閑話 王族対抗歌合戦 35 お人形
ふにゃあ、ふにゃ
ふ、ふにゃあ
何だかこちらまでふにーと切なくなってくる。赤ちゃんの泣き声とは、本当に不思議なものである。2倍で泣かれると、余計にあわわわ。
双子の赤ちゃん、カルネ王太子とリアン王太子妃の子、そしてフードゥル王族直系の王孫、オニキス君とコハクちゃんの授乳タイムだ。ちっちゃなおくるみの中でモゾモゾ、ふにゃあ。
双子を同時に、しかも首が座っていないのに、お母さんが授乳するのは難易度が高い。
やり方はないでもないよ、と竜樹が授乳クッション(赤ちゃんとお母さんの膝の間にふかっと乗って、製品によってはお母さんの背中まで三日月状、くるっと包んで位置を高くし負担を減らすもの)を、後から入ってきたお助け侍従タカラの、時止め何でも入る魔道具バッグに手を突っ込んで、グイッと出した。
「でも無理しない方がいいね。この授乳クッション、パシフィストのママズクラブとパパズクラブの監修する商会から出したやつなんですよ。母乳と山羊粉ミルク混合ですか?」
「ええ、そうなの。でも乳母もいますから、本当に補助的になのよ。順番に、今度はコハクがお母様のおっぱいの番ですわ。隣の部屋ででもちょっとお乳を、あ、ありがとうぞんじますわ。え、えと、でも、その、殿方の前で授乳はちょっと。」
授乳クッションをスポッと推しの竜樹にはめられて、腰を浮かせた所だったリアン妃は、コハクちゃんを抱っこしたままわたわたしている。オニキス君は乳母さんがよいよいだ。
ええっ と皆、目がそこに吸い寄せられている。
「そんな時のために!」
パパーン、とバッグから引っ張り出したのは、ケープである。
「はいこれ、授乳ケープ。良かった、デザインが色々あるから、幾つか持ってきたんです。これでこの場で、落ち着いて2人一緒に授乳できますよ。いくら授乳が素敵な光景だからって、お母さんにしてみれば、良く知りもしない人の前でお胸を出したくないですよねえ。」
いえ竜樹様の事は良く知っているんですけれど、伝聞で。
とリアン王太子妃は思ったが、手触りの良い、軽い素材の布、授乳中のお胸まわり全体を覆って隠せる授乳ケープは、ピンクとブルー、端の刺繍のデザインはウサギちゃんと猫ちゃんの2枚。受け取ったのはお付きの侍女で、ふにゃ、ふにゃ、のせっつく泣き声の中、リアン王太子妃も手を出しながら。
「どう着るのかしら、こう?あ、こう!」
選んだのは猫ちゃんである。
ウサギちゃんはオニキス君と乳母さんにだ。
ふにゃ、ふ、ち、ちぱちぱ、ちっぱ。はふ、ちぱ、ふす。
授乳中って無言で見てしまうよね。
ラベイユ王弟妃も、涙粒をゆらゆら溜めながら、じっとリアン王太子妃の授乳を、ケープ越しに見ていたが。
はっ。
「失礼致しました!ギフトの竜樹様がいらっしゃるのに、その、私の事などでお騒がせしまして。」
「いえいえ。よっと、ラベイユ王弟妃様?」
バッグから出したのは、今度は。
試作品の、パシフィスト国スフェール王太后様の夭折した赤ちゃん、あどけないアヒル口の天使、アーちゃん人形である。
「おかあさん!」
え、と、へ、の中間の抜けた声で。
ラベイユ王弟妃は、アーちゃん人形を手にした竜樹が、ネズミーの声優みたいな男性が無理に出した高い声で、「おかあさん!」との呼びかけ、え、えええ?
唇をとんがらせて竜樹は、恥ずかしげもなく続ける。
ラベイユ王弟妃へ向かって、ちょいちょい、とアーちゃん人形を動かしながら。
「おかあさん!(ほら、ほら、ノッて、ノッて!遊びましょ!)おかあさーん!」
お助け侍従タカラが、竜樹の(お母さん人形を出して下さい!)囁きに応え、ささっと少女樹脂人形を出す。スフェール王太后様が売り出したく、色々とお国を跨いで話をしている少女着せ替え樹脂人形である。
ラベイユ王弟妃に合わせたか、人形は亜麻色の髪である。ワンピースはベージュに花プリントが裾に入った、ふわっとしたもの。
多分バッグの中には、色々なパターンの少女人形があるのだろう。
竜樹が、アーちゃん人形を持つのと反対の手で、少女人形をラベイユ王弟妃に差し出す。
「おかあさ〜ん、さびしいよ、おかあさあん!」
チョイチョイ。コイコイ。
アーちゃんが、亜麻色髪お人形に、ツンツンする。
戸惑いながら。
「な、なあに。坊や。」
ラベイユ王弟妃が、地声で応えた。
ニコッ、と竜樹は、戯けて続ける。
「よかった!おかあさん、あいたかった!ぼくはね、アーちゃんっていうの。スフェールおかあさんが産んだ赤ちゃんのアシル、その生まれ変わりだよ。ぼく前は、3日生きて死んじゃったんだ。」
「まあ………。」
スフェール王太后様の赤ちゃんの、お人形。それと知って、ラベイユ王弟妃は、キュと眉を下げた。
夫のマージ王弟は、ハッ、と苦しそうに息をして。
「そうなの。そうなのねえ。可哀想にねえ。」
亜麻色髪お人形が、アーちゃんを、優しくなでこする。
「かわいそう、って思う?ぼくのこと?でもね、でも、ぼく、かわいそうじゃないの。」
えっ?
アーちゃんは、ぴょんぴょん。
「ぼく、生まれたかった。おかあさん、この世界は、生きていて、辛いことも、苦しいことも、あるでしょ?」
ネズミーな声が、ちぱちぱの授乳の音とともに、ぽっと何でもなく落ちる。
辛いことも、苦しいことも。
怖いことも、嫌なことも。
モヤモヤすることも、やりきれないことも。
だけど。
「でも、生まれたかった。赤ちゃんはいつも、生まれたくて、生まれてくるの。この世界で、生きたいの。だから、挑戦したの。やってみたの!人は、何歳まで生きたら、よかったねになるの?おじいちゃん?おばあちゃん?じゃあ、それ以外は、みんなダメなの?よくなかった、はやかった、まだまだなの?」
「………、そ、それは。」
ラベイユ王弟妃のお人形は、手に握られたまま。愛らしく目がキラキラと描かれて、微笑んでいる。
「挑戦したんだよ!生まれてきた!良くやったね、って言ってよ、おかあさん!よく生まれてくれたね、って。よく挑戦したね、って。ぼくは、がんばった!」
アーちゃん人形は、とても、とても、あどけなく、無垢で。
「生まれたかった!生きたかった!色々なものを見たかった、触りたかった。嗅ぎたかった、味わいたかった!お母さんのお胸、お父さんの腕、知らないものを、知らないこの世界を、精一杯に抱きしめたかった……。」
「できなかったとこも、いっぱいあるけど。よくやったでしょ、ぼく。」
ニコニコ、ショボショボ、とした竜樹とアーちゃん人形は、生きている喜びを表すように、ぴょんぴょん、チョイチョイ、とラベイユ王弟妃にちょっかいを出す。
「おかあさん、ほめて。ほめてよ、良くやったね、って。がんばったね、って。」
「………よく、やったわ。坊やは、頑張った。頑張って、生まれてきたのね。良くねえ。本当に。」
亜麻色髪の人形は動かないが、声は優しく、眼差しも。
「えへへ。」
アーちゃんはお母さんな少女人形に、大袈裟に抱きつく。
「ぼくと、おかあさんは、スフェールおかあさんが色々なお国と仲良くしながら、売り出してくれるんだよ!フードゥルでは、リアン妃さまが、どんなぼくたちにするか、きっとお仕事してくれる。スフェールおかあさんがね、リアン妃殿下は、赤ちゃんが生まれたばっかりだから、きっと大変よ、って。お仕事を手伝ってくれる人がいると良いんだけど………、ラベイユおかあさん、お手伝いしてくれない?」
「えっ?」
リアン王太子妃が授乳しながら、クフフっと笑っている。
「そうねえ。ラベイユ様がお手伝いしてくれたら、助かるわ。貴女はドレスのセンスも素敵に可愛らしいし、きっと素敵なお人形になるわよ。」
マージ王弟は、くわ、とお口が開いている。
「ま、待ちなさい!そんな……!」
「はい、おとうさん!」
アーちゃん竜樹が、バッグを探って、今度は少年人形をホイッと出す。
「あ、あ!?誰が、お、おとうさんだと!?」
「おとうさーん。」
アワワワ、としているマージ王弟に、強引に少年人形を渡す。そしてラベイユ王弟妃に向き直り。
「フードゥルで売り出すなら、何をやっているおとうさんにする?みんな、どんなおとうさんなら、すてき!うちのお国のだよ!っておもう?おかあさん、どうする?」
「そ、そうねえ……。やっぱり、フードゥルは、巻角牛が有名だから。フードゥルらしい、っていえば、牛だわ。巻角牛を育てている、かしら?」
リアン王太子妃が先ほどキャイキャイしていた、巻角牛のソファを見ながら、その記憶にツイっと引かれてつい応える。
「巻角牛って、ふたごいる?」
「え?」
「あたまからうまれてくるの?あしから?つのひっかかる?」
「え、え?」
「お父さんのプロフィールに、そういうこと、のせたいじゃない!生まれる牛を見たことある人じゃないと、知らないこと!おとうさん、しってる?」
「知るか!」
くわ、とマージ王弟はガッシリ少年人形を掴んだまま地声である。
竜樹は感情豊かに、流石に子供たちに読み聞かせでなりきりっこをしてるだけはある、しゅーんとして。
「しらないのかー。おとうさーん、しらないのかー。」
「うっ、わ、悪かったな!」
むくくくく。
笑うのを我慢しているリアン王太子妃である。カルネ王太子とアジェンダ王の口も、ムフ、となっている。
エクレとシエルといえば、ああ、また、あの竜樹のあの感じか……、とこちらは子供相手の竜樹とーさのいつもで、慣れている。
「おかあさん。おとうさんは、ぼくがいらないの?」
「………マージ様、お父様はね、エマ王妃様を随分気にしてらしたんですって。無理してる、って。その時も、お仕事をあまりしないように、お諌めに行って、でも、エマ様は笑ってお聞きにならなくて、そこで、目の前で、お腹から血を流されて……。倒れられてしまったのですって。坊やが、いらないのじゃないのよ。ただ、思い出して、お辛いの。」
「ラベイユ、君、知っていたのか。」
(お友達が、教えてくれましたの。)
お人形遊び中だから、囁き返しである。
その友達は、一体どんな意図を持って、ラベイユ王弟妃にそんな過去の出来事を伝えたのだろうか。好意か、おせっかいか、悪意とまではいかなくても、人間の嫌らしい所でもって耳に入れたのか。
お前が夫に抱かれないのは、こうこうこうだからだぞ、と。
王弟離宮を家と呼ぶ2人夫婦。仮にも王族であるから、仕える者はベッドメイキングなどもするし、夫婦の夜のあれこれの残滓なども確認するのだろう。公にはしなくても、2人が白いと知る者は、どこからか繋がって、いそうなものである。
「おかあさんは、やさしいね。だから、お人形になってあげたんだね。」
お人形遊びでなりきれば、モヤモヤした本音や、やりきれなさや、悲しいこと、そして、嬉しいことも。
「きっと、安心して、言いやすいんだものね。お人形を、やってあげたんだねえ。」
えらいえらい、今まで良くやりました。
アーちゃん人形に撫でられたのは、亜麻色髪お人形ではなく、ラベイユ王弟妃のきっちりしたまとめ髪だった。ポポッと頬を赤くして、初めて言われる、良くやったねと褒められる。
「でもね、もう良いでしょ。ぼくたちがいるもの。おとうさんと、おかあさんと、ぼく。それに、人がお人形をずっとしていると、生きているこころが、ここにいるよ、生きてたいよ!って叫びたくなるの。良くないんだよ。」
生きていたい、喜びたい、愛したい、愛されたい、見たい知りたいそれやりたい、そのために苦しむときがあって、でも鮮やかなそれが欲しい。
守りたい、守られたい、安心したい、落ち着きたい、納得したい、受け入れたい、支えたい、支えられたい。息がホッとするような優しさがあって、そこで笑っていたい。
前に出ては後ろに引く、明滅する光の粒が沢山、流れて消えてゆくように、生命は煌めき。
じわ、とラベイユ王弟妃の瞳が。
今度は熱い何かで潤んだ時。
アーちゃんは、縁が可愛らしくかがってある人間用の竜樹のガーゼハンカチを、身体いっぱいに持って。よっこらしょ、と不器用に、その涙をたふたふ、拭いた。




