94.帝国訪問と領地視察
夏が終わり、社交シーズンが終了した。
そのことに少しほっとする。季節が変わり、王都にいる貴族が減ったからだ。
事件が発生した当時はまだ社交シーズンの時期だった。だけど、身の安全を考えて参加予定だったお茶会は全て断りの手紙を書いた。
それからは元から控えていた夜会はもちろん、お茶会も参加していなかったから、久しぶりに陛下主催の夜会に参加した時の注目はすごかった。
だけど仕方ないと耐え、シルヴェスター様と離れる時は信用できるシャーリーたちといてどうにか過ごした。
そうしてようやく季節が夏から秋に変わり、王宮に出仕していない当主は家族を連れて各領地へと帰っていった。なので現在の王都は一部の貴族しかいなくて静かだ。
そんな時だった。シルヴェスター様からその話を聞いたのは。
「──帝国へ訪問ですか?」
帰宅したシルヴェスター様をいつも通り出迎えて一緒に歩いていると、帝国の訪問を告げられて瞬きを繰り返す。
「ああ。とは言っても来年、正確には一月頃、年明けになるな」
「もう行く時期が決まっているのですね」
「そうだな。帝国──向こう側の予定に合わせてそうなったんだ」
「まぁ、そうなのですね」
帝国はウェステリア王国の南部に位置する、広大な国土を有する軍事大国だ。
同盟国とはいえ、帝国の方が人口も軍事力も上だ。困る理由がないのなら、できるだけ帝国の意見に沿う方がいいのが本音だ。
「シルヴェスター様も同行するのですよね」
「その予定だ。外務大臣……ヘルマン侯爵の補佐として同行が決まっている。大臣が不在中は外務補佐官が仕事を指揮することになっている」
尋ねるとシルヴェスター様が簡単に説明する。
ヘルマン侯爵は五十代になる国王派に所属する外務大臣だ。そして、ヘルマン侯爵を補佐する外務補佐官も同じく国王派の人間だ。
帝国へ訪問となると最低でも一ヵ月は国を離れることになる。けれど、外務大臣の補佐官が国王派の人なら問題ないはずだ。
「帝国に到着したら歓迎を兼ねた外交パーティーも開催される予定だ。当然、帝国貴族たちとも交流する予定となっている。アリシア、協力してくれないか?」
「私も同行して帝国のご夫人たちと交流を?」
「ああ」
確認すると頷かれる。外交を担うランドベル公爵家に嫁いだ時から、各国の夫人たちと話す機会が増えるだろうと思っていたから驚かない。
帝国へ行くことはもちろん、他国を訪問するのは初めてだ。緊張するけど、それ以上にその国の文化や歴史、街並みや雰囲気に興味があって、まだ先だと分かっていてもわくわくする。
「もちろんです。微力ながらお力になれるように努力いたします」
「ありがとう」
了承すると口許を和らげ、青い瞳を細めて紡ぐ。その柔らかい声を聞くと不思議と嬉しい気持ちになる。
そして年明けに帝国へ行くことを頭に入れると、ふと、領地について思い出す。今年は公爵領へ行くのだろうか。
領地の視察は領主の大切な仕事の一つだ。多くの領主は社交シーズンが終わった秋から冬を領地で過ごしているけど、シルヴェスター様はどうするのだろう。
「帝国へ行く準備もあって忙しいと思いますが……今年は領地へ行くのですか?」
「当然、行く予定だ。今年は早く領地へ向かうつもりで調整は既に済んでいる。領地には来月行く予定だ」
「まぁ、来月ですか? 滞在日数は去年と同じくらいですか?」
「そのつもりだ」
どうやら今年も領地へ行くようだ。なら荷造りの準備をしよう。
急だなと思うけど去年と同じ滞在日数なら荷物はそこまで必要ないだろう。「北の商業都市」と呼ばれるランドベル公爵領は大体の物は揃っていると目で見て実感したから。
「去年は冬の初めだったが、今年は秋だからそこまで寒くなくて過ごしやすいはずだ」
「秋の公爵領はまだ見たことないので楽しみです」
過ごしやすいはずだ、と告げるシルヴェスター様に微笑みながら呟く。
冬の公爵領はマーケットが開かれていてとても賑やかで活気に溢れていたけど、秋の公爵領はどんな感じか気になる。
それと同時に脳裏に浮かぶのはローズをはじめとした小さな子どもたちだ。あの子たちは元気だろうか。
「とは言っても忙しいのは確かですけどね」
「やっぱりそうなの?」
声を上げるのは私たちの後ろを歩くレナルドで、振り向いて問いかけると黒い瞳を細めて苦笑する。
「他国へ行くことはこれまでもありましたが、当主になってからは今回が初めてです。加えて陛下から政策やら色々と相談を受けていて。顔に出しませんが、実は多忙を極めているんですよ」
苦笑いを浮かべながら理由を告げる。どうやら当主になってから初めての訪問らしい。
ただでさえシルヴェスター様は領主と外交官の二つの仕事を兼任している。そこにさらに帝国へ行く準備や打ち合わせ、そして陛下の相談役。……かなり忙しいと容易に想像できる。
想像していると、青い瞳をレナルドへ向ける。
「そうは言っても仕方ないだろう」
「分かってますよ、だから僕も頑張りますよ」
シルヴェスター様の言葉にレナルドが肩を竦め、困ったように眉を下げながら呟く。……何か、私にできることはないだろうか。
「……何か、お力になれることはありませんか?」
「アリシア?」
口にすると青い瞳が今度は私を捉える。その瞳から目を逸らさずに続ける。
「領地に関する書類仕事ならできると思います。いずれ伯爵家を背負う者として、十年近く当主教育を受けていたので」
外交官の仕事は手伝うことできない。でも、領主の仕事なら可能だ。
ベルンが生まれるまで、いずれは伯爵家の当主になるように育てられたから領地経営だってやろうと思えばできる。公爵領の税収の種類や計算を教えてもらえば対応できるはずだ。
「……もちろん、シルヴェスター様が望まないのならしません。ですが、無理はしないでください」
青い瞳を見上げ、逸らすことなく伝える。
頼られる立場の人だって分かっている。それに応えられる実力と能力を有しているってことも。
それでも、もしシルヴェスター様の力になれることがあるのならなりたいと思ってしまう。
伝えると、シルヴェスター様がゆっくりと口を開く。
「……なら、任せてもいいか?」
「! はい、ぜひ」
紡がれた内容に僅かに驚きながらすぐに頷く。少しでもシルヴェスター様の役に立てるのなら立ちたい。
「執務室に一緒に来てくれるか? そこに書類があるんだが」
「もちろんです」
そして長い回廊を歩いてシルヴェスター様が普段屋敷で仕事する執務室に一緒に入室すると、書類を幾つか手渡される。
「これが父から送られてきた書類で、この書類を対応してほしい。過去の資料や記録は鍵付きで保管していて図書室にある。レナルド、あとでアリシアに教えてくれ」
「かしこまりました」
シルヴェスター様がレナルドに命ずる。資料や記録があるのなら安心だ。
二人のやり取りを見ているとシルヴェスター様が私に鍵を渡してくる。
「これが資料を保管している鍵だ。ロバートには話を通しておくから分からない部分があれば聞いてくれたらいい」
「分かりました」
受け取った書類に簡単に目を通す。書類の中身は公爵領の主産業である絹織物に関する内容だ。もし分からないところがあったらロバートに尋ねて教えてもらおう。
「アリシア様、ありがとうございます。これで僕の負担も少しばかり減ると思います」
「ふふ、お役に立てるのなら嬉しいわ」
レナルドがにこやかに微笑む。シルヴェスター様の従者として仕えているレナルドは使用人の中でも特に大変だと思う。
「終わったらロバートか俺に渡してくれないか?」
「はい、お任せください」
確認するシルヴェスター様に頷いて了承する。せっかく頼ってもらったのだから頑張ろう。
「──ああ、任せた」
そして心の中で決意すると、シルヴェスター様が口許を和らげてそう紡いだ。
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