101.新年の夜会
領地から王都への道のりは平穏で、途中でアクシデントが起きることなく、無事、王都の屋敷へたどり着いた。
そして出迎えてくれたロバートたちに帰宅の挨拶を交わし、旅の疲れを取ると不在中に溜まった書類に目を通して対処して日々を過ごしているうちに、季節は秋から冬へと変化し、新年を迎えた。
「ランドベル公爵に公爵夫人。お久しぶりです」
新年の夜会の舞台である大広間に入場するや否や、壮年の男性貴族が声をかけてくる。
「ディロン子爵、お久しぶりです。帰国されたのですね」
「ええ。つい先日、メデェイン王国から帰国しました」
落ち着いた雰囲気を醸しながらシルヴェスター様と話すのは同じ国王派に所属するディロン子爵。確か、子爵家の当主だけど王宮で官僚もしているはずだと記憶から引き出す。
「それでは商談は纏まったと?」
「はい。陛下には既に報告済みですが、大変喜んでおられて。滞りなく話が纏まって安心しました」
喜ばしい表情を浮かべながらディロン子爵が話す。私自身は接点はないけれど、会話のやり取りから陛下の命令でメデェイン王国に赴き、商談していたことが推測できる。
そしてディロン子爵との話が終えると、次々と国王派の貴族たちが私たちの元へ訪れる。
「こんばんは、シルヴェスター殿。昨年は──」
「ごきげんよう、ランドベル公爵夫人。本日は会えて嬉しいですわ」
「ごきげんよう、ハウゼン伯爵夫人。私も会えて嬉しいです」
多くの貴族が新年の挨拶を添えて私たちの元へ訪れ、シルヴェスター様と一緒に応対していく。
同時に、大広間を観察する。去年も参加して感じたけど、やっぱり通常の王家主催の夜会と比べて参加者は少ない印象だ。
その理由は新年の夜会だからだろう。
冬の現在は社交シーズンではない。そのため、王都にいる貴族は限られていて、その多くは王宮に出仕している官僚に軍人、そして一部の当主夫妻と後継ぎくらいだ。
ちなみに、シャーリーは今年は参加しないようだ。なんでも、与えられた領地の課題が難しくて行けそうにないとのこと。
婚約者はまだいないけどシャーリーも今年で二十歳になる。そろそろ次期侯爵として本格的に色々と学ぶものが増えているようだ。
「おお、ランドベル公爵夫妻。お会いできて光栄です」
「こんばんは、マーロア侯爵」
その後も訪れる国王派はもちろん、中立派の貴族たちと挨拶を交わしていく。
どれくらいそうして過ごしていたのだろう。色んな貴族たちの挨拶に応対していると、近衛師団長に守られながら今宵の夜会の主催者である陛下が入場し、参加者たちの意識と視線を奪っていく。
そして立ち止まって大広間を見渡すと、口許に弧を描いてニコリと微笑んで紡ぐ。
「新年の夜会によくぞ来てくれた。国を支える上でみんなの協力が必要不可欠だ、今年もよろしく頼むよ。──さぁ、今宵は楽しんでくれ」
声を張り上げ、黄金の瞳が大広間全体を見ながら開会宣言する。その宣言に私を含めた貴族一同が頭を垂れる。
そして少しするとそれぞれ頭を上げ、それぞれ交流したい相手の元へ向かっていくと、陛下が軽やかな足取りでこちらへやって来る。
「やぁ、シルヴェスター。帝国へ行く準備はもう終わったか?」
「陛下。はい、あとは出発するのみです」
「そうか。帝国へ向かうのは……三年ぶりくらいか?」
「そうですね。帝国にはグロチェスター王国との戦争が停戦中に二度、会談や条約などで赴いているので」
朗らかな笑みを浮かべながら問いかける陛下にシルヴェスター様が淡々と答える。
グロチェスター王国との戦争で、自国が有利になるように外交官たちが奔走したのは有名な話だ。
シルヴェスター様も外交を司るランドベルの名に相応しく、帝国と王妃様の祖国に赴いて軍事同盟や経済支援を確約していて、その外交手腕は尊敬する。
「なら久しぶりの帝国だな。今回は外務補佐官は同行しないから外務大臣の補佐を任せるぞ」
「元からそのつもりです。ヘルマン外務大臣からも依頼されているので」
「はは、そうか」
シルヴェスター様の返答に陛下が明るい声を上げる。他にも帝国へ向かう外交官はいるのにシルヴェスター様に頼むことから、ヘルマン外務大臣に深く信頼されているのが分かる。
そんな風に二人のやり取りを眺めていると、黄金の瞳がこちらを見る。
「夫人も久しぶりだね。テレーゼにプレゼントしてくれてありがとう。今日は不参加だが、とても喜んでいて最近編み物をよくしているよ」
「お喜びになられたのなら嬉しいです」
にこやかな笑みを浮かべながらお礼を告げる陛下に小さく首を振り微笑みながら話す。王都へ戻ってから何かと忙しくて王妃様とはあまり会えていないけど、喜んでくれているのならよかった。
王妃様の祖国であるソヴュール王国とウェステリア王国は気候が異なる。どうかこのまま健やかに過ごしてくれたらと思う。
「しかし、来週には帝国に向けて出国か。馬車による移動なら往復だけで一ヵ月近くはかかるだろうな」
「それも見越して移動の日程は組み立てているので問題はないかと」
「さすがだな。俺が言う必要なかったな」
再び陛下が笑う。こうして見ると爽やかだけど、自分より遥かに年上の継戦派の古参貴族たちと対立しているのだからすごいと思う。
「シルヴェスターは帝国に駐在しているウェステリア王国の外交官と一緒に帝国の外交官たちと会談だな。で、夫人は帝国貴族のご夫人たちと交流会か」
「その予定ですが、どうかしましたか?」
確認するように呟く陛下にシルヴェスター様が尋ねる。確かに急にそんなこと言い出してどうしたのだろう。
不思議に思っていると陛下が再び口を動かす。
「いや、ただ姉上も参加するだろうなと思ってな」
ポツリと陛下が呟き、その発言に小さく息を呑む。……陛下の姉君。
陛下には姉が一人いて、数年前に嫁いでいる。
その嫁ぎ先が──今回、私たちが行く帝国の皇弟殿下だ。
「夫人は姉上と面識ないだろう?」
「はい」
問いかける陛下に対して肯定する。
自国の王女だから名前と容姿は知っているけど、私がデビュタントした年には既に帝国に嫁いでいたので陛下の姉君とは面識はない。なので、どんな性格なのか知らない。……どんなお方だろう。
考えていると陛下がニコリと明るい笑みを浮かべる。
「まぁ、不安に思うことはない。俺と似た性格の人だと思えばいい」
「陛下と」
にこやかに笑いながら陛下が簡潔に姉君の性格について説明する。……つまり、緊張する人物ということか。失態を見せないように気を付けよう。
そして話が終えると陛下が手を振って去っていき、再び大広間を見渡していると父の姿を見つける。姿を見るのは久しぶりだから少し話を聞きたい。
「シルヴェスター様、父を見つけたので行ってもよろしいですか?」
「エインズワーズ伯爵か? 分かった、行ってきたらいい」
「ありがとうございます」
そしてシルヴェスター様に一言告げて別行動すると、父の元へ向かって後ろ姿に声をかける。
「お父様」
「……アリシアか」
近付くと同じ紫の瞳を持つ父が振り向いて私の名前を紡ぐ。父を見るのは夏の終わり以来だけど、見た目は最後に見た時と変化は見られない。
「お久しぶりです、夏の夜会以来ですね。お変わりありませんか?」
口許を和らげて小さく微笑みながら一部の言葉をほんの少し強調して尋ねると、その変化に気付いた父が頷く。
「ああ、問題ない。アリシアも変わりないか?」
「私も変わりありません。元気に過ごせております」
「そうか。……ならいい」
大丈夫だと告げると、父の声音が若干柔らかくなる。……よかった、何もないようで。
外部の人からしたらごく普通の親子の会話に聞こえるだろうけど、実際は少し異なる。
継戦派を中心に国王派の重鎮である宰相閣下を支える失脚しようとする貴族の存在は否定できない。だから警戒していたけど、今のところ動きがないようで安心する。
「お母様は領地に?」
「ああ、まだ社交シーズンではないから領地だ。春になればベルンと一緒に来る予定だ」
「そうなのですね」
母の姿が見えないなと思いながら尋ねると領地にいると告げられる。ここ数年は新年の夜会によく参加していたけど、今年は不参加のようだ。
「先ほど陛下と話していたな。何を?」
「テレーゼ様にお贈りした刺繍糸と帝国に関するお話を少々していました」
「なるほど。アリシアにとっては初めての国外だったな」
「はい。お父様は何回か行ってますね」
「そうだな」
尋ねると父が肯定する。今まで外交を伴うパーティーがあっても出迎える方だったから国外へ出るのは今回が初めてなので楽しみだ。
「出発する前に帝国の宮中のマナーを改めて確認した方がいい。帝国は多民族国家のため寛容な部分もあるが逆に厳しい部分もある。国のためにも、公爵閣下のためにも失敗してはいけない」
「分かっております。確認するようにいたします」
助言する父に返事する。国の代表として行くのだから、帝国式のマナーに関する書物にもう一度目を通そう。
その後もしばらく父と親子の会話を交わし、新年の夜会は何も起きることなく終了した。
そして新年の夜会から一週間後──私たちは予定通り帝国へ向けて出発した。




