三十八
八人の大臣が三列に並び、間に桔梗と百日紅の植えられた花壇を挟んで、両手を後ろに組んだ皇帝の訓示に耳を傾けていた。
趙構は庭園の外に広がる紫金山の丘陵を遠く眺め、首を傾げながら言った。
「辛次膺、朕はお前を岳飛の軍中に随軍転運使として派遣したはずだ。何をしに戻ってきた? 後護軍の帳簿なんぞ、表紙にさえ触れていないのではないか?」
「たとえ自ら帳簿を調べられなかったとしても、臣は断言できます。岳飛の後護軍には大いに問題があります」
辛次膺は言った。
「赴任の途中、岳飛が人を遣わして一箱の黄金を届けてきました。純金で、三十両ありました。臣への旅費だと言うのです――黄金はすでに御史台に提出しました――後ろ暗いところがなければ、なぜこんなことをするのでしょう? 皇上、厳重に調査していただきたい。まずは岳飛を罷免すべきです」
「岳飛を罷免して、その代わりにお前を朕の軍に出して戦わせるのか?」
趙構は言った。
「岳飛が賄賂を贈った件は、朕も承知した」
趙構は花壇へ足を踏み入れ、せかせかと歩いてきた。
「皆の意見を聞こう。完顔宗弼が今回南下してきたのは、何を企んでいると思う?」
「もし獣が、歩き方もアヒル、鳴き声もアヒルなら、そいつはアヒルです」
韓世忠が言った。
「臣は前々から申し上げております。完顔の犬めには野心がある、警戒せぬわけにはいかない、と。ほら、とうとう本性を現したではありませんか――和議を破り、大宋の領土を侵略する。皇上、臣はずっと中国人との交渉に反対しておりました」
「同意します」
張浚が言った。
紫袍の大臣たちの中で、彼が着ている真新しい緑袍だけがひどく目立っている。
「金人――今では中国人ですが――は言葉を違え、奸知に長け、陰険で、その本性は変わりません。臣も韓将軍と同じく、以前から北伐を主張しております」
趙構の視線が自分に向いたのを見て、張浚はおどけた顔を作った。
「張浚、お前はここで何をしている?!」
趙構が尋ねた。
張浚は固まった。
天眷の和議を記念して、趙構はかつて天下に大赦を行った。重罪人は軽罪に減刑し、軽罪人は無罪とし、左遷された官吏は一級から三級まで昇進させたのである。この恩恵を受け、張浚は提挙宮観から知州へ昇進した。
ただし、都以外の地方へ赴任する官吏は、まず吏部に出頭し、その後朝廷に参内して皇帝に別れの挨拶をし、皇帝の許しを得てから任地へ向かわなければならない。
「臣……臣は朝廷に別れの挨拶を……」
張浚は言った。
「臣は福州の――」
「もういい、もういい」
趙構は目を剥いて怒鳴った。
「失せろ!」
趙構は秦桧へ向き直った。
「朕はすでに岳飛に河南、陝西へ兵を出させた」
「しばらく様子を見るのもよいかと」
秦桧はためらいながら言った。
「完顔宗弼の異動は、ひょっとすると単なる人事異動にすぎないのかもしれません……」
「秦宰相、常識はないのか?」
韓世忠が口を挟んだ。
「どんな人事異動に十万の兵を動員するんだ? これは戦争の前触れだ!――皇上、決して油断なさらず、中国を再び敵に回す覚悟をしておくべきです」
「これは確かに妙な話です」
秦桧が言った。
「朕も妙な話だと思っている」
数日後、河南、陝西から奏札が次々と届いた。
下は県尉、知県、通判から、上は知州、転運使、安撫使に至るまで、皆が皇帝に同じことを報告してきた。
岳飛と完顔宗弼の両軍が、潁昌と郾城で衝突したというのである。
「戦況はどうだ?」
趙構が尋ねた。
内侍の張去為、黄彦杰、そして宰相の秦桧が一斉に顔を上げた。三人の視線が、書案の上に積み重なった奏本を越え、向かいに座る趙構の顔へと集中した。
「勝ちました」
張去為が軽快な口調で答えた。
「岳飛の長男、岳雲からの手紙によりますと、岳家軍は郾城で完顔宗弼を破り、褒賞として銅銭百万貫、軍糧十万担を求めております」
「さすが虎の子には犬はいない。岳将軍が戦上手なら、その息子もまた優れた将才の持ち主です」
黄彦杰が言った。
「臣がただちに文案を作り、塩鉄司に――」
「待て」
趙構が言った。
「兵を率いて戦う者は、しばしば戦功を大げさに言い立てて褒賞を求めるものだ。張去為、岳雲に手紙を書いて、戦闘の詳細を聞け。――朕が褒賞を惜しんでいるわけではない。ただ、この件をより適切に処理したいだけだ」
岳雲の返書と、岳飛の援軍要請の書状が、同じ日に御書房へ届いた。
援軍要請の書状にはこうあった。
統制の楊再興と王蘭が戦場で戦死した。後護軍は軍心が大きく乱れ、もはや戦闘には向かない。すでに三路に分かれて郾城を撤退し、鄂州まで後退した。朝廷から東京留守の劉琦を派遣し、敵を迎え撃ってほしい――。
趙構は河南知府から届いた奏札を一通取り上げ、読み上げた。
「『軍士、時に応じて皆南を向き、旗は靡き、轍は乱る』」
趙構は岳雲の返書を開いた。
そこには郾城大勝の様子が生々しく描かれていた。
完顔宗弼の鉄騎は三頭の馬を鎖でつなぎ、一歩も退かず突き進んでくる。その姿を見れば誰もが恐れおののく。そこで岳飛は兵士たちに命じ、敵の馬の後ろ脚を集中的に攻撃させた。三頭を連ねた鉄騎は一頭が倒れれば三頭とも倒れ、後護軍は敵百余人を殺し、馬二百余頭を捕獲した――。
趙構が手首を前へ振ると、岳雲の返書は机の下へ飛んでいった。
趙構の奏札処理を手伝っていた張去為と黄彦杰は、互いに目配せした。
「三頭の馬を一列につなぐだと……三国志の講談でも読みすぎたんじゃないか? 朕を馬鹿だと思っているのか?」
趙構は言った。
「この役立たずの岳雲め。今このような非常事態でなければ、君を欺いた罪で厳罰に処してやるところだ」
張去為は紙を拾い上げ、趙構の机に戻した。
「臣がただちに皇上の名で岳雲を叱責する書状を――」
「必要ない」
趙構が言った。
「岳雲の配下にいる楊再興という男、以前韓順夫を斬り殺した奴ではないか?――秦宰相、そなたに聞いている!」
政令や文書の審査に頭を垂れていた秦桧が答えた。
「その者です」
趙構は張去為に言った。
「岳雲に返書を送れ。よくやったと褒めて、銅銭二十万貫を褒賞として与えよ」
岳飛が鄂州へ後退してから十日も経たないうちに、完顔宗弼まで河南、陝西から撤退した。
宋朝の官僚たちが驚き戸惑っているところへ、さらに知らせが届いた。
中国皇帝・完顔亶が、河北路祁州へ逃れていた完顔昌を誅殺したというのである。
宋国の朝廷も民間も騒然となった。
韓世忠は趙構に上書した。
中国が内乱に陥った今こそ天が与えた好機であり、大宋がこの機に乗じて出兵すれば、黄龍府を直接攻め落とすことさえできるかもしれない、と。
秦桧は言った。
「『春秋』にこうあります。『喪に乗じて伐つは義に非ず、盟を破るは信に非ず。信なく義なければ、故にこれを大いに悪む』と。人の危難に乗じるのは、まことに小人のすることです」
韓世忠は冷笑した。
「秦宰相、ここ一番の瀬戸際になると、お前はまた『小人』だの『君子』だのと言い出すのか。春秋が喪に乗じて伐たないだと?――これは戦争だぞ! 戦争に春秋もへったくれもあるか、夏冬も関係ない!」
「天眷の和議で、中国は秦桧が朕の代わりに跪いて冊封を受けることまで許してくれた。朕はその恩を心に刻んでいる。今この時、人の危難に乗じるべきではない」
趙構がそう言って、議論を一刀両断した。
正月十五日、前線から戦報が届いた。
完顔宗弼の十万の大軍が再び南下し、淮河を渡って寿春府を攻撃しているという。
その日の午後、別の密報が続いて届いた。
寿春府の守将、孫暉と雷仲が戦わずして逃亡し、行方知れずになったという。
百官が一斉に上書した。
「皇上、行在を南へお移しください」
忠告を聞き入れた趙構は、三万の禁軍に護衛され、馬を休めることなく紹興府へ逃げた。
趙構と大臣たちは夜通し戦況を検討し、兵力を数え上げた。
楊沂中と劉琦率いる淮北御営軍――三万人。
韓世忠率いる淮東行営前護軍――三万人。
張俊率いる淮西行営中護軍――八万人。
岳飛率いる荊湖北路行営後護軍――八万人。
元宵節が過ぎて間もなく、両浙西路の六品以上の官吏に通達が届いた。
三日後、曹娥江の岸辺へ赴き、趙構を出迎えよ――。
趙構が曹娥江のほとりへ到着した。
各地から集まった官吏、秩序維持のための衛兵、そして紹興府の民衆が両岸を埋め尽くしていた。
大小も形もさまざまな船が河湾を埋め尽くし、船上の帆柱や楼屋はすべて取り壊され、腐った木材となって甲板に積み上げられていた。
「火をつけたら、本当にもう後戻りできませんぞ」
内侍の黄彦杰が趙構の足元に這いつくばって懇願した。
「皇上、これらの船は我々が本物の金銀を使って買い集めたものです――白銀をじゃらじゃら、黄金をきらきら使って買った船なんですぞ!」
黄彦杰は上体を起こすと、趙構の脚に抱きついた。
趙構は川岸を見渡し、手にした雲頭紋の佩剣を高く掲げた。
「火をつけよ」
そう命じた。
伝令官が観覧台から飛び降り、赤い絨毯の上を走り出した。
絨毯の端まで来ると立ち止まり、別の伝令官が後を引き継いで川岸へ駆けていった。
「皇上、もし中国人が攻めてきたら、我々はいったいどこへ逃げればいいのです?」
黄彦杰はなおも必死に訴えた。
「船があれば海へ逃げられます。島へ逃げることもできます――臣は南のほうに流球島という島があると聞いております……我々、流球島へ行って島主になりましょう!」
黄彦杰は突然口を閉ざした。
火が燃え上がった。
炎の舌が一隻の船から別の船へと伸びていく。
炎と煙――白、黒、黄色の濃煙が川面の上で踊った。
風向きがわずかに変わると、焦げた木の匂いに松脂と豚脂の臭いが混じり、鼻を突いた。
観覧台の下にいた韋小宝の耳元に、ひそひそ声が聞こえてきた。
振り向くと、赤い皇袍を身にまとった趙構の、くっきりとした横顔が見えた。
三十を少し過ぎたばかりの皇帝は、燃え盛る川面を見つめ、呟いた。
「もう逃げぬ。朕はもう逃げぬ」
清明節の夜、趙構は群臣の反対を押し切り、行在を北へ移して臨安府へ移った。
趙構はさらに楊沂中、韓世忠、張俊、岳飛それぞれに直筆の書状を一通ずつ送り、中国人と決死の戦いをする覚悟を固めるよう命じた。




