99.提案
数日後、職人たちと打合せするために私たちは領都の次に大きな町・ヴェントへ訪れていた。
「さすがは領都の次と言われるだけあるわね、人が多くて賑やかね」
「領地の産業と共に成長して栄えた町ですから。本邸の使用人の中でもヴェント出身の者が複数人いますね」
「そうなのね」
エストの話を聞きながら馬車の窓から外を眺める。
ヴェントという町はランドベル領の主力産業と共に発展した土地だ。そのため、主力産業である絹関連の製造施設が多く存在するけど、同時に人も物も多くて活気を感じさせられる場所だ。
「この様子だと予定通りの時刻に目的地へ到着できそうですね」
「そうだな」
レナルドの呟きにシルヴェスター様が短く頷く。どうやら目的地までもうすぐらしい。
「これから行くところは一番大きい製造施設なのよね?」
「はい。歴史も古く、職人を多くかかえている場所ですよ」
問いかけるとレナルドに肯定される。
職人を多くかかえているなら技術はもちろん、知識も豊富だろう。……お互いにとって、実りのある話になればと思う。
そして、その後も馬車で移動を続けていると、目的の場所である製造施設へと到着する。
「お待ちしておりました。本日はお忙しい中、お越しいただきありがとうございます」
責任者である施設長が私とシルヴェスター様、そして後ろに控えるエストとレナルドを見ると一礼する。
「いいや、こっちこそ時間を合わせてくれて助かった。早速だが職人たちと打ち合わせをしても?」
「もちろんです。ご案内いたします」
到着早々にシルヴェスター様が本題に触れると施設長が了承し、職人たちと会うために建物の中へと歩いていく。
「確認したいのですが、若奥様は職人との打ち合わせに同席後、刺繍糸をご覧になるという認識でよろしいでしょうか?」
「おっしゃる通りです」
施設長の確認に微笑みながら頷く。元々、私が提案したことだから私も一緒に同席する予定だ。
「分かりました。それでは打ち合わせ終了後、女性の事務員に案内するように命じます」
「ありがとうございます」
そしてお礼を伝えて進んでいくと、職人がいる応接室に到着して入室する。
「こちらの二人は熟練の職人で、代表として話を聞いてほしいと頼みました」
施設長が私たちに説明すると五十代ほどの二人の男性が頭を下げる。確かに熟練と言っていい年代だ。
「今日は応じてくれてありがとう。立場を気にせずに気になる部分は遠慮なく言ってくれ」
「分かりました」
シルヴェスター様が告げると職人がすぐに返答する。染色などの知識は私たちより職人の方が優れている。だから提案に疑問が生じたら尋ねてほしいと思う。
着席すると早速シルヴェスター様が提案を始め、職人たちが説明に耳を傾ける。
「──新しい色の糸、ですか」
「ああ。生地より糸の方が絹の使用率も少なく、価格も生地と比べて低価格のため比較的入手しやすい。そのため、今後は糸の生産を増やし、加えて新しい色も作ってほしいと考えている」
「なるほど。……色の染色は、若奥様が発案を?」
「はい」
シルヴェスター様の話を聞いていた職人が私の方を見る。その瞳に目を逸らすことなく頷く。
ただ同席するだけではなく、私も彼らと対話したい。そのためにこの場にいるのだから。
「現在、令嬢を中心に裁縫が人気を博していてランドベル領の刺繍糸は需要があると思います。去年、領地の訪問で絹で作られた生地や織物、刺繍糸を購入しましたがいずれも光沢が美しく、なめらかな手触りで私も気に入っています」
微笑みながら話すけど緊張する。職人に提案なんて初めてだから。
しかし、それをおくびにも出さずに一拍置いて、再び紡ぎ始める。
「どれも品質がよく、丹精込めて作られたと分かる代物です。──だからこそ、より多くの人の手に届いてほしいと思うのです」
微笑みを維持しながら職人に生地や絹織物の素晴らしさを伝える。
王家にも献上するランドベル領の絹は上質と有名だ。その故、生地や絹織物は価格が高い。
しかし、刺繍糸なら上記の品と比べて比較的安価な価格で購入できる。そのため、どうにか力を入れたいところだ。
「私はもちろん、テレーゼ様……王妃殿下も我が領の刺繍糸に興味を示しております。ご検討いただけますでしょうか」
「王妃様も……」
王妃様の名前を上げると職人の二人がお互いの顔を見る。王族に自分たちの技術が認められていることに驚きを隠せないようだ。
考える様子を見せる職人たちをしばらく見ていると、ゆっくりと口を開く。
「……若奥様のお気持ちは理解しました。色によっては染色が難しいものもありますが、希望などはございますか?」
「いいえ、特に指定はありません。お二方に任せたいと思うのですが如何でしょう?」
「問題ありません。それでは若奥様が領地滞在中に試作の連絡が届くように努力いたします」
「ありがとうございます」
職人たちの返答にほっとして感謝の言葉を紡ぐ。ひとまず、第一関門は突破したようだ。
その後のやり取りはシルヴェスター様が担ってくれ、無事に話が終わると職人たちが一足先に退室する。
「ひとまずは肯定的な返事をもらえて何よりです」
「ええ、そうね」
控えていたエストが声を上げて頷く。どうだろうと少し不安だったけど話が進んでよかった。
「それでは私たちは刺繍糸を見てきますね」
「分かった。終わったらこっちへ戻ってくれ」
「はい」
刺繍糸を見るために立ち上がる。刺繍糸が保管されている部屋は応接室と離れているため少し歩くことになる。
頷くとシルヴェスター様が施設長の方を見る。
「施設長、今夏の生産量や気候について詳しく聞きたいんだが」
「分かりました」
「レナルド、施設長に書類を」
「かしこまりました」
職人たちとの打ち合わせが終わったばかりだけど、すぐに次の仕事へと取り組み始める。私も自分の目的を果たそう。
「刺繍糸を見せてもらえますか?」
「はい、ご案内します」
控えている若い女性の事務員に声をかけると、刺繍糸が保管されている部屋へエストと一緒に移動する。
そして別室へ到着すると、女性から様々な色合いの刺繍糸が確認できる見本帳を渡される。
「こちらにあるのが製造している色の糸です。お好きなものをお選びください」
「ありがとうございます」
見本帳を受け取ってページを捲っていく。赤色でもその種類は多く、さらには光沢も異なっていて興味深い。
「たくさん色があるわね」
「そうですね。同じ緑色でも濃淡の種類が豊富ですね」
ページを捲りながら話しかけるとエストも同意する。種類の多さから人気や染色のしやすさが窺える。
吟味しながら見本帳を眺める。王妃様への贈り物だからよく考えて選ばないといけない。
「悩みますがまずはよく使用する色は如何でしょう? 汎用性が高いので」
「確かに。……あとは、せっかくだから私も買うわ」
「ぜひ! 織物はもちろん、生地や糸も自慢の品なのでどうかご覧くださいませ!」
「はい」
呟くと女性が嬉しそうな声を上げ、その明るい声につられて小さく微笑む。
そして女性にほしい刺繍糸を伝えて王妃様の分を購入すると、刺繍糸を始めとして生地や織物などを見て自分の分を購入してシルヴェスター様の元へ戻った。




