番外編2.振り回される高野さん
『好き』は、正か負かで言えば、確実に正の感情に分類されるだろう。
それどころか、きっと人間の幸福の源泉の一つでさえあるのだろう。
そういうものだとは思うけれど、実際『好き』の対象ができたそのときは、辛いことのほうが多い。というのが、実体験から生じた考察だ。
グッズが品薄で買えなくて悲しい。
コラボカフェのチケット抽選に外れて悲しい。
イベント開催日が平日だから参加できなくて悲しい。
『好き』という感情が生じる前のほうが、ずっと心穏やかな日々だったと断言できる。
いやもちろんその前から、英語の宿題とか数学の小テストとか歴史の資料集が重いとか国語便覧が重いとか種々のストレスは存在していたけれど、こんな負の感情寄りのストレスなど、『好き』で生じるストレスの足元にも及ばない。
『好き』は、苦しい。
「聖ちゃん、あのね、これ、聖ちゃんにだけ言うんだけどね!」
中学三年生の冬。
小学校以来の友達である彼女――小明ちゃんは、私に打ち明けてくれた。
「私ね、日下くんのことが好きなの!」
そう宣言したときの小明ちゃんは。
好きな人がいるのだと打ち明けた小明ちゃんは。
『好き』は苦しいものだと認識していた私を圧倒するくらいに、幸福に満ちた顔をしていたのだった。
私にだけ打ち明けてくれた小明ちゃんには大変申し訳ないのだけれど、我が中学校の園芸部において、「小宮小明が日下深幸に恋をしている」ことは、すでに周知の事実だった。
だって小明ちゃんときたら、それはもう分かりやすいのだ。
園芸部の主な活動場所である学校菜園から、日下くんの所属する書道部がいる三階の教室を見上げては、「あっ、日下くんの後頭部が見えた!」とガッツポーズをして。
部員総出の草むしりの際、期末テストの問題用紙に取り組むかの如き真剣な面持ちで雑草を一本一本引き抜いては、「今度の課外学習、日下くんと同じ班になれる、なれない、なれる……」と雑草占いをし。
学校菜園からほど近い場所で繰り広げられるためこっそり見に行くことが園芸部の恒例となっている校舎裏での愛の告白、その日の当事者が日下くんだった時には、叫びそうになったり大地に突っ伏したり泣き濡れたり。
小明ちゃん的にはその恋心を慎ましく秘しているつもりのようだけれど、上記を始めとするあらゆる行動から日下くんへの想いがダダ漏れであったため、園芸部員一同、彼女の恋路を温かい気持ちで見守っていたのだ。
でも、もしも小明ちゃんが園芸部にて上記の行為丸わかり行動を取っていなかったとしても、私だけは彼女の恋に気付いたと思う。
だって恋をした日から、小明ちゃんの輝きがすごいのだ。
小明ちゃんはそれまでも明るい女の子だったけれど、『好き』ができてからの彼女の毎日は、より一層きらきらと輝きはじめて、それはもう眩しいくらいで、一目で何かあったのだと分かるほどだったから。
「日下くんを好きになってから、もう、毎日が楽しいの……!」
それは小明ちゃんの、心の底からの感想だった。
ちなみに今日の小明ちゃんは、日直の日下くんが使ったあとの黒板消しを抱き締めてうっとりとしていた。黒板消しにさえ喜びを見いだす、これが恋の力なのだ。
グッズが品薄で買えなくて悲しい。
コラボカフェのチケット抽選に外れて悲しい。
イベント開催日が平日だから参加できなくて悲しい。
『好き』が始まった瞬間に辛い日々が始まった私とは、なんて違いだ。
いいなあ。
どうすれば私は、小明ちゃんのような、明るくて純粋で綺麗で幸せな『好き』の持ち主になれるのだろうか。
「ねえ、小明ちゃん」
「うん? どうしたの聖ちゃん?」
「日下くんの公式グッズが発売されたとしてね」
「えっ、く、日下くんのっ!? 嘘っ!?」
「お、お、落ち着いてね、発売はされていないからね、例え話だからね」
「う、うん。びっくりした……グッズ購入資金を蓄えるために新聞配達のアルバイト始めるところまで思考が飛躍しちゃったよ、えへへ」
ぽりぽりと照れくさそうに頭を掻く小明ちゃん。思考の上でも行動力の塊である。
「それでそれで?」
「うん。日下くんの公式グッズがせっかく出たのに、すごく人気ですぐに品切れで、再入荷も未定で、もう手に入らないってなったら、悲しい?」
「うん。爆裂悲しい」
小明ちゃんは発売されてもいない日下くんの公式グッズ(タオルとかだろうか)が手に入らないことに、猛烈に落ち込んだ顔になった。今にも泣きそうなほどにしおしおである。
「ううっ、私も日下くんのアクスタ欲しかった……もう一生手に入らないなんて悲しすぎて、もう……衝動的に京阪電車に乗って三条で下車して高瀬川に身投げするかもしれない……」
架空の公式グッズ(タオルじゃなくてアクスタだった)が手に入らなかったことを、心底悔しそうに嘆く小明ちゃん。ただの例え話でここまで落ち込ませて申し訳ない。あと三条駅近くの高瀬川ならものすごく浅いのですぐに観光客に発見されて引き上げられると思う。
「ご、ごめんね、悲しい例え話をしちゃって……」
「でも」
不用意に絶望させてしまった謝罪と慰めに入ろうとしたら、彼女はしおしお一転、パッと明るい雰囲気になり、頬を赤く染めて、はにかんだ笑顔で言った。
「グッズが売り切れるほど日下くんが人気者なんだって思うと、すごく嬉しい!」
ああ。これだ、私と小明ちゃんとの違いは。
グッズが手に入らなくて、コラボカフェに行けなくて、イベントに参加できなくて、それらの手に入らなかった幸福を悲しむ私と違って、彼女は何も手に入らなくても、ただ『好き』でいるということ、それ自体に幸福を見出しているのだ。
きっとこれからも、私のような人間にとって『好き』は、苦しいものであり続けるだろう
けれど、好きな人がいるだけで輝かんばかりに幸せな小明ちゃんの恋を見守っていると、『好き』も素敵なものなのだと、いつか私もそういう気持ちになれるのではないかと、信じられる気がする。
早く彼女の魅力と熱烈な好意に気が付くんだ、日下くん。そしてふたりで幸せになってくれ。そして『好き』が苦しさばかりではないことを、どうか私に見せつけて欲しい。
――なんて考えていた時期が、私にもありました。
高校一年生、冬。
「おはよう高野」
「小金井くん。おはよう」
「これやる」
「えっ……これはニャンきゃわのご当地限定キーホルダー! しかも恐山の頂上に辿りつきイタコの長を見つけた者しか手にすることができない超レアな……! ど、どう、どうしたの!?」
「こないだ、たまたま恐山に登る用事ができたから、ついでに買ってきたんだ。高野は鞄にニャンきゃわグッズを付けているから、好きなのかと思って……」
一介の高校二年生にたまたま発生する恐山での用事というのも気になるけれど、そんなことよりも、私の鞄のニャンきゃわグッズの存在を覚えていて、こうして買ってきてくれた気遣いのほうが、ずっと大事件だった。
以前までの私だったなら垂涎のニャンきゃわご当地キーホルダーに夢中だっただろうけれど、今の私はニャンきゃわ自体よりも、こうして買ってきてくれた小金井くんのほうが、ずっと大事だった。
動悸が激しい。心臓が痛い。はちゃめちゃ苦しい。
今まで私を振り回してきた『好き』を凌駕する『好き』の座に、小金井くんが君臨してしまって以来、私の心から平穏は遠ざかる一方だ。
今、私は日下くんに恋する小明ちゃんの気持ちが分かるのに。
小金井くんが存在しているだけで、幸せさえ感じるのに。
全く心穏やかになれないとは、これいかに。
……いや、よくよく考えれば、何も不思議じゃなかった。
だって日下くんに恋する小明ちゃんも、なんというか、平穏そうな時間なんて一瞬たりともなかったのだから。
輝くような感情に、幸せそうに振り回されていたのだから。
結論。『好き』は、どう転んでも苦しい。
苦しいくらいに好きだから、仕方がない。
「ありがとう小金井くん。本当に嬉しい。ニャンきゃわコラボカフェ落選なんて些事に思えてるくらいに嬉しい。神棚に飾る……」
「そ、そうか、そんなに喜んでもらえて何よりだ。キーホルダーを売る条件としてイタコのおばあさんから悪鬼の封印の手伝いを頼まれた時はヒヤヒヤしたが、やり遂げた甲斐があったな」
「恐山でどういうアドベンチャーをしてきたの小金井くん……? あと悪鬼の封印やり遂げちゃったの……?」
私は今日も、『好き』に振り回されている。
以上、恋する高野さんのお話でした。
今回は「ぐへへ、他作品の宣伝をするぞ」というピッカピカの下心満載で番外編を更新してみました。夢と希望と打算で生きてる作者を許してください。
ということで、最近完結した作品『翻訳破棄~腹黒姫とお人好し魔王~』、ご興味ある方はぜひ覗いてみてね! 7月には書籍化もするよ!
でも正直『日下部(部活名)』とは全く毛色が違う(めっちゃファンタジーな世界観)ので無理して読まなくてもいいよ!
以上、宣伝でした。
次回は再び意味もなく番外編を更新すると思います。それではまた!




