三十五
枢密院から一通の文書が下され、劉光世は罷免された。行き先は八閩の地、仙遊県にある、俗に「小万寿」と呼ばれる道観。そこで祠禄官を務めることになった。
祠禄官には公務がなく、年に一度の審官院の考課を受ける必要もない――つまり、何一つ仕事をしなくていい。それでいて待遇はかなり厚く、毎年、手取りで俸銀四十両が入る。
出発を前に、劉光世は建康の五品以上の文武官を酒楼に招き、泥酔するまで酒を飲んだ。
劉光世を監視するよう命じられていた密偵は、趙構に報告した。
「劉将軍は、自分が左遷されたことを少しも恨んでおりません。それどころか、何度も賓客に向かって皇上を褒め称え、『陛下は寛大で、英明にして武勇に優れておられる』と申しておりました」
「さすがは将門の出だな。大局をわきまえている」
趙構は宰相の張浚に尋ねた。
「劉光世の行営左護軍は、誰に与える?」
「皇上のお考えでは……」
「岳飛に与えよう」
「臣もまさにそう考えておりました」
張浚は言った。
「岳飛は洞庭湖の匪賊を討ち滅ぼし、抜群の功績を挙げております。大事を任せるに足る人物です」
軍の再編には、人事の変更、兵站補給、財政支出など、山のような問題が絡んでくる。
張浚はその情報を岳飛に漏らし、あらかじめ準備をしておくよう伝えた。
岳飛は大喜びし、大福大回鶻国産の玉如意一対を張浚への礼として贈った。
数日もしないうちに、枢密院に勤める秦桧は、趙構が劉光世の淮西軍を岳飛に与えるつもりだと知った。
韓世忠、張俊もそのことを知った。
韓世忠は何も言わなかった。
秦桧と張俊は、そろって反対した。
「岳飛は志ばかり大きく、才はそれに及ばず、劉光世の部下を統御することなどできません」
秦桧は上奏した。
行営中護軍の張俊も趙構への謁見を求めた。
「劉光世の配下に、郦琼という兵馬鈐轄がおります。草莽の出で、匪賊気質が非常に強い男です。もともとは宗沢の指揮下におりましたが、その後、劉光世のもとへ身を寄せました。
この男は岳飛をひどく嫌っております。以前、私にこっそりこう申しました。『岳飛のような人間と同じ朝廷で官職に就くことを恥じる』と。
要するに、劉光世の軍を岳飛に与えるべきではありません。もちろん――私に与えるのも適切ではありませんが」
「ふん――」
趙構は尋ねた。
「お前にもやらない、岳飛にもやらない。それなら、誰にやるのがいい?」
「劉光世の軍は、韓世忠に統轄させるべきです」
「韓世忠はすでに一番多くの兵を持っている。それなのに、まだ兵を増やすというのか?」
趙構は反論した。
結局、趙構は劉光世の軍を、文官系統で兵部尚書を務める呂祉に任せることにした。
張浚は岳飛を呼び出した。
「岳将軍、皇上のお考えが変わった。劉光世の軍はお前には与えられない――当面は呂祉に預けることになった」
岳飛は椅子から勢いよく立ち上がった。
卓上の木皿をひっくり返し、茶碗、蓋、茶托が床に落ちて砕け散った。
「官家は金口玉言ではないのか! どうして前言を翻すことができる?」
岳飛が言った。
「官家が心変わりした理由を当ててみろ。秦桧が官家の耳元で余計なことを吹き込んだせいさ」
張浚が言った。
岳飛は目を怒らせ、歯ぎしりした。
「秦桧!」
「今日、岳将軍に来てもらったのは、お前の意見を聞きたいからだ。
劉光世の配下には、王徳と郦琼という二人の副将がいる。この二人なら、王徳のほうが人望が厚い。そこで、王徳を淮西軍都統制に任じ、呂祉尚書には名目だけ都督府参謀を兼ねてもらう――どうだ?」
「淮西軍の多くは、もともと土匪や盗賊だった連中です。ほんの一瞬で反乱を起こしかねない。
王徳と郦琼は昔から仲が悪い。一人を引き立てれば、もう一人が必ず不服を唱える。
呂尚書は書生です。書生に軍務のことは分からず、兵を心服させることもできない。
私の考えでは、やはり行営軍の大将の中から一人を選び、淮西軍を統轄させるべきです」
「張俊は?」
張浚が尋ねた。
岳飛は答えた。
「張俊が神武右軍を率いていた時、私はその配下におりました。
張俊は短気で、策略に乏しい。郦琼でさえ、あいつを見下しています」
「淮西制置使の楊沂中はどうだ?」
「楊沂中も王徳と似たようなものです。大任を任せるには力不足です」
張浚は「へ、へ」と妙な笑い声を二度漏らした。
「この人間は駄目、あの人間も駄目……どうやら岳将軍、岳太尉、岳節度使――結局、お前こそが最適な人選ということになるな」
「張宰相、張都督、私は本当のことを言っただけです。それなのに、私が劉光世の兵を欲しがっているなどと勝手に言い、根も葉もない濡れ衣を着せるとは!」
岳飛はますます腹を立てた。
「行営後護軍将軍だって、もうやらん!
これでいいだろう? ふん!」
翌日、岳飛は宰相の張浚と枢密院、それぞれに一通ずつ申状を送り、朝廷に兵権を解除してくれるよう願い出た。
枢密院はその日のうちに申状を却下した。
ところがその時にはすでに、岳飛は大勢の護衛兵を引き連れて建康を出発し、威風堂々と江州へ向かっていた。
岳飛は「廬山へ行き、母の喪に服する」と言い残した。
「岳家軍」――すなわち行営後護軍は、ひとまず張憲が統轄することになった。
岳飛が廬山に到着すると、後護軍中軍統制の王貴と、荊湖北路転運判官の李若虚も後を追ってやって来た。
二人は趙構から直接念を押されており、何としても岳飛を山から下ろし、元の職に復帰させるよう命じられていた。
王貴は岳飛の古参の部下だったが、何言か話しただけで岳飛に一喝され、すっかり出鼻をくじかれた。頭を下げて退いた。
岳飛を山から下ろす役目は、李若虚一人の肩にかかった。
東林寺の禅房。
窓際の机と椅子に向かって、毘盧帽をかぶり、錫杖を手にした、宝相荘厳な泥造りの菩薩像が置かれていた。
背もたれの高い椅子に座った李若虚は、岳飛に茶を注いだ。
「岳将軍、許可も得ずに勝手に職を離れるとは、どういうおつもりです?
あなたがこうして責任を放り出したら、配下の八万の兵士はどうなる?
あなたが守るべき管轄区域はどうなる?
それに、知っているんですか? 斉国の劉豫がすでに兵を派遣して随州を攻め、襄陽に迫っているんですよ」
「官家は、劉光世の兵を俺に与えると言った。それなのに、後になって与えない。それが俺の責任なのか?」
岳飛は言った。
「俺に戻れというなら、それでもいい――最初に約束したとおり、劉光世の兵を俺の軍に編入することだ。
そうでなければ、俺は廬山にいる。
ここは涼しくて快適だ。建康よりずっと過ごしやすい」
「岳将軍、あなたは大椀で酒を飲み、大口を開けて肉を食らう軍人でしょう。
そんなあなたが、精進料理を食べる比丘や比丘尼と一緒にいるなんて、体裁が悪すぎますよ」
「俺は母上の喪に服している。それじゃ駄目なのか?」
「大宋の皇室でさえ、喪に服すのは三か月です。
お母上が亡くなられて、もう一年近くになる。何の喪です?
そんな口実、あまりにも見え透いていますよ」
「李若虚、俺に歯を全部床にばらまかせるなよ」
「殴ってください!
岳相公、殴ってください!
菩薩様の御前で、私を殴り殺してみなさい!」
岳飛は声も立てずに冷笑し、磁器の茶碗を手に取ると、香り高い茶を一口すすった。
「朝廷に疑われるのが怖くないのか?」
李若虚は言った。
「自分を何者だと思っている?
お前は河北路の一農民にすぎない!
皇上に目をかけていただかなかったら、今の栄華富貴があったと思うか?
岳将軍、お前だって匪賊を討ったことがあるだろう。
韓世忠と張浚が二人そろってやって来て、お前を反賊として討伐するのが怖くないのか?!」
岳飛は静かに話を聞いていた。
その姿勢は微動だにしなかった。
李若虚が立ち去った後、韋小宝は岳飛を説得した。
「いっそのこと、ここは一歩引いて、建康へ戻ったらどうだ?」
「もう少し待とう。俺たちより焦っている奴がいる」
岳飛は言った。
「何事も自分で勝ち取らなきゃならない。手段を使うべき時には、手段を使う。
大宋が建国されて以来、三十二歳で節度使になったのは、太祖趙匡胤と俺、岳飛の二人だけだ。
この地位がどうやって手に入ったと思う?
自分で勝ち取ったんだ!
あと数日待って、あの官家がどこまで耐えられるか見てやろう。
煮えた鴨が羽を生やして飛んでいくなんて、俺は信じないぞ」
「いいところで手を引けよ!」
韋小宝は焦って言った。
「いいところで手を引けって、鵬挙!」
しかし岳飛は動じなかった。
岳飛が廬山を離れ、再び岳家軍の指揮を執ったという知らせが届いたのは、それから三か月後のことだった。
その頃、韋小宝は斉国の汴梁皇宮、紫辰殿にいた。
斉国の文武官たちに混じり、訪問してきた金国左副元帥、完顔昌を出迎えていた。
斉国皇帝の劉豫は完顔昌を御台の宝座に案内し、自分には別の脇座を設けた。
ところが完顔昌は、そこに座ろうとしなかった。
劉豫も仕方なく座るのをやめ、二人そろって御台の上に立った。
「完顔将軍、偽宋の郦琼が四万の兵を率いて降伏し、淮西の守備は手薄になっています。
この機会に兵を挙げて南征し、一戦交えてみてはどうでしょう。
勝てば趙構の残党を一掃し、後患を永久に断てる。
勝てなくても、兵力の優位を頼みに版図を広げ、長江以北を占領する。
大斉と偽宋で長江を境に天下を分けて統治する――これほど結構な話はないでしょう?」
劉豫が言った。
完顔昌は、御台の下を指差した。
韋小宝の心臓がドクンドクンと激しく鳴った。
完顔昌が何をしようとしているのか分からない。
やがて完顔昌が尋ねた。
「お前が郦琼か?」
そこでようやく、韋小宝は完顔昌が指差していた相手が、自分の左隣に立っている郦琼だと気づいた。
「私です」
郦琼が答えた。
「なぜ偽宋を裏切り、劉豫のもとへ投じた?」
ひそひそ話が絶え間なく広がった。
つい先ほど朝議が始まった時、群臣は劉豫に跪き、「皇上万歳」と声を揃えて唱えたばかりだった。
それなのに、完顔昌が皇帝の名を呼び捨てにした。
韋小宝でさえ、少し耳障りに感じた。
劉豫は殿外を眺め、平然とした表情を崩さなかった。
「私は劉豫に投じたんじゃない。
あなた、完顔昌に投じたんです。
中国に投じたんですよ」
郦琼は言った。
「この数日、あなたが斉国へ歳幣を取りに来ることも知っていました」
「まだ私の質問に答えていない。
なぜ偽宋を裏切った?」
「宋国の朝廷に心底愛想が尽きたからですよ」
郦琼は言った。
「愚昧な趙構は奸臣の讒言を信じ、劉光世の兵権を取り上げた。
そのうえ、白面の書生の呂祉なんぞを将軍にしやがった。
誰がそんな奴に従う?
俺は一刀で呂祉を刺し殺した!
朝廷はさらに、俺を岳家軍に編入するつもりだった。
幸い岳飛が俺たちの軍に来なかったからよかったものの、もし来ていたら、どうあっても一刀刺していた――岳飛なんぞ呂祉以下だ!
宋国の朝廷は、人間のやることじゃねえ!
完顔将軍、外へ出て聞いてみてください。
宋国の民衆で、朝廷を歯ぎしりするほど憎んでいない奴が、一人でもいると思いますか?
俺一人が帰順したんじゃない。
俺の配下の四万の兵だけじゃなく、淮西のいくつもの州の県令や知府までやって来た。
二千人を超える宋国の官吏、十万人を超える宋国の民衆が、自ら俺について来て、あなた完顔昌に投じたんです。
中国に投じたんですよ……」
郦琼は群臣に向かって語りかけ、話せば話すほど興奮していった。
韋小宝は手を伸ばし、郦琼が自分の顔に飛ばした唾を拭った。
もし自分がこの目で実際に見ていなかったなら、韋小宝はきっと、郦琼が口から出まかせを言い、完顔昌に媚びへつらっているのだと思ったことだろう。
三か月前、廬山から建康へ戻る途中、淮西を通った韋小宝は、あることに気づいた。
街には民衆の姿がなく、城を守る兵士もいない。
寿州、舒州、六安……どこも同じだった。
淮河沿いに築かれた鍾離県城で、韋小宝は家財道具を満載した船に乗り、今まさに川を渡ろうとしていた老人を呼び止めた。
「おじいさん、川を渡って、どこへ行くんだ?」
老人は答えた。
「川を渡って中国人になるんじゃ。中国人になれば、いい暮らしができる」
韋小宝はさらに尋ねた。
「斉国へ行くんじゃないのか?」
老人は言った。
「斉国は中国の藩属、中国は斉国の宗主じゃ。斉国人になるのと、中国人になるのと、何が違う?」
「おじいさん、俺も一緒に乗せてもらえないか?」
韋小宝は言った。
「俺も中国人になりたいんだ」




