103.同級生との再会
朱色の双眸が、驚きを含んだ様子でこちらを捉える。
「どうして、ここに……」
久しぶりに再会したセルゲイ様は未だ驚いた様子を隠せずにいて、鮮やかな朱色の瞳が見開いている。
しかし、それは私も同じで動くことができない。……まさか、帝国で再会するなんて。
「セルゲイ、知り合いか?」
お互いに驚いていると、セルゲイ様の隣にいたもう一人の若い男性が問いかける。見た目からして私たちより少し年上に見える。
問われたセルゲイ様がゆっくりと隣へと目を向けて小さく頷く。
「……王立学院時代の、同級生です」
「へぇ、そうなんだ」
簡潔に答えると隣にいる男性が声を上げて私たちを交互に見る。
外交官になったのは知っていた。だけど、家同士の関わりもなく、派閥も異なっていたため帝国にいるなんて知らなかった。
黙っていると私たちを交互に見ていた男性が小さく笑って口を開く。
「それなら久しぶりに少し話せばいいんじゃないか? 結構な期間、帝国にいるだろう?」
「よろしいのですか?」
「幸い早急に対応する必要がある用件はないからな。俺は先に戻ってるから」
「……ありがとうございます」
「いいっていいって。じゃあな」
男性が笑いながらセルゲイ様に手を振って去る。親しそうだったけど、あの人も外交官なのだろうか。
去って行く男性の背中を見ながら考えていると、セルゲイ様が再びこちらを見る。
「──エインズワーズ、どうして帝国の宮殿に? ここにいるということは私用ではないんだろうが……」
距離を詰めながらセルゲイ様が私に問いかける。
ちらりと案内役をしていた侍女を見ると困惑しているのが分かる。……きっと、私がエインズワーズと呼ばれているからだろう。帝国出身である侍女の彼女からしたら私の旧姓なんて知るわけない。
同盟国である帝国にウェステリア王国の外交官が駐在しているのは知っているけど、異国の地で学院の同級生と再会するとは思わなかった。……驚いたのは確かだけど、ひとまず挨拶するべきだ。
「お久しぶりです、セルゲイ様。使節団に同行して参りました」
「使節団に? 来訪リストにはエインズワーズ伯爵の名前はなかったはずだが」
伝えるも疑問を含んだ声で片眉を上げる。来訪リストを持っていても不思議ではないけど、この様子からして父の仕事に同行してきたと思っているようだ。これは訂正せねば。
「いえ。父ではなく、夫の方です」
「…………夫?」
「はい」
誤解しているセルゲイ様に訂正すると復唱し、頷くと石化したように固まる。どこか固まる要素があっただろうか。
「……今、夫って聞こえたんだが」
「言いましたよ。──私、結婚したんです」
「結婚」
結婚したことを告げるとセルゲイ様が再び固まる。そんなに驚くような内容だろうか。
貴族令嬢の結婚適齢期は十八歳から二十代前半まで。十九歳なら結婚していても特別不思議な話ではないのにどうしてそんなに驚くのだろう。
固まって動かないセルゲイ様をしばらく観察していると、おそるおそるといった雰囲気でゆっくりと口を動かす。
「……同行ってことは、相手は外交官なのか?」
「はい。ランドベル公爵家のシルヴェスター様と結婚したんです」
「は? ランドベル公爵閣下と……!?」
結婚相手を伝えると朱色の瞳をこれでもかというくらい見開かせる。その様子から大きな衝撃を受けているのが窺える。
久しぶりの再会だけど、今は客室に案内されている途中。人も通る回廊でずっと立ち話をするのもよくないのでここら辺で切り上げるべきだ。
「私が帝国にいるのはシルヴェスター様のお仕事に同行しているからです。それで申し訳ないのですが現在、客室の案内の途中で……。なので私はここで失礼いたします」
「あ、ああ……」
帝国にいる理由を簡単に説明するとセルゲイ様が狼狽えながらも返事する。私と別れたらセルゲイ様も先ほどの男性と合流するだろう。
一礼すると、案内役の侍女の方へ振り向いて帝国語で声をかける。
『お待たせしました。ご案内していただけますか?』
『は、はい!』
お願いすると侍女が勢いよく首を縦に振って返事する。夜には歓迎パーティーがあるからそれまで部屋で休みたい。
そして侍女の案内の元、客室へ向かって再び歩き始めた。
***
『こちらがお部屋です』
再び歩き始めて数分。長い回廊をいくつも通り、ようやく歩きを止めて通された客室を見渡す。
長テーブルにソファー。カーテンに時計。他にも色々とあるけど、他国からの来賓用として使用されている客室は広く、部屋にある調度品はいずれも一流品だと分かる物ばかりだ。
『まもなくお荷物が部屋に届くと思います。しばらくお待ちください』
『分かりました』
帝国語で声をかけられて頷くと柔らかそうなソファーに向かう。予想通り、柔らかくて心地がいい。
約半月に及ぶ長旅は道中トラブルはなかったものの、長時間馬車に乗っていたこともあり中々大変だった。
壁に飾られた時計を見る。この後は歓迎パーティーという外交を伴う社交があるけど、ひとまずは無事に目的地にたどり着けて何よりだ。
『長旅大変でしたよね。帝国産のお茶は如何ですか? 我が国の茶葉は爽やかな味が多くて飲みやすいですよ』
『帝国産の? ……それではお願いしてもよろしいですか?』
『かしこまりました』
提案する侍女に頷いてお茶の用意をしてもらう。
そしてお茶を用意してもらうとティーカップを持ち上げてゆっくりと口に含む。……おいしい。
『それでは何かありましたら呼び鈴を鳴らしてくださいませ』
『はい』
帝国産の茶葉を味わっていると侍女がそう声をかけて頷く。
そして頷くと侍女が退室して部屋には私だけとなり、その後も淹れてくれた温かいお茶を飲む。
帝国の滞在は数週間と長く、必要なら延長するとシルヴェスター様から聞いている。……それだけ、此度の帝国との会談は重要視されているということだ。
シルヴェスター様からは早速明日から帝国と階段を始めると聞いている。私の方も帝国の夫人たちと交流をする予定となっていて忙しくなるだろう。
「……それにしても、セルゲイ様と会うのは驚いたわ」
柔らかいソファーに背中を預けながら、先ほど会ったセルゲイ様について思い出す。
最後に会ったのは十六歳の社交シーズン以来。つまり、会うのは三年半ぶりとなる。
「初めて会ったのは学院入学後だったわね」
意識を学院時代の頃へ向ける。
ラクティス伯爵家の後継ぎであるセルゲイ様と出会ったのは十二歳。王立学院一年生の時だ。
入学後に実施された語学の試験で首位を取ったことがきっかけで、セルゲイ様が私に声をかけてきた。
名門貴族で裕福な伯爵家の後継ぎであるセルゲイ様は同学年の中でも特に優秀で、多くの科目で首位の成績を誇っていた。
だからだろう。語学の分野だけとはいえ、女のくせに首位を取った私に出会った時のセルゲイ様は少々きつい態度だったけど──少しずつ、それは変わっていった。
正直、出会った頃の私たちはあまりいい関係だったとは言えなかったと思う。
だけどきつかった態度は時間の経過と共に軟化していき、会えばセルゲイ様の方から話しかけてくるようになり、やがて自分のことも色々と話してくれるようになった。
母親が帝国人ということ。小さい頃から日常的にウェステリア語と帝国語の二つを使用していたため、外国語の中では帝国語が特に堪能だったということ。
そして──学院卒業後は外交官を目指していて、同じ夢を持っていた私を応援してくれていた。
「…………」
ティーカップをじっと見る。
セルゲイ様の実家であるラクティス伯爵家は中立派に属する。加えて、領地も遠く離れて家同士も関わりがなかった。
だからセルゲイ様が帝国にいるなんて知らなかった。だけど、若手なのに帝国に駐在する外交官に抜擢されるのはそれだけ優秀で認められていると分かる。
態度が軟化したといっても学院時代、語学の成績を争っていたセルゲイ様が外交官として活躍していると考えるとすごいと思う。
それと同時に──夢を叶えたセルゲイ様が、羨ましいと思ってしまう。
「……考えても仕方ないわね」
そっと息を零す。
今の私は伯爵令嬢ではない。外交を司る公爵家の当主夫人となったのだ。──なら、自分の役割を果たすべきだ。
切り替えようと再びお茶を飲むと、ドアがノックされて顔を上げる。
「はい」
「失礼します、奥様。入ってもよろしいでしょうか?」
「どうぞ、入って」
聞き慣れた声がして立ち上がってドアノブを回す。
ドアを開けると予想通り私の荷物を持ったエストがいて、部屋の中へ招き入れる。
「荷物、運んでくれてありがとう。遠くて重かったでしょう?」
「いいえ。元々、力はある方なので大丈夫です」
「そ、そう?」
問題ないと言うけど領地へ行く時より明らかに荷物は多かったはず。
それなのにエストの顔には疲れた雰囲気が見えない。さすが公爵家に仕える侍女と言うべきか。
荷物を部屋へと運ぶエストに問いかける。
「エストは帝国へ来るのは初めて?」
「はい。レナルドは旦那様について何度か行っていましたが私は帝国はもちろん、外国へ行くのは今回が初めてです」
「そうなのね。ふふ、それなら私と一緒ね」
「確かに奥様と同じですね」
微笑むとエストも口許を和らげて同意する。
私たちに近い存在のエストとレナルドも同行しているけど、二人がついてきてくれてよかった。せっかくだから帝国の夫人たちとの交流会がない日はエストと一緒に帝都を歩くのもいいかもしれない。
滞在中の予定のない日について考えていると、エストが話しかけてくる。
「奥様、歓迎パーティーの準備はいつ頃からしますか?」
「パーティーまではまだ時間があるから一時間後からゆっくり準備したらいいと考えているわ。エストも長旅で大変だったでしょう? このお茶、帝国産の茶葉だけど爽やかな味わいでおいしいから少しゆっくりしない?」
「……そうですね。それでは少しだけ」
「ええ」
そしてしばらくお茶を飲みながら客室でゆっくり過ごすと、宮殿で開催される歓迎パーティーに参加するために準備を始めた。




