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政略結婚から始まる公爵夫人  作者: 水瀬
第5章 再会と変化の予兆

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105.帝国の歓迎パーティー2

「…………」


 提案するセルゲイ様を見る。

 確かに先ほどは案内の途中であまり話ができなかったなと思う。ダンスの時間まで予定はなく、帝国人との挨拶も済んだから今ならゆっくりと話せるだろう。


「そうですね。先ほどはあまりお話しできなかったですし」

「よかった」


 頷くと朱色の瞳を和らげてほっとした顔を浮かべる。セルゲイ様とは久しぶりに会うけど、纏う雰囲気は学院時代と変わっていなくて懐かしくなる。

 

「セルゲイ様も参加していたのですね」

「帝国の夜会は情報収集が最もしやすい場所だからな。特に皇族主催の夜会は参加者も多いから便利なんだよ」


 参加していたことについて触れるとそう告げる。確かにセルゲイ様の言う通り、夜会は色んな噂や情報が入手しやすい環境だと思う。

 その中でも王族や皇族が主催する夜会は規模が大きく参加者も多いため、情報を得るには適した場所だと言える。

 

「それにしても、挨拶の嵐で忙しそうだったな」

「ご覧に? 初対面の人ばかりだったので緊張しました」

「俺も帝国に来た時は大変だったよ。貴族の数がウェステリアより遥かに多いから覚えるのが大変だったな」


 帝国に赴任してきた当初を思い出しているのか苦笑いしながらセルゲイ様が語る。その話しぶりから大変だったのが窺える。


「でもびっくりしました。帝国でセルゲイ様に会うなんて。後ろ姿だったのによく私だと気付きましたね」

「……まぁな」


 笑いながら話す。正面から会ったのなら気付いても不思議ではないけど、後ろ姿だったのによくわかったなと思う。瞳の色は珍しいけど、髪の色はどこにでもある色だから。

 

「……プラチナブロンドは帝国ではあまり見ない色だから。もしかしてって思ったんだ」

「そうなのですか? 帝国では珍しいのですね。知りませんでした」


 セルゲイ様の発言に自分の髪を一房摘まんで呟く。先ほどの挨拶でも瞳の方はきれいだと言われたけど、髪の色は特に言われなかったので気付かなかった。

 言われて会場内にいる人たちの髪色を見る。金髪の人もいるけど、黒髪に赤い髪と色んな髪の色の人がいるなと思う。


「セルゲイ様はいつから帝国に?」

「俺? ……十七になる年に来たからもうすぐで三年になるな」

「そんな前から? 外交官になって間もないのに帝国へ赴任されるなんてすごいですね」

「……別に。母親が帝国人っていうのも関係していると思うけどな。他の外交官より帝国の文化や歴史とか詳しかったし」


 微笑みながら称賛すると視線を逸らして呟く。仮にそうだとしても、二年目から帝国へ赴任されるのは異例に決まっている。それだけ、セルゲイ様が若手の中でも優秀で期待されているのが分かる。


「エインズワーズは――……って、今は違うんだったな」

「ふふ、そうですね。だから久しぶりに旧姓で呼ばれてびっくりしました」


 旧姓を口にして気まずそうな表情を浮かべるセルゲイ様を見て小さく笑う。今までは旧姓で私のこと呼んでいたけど、シルヴェスター様と結婚したのでこれからはそうはいかない。


「今までずっとエインズワーズでしたからね。セルゲイ様が呼びやすい呼び方でいいですよ」

「……考えておくよ」

「はい」


 間を空けて呟くセルゲイ様に微笑む。慣れないかもしれないから好きなように呼んでくれたらと思う。

 そんなこと考えながら宮廷楽団が演奏する曲に耳を傾ける。初めて聴く曲だけど音が大きくて迫力がある曲だと思う。


「──本当に驚いたよ、結婚しているなんて。いつ結婚したんだ?」

「一年半くらい前ですね。今年の夏で二年になります」

「……結構経つんだな。知らなかったよ」

「私もまさかこんな早く結婚するなんて思いませんでした」


 セルゲイ様の呟きに苦笑する。確かに結婚してから結構な時間が経ったなと思う。

 きっと、デビュタントをしたばかりの私が今の自分を見たら驚くだろう。結婚なんて、それこそまだまだ遠い未来のことだと思っていたから。


「でもなんでランドベル公爵家と? 公爵家と繋がりがあったのか?」

「繋がりなんて。政略結婚ですよ」

「……政略結婚かよ」


 政略結婚だと伝えた瞬間、セルゲイ様が苦虫を噛み潰したように眉間に皺を寄せる。……なぜだろう、今のやり取りで不快になる要素はないと思うのに。

 政略結婚なんて貴族の中ではよくある話だ。むしろ、自分たちのように恋愛結婚してほしいと私の気持ちを尊重して婚約者を作らなかった両親の方が珍しい方だと思う。


「セルゲイ様?」

「……伯爵夫妻は恋愛結婚を推奨していなかったか? だから婚約者も作っていなかったのに政略結婚させるなんて。恋愛結婚の真逆じゃないか」


 続けられたセルゲイ様の発言に瞬きを繰り返す。……これはもしかして、両親が私を公爵家に売ったように思っている?

 建国時から外交を司り、王家と関係が深いランドベル公爵家は国内で大きな力を有している。

 それ故、ランドベル公爵家と縁を持ちたいと思って縁談の申し込みをしていた家はとても多かった。……セルゲイ様が勘違いしても不思議ではない。


「確かに政略結婚ですが……私たちの結婚は王命なんです」

「……王命?」

「はい。政争が起きているのはご存じですよね?」

「それは……もちろん」


 政争について尋ねると片眉を上げながらセルゲイ様が頷く。それを確認しながら続きを話す。


「私たちの結婚は発言力を強める継戦派に対抗するために陛下が結んだ婚姻なんです。エインズワーズ家もランドベル家も国王派ですから。なので両親は関与していないんです」

「継戦派に対抗するため……」

「はい」


 声を小さくして結婚した背景について語る。

 セルゲイ様の実家であるラクティス伯爵家は一貫して中立派に属している。中立派のため派閥争いの影響を受けていないこと、当主である伯爵が遠くで外交官として頑張るセルゲイ様にいらぬ心配を与えまいと政争について詳しく話していない可能性は十分あり得る。


「だとしても、そんなの……」 


 眉間に皺を寄せたままセルゲイ様が呟く。

 両親は関係ないと伝えるも依然としてセルゲイ様の表情は晴れない。……久しぶりに会った元同級生が政争渦巻く世界にいることに複雑な気持ちになっているのだろう。私もセルゲイ様と同じ立場ならそう思ってしまう。

 どう声をかけていいのか分からず、お互いに無言になっていると演奏されている音楽の雰囲気が変わる。……これは、もしかして。


「セルゲイ様。これは……」

「……ダンスの時間だな」


 確認するとセルゲイ様が静かに答える。もしかしてと思ったけど、やっぱりダンスの時間のようだ。

 見ると談笑していた帝国貴族たちが音楽の変化に気付いてパートナーの元へと向かっている。シルヴェスター様はどこだろう。

 視線を動かしてシルヴェスター様の姿を探すと──夜空を溶かしたような、黒みがかった紺碧の髪を見つけてほっとする。


「アリシア、ダンスの時間だから行こう」

「シルヴェスター様。分かりました」


 近付いてくるシルヴェスター様に返事する。私たちもホールの中央へ行こう。

 そして、シルヴェスター様の元へ行こうと足を進めると――後ろから声をかけられる。


「──エインズワーズ。あとで俺と踊ってくれないか?」

「え?」


 呼び止められて振り向くと同時にセルゲイ様からダンスの申し込みをされて目を丸める。……私と?


「ダメか?」

「い、いいえ。……分かりました」

「うん」


 頷くと口許を和らげて柔らかい笑みを浮かべる。……急な申し込みに驚くけど、時間がない。今はシルヴェスター様のところへ行かないと。

 そう思いながらセルゲイ様に向けて一礼すると、早足でシルヴェスター様と合流してホールの中央へ向かう。

 そしてホールの中央へ到着すると間もなくダンスの演奏が流れる。どうにか間に合ってよかった。


「ラクティス伯爵家の外交官と一緒にいたんだな。知り合いか?」


 音楽に合わせて踊っているとシルヴェスター様が問いかける。なのでステップに気を付けながら答える。


「王立学院の同級生なんです。クラスは違ったのですが、お互い語学の講義をよく取っていて自然と話す関係になりまして」

「そうか」


 セルゲイ様との関係について簡潔に答える。

 出会った頃のセルゲイ様はきつい態度だったけど、徐々に態度が変化して気が付けば普通に話す関係になり、今思えばかなり変わったなと思う。


「外交官になりたかったのも知っているのか?」

「知っていますよ」


 続けて問いかけるシルヴェスター様に頷く。それと同時に、学院時代の記憶が脳裏に甦って懐かしくて笑う。 


「お互いに外交官を目指していたのでよく同じ講義を取っては成績を競い合っていましたね。懐かしいです」

「……そうなのか」

「はい。あとは学生の時、学院の図書室をよく利用していたのですがセルゲイ様もよく利用していて色んな本を勧めてくれて。いつも――」


 笑いながら学院時代の話をしていると握っている手を強く握られ、息を呑む。

 強く握られているけど痛みはない。だけど、突然の展開に困惑を隠せない。

 

「……シルヴェスター様? どうかしましたか?」


 難しい表情を浮かべるシルヴェスター様に尋ねる。話しながらでもステップは気を付けていたつもりだけど、何か間違いをしてしまったのだろうか。

 戸惑いながらシルヴェスター様を観察していると、こちらの様子に気付いたのか、青い瞳が私を捉える。


「──いいや、何もない。大丈夫だ」

「そうですか……?」

「ああ」


 大丈夫だと言われるも戸惑いは消えなくて狼狽えてしまう。……とりあえず、ダンスの方に集中しよう。

 そして演奏に合わせてステップを踏み、シルヴェスター様とのダンスを踊りきったのだった。

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