98.和やかな時間
「──そうして王子は病気になっていた竜を救い、竜は恩返しとして王国を守り、王国は平和を手に入れました。おしまい」
「じゃあ竜はげんきになったんだ!」
「すごくおもしろかった!」
抑揚をつけて最後まで読み終えると、拍手と一緒に元気な声が聞こえて笑みが零れる。
クッキーを食べた後はいつも通りそれぞれ自由に過ごし、私は主に小さな子どもたちに絵本の読み聞かせをしていた。
「アリシア様、終わりました。子どもたちの面倒を見てくれてありがとうございます」
「もう大丈夫なのですか?」
読み聞かせを終えると若い修道女の一人が声をかけてくる。用事ができたため子どもたちの相手を頼まれたけど、もう済んだのだろうか。
問いかけると修道女が微笑む。
「はい、届いた食料品は全て運び終えたましたので。この子たちの面倒は私が見るのでアリシア様は少しお休みください」
「それではお言葉に甘えますね」
問題ないと言われてほっとする。何人かの修道女たちが入口と厨房付近を出入りしていたけど、用事が終わったのならよかった。
絵本の読み聞かせを終えると、わいわいと賑わう外の様子を窓から眺める。
外にはチェスターとカールがいて、そんな彼らの周りには男の子たちが集まり、木剣で稽古しているのが窺える。
「楽しそうね。チェスターたちがいてよかったかも」
「そうですね。騎士と関わる機会は多くないでしょうから楽しいのだと思います」
はしゃぐ男の子たちを見ながら呟くと、近くにいるエストが頷く。
確かに騎士なんて珍しいだろう。院長も騎士が来ると男の子たちが特に喜ぶと言っていたのを思い出す。
「…………」
和やかな時間に瞼を閉じる。やっぱり、無邪気な子どもたちと関わると癒される。
そんなこと思っていると、視界の端から足音を立ててローズがこちらへとやって来て私の服を掴む。
「アリシアさま。いま、じかんある?」
「ローズ。ええ、あるわよ。どうしたの?」
見上げるローズに目線を合わせて問いかける。一体、なんだろう。
「あのね、そだてたお花をみてほしくて……」
「お花?」
復唱するとこくりと頷かれる。どうやら花を見てほしいようだ。
かわいらしいお願いに思わず笑みが零れる。
「ええ、もちろん。どこ?」
「! こっちだよ、おねえちゃんもきて!」
「分かりました」
了承すると嬉しそうに笑ってローズが案内してくれる。なのでエストと一緒にその後ろをついて行く。
そして案内されたのは孤児院の敷地内にある庭に植えられた場所で、ローズが黄色が印象的な華を指差す。
「これね、わたしがそだてたの! えっと……なまえはたしかパン、パン……」
「パンジーですね」
「そう! パンジー!」
思い出そうとするローズにエストが教えると元気な声が返ってくる。どうやら目の前のパンジーはローズたちが育てたらしい。
「小さくてかわいいわね」
「うん! 先生がいってたけど、わたしのなまえもお花のなまえなんだって」
パンジーを眺めながらローズが話す。
ローズの名前はバラの別名だ。バラと違って人名として使え、響きがかわいらしいからと名付けられたりしている。
「知っているわ。ローズはバラね」
「うん。それをきいてからいままではチューリップが好きだったけど、いまはバラも好きなんだ!」
ニコニコと嬉しそうに笑うローズに微笑ましい気持ちになる。
そんなローズをそっと見る。……普段は王都にいるからできることは限られているけど、領地にいる間は子どもたちと一緒に過ごそう。
ひそかに決意しながら、ローズの話に耳を傾ける。
「──でね、いまはバラも先生たちとそだててるの。春になったらさくからたのしみ!」
「ふふ、そうね。どんな色のバラが咲くか今から気になるわね」
「まいにちおねがいしてるからぜったい赤色だよ!」
「まぁ」
大きな声で赤だと告げるローズに私もエストも笑う。どうやら毎日お願いしているようだ。
「アリシアさまー! どこー?」
「あ」
話を聞いていると遠くから女の子が呼ぶ声がする。探しているようだから早く戻らないと。
「ローズ、戻りましょう」
「うん!」
そしてローズに呼びかけると建物の中へ入って探している女の子の元へ向かい、夕方まで孤児院で過ごした。
***
暗闇の空に星が輝く夜の時刻。一日の終わりに温かいお茶を飲んでほっと一息つく。
その向かいにはシルヴェスター様もいて、深い、深海のような青い瞳がこちらを捉える。
「孤児院の方はどうだった? 変わりなかったか?」
「そうですね。修道女の方は一人増えたようで負担が少し減ったようです。院長先生も変わりなく、子どもたちもチェスターやカールに剣を教えてもらったりと元気そうでした」
「護衛以外でも活躍しているのならいいな」
「はい」
ここにはいないチェスターたちを思い浮かべながら、夕方まで過ごした孤児院について振り返る。チェスターもカールも子どもに苦手意識がないようで快く子どもたちの面倒を見てくれた。また孤児院に訪れる予定だから領地にいる間はお願いしようと思う。
そう考えていると、向かいから視線を感じてそちらを見ると、美しい青い瞳とぶつかる。
「シルヴェスター様?」
「……心地よく過ごすことができているなら何よりだ」
柔らかい声が耳朶を打ち、紡がれる言葉に息を呑む。……心地よく過ごせて。
近くで過ごしてきたから分かる。その声が、私のことを本当に案じてくれていると。
それがすごく嬉しくて──心が満たされる。
「……はい、領地での日々はとても心地いいです」
感慨深い気持ちになりながら口にする。
王都と大きく変わらない気候、賑やかで活気のある領地。優しいセレスティーヌ様や明るい子どもたちの笑顔。──領地での生活は私に癒やしを与えてくれ、かけがえのない、大切な場所だと思い知らされる。
「……シルヴェスター様はどうですか? お義父様とお話していた販路の件は如何ですか?」
シルヴェスター様に気になっていた件について尋ねる。
王都で話していた販路と刺繍糸の話は、シルヴェスター様がヨハネス様に提案して昨日から色々と話している。提案の席に同席しなかったけど、どうなっているのだろう。
尋ねると少し思案した様子でシルヴェスター様が口を開く。
「販路の件なら提案したら父も関心を示していたな。だが、時間がかかるからすぐには実現しないだろう」
「販路を拡大するにしても簡単にはいきませんからね」
「ああ」
告げるとシルヴェスター様がゆっくりと頷く。
販路を広げると売上は伸びるだろう。ランドベル領の絹織物は上質と有名だから。
だけど闇雲に行動してはいけない。利点は大きいけど初期費用といった欠点もあるからそこも考えないといけない。
「王都に戻っても父とは連絡を取り合うつもりだ。領民の生活や生産量なども考慮する必要があるからな」
「はい。それがよろしいかと」
今後のことについて話すシルヴェスター様に同意する。異論はない。領主として大切なのは、領民の生活を守ることだから。
「刺繍糸の方だが、こっちは近日中にヴェントの製造施設へ訪問して職人たちと打ち合わせする予定だ」
「ヴェントへ……」
予定を告げるシルヴェスター様に小さく呟く。
ヴェントはランドベル領の町の一つで、領都の次に大きな町だ。
そして、絹織物の製造施設が多く集まる場所でもある。……領地の滞在期限は決まっているから何か進展してくれたらと思う。
「アリシアも一緒に行くか? 製造施設は手芸店と比べてより多くの色の刺繍糸を持っている。妃殿下への土産を選ぶのに最適だと思うが」
「確かにそうですね」
手芸店なら置いている刺繍糸の色に限りがあるだろう。そのため、ほしい色がなければ他の手芸店へ行く必要がある。
それなら製造施設で選んだ方がいいだろう。手芸店より様々な色の刺繍糸があるから。
「それでは私も同行してもよろしいですか?」
「ああ。打ち合わせと併せて施設長からも直接話を聞くとしよう」
「せっかく来訪するのならお話を聞くのもいいですね」
報告書で概要は把握しているけど、責任者から話を聞いた方がより知ることができるはずだ。
その後もしばらくお茶を味わいながら会話を続け、滞在中の予定にヴェントへの訪問も新たに追加したのだった。




