三十六
誰も、これが大斉国最後の朝議になるとは思っていなかった。
斉国の文武百官を前に、完顔昌は中国皇帝・完顔亶から届いた詔旨を伝えた。
斉国を廃し、汴梁に行台尚書省を設置する。
劉豫は「蜀王」に降格する。
「もう一度だけ機会をください。必ず建康を攻め落とし、偽宋を滅ぼしてみせます」
劉豫は顔面蒼白になり、詔書を手にしたまま言った。
「攻める、攻める、攻める……一日じゅう戦のことしか考えていない」
完顔昌が言った。
「そもそも、俺がお前を斉国の皇帝に推薦したのは、国境を守り、民を安んじ、国力を養ってもらうためだった。それがどうだ。お前は戦争ばかり続け、民衆の怨嗟を招いた」
劉豫は口をわずかに開けたまま、立ち尽くした。
百官のひそひそ話は次第に遠慮のない議論へと変わった。どれほど時間が経ったのか、やがて声は小さくなり、最後には静寂が訪れた。
「完顔将軍のお言葉で、夢から醒めました!」
劉豫が口を開いた。
「これからは心を入れ替え、民のために尽くすことを己の使命とします。二度と軽々しく戦を起こしません」
「何を言っても、もう遅い」
完顔昌は言った。
「皇帝としては、お前には荷が重すぎる。大人しく蜀王を務めろ。
それから、斉国の領土だが……これほど広い土地を中国だけで治めるのは難しい。宋国に渡してやろう――宋国が中国に臣従することが条件だ」
御台の上にいる劉豫だけでなく、殿下の百官まで、完顔昌の言葉に驚き、ざわめき始めた。
「中国は強大で、偽宋は衰え果てている。強国が弱国に領土を割譲するとは、どういう道理です?」
劉豫が尋ねた。
「国の強弱は、領土が広いか狭いかでは決まらない。民衆が君主を敬愛しているかどうかで決まる。
君と民が心を一つにすれば、外敵はおのずと侮ることができない。
君と民の心が離れていれば、どれほど広大な国土を持っていても、二代で滅びるだけだ」
完顔昌は言った。
朝議が終わる時、本来なら百官は声を揃えて三度「皇上万歳」と唱えるはずだった。
だが、劉豫はすでに廃帝となり、もう皇帝ではない。
では、急遽「蜀王千歳」に変えるのか?
唱和を取り仕切る殿頭官がどうすればいいか分からず立ち尽くしていると、完顔昌が一つの案を出した。
「『中国万歳』と叫べばいい」
蜀王劉豫と左副元帥完顔昌は、「中国万歳」の歓声に包まれながら、肩を並べて大殿を出ていった。
大斉は「国家」から行台の管轄地へと格下げされた。
官吏の官職名を改め、官服を作り直し、人事も調整しなければならない。
完顔昌は朝から晩まで政務に追われ、書類に埋もれていた。
本来なら七月下旬には中国へ戻り、完顔亶に復命するはずだった。
だが、八月に入り、秋が訪れても、完顔昌はようやく帰国の準備に取りかかった。
劉豫は完顔昌を訪ね、言った。
「昼も夜も考え抜き、深く反省しました。私は間違っていた。中国の厚い期待を裏切ってしまった」
「お前が裏切ったのは中国か?」
完顔昌が言った。
「お前が裏切ったのは、民衆だ」
「私は罪を犯しました。皇帝になる資格などありません。
完顔将軍、どうか私の息子、劉麟を皇帝にしていただけませんか?
息子は幼い頃から文武両道で、心も優しく、下働きの者を怒鳴ったり殴ったりしたこともありません……」
「劉豫!」
完顔昌は顔をしかめた。
「何度言わせれば分かる? 世の中に大斉国はもう存在しない!」
そして、少し言いにくそうに続けた。
「言いにくいことだが、趙氏父子は恥知らずで、信用も守らなかった。それでも、民を思いやる心だけは最後まで失わなかった。
あの年の冬、汴梁の民が寒さに震えているのを見て、趙氏父子は民に皇宮の建物を壊させ、その木材を燃やして暖を取らせた。
趙氏父子が汴梁城を出た日には、二人のために焼身自殺して死ぬ者までいた。泣き叫ぶ者もいた。
それに比べて、お前はどうだ?
今、お前が廃帝になっても、汴梁の民は誰一人としてお前のために声を上げない。
それでも、自分に罪がないと思うのか?」
「完顔将軍、あなたは私が『戦争ばかりしている』と言う……。
だが、私にも言いたくても言えない苦しみがある。
私から仕掛けなければ、偽宋の軍閥どもは私が弱く、いじめても構わないと思う。
岳家軍は年がら年中、兵を送り込んで国境を荒らしている。
私にどうしろというのです?
岳飛に黙って私の城を奪わせろとでも?」
「劉豫、お前、狂ってめちゃくちゃなことを言うなよ」
韋小宝が口を挟んだ。
「先に兵を出して岳飛を攻めたのは、お前だろ。岳飛はそれに反撃しただけだ」
「韋小宝、お前と岳飛は同じ穴の狢だ。当然、あいつの肩を持つわな」
劉豫が言った。
「礼制も知らない奴と、いちいち張り合うつもりはないよ」
韋小宝は言った。
あと二日もすれば、完顔昌は軍を率いて汴梁を離れ、中国の燕京へ戻ることになっていた。
韋小宝は陣営へ赴き、完顔昌を訪ねた。
「大変なことです……劉豫が謀反を企てていると聞きました……講武殿にいます」
完顔昌は兵士を一隊率いて講武殿へ入った。
そこでは劉豫が、袖の細い袍を着た二十人ほどの若者たちと弓術の稽古をしていた。
「動くな! 動いた者は殺す!」
完顔昌が怒鳴った。
一行は武器を取り上げられ、劉豫は汴梁城外、金明池のほとりに軟禁された。
完顔昌が北へ向かってから、まだ二日も経たないうちに、汴梁城へ中国の使節団がやって来た。
使節団を率いる使臣は張通古。
かつて燕京留守を務め、現在は江南招諭使の任にある人物だった。
張通古は汴梁を経由して、大宋を訪問することになっていた。
韋小宝は張通古と道中を共にし、宋国の建康へ戻った。
建康の街の至るところには、赤い印章の押された「罪己詔」が貼られていた。
その内容はこうだった。
趙構が自らの罪状を列挙し、民衆に対して、郦琼とともに逃亡した親族たちに帰国して定住するよう説得してほしいと懇願している。
逃亡した官吏についても、帰国する意思があるなら、その罪を一切追及しないという。
張通古が和議を求めていると知った趙構は、大臣たちを集めて対策を協議した。
君臣はああでもない、こうでもないと話し合ったが、結局のところ、皆、途方に暮れていた。
郦琼が四万の兵を率いて中国へ帰順したことで、長江以北の淮西という宋国の門戸は大きく開いてしまった。
さらに恐ろしいのは、郦琼の兵が淮西の地形を熟知していることだった。
もし彼らを先鋒に立てて宋国へ攻め込ませれば、宋国が攻め落とされるのは朝夕の間だ。
中国にとって宋国など、まな板の上の魚も同然。
それなのに、中国が何を好き好んで和議などするというのか?
韋小宝は小声で秦桧に尋ねた。
「どうして宰相の張浚がいないんだ?」
秦桧は言った。
官家は、張浚が人材登用を誤り、大宋開国以来最大の軍隊の離反と民衆の逃散を引き起こしたとして、張浚を罷免した。
そして荊湖南路の永州にある道観へ流したという。
さらに秦桧は付け加えた。
「官家はこうおっしゃったそうだ。『朕が国を滅ぼすことになっても、二度と張浚を登用しない』と」
「『永遠に再任用しない』ってことか?」
韋小宝は秦桧に目配せした。
張通古は使節団を率いて趙構に謁見した。
使節団は趙構に献上品を贈り、内侍官たちは大忙しで贈り物を運んだ。
「江南の宋主よ、あなたに良い知らせと悪い知らせが一つずつあります。どちらから聞きたいですか?」
張通古が尋ねた。
使節団の中にいた蕭姓の将軍が横から口を挟んだ。
「江南の君主にとっては、どちらも良い知らせかもしれませんな」
張通古は言った。
「良い知らせは、我が中華上国が劉豫を廃位し、陝西と河南の両地をあなたに統治させる意向があることです――ただし、江南が中国に臣従することが条件です。
悪い知らせは……あなたのお父上がお亡くなりになったことです」
「父皇――」
趙構はその場に崩れ落ちた。
泣いたかと思えば笑い、しばらく取り乱していた。
「朕は中国を宗主国として奉じる」
趙構が言った。
「それなら結構です。日取りを選び、冊封の大典を準備してください。
あなたが冊封を受けた後、我々は趙佶の梓宮をお返ししましょう」
冊封の儀式は一か月後に決まった。
だが、趙構の胸にはどうしても越えられない壁があった。
『尚書』にはこうある。
「高宗、諒陰にあり、三年言わず」
父の死を知ったばかりの息子が、どうして冊封の儀式に出席できようか?
秦桧が言った。
「臣が皇上の代わりに式典へ出席し、中国の冊命を受けましょう」
趙構の目に涙が浮かんだ。
「秦相公、朕の心を本当に分かってくれるのは、お前だ」
趙構は秦桧を抱きしめた。
「官職に復帰して、これからも宰相を務めてくれ」
秦桧は張通古の意見を尋ねた。
張通古は答えた。
「趙構があなたを代理人として認めているのです。外国の使者である私に、どうして反対する資格がありましょう?」
秦桧はさらに尋ねた。
「では、冊封書の言葉を二つだけ変更することはできますか?
『詔諭』を『国信』に。
『江南』を『宋国』に」
「もちろん構いません」
張通古は言った。
「秦宰相、趙構が中国を宗主国と認めるのであれば、何でも相談に乗れます」
宋と中国の和議成立は、朝廷で最大の話題となった。
文官たちの間では、「中国人を信用してはならない」という者もいれば、「これは先皇が天から見守っている証だ。趙構は福徳が厚いからこそ、この報いを得たのだ」という者もいた。
文官たちの意見がまちまちだったのとは対照的に、武将の張俊、韓世忠、岳飛は口をそろえて和議に反対し、中国への臣従にも反対した。
岳飛は上奏した。
「……もし目の前の苦境を解き、一時の安寧を得るためならば、まだ理解できます。
しかし長い目で見れば、どうして中国を尊ぶことができましょうか?」
韓世忠は、宋廷の名の知れた将軍も無名の将軍も韓府の大邸宅に招き、ささやかな会合を開いた。
趙構の身辺を護衛する禁軍の頭領、楊沂中だけは来なかったが、張浚、劉琦、岳飛らは全員集まった。
休暇を取って療養していた呉玠も、閑職にある劉光世もやって来た。
韓府の後罩楼、廊下沿いにある物置を空にした一室。
そこに宋国で最も権勢を誇る将軍たちがひしめき合い、目前に迫った大変局について話し合っていた。
「中国に臣従したら、俺たち武辺者の出番はなくなるな」
劉琦が嘆いた。
「皆さん、早いうちに覚悟を決めて、早く別の仕事に転じたほうがいい」
「これからは俺と一緒に、あちこちの山や景色でも眺めて遊ぶってのも悪くないぞ」
劉光世が言った。
張俊が言った。
「俺たちの配下の兄弟分はどうする?
和議が成立すれば戦はなくなる。当然、軍縮になる。
軍縮しなくても、軍の給与や食糧は以前ほど出なくなるだろう。
その時、兄弟分たちに何と説明すればいい?」
「兎が死ねば猟犬は煮られる」
韓世忠は唾を吐き捨てた。
「座して死を待つわけにはいかん!」
趙構の冊封大典は、建康城外の一つの駅館で行われることになった。
両膝をついた秦桧は、誓表を読み上げた。
「臣構言う。今、来たりて疆を画し……」
秦桧が中国への忠誠を誓う誓表を読み終えると、張通古が冊封文書を読み上げた。
「皇帝、若く曰く――咨す、爾宋康王趙構。不吊、天、爾が邦に喪を降す……」
秦桧は立ち上がり、張通古と文書を交換した。
これで大典の最も重要な儀式は終わった。
韋小宝は駅館からこっそり抜け出した。
道の両側には、証人として、あるいは場を盛り上げるために集められた大宋の官員たちがずらりと並んでいた。
だが、趙構は来ていない。
武将も一人として来ていなかった。
中国と宋国の代表団が駅館から出てきた。
張通古は満面の笑みを浮かべた。
「天下泰平だ」
「そうですね。民衆もようやく休養し、生業を立て直すことができます」
秦桧が言った。
「秦宰相、天下の民がこの苦労して手に入れた平和を享受できるのは、あなたの功績が大きい」
張通古が言った。
「もしあなたが完顔昌将軍と共に働いた機会を生かし、彼に『官たる者の要は、民に利益をもたらすことにある』という道理を説いていなかったら。
もし完顔昌将軍があなたの赤子のような真心に心を動かされ、天眷皇帝の前で、自分の身と命を担保にして宋国を保証していなかったら――今日の和議がどうしてありえたでしょう?」
「完顔将軍の、天を畏れ民を憐れむ心は、日月が照らすところです」
秦桧が言った。
「張相公、あなたこそ古道熱腸の方ではありませんか。
私は聞いております。張相公は周囲の反対を押し切り、自ら和議の任を引き受けたとか」
「中国人と宋国人は、もともと同じ源、同じ種だ。
殺し合う理由など、本当はないのだ」
張通古は、宋国璽の印が押された誓表を手に掲げた。
「これからは、我々は皆、中国人だ」
二人はいつまでも社交辞令を交わしていた。
韋小宝はとうとう我慢できなくなり、馬に乗って韓世忠の邸宅へ戻った。
邸内をあちこちぶらつき、池や築山、精巧な梁や柱、邸内いっぱいに植えられた珍しい花や木を眺めていた。
日暮れ時、曲がりくねった小道が入り組んだ韓府の奥庭で、韋小宝は道に迷った。
ちょうどその時、尿意がこみ上げてきた。
目立たない平屋の壁際まで行き、小便をしようとしたところ、窓から二人の男の話し声が聞こえてきた。
そのうち一人は、どうも韓世忠らしい。
あのアヒルのようなしゃがれ声は、一度聞いたら忘れられない。
二人の会話を聞き取った瞬間、韋小宝は驚きのあまり小便を漏らしてしまった。
暗殺部隊が「紅軍」に変装し、すでに宋国の国境、洪沢湖のほとりに伏兵を配置していた。
張通古の使節団が、自ら罠に飛び込んでくるのを待ち構えているのだ。
韋小宝は義父の宰相府へ逃げ込んだ。
魂が抜けたような顔をしているのを見て、秦桧が尋ねた。
「何か心配事でもあるのか?」
韋小宝はきっぱり否定した。
韓世忠は追い詰められて、とうとう中国の使節団まで暗殺しようとしている。
そんな男が、俺を暗殺するために人を送り込まないという保証があるか?
秦桧を暗殺しないという保証があるか?
知る人間が一人増えれば、それだけ危険も増える。
韋小宝は決心した。
しばらくの間、義父には韓世忠の暗殺計画を知らせないほうがいい。
秦桧の家で一晩中、天使と悪魔が胸の内で激しく争った末、韋小宝は、自分が天地と良心に恥じないと思えることをする決意をした。
中国使節団の行程を詳しく調べ、馬を飛ばして後を追った。
滁州で張通古の使節団に追いつき、洪沢に刺客が伏せていると警告した。
韋小宝の「一面の言い分」を聞いた張通古は、半信半疑だった。
韋小宝は腹を立てた。
「だったら二手に分かれればいい。
張相公、あなた自身は洪沢へ向かってください。
残りの者は別の道を通って中国へ帰ればいい」
使節団の数人の責任者が相談した。
やがて張通古は、一隊には予定どおり東北方面から洪沢を通って国境を越えさせ、自分は趙構の直筆の誓書を懐に入れ、西北へ向かい廬州を経由して出国することにした。
「なんという趙構だ!
こちらは誠意をもって接したというのに、向こうはこのような詐りで返すとは!」
張通古は拱手して言った。
「韋相公、これにて失礼する!」
そして両足で馬の腹を軽く蹴ると、踵を返して走り去った。
しまった。
韋小宝は心の中で後悔した。
――暗殺の件を趙構自身は知らないということを、張通古に言い忘れていた。




