三十二
岳飛は韋小宝と秦桧を連れて、月洞門をくぐった。
その先で視界がぱっと開けた。青い石の敷石で舗装された小道が曲がりくねって続き、その両側には青々とした草花、競うように咲き誇る花々、そして奇妙な姿に仕立てられた木々が植えられている。
小道の先には水榭楼台があり、そのさらに向こうには、洞庭湖の碧い波と、空の彼方に広がる夕焼けが見えた。
岳飛が説明した。
ここは前唐の商人、王元宝の邸宅で、今では自分の所有になっているという。
――とはいえ、わざわざ説明する必要などなかった。
正門の扁額に大きく掲げられた「岳府」の二文字が、この古邸の本当の主人を訪問客に告げていた。
「官家から賜ったのか?」
韋小宝が尋ねた。
「自分の金で買った」
岳飛は水榭の石卓のそばに腰を下ろした。随行してきた男僕が頃合いを見計らって茶を運んでくる。
「楊幺を破った後、官家から土地を一つ賜った。廬山瀑布のそばだ。そこに別荘を建てた。引退したら、そこで余生を送るつもりだ」
「岳将軍は、本当に戦のあるところなら、家まで買うんですね」
秦桧が言った。
「曹成を攻めた時には、ついでに広西南路に十軒も不動産を買ったそうじゃありませんか」
「秦相公は、人の私事を調べるのがお好きなようだな」
岳飛が言った。
「岳将軍の赫々たる功績は、朝廷の上下、誰もが知っています。私がわざわざ調べる必要などありません」
「官職が大きくなると、そこが嫌なところだ。何をしても人に見られている」
岳飛は言った。
「秦相公、最近のあなたの動向なら、私も少しばかり知っていますよ」
「どんな話だ?」
韋小宝が促した。
「先月五日、官家が秦相公、韓世忠、張俊を呼んで、金の芝居を見せた」
岳飛が言った。
「その通り。そんなことがあった」
秦桧が答えた。
「興安州の仙遊県での話だ」
岳飛は続けた。
「芝居の最後の大詰めが終わると、伶人が銅銭を一枚取り出した。その銅銭の四角い穴越しに官家を見て、『これは帝星がこの世に降りてきたお方です』と言った。
次にその穴を秦相公へ向けて、『これは相星がこの世に降りてきたお方です』。
韓世忠には、『これは将星がこの世に降りてきたお方です』。
最後に張俊へ銅銭の穴を向けた。
ところが、左から見ても右から見ても、いつまで経っても何も言わない。
官家が、『張俊は何の星宿が下凡したものだ?』と尋ねた。
すると伶人は、
『小人には、張郡王が何の星宿なのか、どうしても見えません。ただ、張郡王が銭の穴の中に座っていることだけは見えます』
と言ったそうだ」
韋小宝は手を叩いて大笑いした。
「最初は、文官の張浚の話かと思ったよ。武将の張俊には、こんな面白い話があるんだ。知ってるか?
家の銀を全部溶かして、水甕ほどもある銀の玉に鋳造して、屋外の庭に置いたそうだ。
しかも、それぞれに名前まで付けた。
『どうにもならん』と『盗めない』ってな」
「張俊が金に目がないのは、天下周知のことだ」
岳飛が言った。
韋小宝はさらに岳飛をからかおうとした。
だが、ふと目の端に映った秦桧の顔が青ざめ、表情が異様なほど険しくなっているのに気づき、すぐに口を閉ざした。
茶を飲み終え、菓子も食べ終えると、岳飛は男僕に命じて、御下賜の宝物を三つ持ってこさせた。
金鍍金の腰帯。
「精忠岳飛」と四字が記された錦旗。
そして神臂弩。
「三つの中で、俺が一番気に入っているのは、この強弩だ」
岳飛は韋小宝に、弩の機構の扱い方を実演してみせた。
二人は弩も矢も、実に精巧な作りだと口々に褒めた。
「仮にだが――俺と韓世忠が一緒に戦場へ出て、俺がこの弩でうっかり韓世忠を射殺したとする。官家は俺を責めると思うか?」
岳飛が言った。
「尚方宝剣を持っていれば好き勝手に人を斬っていいんだ。だったら御下賜の神臂弩を持っていれば、好き勝手に人を射てもいいってことだろう?
気に入らない奴がいたら、誰でも射殺してやる」
「岳将軍、同胞を仮想敵にするようなことを言うものではありません」
秦桧が言った。
「どれほど韓世忠が気に入らなくても、『矢で射殺す』などと言うべきではないでしょう。あなた方武将は、共通の敵に対して力を合わせ、外敵に一致して立ち向かうべきです」
「秦桧、お前は口を開けば『あなた方武将』、『あなた方武将』と言うな。その言い方じゃ、自分は文官だから、俺たち武将より上等だと言ってるように聞こえるぞ。
それに『共通の敵に力を合わせる』だと?
俺の岳某がどれだけ同じ敵に憤らなくても、外国と密通し、完顔昌と結託しているお前、秦相公よりはずっとましだ!」
岳飛が言った。
「私は外国と密通などしていませんし、完顔昌と結託したこともありません」
秦桧は平静な口調で答えた。
「――数十万人の命と引き換えに、たかが一張の弩を手に入れた。それがそんなに自慢できることですか?
私なら、これほど多くの人を殺したら、夜はとても眠れないでしょう。死者の亡霊が命を取りに来るのではないかと恐ろしくてね」
岳飛は石卓の上の茶碗をつかむと、力任せに叩きつけた。
茶碗は粉々に砕け、山水模様の石畳に茶が飛び散った。
「秦桧、お前は何品官だ?
よくも堂々たる一品官の俺に、そんな嫌味を言えるな!
韋小宝の顔を立ててやらなかったら、お前を岳府から這って出られないくらいぶん殴ってやるところだ!」
韋小宝は慌てて両腕を広げ、岳飛の前に立ちはだかった。
本当に手を出しそうで、気が気ではなかった。
秦桧は袖を払うと、そのまま立ち去った。
韋小宝も一歩一歩養父の後を追いながら、幼馴染を弁護した。
「岳飛はあまり本を読んでないから、言い方が率直なだけで……」
秦桧は突然、足を止めた。
「韋小宝、警告しておく。これからは、あんな腹黒い奴とはあまり付き合うな。
類は友を呼ぶ、人は付き合う相手に染まる。
あいつに悪い影響を受けるぞ」
――もし、俺自身がそもそも善人じゃなかったら?
韋小宝は物憂げに養父を見上げた。
二人は一言も交わさぬまま、趙構の行宮へ戻った。
趙構は岳家軍の陣営へ赴いて慰労したかと思えば、岳陽楼へ上って景色を眺めたり遊覧したりと、岳州に十五、六日ほど滞在した。
趙構が臨安へ戻ったその日、楊幺は囚人車に入れられ、街中を引き回されて見せ物にされた。
その夜、囚人車は岳家軍の陣営内に置かれた。
韋小宝は趙構から渡された通行令を見張りの兵士に見せた。
楊幺は腰に巻いた灰色の麻布以外、何も身につけていなかった。
全身には鞭の痕が残っている。
韋小宝は、失望を隠せなかった。
目の前にいるのは、自分とさほど年の変わらない、どこにでもいそうな風貌の男だった。
この男が、大宋の多くの武将たちを震え上がらせた反乱軍の頭領だとは、とても信じられない。
囚人車は狭かった。
楊幺は背を丸めて柵にもたれ、両脚を縮めたまま、何の恐れもなく韋小宝を見つめ返した。
「お前が楊幺だったのか」
韋小宝が言った。
「何十万もの農民を煽り立てて、おとなしくお前の言うことを聞かせ、朝廷に逆らって反乱を起こさせるとはな」
楊幺は、いやいやをするように激しく首を振った。
束ねられていない長髪は、乱れ放題になっている。
「農民が聞いていたのは、俺の言葉じゃない」
楊幺は言った。
「彼ら自身の心の声だ。俺の口から出たのは、苦しみにあえぐ大勢の農民たちの心の声なんだ」
「『富貴を等しくし、貧賤を均す』とか、『富める者から奪って田を均等に分ける』とか、そういう話か?」
楊幺は笑った。
「小爺さん、お前は『富める者から奪って田を均等に分ける』という考えを、どう思う?」
楊幺に反乱軍同士の呼び名で呼ばれ、韋小宝は妙な気分になった。
「お前たちは『天に代わって道を行う』と称し、宋国の法律を『邪法』と呼んでいる。
俺にどう思うかだって?
俺から見れば、腹いっぱい食うためにお前たちがひねり出した口実にすぎない」
「それは全部が間違いというわけではない。
古い言葉に、『精神は形に安んず』というものがある。
人間の身体には食べ物が必要だ。では、精神には食べ物が必要ないのか?
俺がずっとやりたかったこと、そして今もやっていることは、世の人々に精神の糧を無償で与えることだ」
「精神の糧?」
「鐘相が孔彦舟に殺された後、俺はようやく思う存分、自分の理念を推し進める機会が来たと思った。
ところが、岳家軍に敗れるとはな。
はあ……。
俺個人の失敗など、たいしたことじゃない。
重要なのは、俺が掲げた『天下均富』という理念まで、これで消えてしまうことだ。
心の空虚な世の人々が、俺の生み出した精神の糧を味わう機会を失ってしまった」
「鐘相とお前は仲間じゃなかったのか?」
韋小宝が尋ねた。
「鐘相は悪い人間じゃない。『富貴を等しくし、貧賤を均す』にも賛成していた。
だが、あいつは『三綱五常』という考えに毒されすぎていた。
靖康元年、鐘相は俺に一万人の兵を率いて汴梁へ赴き、勤王して趙桓を助け、金人と戦えと命じた。
俺は何度も嫌だと言った。
だが、軍中に分裂を引き起こすのが怖かったから、仕方なく本心に反して従った」
「俺は鐘相とは違う。
鐘相は大宋の正統性を認めなかった。
俺は――俺は皇帝そのものを認めない」
「じゃあ、誰が皇帝になるんだ? お前、楊幺が皇帝になるのか?」
「俺は誰が皇帝になるべきだとか、誰がなるべきではないとか言ってるんじゃない。
俺が言っているのは、宋国に皇帝なんて必要ないということだ。
いや、宋国だけじゃない。
西夏も、大理も、さらには名前を中国と変えた金国も、皇帝なんて持つべきじゃない。
何百年、何千年も前に、孟子はこう言っている。
『民を貴しと為し、社稷これに次ぎ、君を軽しと為す』。
小爺さん、聞きたい。
国家が生まれて以来、誰が国家の礎を築いてきた?
誰が国家を養ってきた?
人口の十人に八、九人を占める農民だ。
労働者だ。
では、皇帝とは誰だ?
国家に寄生する者だ。
だが、目を開いて見てみろ。
大宋、西夏、大理……この国、あの国、いったい誰が蔑まれ、辱められる側になっている?
誰が国家の最底辺へ落とされている?
農民が最底辺だ。
労働者が最底辺なんだ。
俺は、外面だけは強そうに見えて中身は空っぽ、蛭のように労働者の血肉を吸い上げる帝王や宰相どもを軽蔑している。
俺は皇帝のいない国家を作りたい。
労働者が自らの主人となる国家をな。
小爺さん、お前は考えたことがあるか?
俺たちはたった十三人の小さな集団だった。
それが、わずか数年で燎原の火のように広がり、四、五十万人にまで膨れ上がった。
もし天が俺にもう少し時間を与えてくれていたら。
もし『貧富を均す』という理念を、もっと遠くまで伝えられていたら。
大理へ。
西夏へ。
中国へ。
天下の隅々にまで……。
ただ、残念なのは……」
楊幺は俯き、物思いに沈んだ。
韋小宝は、目の前にいる、全身から悪臭を放つ男をじっと見つめた。
――また一人、時代にそぐわない男が現れた。
韋小宝は心の中でそう思った。
「天の神様が俺のところへ岳飛なんていう、とんでもない疫病神を送り込んできやがった……」
楊幺が沈黙を破った。
その声は低く、細かく途切れ、自分自身に語りかけているようだった。
「もし軍中の裏切り者に売られていなかったら。
もし、もう少し早く軍中の奸徒やろくでなしどもを始末していたら……。
お前、俺が岳飛に負けたと思っているのか?
俺は自分自身に負けたんだ……。
だがな、岳家軍も、趙構も、あまり早く喜ばないことだ。
勝利というものは、ときに命取りになる毒薬なんだ」
「どういう意味だ?」
韋小宝が尋ねた。
「どうか――どうか楊相公、勝利が毒薬というのは、どういう意味なのか説明してくれ」
「岳飛は正面からの戦いは弱い。
ところが、下劣な陰謀や小細工を弄するのは実にうまい。
朝廷があんな男に大軍を握らせ、天下をひっくり返すような真似をさせている。
これこそ、大宋が受けるべき報いじゃないのか?
岳家軍は荊湖に居座り、現地の農民を家畜もろとも殺し尽くし、農民の食糧を焼き尽くした。
あれほどの悪行を重ねながら、岳飛は考えたことがないのか?
あの無辜の農民たちも、宋国の民なんだぞ!
どうしてそこまで苛烈な手段を取る必要がある?
もし岳飛が戦争ばかりを続けて国庫を空にしなければ、宋廷は税を増やし、労役を課す必要などなかった。
絶望した民が、俺たちの軍へ身を投じる必要もなかった。
それで、どうして俺たちの軍が春風に煽られた野火のように膨れ上がることができただろう?
もし外敵が再び南へ侵攻してきたら、宋国の民はどちらにつく?
たとえ外敵が来なかったとしても、宋廷が一隅に安住しているだけで、趙構は本当に天下を安泰にできるのか?
趙構の配下にいる武将――韓世忠、劉光世、張俊、岳飛。
このうち誰一人として、朝廷と対抗できるほどの大軍を握っていない者はいない。
俺が恐れているのは、韓家軍だろうが、劉家軍だろうが、岳家軍だろうが、趙構にはどの軍も思うように動かせなくなることだ……。
岳飛のような連中がいる限り、奴らが俺の代わりに趙氏王朝百年の基業を滅ぼしてくれる。
岳飛がいる限り、宋室の皇族が死に、国が滅びることを、どうして俺が心配する必要がある?」
楊幺は話せば話すほど声を大きくし、嘲るように笑い飛ばした。
長槍を手にした兵士が声を聞きつけてやって来た。
「犬みたいに吠えてんじゃねえ!」
槍の穂先が柵の隙間から突き込まれた。
楊幺の胸を槍が貫き、鮮血が流れ落ちた。
兵士は言った。
「韋相公、まだこの狂人をからかい足りないんですか?」
楊幺はなおも狂ったように笑っていた。
韋小宝は脇へ退き、囚人車から距離を取った。
その時になって初めて、今回ここへ来た本当の目的を思い出した。
――本当は楊幺に伝えるつもりだった。
趙構はすでに詔を下している。
明日の午の刻三刻、楊幺は斬首される。
……今夜くらいは、死が目前に迫っていることも知らずに過ごさせてやろう。
楊幺は岳陽楼前の菜市口で斬首された。
監斬を務めたのは岳飛本人だった。
処刑人は楊幺の首を抱えて岳陽楼へ上り、二階の軒下に吊るした。
首は角度を固定され、顔は果てしなく広がる洞庭湖へ向けられた。
韋小宝は、きらめく波をたたえる洞庭湖を見渡した。
楊幺軍の水寨は跡形もなく消え失せていた。
まるで、最初からそんなものは存在しなかったかのように。




