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政略結婚から始まる公爵夫人  作者: 水瀬
第5章 再会と変化の予兆

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100.未来の約束

 領都の次に大きいと言われている町・ヴェントへ行って数日。その後の日々は慌ただしかったと言っていい。

 限られた滞在での領地の視察に孤児院の訪問、さらには職人から試作品の連絡を受けて実際に目にして使用するなど、後半は何かと忙しく、目まぐるしい日々を過ごした。


「――それでは俺たちはこれで失礼します」

「ああ」

 

 シルヴェスター様が短い言葉で告げ、ヨハネス様が頷く。

 領地を発つ日。見送りをするヨハネス様とセレスティーヌ様と向かい合う。

 隣にはシルヴェスター様がいて、ヨハネス様とやり取りする姿を横からそっと見る。去年は王都から急ぎの連絡があって先に王都へ戻ってしまったけど、今年はそんな連絡がなくてよかった。


「それとシルヴェスター。販路の件は帝国との外交や準備で忙しいだろうからこっちに任せなさい」

「よろしいのですか?」


 ヨハネス様の提案にシルヴェスター様が少し驚いたような声を上げる。一方、ヨハネス様は穏やかな表情のまま、大きく首を縦に振る。


「ああ、外交官をやめて領地に戻ってから自由な時間が増えたからね。そっちの方は任せておくれ」

「……ありがとうございます」

「構わないよ。王都にはリカルドもいる。一人で全て背負わずに、必要な時は頼るんだよ」

「はい」


 感謝の言葉を紡ぐシルヴェスター様に優しい声で投げかける。……外交官の仕事をしながら領地の運営を長年してきたヨハネス様が担ってくれるなら不安はない。ここはヨハネス様に頼ろう。


「アリシアさん、短い時間だったけどお話できて楽しかったわ」

「そんな、こちらこそありがとうございました。私も久しぶりに話せて楽しかったです」


 柔らかい笑みを浮かべて話すセレスティーヌ様に私も微笑みながら伝える。話し上手なセレスティーヌ様との会話は弾んで素敵な時間を過ごすことができた。

 

「そう言ってもらえると嬉しいわ。今回は秋だったけど、春と夏の領地もとても素敵なのよ。だからまた来てね」

「はい」


 美しい笑みで告げるセレスティーヌ様に頷く。前回は冬で、今回は秋の訪問だったから春と夏のランドベル領も見たいなと思う。

 そしてヨハネス様たちに挨拶すると、エストとレナルドが待つ馬車の方へ向かう。


「ご挨拶はもうよろしいのですか?」

「ああ、出発しよう。──アリシア」

「はい」


 レナルドの問いに短く返答すると、シルヴェスター様が私に手を差し出す。

 その手に手を重ねて先に馬車へ乗ると、向かい側にシルヴェスター様が乗り込み、私たちが乗ったのを確認すると御者が馬をゆっくりと走らせる。


「王都の華やかな雰囲気もいいですけど、やっぱり生まれ育った土地はいいですね。気分転換できました」

「去年は途中で王都へ戻ってしまったものね」


 目を細めて領地を見つめるレナルドに苦笑する。シルヴェスター様に同行してレナルドも途中で戻ってしまったからか、今回は予定通り領地に滞在できて嬉しそうだ。


「エストは? 短い滞在だったけどゆっくりできた?」

「はい。本邸の侍女仲間と一緒に外出したりと楽しいひとときを送ることができました」

「本当? それならよかったわ」


 口角を上げて微笑むエストに私も笑顔を浮かべる。普段は王都で過ごしているから楽しめたのならよかった。

 そして本邸を出発してしばらくすると、遠くから賑やかな声が聞こえてくる。その様子から、領都の中心地へ近付いているのが感じ取れる。

 

「王都の方から連絡がなかったということは、王宮への登城は翌日でいいのですよね?」

「そうだな。急いで対処しないといけない案件はないからその予定だ」


 ふと、気になって向かいにいるシルヴェスター様に尋ねると簡潔に答える。王都の屋敷には昼頃に到着する予定だから、それなら少しはゆっくりできそうだ。


「販路の件も父が担ってくれるのなら問題ないだろう。アリシアはどうだ? まだ試作品のところで止まっているんだろう?」

「そうですね。なので王都に戻っても職人の方と連絡を取り合う形になると思います」


 刺繍糸について問いかけるシルヴェスター様に答える。

 領地にいる間に一度試作品を受け取ったけど、職人の方から他の色合いでも作りたいと言われ、まだ試作品を作っている段階だ。そのため、正式に商品として流通するのはもう少しかかるだろう。


「問題なければいいが、困ったことがあれば相談してくれ。力になるから」

「ありがとうございます」


 必要なら頼るように告げるシルヴェスター様に微笑む。今のところは行き詰まっていないから今後も問題が起きないことを願うばかりだ。

 そう思いながら外の景色を眺める。……少し目まぐるしかったけど、子どもたちの元気な姿を見て、穏やかな時間を過ごすことができて満足だ。

 何より──。


「…………」


 向かい側に座るシルヴェスター様を見る。

 領地でも仕事はしていたけど、王都にいる時より幾分かゆったりと過ごせたように見える。

 去年は急用で叶わなかったけど、今年は一緒に最後まで領地で過ごせてよかった。


「……来年も」


 呟きを拾ったのか、深い、深海のような青い瞳が不思議そうにこちらを捉える。

 短かったけど居心地のいい日々だった。だからまた──シルヴェスター様と訪れたいと思う。


「来年も……シルヴェスター様と一緒に領地に行きたいです」


 美しい、青い瞳を見ながら胸の内にある思いを、願いを口にする。

 未来のことは何も分からない。それでも、声にして約束をしたいと思ってしまう。


 告げると私の発言に驚いたように青い瞳を見開く。

 だけどそれもほんの一瞬で、すぐに元に戻ると口許を和らげて小さく微笑む。


「──ああ、来年も行こう」


 優しい眼差しを向けながら、柔らかい声で頷いてくれるシルヴェスター様を見る。

 その柔らかい声に、嬉しいという感情が込み上げる。

  

「はい、行きましょう」


 そして私も笑みを零して、同じく行こうと約束した。

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