番外編1.日下くんとリレーの練習に励む
日下部の読者様、お久しぶりです!
完結して3年ぶりに、特に理由もなく唐突に番外編を更新しました。
楽しんでいただけますように!
今度の体育の授業で、リレーをすることになってしまった。
リレー。バトンをもらって走ってバトンを渡す、あれである。
リレー。足の遅さに定評のある私にとっては、足を引っ張る側にしかなれないという、悲しき団体競技である。
ああ、思い出深きは、中学校での部活動対抗リレーよ。
運動系の部活と文化系部活で分けることのない完全なるくじ引きの結果、我が園芸部はサッカー部、野球部、陸上部という、なんとも足の速そうな部と同じ土俵に上がることになった。
蝶と戯れ花に笑い、柔らかな土をいじってキャッキャウフフしている園芸部員たちである。常日頃から走り回っている運動系部活の皆さんに、速力で及ぶはずもない……と、部活動対抗リレーを見守るギャラリーの誰もが思った。
しかし、ギャラリーの想像は裏切られる。
第三走者の小金井くんが恐るべき速度でビリから追い上げ次々にゴボウ抜き、先頭に躍り出たのだ。その瞬間は「園芸部の奇跡」として、長く中学校で語り継がれることになる。
なお、アンカーの私が驚異的な足の遅さを遺憾なく発揮したことで園芸部は見事ビリに返り咲き、リレーは終わった。
その時の私は、小金井くんの頑張りを無に帰してしまった申し訳なさでいっぱいで、これはヘッドロックをかけられても文句を言えない、甘んじて受け入れよう……という気持ちで園芸部のもとへ戻ったのだけれど、部員たちは温かな拍手で私を迎えてくれたし、小金井くんも「転ばなかっただけ上出来だ、小宮」と満足そうに頷いてくれた。なんて温かな園芸部員たち!
ああ、そんな切なさと温かさに彩られた思い出の競技、リレーよ……。
「小宮さん?」
「はっ! な、何かな日下くん!」
おっと、日下くんの前だというのに、うっかり意識を中学生時代に飛ばしてしまった。それもこれも、今度の体育がリレーという憂鬱さのせいである。
「今日は元気がないね、小宮さん」
「そ、そうかな……?」
「部室に入ってきたときの声のデシベルが通常よりも控えめだったから」
「私の挨拶をデシベル単位で把握してくれてたんだね日下くん……!」
全くもう、日下くんの部長思いっぷりときたら、私を毎度深く感動させてくれるのだから。部長になって良かったと何度思わせてくれるのだろう。
「実はね、来週から体育の授業でリレーが始まっちゃうの。それが憂鬱で」
「えっ、小宮さんってリレー嫌いだったの?」
日下くんが意外そうな顔をする。
「てっきり小宮さんは走るのが、というか、運動全般が好きなんだと思ってたよ。活発に動き回るイメージが……」
「うん、運動は好きだよ! でもね、団体競技は苦手なの。正確には、団体競技において足を引っ張る側にしかなれないことが、もう気まずくて気まずくて……」
そう、私は走るのが遅いし、中学生時代の体育の成績では三年間を通して5段階評価で3をキープし続けたとはいえ、身体を動かすこと自体は好きなのだ。幼稚園児の頃なんて、時間が許される限りグラウンドを駆け回っていたものである。
「私のせいで私の班はリレーで負けるんだなと思うとね、申し訳なさしかなくて……」
リレーが始まる前からリレー(しかも敗北シーン)を想像して、しょんぼりと肩を落とす。
「申し訳ないことなんて一つもないよ」
と、日下くんが言った。断言と言うべき力強さだったので、俯いていた顔を思わず上げる。
「中学の授業でやった、大縄跳びを思い出して欲しい」
「お、おおなわとび?」
「誰かが足を引っかければおしまいの大縄跳び。逆に、誰かが足を引っかけない限りは無限に飛び続けなければならない大縄跳び。二十回目くらいで疲れてきて、みんなが思うんだ……早く誰か、失敗してくれないかなって……」
「! そ、その薄暗くもうしろめたい気持ちには、覚えがあるよ……!」
しんどいのでそろそろ跳ぶのをやめたい、太腿が泣いてる、しかし自分がそのきっかけになるのは嫌だ、というわけで誰かが足を引っかけるのを祈るように待つ、そんな大縄跳びあるあるな心境である。
「太腿に鞭打って跳び続けた三十回目、誰かが足を引っかけて、やっと大縄が止まったとき……きっと、『あいつ失敗しやがってこの野郎』と思った生徒は、ひとりもいなかったはずだ。むしろ、『やっと果ての見えない地獄から解放された、ありがとう』と感謝の念さえ抱いていたはずなんだ」
「うん……! そうだった……! 口には出さないけど『よっしゃあ! 休憩じゃーい!』と思ってたよ……!」
「そう。大金やプロ人生が掛かっている場ならいざ知らず、ごく一般的な高等学校での体育の授業で実施される団体競技において、失敗する側を本気で責める生徒など、まずいないと思う。むしろ『失敗したのが自分じゃなくてよかった』の安堵だよ」
「そんな気がしてきた……!」
「つまり、圧倒的な足の遅さを誇る小宮さんがいるリレー班のみんなは、むしろ精神の安寧を得るに違いない。どう足掻いても、この班がリレーで勝つことはないという事実! 勝敗にこだわらなくて良いからこそ、伸び伸びと走れるという自由性! 小宮さんがいなければ実現しないことなんだよ、これは」
拳を握って熱く語られた私は、俄かに感動で震えた。
「す、すごいよ日下くん……! 私、社会で必要とされる人間なのかなって気がしてきた……!」
「気がしてきたなんてレベルじゃ足りないよ。小宮さんはこの世に必要過ぎる人間だ。小宮さんのいない世界なんて、太陽を失った太陽系。鹿がいない奈良公園。ポルタがない京都駅。外湯巡りができない城崎温泉。そう言っても過言ではないよ」
「わ、私、そんなに世界の主要人物だったの……!?」
「うん。だからね、足が遅いからってリレーの授業で身構える必要なんて、どこにもないんだよ」
日下くんは胸に手を当て、どこか敬虔な微笑みを浮かべた。
「それに、小宮さんの走りの本質は速度じゃない。見る者の心を打つ、その本気さだよ……中学校の部活動対抗リレーは本当に素晴らしかった……君の走りは、周りに勇気と希望を与えるんだ……」
「わ、わ、私、自分がリレーの申し子でしかない自信が湧いてきた……!」
なんてことだ。なんという励まし力なんだ、日下くん。
さっきまで「体育のリレーやだな」と落ち込んでいた一介の女子高校生を、世界という名の舞台で舞い踊る主演の心持ちにさせてくれるなんて。
「ありがとう、日下くん。今度の体育の授業、頑張るね! ああ、早くリレーしたくなってきた……そうだ、今日の日下部の活動は、リレーのバトンの受け渡しの練習ってどうかな?」
「うん、すごくいいと思う。この前、部室の掃除をしたときにバトンっぽいものも見つけたし……なんか、竹筒みたいな……そうそう、これ。管狐セット」
「恐山で活動する霊媒師であるイタコが使役するという狐の妖怪である管狐を住まわせる竹筒だね日下くん……!」
その日の日下部の活動は、管狐の筒を使ってリレーのバトンの受け渡し練習になった。
途中でオカルト研究部の人たちが「霊的エネルギーの高まりを感じる!」とかなんとか叫んで参戦してくれたので、かなり有意義な練習になったと思う。
以上、通常運転な小宮さん&日下くんでした。
完結して数年ぶりの唐突な番外編アップにも関わらず、お越しくださるレアな方はいるのでしょうか……いたら小宮さんが拍手してくれます。いますように!
今後もぽちぽちと不定期に番外編をアップする予定です。
それではまた!




