97.再びの公爵領
王都からランドベル領へ向かうこと三日。広い道を利用する馬車の旅は、何事も起こることなく無事に夕方頃に領地にたどり着いた。
そして、活気のある領都を通り過ぎて本邸に到着して馬車を降りると、シルヴェスター様の両親であるヨハネス様とセレスティーヌ様が本邸の使用人と一緒に私たちを出迎える。
「久しいね、シルヴェスターにアリシアさん。今年はトラブルに巻き込まれずに到着してよかった」
「ええ、本当に」
「父上、母上、お久しぶりです」
「お久しぶりです」
ヨハネス様とセレスティーヌ様が朗らかな笑顔を浮かべ、私たちも挨拶する。会うのは去年の冬以来だけど、二人とも元気そうだ。
「エストとレナルドも久しぶりね。みんな、準備に護衛と疲れているでしょう。今日は早めに休みなさい」
「お気遣い、ありがとうございます」
「感謝申し上げます」
セレスティーヌ様がエストやレナルド、領地まで護衛をしていた騎士たちに声をかける。その声かけにみんな嬉しそうな表情を浮かべる。
そして本邸の使用人たちに荷物を部屋まで運んでもらうと、一緒に夕食を摂りながら会話を交わす。
「――なるほど、それで早めに領地へやって来たと」
「おっしゃる通りです」
シルヴェスター様が領地へ早めに来た理由を簡略ながらも説明すると、ヨハネス様が納得したように呟く。
「それにしても帝国か。懐かしいね、昔はよく仕事でセレスと行ったね」
「ふふ、そうね。覚えてますか? 滞在期間の前日、ようやく時間ができて一緒に帝都の第三劇場へ何度も行ったのを」
「ああ、もちろん。訪れる度に足を運んでいたね」
懐かしそうにヨハネス様とセレスティーヌ様が笑う。その仲睦まじい様子から、昔も今も変わらないのが窺える。
食事を摂りながら向かいに着席する二人の思い出話を聞いていると、セレスティーヌ様が私に問いかける。
「アリシアさんは帝国へ行ったことはある?」
「いいえ。帝国の品はよく領地へ届いていたのですが、訪れるのは今回が初めてで」
「まぁ、初めてなのね。ふふ、それなら第三劇場に一度行ってみるといいわ。第三劇場は百年前の当時の皇后が建設に関わっていて、現皇族も観劇する時に訪れる場所だから外観はもちろん、内観も素晴らしいのよ」
「そうなのですね」
「ええ。もちろん、帝国の女性貴族と歓談もあるだろうけど、外交官であるシルヴェスターと違って自由な時間も多いはずよ。初めての帝国だもの、また行くことがあると思うけど散策するといいわ」
「帝都の散策……」
続くセレスティーヌ様の言葉に惹き付けられる。……今まで、国外を出たことないから、帝都にすごく興味がある。
帝国の滞在日数や帝国貴族との外交を伴う社交がどれくらいあるか分からないけど、可能なら行ってみたいなと思う。
「はい、ぜひ。行ってみます」
「時期によって歌劇に演奏会と色々と開催されているのよ。これは行ってからのお楽しみね」
「本当ですね。楽しみです」
セレスティーヌ様の笑みにつられて私も微笑む。私が訪れる時は一体、何が開催されているだろう。
考えているとヨハネス様が呟く。
「しかし、それなら王都へ戻っても忙しいね。新年の夜会が終わったと思えばすぐに帝国行きとは」
「仕方ないでしょう。帝国側が打診したのがその時期なのですから」
「分かっているさ。だがね、無理はしてはいけないよ」
ヨハネス様が案じるように忠告する。……邸宅の管理といった、家に関する仕事だけする私と違い、王宮へ出仕しているシルヴェスター様はかなり忙しいはずだ。
ただでさえ普段から仕事中毒気味なのだ。それに加えて帝国行きの準備。……シルヴェスター様の性質を知っていると思うから気になるのだろう。
そんなヨハネス様の思いを知っているのか知らないのか、シルヴェスター様が口を開く。
「分かっています。必要に応じて部下に仕事を振り分けていますから。──領地の方も、アリシアに支えてもらっているので心配には及びません」
隣から紡がれた内容に息を呑む。……今、私の名前を。
驚いていると、斜め向かいにいるヨハネス様も同じく驚いた様子でこちらを見る。
「アリシアさんに?」
「今回の領地の主産業に関する報告書を対応したのはアリシアです。俺の状況から提案してくれて。忙しく、業務が重なっていたので助かりました」
目を丸めるヨハネス様に淡々とシルヴェスター様が語る。……どうしてだろう。その言葉に嬉しくて、くすぐったくて、口許が緩む。
「そうなのか。初めて見る内容もばかりで大変だっただろう?」
「確かに最初は少し大変でしたが、過去の資料や記録など参考にできるものが多かったので大丈夫でした」
問いかけるヨハネス様に微笑みながら答える。資料はもちろん、尋ねたらシルヴェスター様やロバートが教えてくれたので特別苦労することはなかった。
大丈夫だったと伝えると、ヨハネス様が笑う。
「それは何より。ありがとう、アリシアさん」
「いいえ、私にできることをしただけですから」
お礼を言うヨハネス様に首を振る。むしろ、領地関係の仕事に携わることできて楽しかったくらいだ。
そしてその後も会話を交わしながらセレスティーヌ様たちと夕食を摂ると、早めに休んで一日目を終えた。
***
領地に到着して三日目。昨日は本邸の図書室で本を借りたり、セレスティーヌ様と一緒にお茶を飲んだりと穏やかな時間を過ごした。
そして滞在三日目の本日、ようやく旅の疲れが取れたため、久しぶりに孤児院へと足を運ぶことにした。
「奥様、お手を」
「ありがとう、カール」
孤児院の少し前で停車し、馬車から降りようとすると大きな男性の手が差し出される。
手を差し出すのはランドベル公爵家に仕える騎士のカール。去年、私が領地から王都へ帰る時に護衛の騎士たちを束ねていた二十代後半になる男性だ。
降りるともう一人の護衛で、私が王都へ帰る時にも同行していたチェスターの姿を捉える。
「…………」
「奥様?」
降りてから動かない私にチェスターが声をかけてくる。……王都は事件があったから護衛がつくのは分かる。
だけどここは領地。去年、エストと一緒に領地を歩いたりしたけど、治安もよくて特に事件に巻き込まれることはなかったから護衛はいいのではと思う。
「えっと、ここは領地だから安全だと思うのだけど……」
「確かに人の数も少ないので王都より安全だと思います。ですが、護衛は必須です」
私が何を言いたいのか察したのか、声を出すと即座にエストが返答する。その早さに口を閉じる。
エストの言い分は分かる。分かるけど……やっぱり目立つと思う。
王都は貴族もたくさんいるから護衛の騎士を連れていても特に違和感がない。
だけどここは領地で貴族なんて領主一家くらいしかいない。つまり、護衛を連れて外を歩いているとすぐに領主一家だと気付かれる。
今だって馬車の窓から外の様子を見ていたけど、やっぱりたくさんの視線が感じた。……王都では貴族を中心に私が公爵夫人だって知られているから、できたら領地ではのびのび過ごしたいと思ってしまう。
「……奥様のお気持ちは分かります。ですが、領地でも外出時は護衛するようにと旦那様から命じられているので」
「シルヴェスター様から?」
「はい」
復唱する私にエストがこくりと頷き、カールたちも続いて頷く。まさか、シルヴェスター様が指示していたなんて。……なんだかあの事件以降、シルヴェスター様が少しばかり過保護な気がする。
「その、過保護な気がするのだけど……」
「いいえ。旦那様は表情の変化が少ないため冷たく見られがちですが、本来はお優しい人ですから」
口にするとエストが告げる。……シルヴェスター様が優しい人だって私も知っている。
だけど、事件が起きてから特に優しくなった気がして少し戸惑ってしまう。
のびのびと過ごしたい気持ちはある。でも、その指示は私の身を案じてくれている証で──戸惑いと同時に嬉しくもなる。
「……シルヴェスター様が言っているのなら仕方ないわね。行きましょうか」
「はい」
了承するとエストが頷く。
そして孤児院へ向かうと、外にいた女の子たちが私に気付いて声を上げる。
「アリシア様!」
「こんにちは」
「あ、こ、こんにちは……!」
挨拶するとびっくりした様子で同じく挨拶を返す。よかった、久しぶりだからもしかして忘れられているかもと思っていたけど覚えてくれていた。
「院長先生を呼んできます。少しお待ちください」
「分かったわ、お願いね」
複数いる中でも背の高い女の子が院長を呼びに行く。院長には訪問の旨を伝えていたからすぐに話が通じるだろう。
そして待つこと数分、院長と私の訪問を聞いた小さな子どもたちが建物から出てくる。
「アリシアさま!」
「あ、騎士もいる!」
「ねぇ、あそんであそんで!」
子どもたちが私たちを囲んで笑顔で話しかけてきて苦笑する。返事をしたいけど誰から返事をしたらいいだろう。
「アリシア様、ようこそいらっしゃいました」
「院長先生。お久しぶりです」
困っていると院長が柔らかい笑みで挨拶してきて私も返事をする。
同時に近付いてくる院長を見る。去年と特に変わらない雰囲気で元気そうだ。
「アリシアさまー!」
「まぁ、ローズ」
一際大きな声で私を呼び、建物の中から走ってくるのはローズで私の元へやって来る。
そして駆け寄ってくると、ふと、気付いて問いかける。
「ローズ……もしかして背が伸びた?」
「うん! もういちばんちいさくないよ!」
「あら」
笑顔で話すローズに自然と目を細める。
年の離れたベルンの成長を見てきたから知っていたつもりだけど、やっぱり子どもの成長は早いなと思う。
ローズの成長に笑っていると院長が話しかけてくる。
「アリシア様、どうぞ中へ」
「ありがとうございます」
そして誘導されて建物の中へ入ると、歩きながら院長と話す。
「領地への滞在は前回と同じくらいですか?」
「はい。滞在期間は短いですが子どもたちに会いたいので訪れてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです。子どもたちも喜びますわ」
問いかけると院長が頷いてほっとする。了承してもらえてよかった。
「ありがとうございます。何かお手伝いできることがあれば申してくださいね」
「まぁ、それではその時はよろしくお願いします」
再び感謝の言葉を紡ぐと院長も優しい笑みを浮かべる。
「アリシアさまー! はやくー!」
「ローズ、待って」
そしてローズに呼ばれて一緒に食堂へ向かうと、焼いたばかりのクッキーを子どもたちにプレゼントした。




