102.アウレリア帝国
帝国へ訪問するために母国ウェステリア王国の王都を出発して早半月。
帝都へ向かうためにいくつもの町や都市へ滞在し、長い移動を経てようやく私たちは帝国へ足を踏み入れた。
「ここが、アウレリア帝国一の都、リュオス……」
馬車の窓から賑わう帝都を見て呟く。
人はもちろん、お店も多い。品も多くて見たことない物が並べられていて大変興味深い。
それらに視線を向けながら、帝国について情報を思い出す。
正式名称はアウレリア帝国。周辺諸国にアウレリア帝国以外に帝国がないため、普段は帝国と呼ばれる彼の国は──大陸の南部を支配する多民族国家で、軍事大国として有名だ。
列強国なのは間違いない。しかし、広大な国土に人口を有して存在感は大きいものの、ウェステリア王国を始めとした複数の国々と接していることから周辺国との関係を重視していて外交に力を入れている国でもある。
そんな帝国とウェステリア王国は長年同盟関係を結んでいて、先のグロチェスター王国との戦争ではウェステリア王国の味方になって物資の支援などをしてくれた恩のある国だ。
帝国の情報について思い出していると、立派な屋敷が次々と見えてくる。おそらく貴族の屋敷が集まる区域なのだろう。
「ウェステリア王国と違って、白い壁の屋敷が多いのですね。確か、暑さ対策とか?」
「そうだな。帝国はウェステリアと比べて暑くて日照時間が長い国だから壁を白くして熱を遮断して室温が上がるのを防いでいるんだ」
「まぁ、そうなのですね」
確認するとシルヴェスター様も外に目を向けて答える。なるほど、だから白い壁の屋敷が多いのか。暑さ対策と知っていたけどそんな効果があるとは。
自国にはない住文化に感心していると、向かいにいるシルヴェスター様がこちらを見る。
「もうすぐ宮殿に到着するが、今回の使節団のトップはヘルマン外務大臣だ。ヘルマン外務大臣が代表として挨拶するから俺たちは特に話すことはないだろう。その後、俺はヘルマン外務大臣に同行するが、アリシアは客室で休んでくれ」
「分かりました」
到着後について触れるシルヴェスター様にこくりと頷く。よかった、挨拶がないのならマナーに集中できる。
そう思いながら帝国側について考える。使節団を出迎えるのなら皇族も出てくるだろう。なら──ウェステリア王国とゆかりのある陛下の姉君が出迎えても不思議ではない。
年齢が離れているため私は会ったことないけど、幼少期から陛下の側近として王宮へ出入りしていたシルヴェスター様なら知っているかもしれない。
「シルヴェスター様は陛下の姉君……王女殿下に会ったことありますか?」
「ああ、物心がついた頃から王宮に出入りしていたから話したことがある。陛下によく似た容姿と性格で政治にも明るいお方だったな」
尋ねるとシルヴェスター様が頷いて思い出すように語る。……政治に明るい、その説明から優秀な王女だったのが窺える。
帝国に嫁いで現在は妃殿下だから帝国滞在中は関わる機会が多いはずだ。緊張するけど、失敗は許されないから頑張らないと。
帝国式のマナーについて思い出していると、ゆっくりと減速して景色が大きく変化する。どうやら目的地である宮殿の敷地内に入ったようだ。
しかし、その後も中々止まることなく馬車が進んでいく。
「中々停車しませんね」
「宮殿は王宮より遥かに広いからな。噴水や庭園が複数あって初めて訪れた時は驚いたな」
「本当ですか? 噴水や庭園が複数だなんてすごいですね」
シルヴェスター様の説明に目を丸める。一つあれば十分だと思うのに複数あるとは。
その後も話しているとようやく馬車が停車し、手を差し出すシルヴェスター様に手を重ねて馬車を降りる。
「ここが……」
宮殿の大きさに息を呑む。ウェステリア王国の王宮も広くて立派だけど、さすがは帝国と言うべきか。自国の王宮よりさらに大きく、白亜の外観は壮観な印象を抱かせる。
「――陸続きとは言え、遠路はるばるよく来てくれたわ。長旅、大変だったでしょう?」
立派な宮殿に息を呑んでいるとウェステリア語で労りの言葉をかけられ、慌てて意識を戻してそちらを見る。
声がした方には数人の帝国側の外務大臣に外交官と思われる人たちが立っている。
そして、その中央にいるのは美しく結い上げられた赤みを帯びた金髪と、ウェステリア王家によく現れると言われる黄金の瞳を持つ女性。間違いない、この人は――。
女性を見ていると、ヘルマン外務大臣が深々と一礼する。
「アンネローゼ妃殿下。お忙しい身にも関わらず、お迎えくださりありがとうございます」
「顔を上げてちょうだい。祖国の者が来るのだから当然よ。ヘルマン侯爵、会うのは随分久しぶりだけど元気そうで安心したわ」
「ありがとうございます」
使節団のトップであるヘルマン侯爵が言葉を紡ぐと、女性の美しくも力強い黄金の瞳が私たちへ目を向ける。
「知っている顔の者が多いけど名乗るわね。アンネローゼ・フォン・ライヒ・アウレリアよ。アウレリア帝国はウェステリア王国の使節団の訪問を歓迎するわ」
張りのある声で口許に弧を描いて歓迎の意を紡ぐのはアンネローゼ・フォン・ライヒ・アウレリア妃殿下。陛下の実姉であり──大国であるアウレリア帝国の皇弟殿下の妃だ。
アンネローゼ妃殿下を会うのは初めてだけど、纏う雰囲気と目元が陛下とよく似ている気がする。こうして見ると姉弟だと分かる。
名乗ると笑みを深めてアンネローゼ妃殿下が声を上げる。
「さて、挨拶はここまでにしましょう。夜には皆さんの来訪を歓迎するパーティーがあるからそれまで一休みしてちょうだい。荷物を持つのを手伝って客室へ案内して」
微笑みながら使節団である私たちにそう告げると控えていた宮殿の使用人たちに指示を出す。
馬車でも話していたけど、シルヴェスター様はこの後、ヘルマン外務大臣に同行して帝国側と話がある。なので先に客室に向かって歓迎パーティーに備えて一休みしよう。
『お待たせいたしました、ランドベル公爵夫人。ご案内いたします』
『はい』
そう考えていると宮殿の侍女の一人に帝国語で声をかけられ返事する。帝国人と話す時は帝国語で話そう。
案内してくれるのは若い侍女で、見た目は私と年齢が変わらないけど使節団の人たちの案内を任されているということは優秀なのが窺える。
「それでは先に失礼しますね」
「ああ、またあとで」
「はい」
シルヴェスター様に一礼すると向こうも小さく頷き、侍女の後ろをついていくと後ろからヘルマン外務大臣とシルヴェスター様の声が聞こえる。
「…………」
宮殿内に入り、客室へ向かう侍女の後ろを歩く。広いこともあり、通路が多いなと思う。
後ろをついていきながら宮殿の調度品や天井画を見る。天井に絵があってすごい。一体、どうやって飾っているのだろう。
白亜の外観も壮観で立派だったけど、内部も外観に劣らず華やかで素晴らしい。
『宮殿は大変広いですがそれに比例して使用人も多数います。何かありましたらすぐにお声がけください。道案内でも構いませんので』
『ありがとうございます。アウレリア帝国の宮殿は天井に絵が飾られているのですね』
『昔、絵画好きの皇帝陛下がいましてその名残と聞いています。また、過去には傍系皇族ですが画家になった方もおられるのですよ』
『まぁ、皇族で?』
『はい』
帝国語で問いかけると歩くスピードを落として小さく微笑みながら侍女が答える。皇族で画家として活躍した人もいるようだ。
『絵画好きの皇帝陛下がいたこと、そして画家だった傍系皇族がいたこともあって宮殿内には絵が多く飾られているのです。他の回廊にも飾られているのでぜひご覧ください』
『分かりました』
どうやら他の回廊にも飾られているようだ。せっかくだから滞在中に見れたらと思う。
時折、帝国貴族や帝国の官僚と遭遇して挨拶すると丁寧に挨拶を返される。帝国へ来たのは初めてだけど、ウェステリア王国側の私に対して好意的な反応をしてくれて嬉しい。
そして変わらず客室へ向かいながら長い通路を通り過ぎ、等間隔に並ぶ像などを一瞥していると──後ろから声をかけられる。
「──エインズワーズ?」
「え?」
低い、若い男性の声が私の旧姓を呼ぶ。ここは帝国で、私の旧姓なんて知っている人なんていないはず。一体、誰が──。
振り返るとそこには二人の若い男性がいて、そのうちの一人が私を見ると朱色の瞳を大きく見開かせる。……どうして、彼がここに。
「……セルゲイ様?」
驚きながら私も相手の名前を紡ぐ。
私の旧姓を呼んだのはセルゲイ・フォン・ラクティス様。王立学院時代の同級生で──学生の頃、共に外交官を志していた彼がそこにいた。




