番外編3.日下くんと俳句を詠む
「本日の日下部の活動は、『青空の下で俳句を詠む』です!」
高らかに部活内容を宣言した私に、日下くんが厳かに拍手を送った。
「日光を浴びながら俳句という我が国が誇る芸術活動に勤しむ……うん、健康で文化的な最高水準の部活動だと思うよ小宮さん」
本日の日下くんも褒めの姿勢を崩さない。崩さないどころか攻め攻めの褒めである。好きです。いつか日下くんが「生徒を褒めて伸ばす」を信条に掲げた私塾を開いたのならば私は喜んで最初の門下生として入塾させていただきたいです。
「えへへ、そ、そうかな? でも、正直に言うと夏の日差しが暑くて困るから、青空っていうか、もうちょっと日陰成分多めっていうか、具体的には常に日陰で謎に涼しい校舎裏にある座ると妙にひんやりする出自不明な平たい岩に座って実施するんだけどね!」
「岩に染み入る蝉の声……そんな環境を体現するということだね」
「それ! そういうことにしよう。偉大なる葛飾北斎の句になぞらえて」
「葛飾北斎は俳句の人じゃないけれど芸術という大らかな括りで見れば松尾芭蕉も葛飾北斎も同じカテゴリで良いと今思ったから何も問題はないと感じてきた、さすが小宮さんだ。大局を見るタイプなんだね」
「い、いやあ、それほどでも!」
というわけで、私たちは夏でも比較的涼しい校舎裏に来て、なぜこんなところにあるのかは分からないけれど丁度ふたりくらいの人間が腰かけるにはいい感じの大きさと平たさを誇る岩に座った。
「部室にね、俳句を書くのに良い感じの紙があったの。七夕イベントの余りの短冊らしくって、先生が使ってもいいって許可くれたから、持ってきました!」
「本格的だね」
いそいそと短冊を日下くんに渡し、これも用意しておいた鉛筆を渡す。
「では、私から……うーん、んー、思いつかない、あー、降りてこい葛飾北斎の霊、うーん……はっ!」
困った時は頭が痛くなるくらいに考え抜けば何かしらの答えが出る、というのが小宮家の家訓だ。今日も俳句を部活動に上げておきながら詠むべきものが何も浮かばず焦ったけれど、うんうん悩んでいたらちゃんと名句が降りてきた。この閃きが消えないうちに、素早く短冊に書きつける。
「冬の朝 サラダチキンが 開けられぬ」
堂々と詠み切ったあとで、夏の青空の下で冬の句を詠むという一切の風情を無視した暴挙に出てしまったことに気付いたけれど、日下くんはそれを咎めるでもなく、まるで夏の縁側で涼やかな音を立てる風鈴に耳を澄ませているかの如き表情で聴き入っていた。
「すごいよ小宮さん。暖房を付けたばかりでまだ空気が冷え切っており寒い台所、それでも朝食を作るべくサラダチキンを開封しようとしたが、手がかじかんでしまい袋をなかなか開けられないことよ……という一句だね」
「す、寸分違わず合ってるよ日下くん……!」
なんという深い解釈力を見せつけてくれるんだ日下くん。天才だ。前世は俳句番組のMCだったのかと疑いたくなるほどの名解説だ。
「冬の朝のワンシーンがまざまざと脳裏に思い描けるかつ侘び寂びを感じさせる幽玄な情緒にも満ちた、感動の一句だったよ」
「すぉ、そっ、そんな、もう、褒め過ぎですからぁ……!」
そして絶賛力も凄まじい。日下くんの私塾は俳句方面で決定だ。アララギ派、ホトトギス派に並ぶ勢力として、クサカ派が爆誕した瞬間である。
「お次は日下くん、どうぞ!」
「うん。……」
日下くんは私のように唸ることはなく、すっと目を閉じ、すっと開け、さらさらと短冊に句を書いた。
「校舎裏 小金井花枝が やらかしぬ」
「すごいよ日下くん……! 夏の季語である『小金井花枝』を大胆に配置することによる迫力もさることながら、ああ夏休みの間にこっそり校舎裏を開墾し尽した小金井くんが担任の先生超えて校長先生に怒られていたあの日のことだなあ、というあの夏の郷愁を搔き立てる珠玉の一句だよ!」
熱い拍手を送りつつ正直な感想を述べたら、日下くんは「褒め過ぎだよ小宮さん」と照れ笑いを浮かべた。謙虚な日下くん、はにかむ日下くん、二種ハイブリッドな魅力を燦然と発揮された私の鼓動は鳴り止まない。
「ふう……句会って、こんなにも幸福を感じられるものなんだね……お祖母ちゃんが区役所の多目的室を定期的に貸し切って俳句大会を開いている気持ちが分かったかも……」
しみじみと胸に手を当て、幸福を噛み締める。
「短冊はまだまだあるから、どんどん俳句を詠んでいこう!」
「うん」
こうして私たちは部活の時間いっぱいまで、名句を詠み合ったのだった。
「小金井花枝」が夏の季語として機能するのは、小宮さんの通う高校のみです。
よそで使うと「え、誰……?」となるのでご注意ください。
というわけで、「日下部(部活名)」の番外編その3でした。
なろうで投稿を始めて5周年だぜ! の記念に、日下部のふたりの話を投稿してみた次第です。
異世界恋愛が隆盛を極めしなろう世界において、今もこの作品を愛読してくださっている奇特な皆さまに親愛の念と感謝の気持ちを捧げます!




