95.テレーゼとのお茶会
数日後、私は王妃様とお茶会をするためにシルヴェスター様と一緒に王宮へ向かっていた。
季節が変化し、社交シーズンが終わったことでシャーリーたちは領地に戻っている。そして現在、王妃様の友人で王都に残っているのは私だけなので、できるだけ王妃様に会うようにしている。
「そろそろだな」
「そうですね」
呟くシルヴェスター様に同意する。少しずつ走る速度が落ちてきている。
そうしてしばらくすると馬車が完全に停車する。どうやら王宮に到着したようだ。
シルヴェスター様に続いて私も馬車を降りると、白を基調とした軍服を纏う女性の近衛兵が立っていて、私たちを見ると頭を下げる。
「ランドベル公爵夫人、お待ちしておりました。王妃殿下の元へご案内いたします」
「よろしくお願いします、ヒルダ様」
「お任せくださいませ」
頭を上げて弧を描いて微笑む女性はヒルダ・フォン・リーゲル様。王妃様付きの近衛兵だ。
女性の軍人は珍しいけど、ヒルダ様の生家は建国時から国防を担っていたトリュシュタイン公爵家を本家としている。それ故、ヒルダ様の生家であるリーゲル子爵家も軍人を輩出している一族だ。
王妃様の護衛も、近衛師団の副師団長であるトリュシュタイン公爵から王妃様の護衛を任命されたことから、その実力と信頼が窺える。
そんなヒルダ様は女性にしては長身で、情報通のシャーリー曰く、その凛々しい雰囲気から令嬢に人気にらしい。
「よろしく頼む」
「承知しました。それでは参りましょうか」
「はい」
シルヴェスター様の言葉に力強く応じると、ヒルダ様が私に声をかける。
それに返事してシルヴェスター様に一礼すると、ヒルダ様の後ろをついて行く。
「今日はどこでお茶を?」
「本日は妃殿下のお部屋です。王宮の中庭には現在、秋の花が咲いて美しいのですが妃殿下の体調を考えると……。申し訳ございません」
「そんな、少し気になってお聞きしただけですから」
申し訳なさそうに述べるヒルダ様に首を横に振る。気になったから質問しただけで他意はない。
「むしろ、安心しました。お部屋なら何か起きても対応しやすいと思うので」
「お気遣い、ありがとうございます」
微笑みながら伝えると、ヒルダ様が背筋を伸ばして感謝の言葉を紡ぐ。
そしてそのまま進み続けて王妃様の部屋へ到着すると、ヒルダ様がドアをノックして私の存在を告げる。
そして告げるとすぐに室内から返事を貰い、ヒルダ様と入室する。
「アリシア!」
私の姿を認めた王妃様がぱぁぁっと笑顔を浮かべてこちらへ寄ってくる。そんな王妃様に歩調を早める。
「テレーゼ様、お久しぶりですね。会えて嬉しいです」
「私も。会えて嬉しいです」
挨拶すると淡い珊瑚色の瞳を細めて笑う。
嬉しそうに笑う王妃様を観察する。見た限り、顔色は悪くなさそうだ。
そのことにほっとしながら、王妃様に着席を勧める。
「着席しましょう。──今はテレーゼ様お一人の身体じゃないのですから」
「そ……そうですね」
案じる言葉をかけると王妃様が幸せそうにはみかんで頷く。その幸せそうな表情につられて私も微笑む。
お互いに着席すると、王妃様が祖国から連れてきた侍女のベラがお茶の準備をする。
向かいにいる王妃様の顔を見る。
見た目は今までと何も変わらない。でも──王妃様の身体には今、新しい生命がいる。
生まれる予定は春頃と言われていて性別は分からない。でも、女性でも爵位を継承することができるウェステリア王国は、仮に王女しかいなくても女王として即位することができる。
それ故、生まれた子どもは性別関係なく、第一位王位継承権を有することになることが既に決まっている。
「テレーゼ様、体調は問題ありませんか?」
「王家専属の侍医が日々様子を見てくれていて大丈夫です。むしろ、公務もヒューバート様が全部取りやめたから時間が余っているくらいなの」
「大事な時期ですからね。無理は禁物ですよ」
眉を下げて困ったように微笑む王妃様に告げる。陛下が慎重になる理由も分かる。
貴族もだけど、王族は特に血を繋げる責任が求められる。
現在の季節は秋。春になるまでまだまだ時間があり、慎重になるのは当然だ。
王妃様の侍女であるベラが淹れてくれたお茶を飲み、喉を潤して話題を変える。
「ウェステリア王国の冬には慣れましたか? ソヴュール王国は温暖な気候が長いと聞きましたが」
「確かに去年は少し寒くて驚きましたが……今年は二度目だから大丈夫だと思います」
「それはよかったです。風邪など引いたら大変ですから」
王妃様の祖国であるソヴュール王国はウェステリア王国より気候の温かい海洋国家と知られる。だから少し心配だったけど、この様子からして問題なさそうだ。
一安心してから王妃様と最近の流行りの観劇やお菓子、さらにはお互いの近況など色んな話をする。
「まぁ……! それじゃあ今、アリシアは家政の仕事以外に、領地に関する仕事に携わっているのですか?」
「はい。とはいっても、全てを担っているわけではなくて。公爵領の主産業である絹織物などの書類仕事を担当していて、一部にすぎないのですが」
「だとしてもすごいわ。公爵家の主力産業に携わるなんて」
「いつも忙しそうですが、今回は帝国へ行く準備も並行しているので……。何かお力になれたらと思って提案したのですが、提案してよかったと思います」
話しながら口許を緩める。
終わった後はシルヴェスター様かロバートに確認してもらっているけど、今のところは書類の不備は起きていない。
公爵家に嫁いで一年以上経ち、邸宅の管理といった家政に関する仕事も慣れたから、これから少しずつ手伝える量を増やしていきたいと思う。
「頑張っているのですね。……でも、アリシアも無理はしないでくださいね。アリシアも大変な目に遭ったのですから」
「テレーゼ様……」
澄んだ珊瑚色の瞳が案じるように私を見つめて紡ぐ。……詳細を語ることないけど、それが私が襲われたことを指しているのが分かる。
結局、あの事件を依頼した首謀者は未だ明らかになっていない。
私が襲撃されたことは厳しく情報規制されて一部の人しかいない。
そして、王妃様はその一部の人間に属し、私を心配してくれている。
「大丈夫です。……あれ以来、護衛の騎士もつけているので」
「それならよろしいのですが……」
案じる王妃様に微笑みながら告げる。
あの事件以降、外出する際は護衛の騎士がつくようになった。護衛も兼ねたエストも変わらず側に仕えてくれるので大丈夫なはずだ。
気分が沈んでしまう事件の話はここまでにしよう。せっかく王妃様とお茶をしているのだ。どうせ同じ時間を過ごすのなら、楽しい時間を送りたい。
心配してくれた王妃様に軽く頭を下げる。
「ご心配、ありがとうございます。……それでシルヴェスター様の帝国行きに私も同行するのですが、帝国へ訪れるのは初めてで。テレーゼ様は訪れたことはありますか?」
「帝国へ? ……お兄様やお姉様たちと二回ほど訪れたことあります。帝都も歩いたのですが、お祭りでもないのにすごく賑やかだったのを覚えてます。アリシアも時間があればぜひ歩くのをお勧めします」
「それでは時間があれば歩こうと思います」
「ええ」
どうやら帝都はすごく賑やからしい。帝国は多民族国家だから色んな文化や雰囲気を感じ取れるだろうからぜひ歩きたいものだ。
そのまま和やかに時間が過ぎていき、次は領地視察の話になる。
「視察……。それでは来月にはランドベル公爵領へ?」
「その予定です」
「そうなのですね……。シャーリーたちも領地に帰って王都にいる友人はアリシアだけなのに……。寂しいですね」
寂しそうな表情を浮かべながら王妃様が呟く。王都に残っている友人は私くらいで、その私も領地へ向かうから寂しいと思う気持ちは分かる。
落ち込む王妃様に向けて、意識して明るい声で話す。
「領地への滞在は去年と変わらないのですぐに戻ってきます。なのでまた戻ったらお話ししましょう」
「……はい。公爵領のお話、たくさん聞かせてくださいね」
「ふふ、分かりました」
微笑みながら日数について報告してまた話そうと伝えると、王妃様も小さく笑って頷く。よかった、笑ってくれて。
そして笑う王妃様に続けて言葉を重ねる。
「今年もお土産を考えているのですが、テレーゼ様は何か希望はありますか?」
「まぁ、お土産を? ……それでは公爵領が誇る絹の刺繍糸をお願いしてもよろしいですか? 公務がなくなって最近裁縫をよくしているの。冬が訪れる前に何か編んでヒューバート様に贈りたくて……」
「陛下にですか。ふふ、とても素敵ですね」
幸せそうにはみかみながら話す王妃様に私も笑みを浮かべる。その表情から陛下のことが好きだという感情が伝わってくる。
王妃様からの贈り物だ、陛下も喜ぶだろう。
「お任せください。それでは複数の色の刺繍糸をプレゼントしますね」
「ありがとう」
そしてその後もお話しを続けて、王妃様の部屋を退室した。




