閑話 王族対抗歌合戦 39 薄くあまじょっぱい
ジェムに呼ばれて、らくがきせんべい、──軽い子供の手のひらサイズのうっすら塩味米粉せんべいに、シロップ筆で絵を描かせてくれて、上にさーっと色付きの粉砂糖をかけてくれるやつ── を試す事にしたマージ王弟である。
筆は竜樹の世界のマニキュアを参考に、蓋にくっついている方式にして、使わない時はピッタリ閉めておけるよう工夫されている。
埃混入、乾燥による変質、などを防ぐためだ。
粉砂糖は3色、ほんわり穏やかな赤、黄、緑。天然の果物からの色素である。
マージ王弟は、はい、とジェムにシロップ瓶とおせんべいを渡されて、えーっと。他の描いてる子たちを見、どうやればいいのか、そっか、と。えー、えー、何を描こう。
「………ジェム少年は、何を書いたんだい?」
ん? バリバリ、と最後を噛み砕いてモグモグしているジェムなので、もう、せんべいに何を描いたかは分からない。
「えーとね、おれは、ジェム、って名前書いた。あっ!あれじゃんね!いっぱい塗りつぶして、大きく絵を描いたら、いっぱい粉がついてトクしたじゃん!しまったあ!」
ガーン。手を顔の前にわわわと持ち上げてぶるぶる、大きくショック。
「もう一枚、食べたら良いだろう?」
「ダメだよ、試食なんだからさ。幾つも同じの食べたら、しゅるいがたくさん食べられないじゃん。」
ほんと、ちゃんとしてるんだなあ。
手作りの大きなおまんじゅうなどは、小さくカットされて、少しずつ味わえるようになっている。子供たちはお菓子パラダイスに、嬉しそう、はしゃいでいるが、また同じく真剣におはじきを持って、食べたお菓子に入れようかどうしようか、なんて悩んだりしてもいる。
マージ王弟はシロップ筆で。
ふにゃふにゃと歪んだ人の顔らしきものを描き、側にくしゃくしゃっと何かを足した。小さなせんべいに、瓶の蓋から伸びる筆だから、ちょっと初めてでは細かく描きにくい。
粉砂糖の箱の上、スプーンで掬った赤色をサラサラとかける。
ぐちゃあ。赤いなにか。
何となく血痕にも似て。
「何これ。」
「ばけもの?」
「おばけ?」
「痛いときの、いぬじゃん。」
「ガウーってしてる!」
覗き込んで子供たちが当てっこするけれど。
「化け物じゃない!犬でもない!私の妻だ!それと花だ!」
ムキになって、ムスッとマージ王弟が応えると、皆、アハハハ!と笑った。
「がはくってゆーんだよ、ヘタクソって言わないんだよ!しってた?」
「マルサでんか、がはくなんだよ!」
「たつきとーさは上手だよねぇ。ラフィネかーさ、かわいく描いてた。」
「似てた〜!」
「マージでんか、結婚してるのぉ?」
「なかよし?浮気してない?」
「おくさん、かわいい?」
「う、うん、うう、うん。」
目を白黒。
浮気はしていないし、妻ラベイユはかわいいが。夫として、見限られてしまうの、かも、しれないんだよな。
しゅーん、と項垂れても、子供たちは落ち込みを許してくれない。キャッキャ、ワイワイ。
「おくさん描くの、すてきね!だいすきなのね!」
ニコッと笑う、少女たちの無垢さが痛い。
マージ王弟は、ふ、と笑って返したが、少しだけ情けない微笑みになったかもしれない。
だいすき、って。子供みたいに、素直に、簡単に、ストーンと心にまっすぐ言えれば良いのに。
「…………。」
グチャっとした赤いラベイユ。
息が苦しくなりそうだ。
「食べないの?」
「おいしいよ?」
「………食べるよ。」
ぱりりと噛み砕いたラベイユせんべいは、薄ら甘じょっぱくて、沁みる味だった。
いや〜ん、と赤ちゃんのふにふにする声が響く。
引かれてマージ王弟は、そちらに子供たちと寄っていく。手を伸ばす、ちょんもりな指、ふくふくまるっとした短い腕、ラマン。アンクル地方の教会孤児院、よちよちぽっこりお腹の赤ちゃんである。
うぇ〜、あ〜ん、とイヤイヤして、欲しい欲しいと向くものは。
キラキラした色々な飴。
好きなのを選んで量り売りする台は大きく用意されている。子供も手に取れる高さで、仕切り毎に味ごとに。
剥き出しの飴は、粉砂糖がかかっていて、宝石よりも淡い色合い、パステル。
ハッカの緑。苺の赤。ラムネの青。桃のクリーム。ミックスの赤黄白マーブル。ベリーの紫。林檎の黄。ミルクの象牙色。ここまではまん丸。
キャラメル濃いの薄いの。お芋のキャラメルに柑橘のソフトキャンディ。溶けないようにオブラートで包まれていると、そこが優しくつるりと光って、キューブが美しい。
トングで一つから選べるのだ。
「ラマン、めーよ。飴は食べられないんだよ。お喉に、ムグッてなっちゃうよ?ほら、あっち、あっちがいいかな、美味しそうかな、ね、ねっ?」
竜樹ほどの歳に見える助祭が、よいよいとあやしながら気を逸らそうとしている。あっちには赤ちゃんが食べられる歯固めビスケットにウエハース。あまり濃くない、自然な味でかぼちゃなどが練り込まれていたり。侍従パパさんや侍女ママさんたちの子供ちゃんに、お家にお土産どうかのセレクションである。
侍女さんたちは、産休という制度そのものはないものの。しっかりした身元の経験者は貴重であるので、お産から何年かお休みし、子供を自分の母親に預けて働く人、同じく職場結婚で侍従パパさんと代わりばんこに子守りする人が、ぼちぼちいる。
そう、そう、こっちならラマンでも食べられる。
でも、キラキラした飴が欲しいんだ。
「の!ん〜ッの!」
「ラマンのー、はコッチ、ね、コッチだよー。」
イヤアアァァ!
ぎゃん泣きするラマン。えびぞり。
びちびちして危ないのに、赤ちゃんのイヤイヤは全身である。
ピャッとマージ王弟は肩を竦め。そして、そちらへ歩いて行った。
赤ちゃんウエハースを2つ、取る。
「こんにちは。」
ピッ、とゆがゆが、お口をまむまむさせて、涙目ラマン、えびぞったまま突然現れた知らない人──マージ王弟を見た。瞬間だけ、イヤァが止まる。
「うぇ……。」
「うわぁ、美味しいなぁ!すっごくおいしい、もぐ、んー、(サクサク)あれー、これ誰のかなぁ。もういっこ食べちゃおうかなあ!」
ウエハースをサクサクと、いかにも美味しそうに食べて見せて。
助祭もピン!ときて、えびぞりラマンを抱え直して、ヒソヒソ内緒の話し声。皆に聞こえてるけど。
「あ、ほら、すっごく美味しいって、お兄さんが!食べてるね!うわぁ、すごいなぁ〜!ラマンにも、くれるかなぁ〜?」
指さし、ほら、ほらね、って。
食べて見せて、目をわざとらしくラマンにチラリして。
「あれ〜、こんな所に泣いてる子がいるよ!どうしちゃったかな。あれれ、もしかして、このお菓子、ラマンのじゃないかな?美味し〜いお菓子、ラマンのかな?」
はい、どーぞ。
小ちゃなグーの指に渡すウエハース。ツンツン、すれば、ゆあっとお手てが開いて、にギュ!掴んだ。涙やら涎やらで湿っているお手てだけれども、握られたウエハースは、まじまじとラマンに確かめられて。
もむ。 あむ。
「どうかな。」
「………んーまっ!」
………アハハハ、ふふふ。
助祭とマージ王弟で、微笑みわかり合いである。ホッと良かった、なのだ。
「ありがとうございます、マージ殿下。」
「いいんだ。赤ちゃんって、こういうものだよね。久々に触れ合ったから、食べてくれて良かった。」
「んーま〜。」
食べかけをマージ王弟にくれなくて良いから、ラマン。
「カルネも、エクレもシエルも、こんな風に赤ちゃんだったんだ……。」
可愛かったな、と笑う思い出。
その優しげな眼差しを見ながら、助祭は静かになったラマンをまた抱き直して。
「マージ殿下もその頃、まだお小さかったのでは?」
「ああ、私も少年だったよね。まだ赤ちゃんを抱っこして、重くていっぱいいっぱいだった頃だね。」




