104.帝国主催の歓迎パーティー1
アンネローゼの身分を第二皇子妃→皇弟妃に変更しました。第二皇子妃と表記されていた箇所は修正しているのでよろしくお願いします。
準備を終え、歓迎パーティーが始まる時刻になり、シルヴェスター様と一緒に今宵の夜会の舞台である大広間へと歩いていく。
「帝国の外交官とは話すことできましたか?」
「ああ。会談は明日からだが知り合いの外交官たちと挨拶できてよかったな」
歩きながらシルヴェスター様に尋ねると頷きながら答える。
建国時から外交で国を支えてきたランドベル公爵家は国外に知り合いが多い。知り合いの外交官たちと話すことができたのなら何よりだ。
「結婚したことを知っているからか挨拶したいと言う外交官が多かったな。アリシア、会場で会ったら挨拶してくれないか?」
「もちろんです」
依頼に快く了承する。相手が結婚しているのなら夫人も隣にいるはずだから一緒に挨拶しようと思う。
そして話しながら長い回廊を進んでいくと、ようやく大広間へ到着する。
入場すると煌びやかに輝かせるシャンデリアに目を奪われる。母国の王宮の夜会も華やかだけど、帝国の夜会はまた違った華やかさがあると思う。
「少し遅かったでしょうか。参加者がとても多いですね」
「そうだな。まぁ、主催者が来る前ならいいだろう」
呟くとシルヴェスター様が答える。その声音から気にしていないのが分かる。
会場には既に多くの貴族がいて、賑やかに話しているのが窺える。
その中には先に入場した使節団の人たちの姿もあり、会場全体を観察していると、私たちが入場したのと異なる両扉が開かれる。
「皇族の入場だ」
小さく囁くシルヴェスター様を見て、再び両扉に目を向けると帝国を統べる皇帝を始めとした皇族たちが入場してくる。……一番前を歩く三十代半ばくらいの男性が皇帝陛下だろう。髪と瞳の色があらかじめ聞いていた情報と一致している。
入場し、ゆっくりと大広間を見渡すと皇帝陛下が声を上げる。
「──ウェステリア王国の使節団の皆様、遠いのによくアウレリア帝国へ来てくれました。帝国は貴殿たちの訪問を心より歓迎します」
ウェステリア語で歓迎の言葉を口にする。皇帝陛下の声がはっきりと聞こえるのは全員、口を閉じてその言葉に耳を傾けているからだろう。
皇帝陛下の労りの言葉に使節団の代表であるヘルマン外務大臣が歩き出して深々と一礼して挨拶する。
「皇帝陛下にご挨拶申し上げます。ウェステリア王国で侯爵位を賜り、外務大臣をしているバーナード・フォン・ヘルマンです。本日はこのような場を設けていただき感謝いたします」
「当然のことです。ウェステリア王国は長きにわたって支え合う隣人。むしろ、こちらの要望に応えて訪問時期を調整してくれて感謝します」
ヘルマン外務大臣が使節団の代表として挨拶して皇帝陛下も応じる。……歓迎パーティーに加え、好意的な言葉からウェステリア王国と今後も友好的な関係を維持しようとしているのが感じ取れる。広大な国土を有する帝国と今後も友好的な関係を築けるのならそれが望ましい。
挨拶を終えると皇帝陛下が開会宣言を行い、静寂になっていた大広間に人々の声が聞こえ始める。
そう思っていると二人の男女がこちらへ近付いてくる。……あの二人は。
私たちの元へ来て立ち止まると、男性の方が親しみを含んだ笑みを浮かべる。
「久しぶりだね、ランドベル公爵。会えて嬉しいよ」
「皇弟殿下に皇弟妃殿下。お久しぶりです」
流暢なウェステリア語で笑みを浮かべて話しかける男性にシルヴェスター様が返事しながら一礼する。
声をかけて来たのは皇弟殿下で、その隣には先ほど会ったアンネローゼ妃殿下が口許に弧を描いて佇んでいる。
「公爵になってから会うのは初めてだね。彼女がランドベル公爵夫人かい?」
「はい。妻のアリシアです」
「お初にお目にかかります。アリシア・フォン・ランドベルと申します」
挨拶しながら角度に気を遣いながらカーテシーする。相手は皇弟殿下。失礼な態度を取ってはいけない。
意識してカーテシーをすると、皇弟殿下が口元を和らげる。
「初めまして、ランドベル公爵夫人。ルーカス・ライヒ・アウレリアだ。先ほどは出迎えに参加できずに申し訳ない」
「いいえ。殿下とお会いでき、さらには挨拶ができて光栄です」
「はは、上手いね。──さすがは、外交のランドベル公爵家と言うべきか」
「まぁ」
笑うルーカス皇弟殿下に微笑みながら簡単に情報を思い出す。……皇弟として兄である皇帝陛下に仕えるルーカス皇弟殿下は外交を担っている。そのため、外交分野の権限が大きく、帝国の人間の中でも特に気を遣う必要がある。
情報を思い出して考えていると、ルーカス皇弟殿下の隣にいたアンネローゼ妃殿下が私を見て口を開く。
「こんばんは、ランドベル公爵夫人。アンネローゼ・フォン・ライヒ・アウレリアよ。貴女がデビュタントを迎えた時には既に帝国に嫁いでいたから会うのは今日が初めてね。アリシア様と呼んでも?」
「もちろんです。嬉しいです」
名前で呼んでいいか問いかけるアンネローゼ妃殿下に微笑む。滞在中は帝国貴族の夫人はもちろん、アンネローゼ妃殿下とも交流する予定となっているから少しずつ親しくなるべきだ。
微笑みながら頷くと、アンネローゼ妃殿下も微笑みながら話を続ける。
「嬉しいわ。今日の料理はウェステリア王国の料理を用意するように言ったの。ぜひ召し上がってちょうだい」
「ありがとうございます」
提案するアンネローゼ妃殿下にお礼を言う。帝国に入国してからずっと帝国の料理を食べていたから数日ぶりにウェステリア王国の料理を食べるのもいいと思う。
そしてしばらく話し続け、一通り話し終えるとルーカス皇弟夫妻が立ち去る。……ようやく終わった。
静かに深呼吸すると、隣にいるシルヴェスター様を見上げて尋ねる。
「……私、大丈夫でしたか?」
「ああ。聞いていて問題なかったが緊張したか?」
「いきなり皇弟夫妻でしたからね」
問いかけるシルヴェスター様に苦笑いしながら本音を零す。
ルーカス皇弟殿下が外交を担っているから今日のパーティーで話す機会あると思っていたけど、いきなり皇弟夫妻と話すことになってすごく緊張した。正直、半分くらい話したこと覚えていない。
「緊張していたかもしれないが、隣で話を聞いていても分からなかったくらいだ。だから気にしなくて大丈夫だ」
「それならいいのですが」
改めて告げるシルヴェスター様にほっとする。悟られずに対応できたのならよかった。
次は帝国の外交官たちと挨拶だけど、一番手が皇族だったから次からは少し落ち着いて対応できる気がする。
「知らない人物ばかりだろうが隣にいる。──だからアリシアは堂々としていたらいい」
重低音の声が私の胸の中にある緊張を解いていく。……堂々と。
ふと、結婚した当初を思い出す。……公爵夫人として初めて参加する夜会に不安になっていた時も、シルヴェスター様は似た言葉を言ってくれて私の心を軽くしてくれた。
「……そうですね」
こくりと頷いて同意する。
一人で帝国に来たわけではない。シルヴェスター様が隣にいる。──そう思うだけで、安心する。
安堵に包まれていると、帝国貴族が私たちのところへやって来る。
『ランドベル公爵、先ほどぶりですね。今、お話しよろしいですか?』
『ゼーリエ伯爵。大丈夫です、問題ありません』
尋ねてくる帝国貴族にシルヴェスター様が帝国語で答える。私も頑張らないと。
微笑むとゼーリエ伯爵と呼ばれる男性がこちらを見て口を開く。
『こちらが奥方ですか。初めまして、帝国で外交官をしているゼーリエです』
『初めまして。ランドベル公爵家のアリシアと申します』
帝国語で私も挨拶する。短いやり取りだけど、シルヴェスター様とは顔見知りなのが窺える。
そして二人の会話に私も入って会話をすると、他の外交官や帝国貴族たちも話しかけてくる。
『こんばんは、ランドベル公爵夫妻』
『公爵夫人は初めましてですね。帝国は初めてですか?』
『ご夫人の瞳の色は紫色なのですね。初めて見ましたがとても美しいですね』
『ありがとうございます。この紫の瞳は北方のルナン公国によく見られる色なのですよ』
次々と人がやって来て挨拶と一緒に色々と話をする。それをシルヴェスター様と共に帝国語で応対していく。
『ランドベル公爵夫人は帝国語がとてもお上手なのね。もしかして帝国とゆかりが?』
『ゆかりはありませんが生家が南部にあり、帝国の商人の方々とお話しする機会が何度かありまして。なので帝国語は異国の言語とは思えなくて』
『まぁ、生家は帝国側なのね』
告げると帝国貴族の夫人が驚いた表情をする。帝国の商人と話す機会が度々あったため、帝国語を使う機会が多かったなと思う。
その後もしばらく話を続け、やっと一段落して小さく息を零す。
「疲れただろう。挨拶は殆ど済んからダンスの時間まで休んでいいがどうする?」
青い瞳がこちらを見ながら問いかける。
この後はダンスがあって明日には歓談を兼ねたお茶会がある。正直、色んな人と話して疲れたから一休みしたいのが本音だ。
「……それでは、少し休んでもよろしいですか?」
「ああ。ダンスの時間になったら迎えに行く」
「ありがとうございます」
休むことを伝えて別れると料理が多く並ぶ方向へ向かう。
そして果実水を取って端へ寄るとようやく喉を潤す。ずっと話していたからいつもよりおいしく感じる。
シルヴェスター様を見ると帝国の外交官や貴族に声をかけられ、応対していて忙しそうなのが分かる。……大事な話だって理解しているけど、シルヴェスター様も少し休めたらと思う。
そんなこと思いながら果実水を飲んで一息ついていると、見知った姿がこちらへ近付いてくる。
「一人か?」
「セルゲイ様」
話しかけてきたのは学院時代の同級生で現在は外交官をしているセルゲイ様で、問いかけながら距離を詰めて来る。
「今はそうですね。一通り挨拶も済んだのでダンスの時間まで休憩をしようかと」
「そうか。──なら、ダンスの時間まで少し話さないか?」
そして納得したように呟くと続けてそう告げると、鮮やかな朱色の瞳がじっと私を射貫いた。




