口が、しょっぱさと甘さが絶妙に混ざり合った味わいとともに口の中でとろけた。私は慎重に弁当箱の蓋を閉め、まだほんのりと温かい漆塗りの木肌を指でなぞった。


ミサキが最初に立ち上がった。彼女のりんごは、今や指の間に挟まれた小さな芯だけになっていた。


「最後まで一緒にいられなくてごめんなさい」彼女はうつむき加減で言った。「でも、もう行かなくちゃ。水泳部が待っているから」


「気にしないで」私は弁当箱をリュックにしまいながら答えた。「誰かと一緒に食べる方が美味しいからね。でしょ、デイジー?」


デイジーはピンクの髪を揺らしながら、勢いよく頷いた。


「もちろん。よかったら、いつでも一緒に食べましょうよ」


私は微笑んだ。


ミサキは顔を上げる。その黄金色の瞳がパチと瞬き、まるで思いがけない提案に驚いているようだった。


「……よろしいのですか?」


私とデイジーは顔を見合わせた。無言の共犯関係のようなものが私たちの間に流れる。


「ねえ?」と私。


「もちろん」とデイジーが答えた。


私はテーブルの上で指を絡め、ニヤリと笑った。「食事中に目の保養ができるのは、いつでも大歓迎だからね〜」


ミサキは固まった。


「えっ……シエナ様、今本当にそう言いました?」


「嘘じゃないでしょ?」


「ふ……」柔らかく、透き通るような笑い声が彼女の唇から漏れた。「分かりました。それなら、もっと頻繁にご一緒させてもらいますね」


彼女は微笑んだ。


しかしなぜか、彼女の目はその笑顔よりも強く輝いていた。まるでその静けさの裏に、彼女自身もどう表現していいか分からない、あるいは表現したくない感情の海が広がっているように。


(ミサキ……その視線の裏で、何を隠してるんだ?)


私たちは食堂を出た。大半の生徒がまだ昼食を終えていないため、廊下はさっきよりも静かだった。私たちの足音が大理石に響く。カツッ……カツッ……ズルッ、カツッ(私の足は少し引きずっている)。


「シエナ」デイジーが私の歩調に合わせながら言った。「今日、体育できると思う?」


「歩かなくていいスポーツなら……できるかもね〜」


「それが体育だとは到底思えないんだけど……」


「ふ。そうじゃないやつもいくつか知ってるよ」


デイジーは明らかにあどけない様子で、困惑して私を見た。


「えっと……そんなの本当に存在するの?」


「さあね〜」


突然、私は立ち止まった。何かが稲妻のように私の脳天を突き抜けた。


「デイジー!」


私は彼女を振り向かせ、両肩をがっちりと掴んだ。


「えっ!? な、なにをそんなに知りたいの?」


「体育があるってことは……更衣室もあるってことだよね!」


「えと……もちろんあるよ。当然でしょ」


「つまり、生徒用と教師用があるってことだよね?」


デイジーは困惑して首を傾げた。


「うん……違うよ。女子生徒用と、男子用と、女性教師用があるの」


「完璧だ!!」


(これで、あの馬鹿げたミッションをクリアして、残りの6日間を気にせずに済む!)


「シエナ……」


デイジーは目を丸くして私を見ていた。私たちの周りでは、何人かの女子が立ち止まってこちらを窺っている。


「お……落ち着いて。とりあえず歩き続けよう、ね?」


私は瞬きをした。辺りを見回す。5、6人の女子が、好奇心から当惑まで様々な表情で私たちを見つめていた。


「あ……そうだね。ごめん、デイジー。興奮しちゃって」


彼女は首を振ったが、その唇にはおかしそうな笑みが浮かんでていた。


「気にしないで、シエナ。あなたはいつもこうだから。行こっ」


(神よ、デイジーに祝福を。私の変なところをジャッジせずに受け入れてくれる、この世界でただ一人の存在だ)


私たちは2-Bの教室に入った。室内は予想以上に空いていて、大半の生徒はまだ昼食から戻ってきていなかった。デイジーに手伝ってもらいながら席に座り、彼女が自分の席に戻ろうとした時、ある声が私たちを呼び止めた。


「おい、お姫様たち。ちょっと手伝ってくれない?」


私たちは同時に振り返った。


壁に寄りかかり、腕を組み、ドレスコードを完全に無視した姿勢で立っていたのは、赤みがかったストレートヘアの女子だった。ジャケットは肩にだらしなく掛かっており、スカートは暗闇の中で穿いたかのように曲がっている。……


私は両隣を見た。デイジーも同じようにした。


近くには誰もいない。


「たくっ……」その子は呆れてため息をついた。「あんたたち二人に言ってんだよ」


「あら……」私は無邪気な表情を取り繕って言った。「私たちに何かご用?」


「ちょっと手伝ってほしいことがあるんだ」


私とデイジーは顔を見合わせた。以心伝心の火花が私たちの間に散る。無言のまま、デイジーは一番近くの机に座り、カバンをあさって小さな白いフェルトの口髭を取り出し、この世の誰よりも厳粛な態度でそれを自分の鼻の下に当てた。


「私たちの深遠なる知識の助けが必要かしら?」彼女は巫女のように手を合わせて尋ねた。


私も調子を合わせた。彼女の向かいに座り、両手を机の上に置いて、重々しくミステリアスな口調を作った。


「この世界の禁じられた秘密を知りたいと申すか?」


はぁ。


赤毛の女の子は、呆れと面白さが混ざったような目で私たちを見た。


「あんたたち、ホント馬鹿ね……」


パチン!


私とデイジーは息を合わせてハイタッチした。


「そしてそれを誇りに思ってる!」私たちは声を揃えて叫んだ。


短い笑い声が女の子の唇から漏れた。彼女は首を振ったが、その目はもう先ほどのように険しくなかった。


「とにかく……今朝話してたことについて、ちょっと手伝ってもらえないかと思って」


「今朝?」私は眉をひそめて尋ねた。


デイジーが軽く肘で私をつついた。


「シエナ、たぶんビデオゲームのことだと思うよ」


「あ……どうかな、私、ゲーム機なんて持ってないと思うけど」


「何言ってるの? あなたの家でいつもいっぱい遊んでるじゃない」


(クソッ! ゲームでストレス発散できたのにしてなかった! 一体何時間無駄にしたんだ!?)


「あー……そうだっけ。忘れてたよ」私は引きつった笑顔で首の後ろを掻きながら言った。


女の子は隣の机から椅子を掴み、ギーッと音を立てて引きずりながら私たちの前に座った。彼女の緑色の瞳は、熱病のような激しさを帯びていた。


「そう。でも『そっちのジャンル』のゲームじゃないんだ」


うーん……。


「そっちのジャンル?」デイジーは首を傾げた。「あ、レトロゲームのこと? 私、たくさん持ってるよ? ふっ」


彼女は胸の前で手を合わせ、興奮した様子を見せた。


(うわぁ、デイジーって自分のゲームの話をする時、本当に嬉しそうだな)


赤毛の女の子は顔を赤らめた。赤みが首から耳へと這い上がる。


「違う……そういうのじゃない」彼女は小声で呟いた。「私が言ってるのは……その……分かるでしょ……触れ合えるやつ……」


彼女はうつむいた。指先が曲がったスカートの裾をそわそわといじっている。


私はしばらく黙って彼女を観察した。丸まった背中、赤面、そして目元に浮かぶ隠しきれない必死さ……。


(この子、ガチで切羽詰まってるな)


「どうやら聖杯を求めてるみたいだね?」


彼女は顔を上げずに頷いた。


「聖杯?」デイジーは私たちを交互に見た。「何それ、シエナ?」


「秘密のカテゴリーだよ」


「秘密!? なんで私に教えてくれなかったの!?」


私は彼女を見た。


そして、ゆっくりと正面に視線を戻す。


「無視しないでよ……」デイジーが私の肩を揺さぶる。「ねえ!」


「とにかく、親愛なる……」


デイジーが身を乗り出し、私の耳元で囁いた。


「アリシャ……」


「そう。親愛なるアリシャ」


女の子――アリシャ――は眉間にしわを寄せて私を見た。


「あんた、マジで私の名前知らなかっ――」


「それはさておき」私は笑顔で話を遮った。「君の頼みは聞いてあげられるよ。でも……」


「でも?」アリシャは身を乗り出し、目をギラギラと輝かせた。「いくらかかるの? 値段を教えて!」


彼女は私のシャツを掴み、自分の方へ引き寄せた。彼女の顔が私の顔から数センチのところまで近づく。


「あは……落ち着いて、アリシャ」


私たちの周りでは、昼食に出かけなかった数人の女子たちが、あからさまな好奇心でこちらを観察していた。


「よし、聞いて」私は声を潜めて言った。「手伝ってあげる。でもその代わり、私に5つ貸しを作ること」


「5つの貸し?」アリシャは掴んでいた手を緩めた。「5000とかじゃないの……?」


私とデイジーは彼女をじっと見つめた。


「そんなにあって何に使うの?」デイジーが本気で不思議そうに尋ねる。


「あ、そっか。ごめん……」アリシャは恥ずかしそうに頬を掻いた。「どんな貸し?」


「分からない。これから考えるよ」


「違法なことじゃないよね?」彼女は不信感で目を細めた。


ふ……あは……。


私とデイジーは小さく笑い声を上げた。


「私たちがそんなことできると思う?」私が尋ねる。


アリシャはデイジーを見た。


「少なくともデイジーはね……」


「ちょっと! なんで私を疑うのさ!」私は抗議した。「彼女を見てよ! まるで聖女でしょ!」


そして前触れもなく、私は彼女の頬をつねった。


私の指の下で、彼女の柔らかい頬がむにゅっと縮む。


「し、しぇな……」彼女は歪んだ声で呟いた。「おちゅいて……」


ヒソヒソ。何人かの女子は、もはや隠す気もなく私たちを見ていた。


「あ、そうだった、ごめん……」私がデイジーを離すと、彼女は小さな白い口髭を整え直した。


「とにかく、アリシャ。放課後私と一緒に来て。その時に話そう」


「分かった。絶対行く」


パンッ!


私たちの手は力強い握手を交わした。


「で……それは一体何のこと?」デイジーが首を傾げて尋ねる。


「後で話すね」


「わーい!」


(よし。一つ問題解決。あとは……それ以外の全部の問題が残ってるだけだ)


時計が14時30分を打った。合成音のチャイムが鳴り響く。キーンコーン、カーンコーン。体育の時間だ。


私たちは1階の体育館に集まった。ピカピカに磨かれた寄せ木張りの床と、陸上競技場を見下ろす大きな窓がある広大な空間だ。古い汗と消毒液の匂いが空中に漂っていた。


しかし、教師の姿はなかった。


「先生、まだ来てないみたい……」前のほうで誰かの声が呟いた。


そして、腐肉をあさるハゲタカのように、マデリーンが一歩前に出た。


「それなら……私が指揮を執るわ!」


(クソッ。鼻水女とその取り巻きが権力を握りやがった)


ヒルダとエリーが、無言のボディガードのようにマデリーンの両脇を固めている。ヒルダの顎の傷が体育館の照明の下で光った。エリーは丸眼鏡を押し上げながら、何も良いことを予感させない笑みを浮かべていた。


「準備体操をするわよ」マデリーンが、いかにもクラス委員長といった声で宣言した。「だから全員、シャワー室へ向かいなさい」


そばかすのあるショートヘアの女子が手を挙げた。(あれはリズだ。歴史の授業で質問してた子)


「どうしてシャワー室なの? 更衣室に行くべきじゃない?」


マデリーンは微笑んだ。いかにも練習された笑顔だ。


「先生によると、今更衣室は点検中で誰も入れないそうなの。だからシャワー室で着替えてから、プールへ行くわよ」


(面白いな……こんな時間に点検? それとも私たちを管理しておくためのマデリーンの嘘か?)


……それにしても、シャワー室? ああ、そうか。私たちは全員女子だ。何の問題もない。


「よし、シエナ」デイジーが私の腕を取りながら言った。「行こっ」


(友達がいるって最高だな。前世の悪友どもなら、助ける前に散々馬鹿にしてきたはずだ)


私たちは1階のシャワー室へ向かって歩いた。廊下は塩素と湯気の匂いがした。白いタイルの壁越しに、水が流れる音がくぐもって聞こえてくる。


シャワー室はアクアマリン色のタイルが敷き詰められた広い部屋だった。朝霧のように湯気が宙を舞っている。天井のスプリンクラーから水が滝のように降り注ぎ、催眠術のようなリズムを生み出していた。シャー……シャー……シャー……。


「せっかくここに来たんだし……」私は入り口付近の木製ベンチに座りながら呟いた。「偵察でもするかな」


「偵察?」デイジーが奇妙なものを見る目で私を見た。


「えっと、デイジー……今更だけど、恋愛シミュレーションゲームの年齢制限っていくつ? 先生が言ってたやつ」


「あいうゲームは……」デイジーは顎に指を当てた。「たしか36歳だったと思う」


「36歳!?」


(マジか! アリシャが必死になるわけだ。恋愛ゲームに触れるのに36歳まで待たなきゃならないなんて……国家による虐待だろ)


「じゃあ……ビールを飲むのは?」


「ビール? 15歳からでしょ?」


(どんな社会だよ!? 15歳で酒は飲めるのに、36歳まで恋愛シミュレーションゲームはできないって。この世界の優先順位、完全に狂ってるぞ)


「まあいいや」私は足首に変な体重をかけないよう、慎重に立ち上がりながら言った。「それじゃ、偵察に行ってくるね〜」


「頑張ってね、シエナ」すでにタオルを体に巻いたデイジーが手を振って見送った。


私はシャワー室の奥へと歩き出した。一歩進むごとに湯気が濃くなる。水の音が体を包み込むように響いた。シャー、シャー、シャー。


そして、見てしまった。


降り注ぐ水を。


赤毛の女子――アリシャではない、もっと髪の短い子だ――が私の前を通り過ぎた。水が彼女の肩から鎖骨へ、そして温かい滝の下でむき出しにそびえ立つ、張りを持った二つの山へと滑り落ちる。湯気が半透明のベールのように彼女を包み込んでいた。一歩くごとに、川を遡る鮭のように腰が揺れる。


84-72-68。


私の目は自動的にピントを合わせた。(クソッ、男の性ってやつか。別の人生になっても消えやしない)


しかしその時、一番奥のタイル壁を背にして立つ彼女が目に入った。


身長は少なくとも172センチはある女子。水が彼女の乳白色の髪を伝い、引き締まった背中に幾筋もの川を作っている。彼女の手はゆっくりとした、催眠術のような動きで頭皮を滑っていた。湯気がオーラのように彼女の周りで踊っている。


私はポカンと口を開けた。


「ねえ、シエナ……なんでよだれ垂らしてるの?」


ジュルッ!


私は手の甲で急いで口の端を拭った。


「ここが天国か――」


「あんたはもう出て行く時間よ」


その声は冷や水を浴びせられたような衝撃だった。


マデリーンが目の前に立っていた。エメラルドグリーンの髪から水滴が滴り、鋭い顔立ちに張り付いている。黄色がかった瞳が私を射抜いていた。彼女は白いタオルを体に巻いているだけだったが、その佇まいは侵入者を見下ろす女王そのものだった。


「え?」デイジーが自分のタオルに包まりながら近づいてきた。「出て行く? 何言ってるの、マデリーン? どうしてシエナが出て行かなきゃいけないの?」


「理由は二つ」マデリーンは指を二本立てて答えた。「まず一つ、そんな足じゃ何もできないでしょ。そして二つ目……彼女、目つきが変よ」


(私、そんな顔してた? そんなにバレバレだったか?)


「目つきが変って――」


バッ!


デイジーが両手を広げ、人間の盾のように私の前に立ちはだかった。


「だから何? それがシエナなの。エサを見た犬みたいな目つきかもしれないけど、それはプラスポイントだよ。何も変なことなんてない!」


(……今、私のこと犬って言った?)


マデリーンは呆れてため息をついた。


「はい。どうでもいいわ。とにかくここから出て行きなさい、シエナ」


「出て行く必要なんて――」デイジーが言いかけた。


私は彼女の肩に触れた。


「いいんだ、デイジー。この方がいい。鼻水女と揉め事は起こしたくないし」


沈黙。


水は流れ続けている。シャー、シャー。しかし、シャワー室の私たちのいる一角だけ、空気が固体に変わったようだった。


マデリーンがゆっくりと振り返った。彼女の目はもう黄色がかってはいなかった。黄金色だった。そして、燃え盛っていた。


「今、なんて言ったの?」


彼女の手が私の肩に向かって上がる。その指は爪のように伸びていた。


(私のこれまでの人生は、すべてこの瞬間のためにあった)


彼女の指が私の肩に触れた瞬間、私の体は勝手に動いた。前でもない。後ろでもない。横へ、だがその勢いに身を任せて。


怪我をしていない方の足が濡れたタイルでわずかに滑る。マデリーンの手が私を突き飛ばしたように見える完璧な角度で、体をひねる。


そして、私は倒れた。


ドスン!


仰向けに。濡れたタイルに衝撃音が響き渡る。


ヒソヒソ。


「ねえ、また委員長がシエナをいじめてるの?」


「うん、あれはやりすぎ。可哀想。あんなに憎んでたなんて知らなかった」


「可哀想なシエナ……」


(計画通り)


私は口元に手を当てた。目に涙が浮かぶ――指示通りに動いてくれた涙腺に感謝だ――そして、私の声は震え、途切れ途切れに出た。


「私を嫌っているのは分かります……でも、そこまでする必要ないじゃないですか。私には他の人と同じ権利もないんですか? 友達の授業に付き添うことすらダメなんですか?」


水を打ったような静寂。


シャワー室にいるすべての女子が私たちを見ていた。タオルを半分巻いた子もいる。全裸のまま、体に水を滴らせながら、床に倒れて無防備な私と、手を伸ばしたまま立ち尽くすマデリーンを交互に見ている子もいた。


マデリーンの顔から血の気が引いた。


「違う……勘違いよ。そういうわけじゃ……」


私は嗚咽を堪えるふりをして、口元を押さえた。


「みんな、心配しないで……私、出て行くから。お願い、気にしないで……」


タイルの壁に寄りかかりながら、ゆっくりと立ち上がる。一つ一つの動作に偽りの苦痛を滲ませた。足首は本当に痛かったが、ちょうどいい塩梅に誇張して見せた。


ズルッ、ズルッ、ズルッ。


すべての視線が出口へ向かう私を追った。すべての視線が、そして今度は振り子のように、再びマデリーンへと向けられた。


私は背後でドアを閉めた。


カチャッ。


そして、誰もいない廊下の静寂の中で、私は一人呟いた。


「男の視界を遮ってはいけない……」


(……もう、男じゃなくなったとしてもね)


廊下には誰もいなかった。私の足音が大理石に響く。カツッ……カツッ……カツッ……(足は引きずっているが、安定している)。足にあまり負担をかけないよう、壁沿いを歩いた。


「とにかく……教室に戻るか」私は呟いた。


しかし、廊下の突き当たり、2階へ上がる階段の前に差し掛かった時、私の目が何かを捉えた。別の廊下。体育館へ続く方向だ。


(デイジーの話だと、教師用の更衣室はここにあるはずだよな? 生徒用とは反対の方向の……)


私は立ち止まった。目の前に広がる廊下は、他の場所よりも窓が少なく、薄暗かった。


(せっかくここまで来たんだし……ミッションをクリアできるか見に行ってみるか)


私はそちらへ向かって歩き出した。足音を忍ばせ、床を這うように慎重に進む。空気は古い木材の匂いがし、誰も訪れない場所にしか存在しない、特有の静けさが漂っていた。


教師用更衣室のドアは暗い色合いの木材で、生徒用よりも小さかった。金色のプレートには『教職員用』と書かれている。


(まあ、誰かがいるなんて期待してな――)


パチッ。


私はピタリと足を止めた。


パチッ……パチッ……パチッ……。


拍手だ。ゆっくりとした、一定のリズム。まるで誰かが、絶対的な冷静さをもって拍手をしているかのように。


「一体誰が拍手なんて――」


そして、私は目を丸くした。


「――してるんだ」


マジかよ。

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