二
何かが彼の頬を叩いている。
ベッドの前に、人影が立っていた。
「韋小宝、もう夜が明けたっていうのに、まだ起きないのか。お前、前はこんなに怠け者じゃなかっただろう」
王継先が言った。
彼は目を開けると、勢いよく起き上がった。
――まだここにいる?
――夢が続いているのか?
そう思ったが、身体が感じている。
昨夜眠りにつく前より、むしろ精力が充実している。
彼が導き出した答えは一つだった。
――時間は確実に流れている。
窓から、灰色がかった淡い光が差し込んでいた。
「俺は崔凱だ」
一字一字、はっきりと言った。
そして、自分の叔父だというこの男の、影に半ば沈んだ顔をまっすぐ見つめた。
「パァン!」
平手打ちが顔面に飛んできた。
「起きたか?」
「まだ起きてないなら、もう一発食らわせてやる。目が覚めるまで何度でもな。さあ、降りろ」
王継先は、せいぜい一メートル六十五ほどにしか見えない。痩せぎすの男だ。
本来なら、彼は王継先を地面に叩き伏せることだってできた。
もし自分が、まだ身長一メートル七十そこそこ、体重六十五キロほどの崔凱だったなら、体格だけでも目の前の男を完全に圧倒できただろう。
残念ながら、今の彼は十歳の子供の身体に閉じ込められている。
彼は王継先の命令に従い、おとなしくベッドから降りた。
昨夜食事をした薄暗い居間で、王継先から木桶を一つ受け取った。
中には、何色なのかさえ判別できない衣服が何着か入っている。
「きれいに洗えよ」
王継先が言った。
「五、六年もお前を養ってやったんだ。少しくらい働いて恩返ししてもらわないとな。張員外のところへ行ったら、恩返ししたくてもできなくなるぞ」
そう言って王継先は、彼の腕の中に木製の洗濯棒を一本押し込んだ。
家の外、三十メートルほど先には、一筋の大河が両岸の間を横切っていた。
川は激しく流れ続け、どこまでも先が見えない。
岸辺には、平らで広々とした砂岩の地面が広がっている。
何人かの女たちが川岸にしゃがみ込み、洗濯をしていた。
彼女たちは目の前の仕事に追われていて、崔凱のほうを振り返る暇などなかった。
彼は来た道を振り返った。
王継先の家を見る。
竹の垣根と、腰の高さほどに積み上げられた土塀が、庭の囲いになっている。
庭に立つエンジュの木は、梢が屋根とほぼ同じ高さだった。
この光景には、どこか見覚えがあった。
だが、どこで見たのかは、すぐには思い出せない。
「ドン! ドン!」
彼は隣の女たちを真似て、石板の上に置いた衣服を洗濯棒で叩いた。
川の水は骨まで凍りつくように冷たい。
腹は減って、ぐうぐう鳴っている。
全身がぶるぶる震えた。
そして、恐怖が込み上げてくる。
足を滑らせて、激しく流れる川へ転落したらどうしよう。
そのまま命を落としてしまう。
――これがタイムスリップってやつなのか!?
――これが、俺に与えられたシナリオなのか!?
彼が知っているタイムスリップ物語では、主人公たちは過去へ戻る。
滅びかけた王朝を救い、皇族や貴族と恋に落ち、美人たちと夜を共にし、項羽の父親になったりする。
物語の中に含まれる、良心の呵責を覚えるような要素――たとえば、圧倒的に有利な立場を利用すること――をいったん脇に置けば、
彼、崔凱は、そんなタイムスリップ物語の主人公になりたかった。
だが、現実はそう都合よくいかなかった。
彼は千年前の宋朝へタイムスリップし、十歳の子供――ひょっとすると発育不良なのかもしれない――の身体に閉じ込められている。
もし彼が本当に存在しているのなら――
いや、実際、彼はもうそのことに悩んではいなかった。
自分は確かに存在している。
なぜなら、意識が存在しているからだ。
ならば、さらに問いかけたい。
――自分が存在する目的とは何なのか?
言い換えれば、宇宙はいったい何の目的で、彼を千年前のアジア大陸の片隅へ送り返したのだろう?
そして、さらにもう一つ。
――宇宙は、自分に対して善意なのか。
それとも悪意なのか?
洗濯を終えると、彼は重たい木桶を提げて王継先の家へ戻った。
夫婦はすでに起きていて、腰掛けに座り、うつむいたまま粥をすすっている。
卓の上には、白粥の入った小さな碗が一つ置いてあった。
どうやら彼のために用意されたものらしい。
彼は食卓へ駆け寄り、碗を手に取って粥を飲んだ。
――白粥って、こんなにうまかったのか。
これまで、白粥をこれほど美味しいと思ったことは一度もなかった。
腹が減っている。
本当に、腹が減っている。
たった五着の服を洗っただけなのに、どうしてこんなにも体力を消耗するんだ?
「食べ終わったら学校へ行け」
王継先が彼の小さな碗を取り上げた。
「今日がお前の私塾での最後の日だ。よく覚えておけ」
彼はまだ粥を飲みたかった。
目を潤ませるようにして王継先を見つめる。
「継先、もう一杯よそってあげなよ」
おばが言った。
王継先が冷笑する。
「今日たくさん食ったら、明日は食うものがなくなるぞ」
おばは彼に目配せし、外へ出るよう促した。
彼が庭の門を出たばかりのところで、庭の中からおばの声が聞こえてきた。
「私は、死んだ弟に申し訳ないよ。小宝はこんなに可哀想な子なのに……」
「こいつを家で何年も養って、そのために俺がいくら金を使ったと思ってる?」
「だからって、売ることはないだろう」
「張員外のところへ行って書童になるだけだ。何がそんなに可哀想なんだ? うちにいるより、あいつのところのほうが暮らしが悪くなるとでも?」
「王継先、私が何も知らないと思ってるの?」
「市場にいる器量のいい女中だって、三両銀を超えることはない。なのに、どうして張公子は小宝に七両銀も出すんだい?」
「まさか張家の若旦那が善人になったとでもいうのかい? わざわざ大損してまで、お前に金を恵んでやるって?」
「もしかしたら、張公子は生まれつきの大善人なのかもしれないだろう? 善行を好んで人に施す。何が悪い?」
「まだ私を騙そうとしてるの!」
おばが言った。
「良いことは門外に出ないが、悪いことは千里を駆けるっていうだろう。張公子の悪評なんて、とっくに誰もが知ってるんだよ。まだ私を誤魔化せると思ってるの?」
「誰だって知ってるよ。張公子は男色の道楽があって、そのうえ人でなしの冷酷な男だって。去年だけでも、あいつの手にかかって死んだ男の子は三人を下らない。みんな張家の裏庭に埋められたんだ」
「張家は権力も人脈も持ってる。県令だって、どうしてあいつを取り締まれる? 結局、好き勝手させるしかないじゃないか」
「かわいそうなうちの小宝……」
「この七両銀は、小宝の命と引き換えの金なんだよ!」
おばは長く泣き、短く嘆き、声を上げてすすり泣いた。
――男色?
その四文字を聞いた瞬間、彼の頭の中でブーンという音が鳴り響いた。
自分の理解が間違っていなければ、「男色」とは男が男を愛することだ。
「ゴンッ!」
脳天に拳骨が落ちた。
額がずきりと痛む。
「韋小宝、こんなところで何してる? さっさと学校へ行かないか!」
いつの間にか、王継先が彼のそばに立っていた。
怒った顔で彼を睨みつけながら、腕を高く振り上げる。
今にも平手打ちを食らわせようとしている。
彼はすぐさま走って逃げた。
――だが、学校はどこなんだ?
彼は家の前を流れるこの川に沿って、東へ向かうことにした。
しばらく歩いてから振り返ると、王継先が庭の塀のそばに立ち、こちらを見ていた。
自分の進んでいる方向は間違っていない。
そう確信した。
もし間違っているのなら、王継先が止めないはずがない。
彼は城門の下まで歩いていき、そこで足を止めた。
城門の壁には、赤い三文字が刻まれている。
――「通義楼」。
城門の南側には船着き場があった。
北へ少し行ったところには、木造の平屋が一軒建っている。
平屋の中から、子供たちが本を読む声が聞こえてきた。
彼は扉を押し開けた。
東向きに並べられた三列の座席には、二十人ほどの、彼と似たような体格の子供たちが座っている。
その前には、背の高い痩せた若い男が立っていた。
丸めた書物を手にし、孔子の肖像画の下に立っている。
二列目に空席が一つあった。
彼はそこへ向かった。
「お前!」
座ろうとしたところで、若い男に呼び止められた。
「韋小宝、『百家姓』を暗唱してみろ。『趙・銭・孫・李』からだ」
「趙銭孫李、周呉鄭王……」
そこから先が出てこない。
子供たちが一斉に笑い出した。
「武戎、お前が続きを言え」
若い男が、隣の少年を指差した。
「馮陳褚衛、蔣沈韓楊……閻愛楊佟、第五言福」
少年は、舌を流れるように動かしながら一気に暗唱した。
「先生、どうでした?」
「武戎、お前は見込みがあるぞ」
先生は満足そうに頷いた。
「誰か、『百家姓』がなぜ『趙銭孫李』の四姓から始まるのか、私に説明できる者はいるか?」
「天下で趙姓の人間が一番多くて、銭姓が二番目に多いからです」
武戎が答えた。
「違う」
教師は首を横に振った。
「私は『百家姓』の作者と一度会ったことがある。そのとき、彼はまだ『百家姓』を書き始めてもいなかった」
「彼が『趙銭孫李』を百姓の筆頭に置いた理由……私が小人の心で推測するなら、要するに当時の権力者に取り入ろうとしたのだろう」
「『趙』は宋国の国姓。『銭』は宋に帰順する前の呉越国の国姓。『孫』は呉越国皇帝の正妃の姓。そして『李』は後唐の国姓だ」
「では『国姓』とは何か?」
「簡単に言えば、官家――皇帝――の姓のことだ」
先生はちらりと韋小宝を見た。
「韋小宝、お前は先月までクラスで一番に『百家姓』をすらすら暗唱できたじゃないか。それがたった一か月で全部忘れたのか? 私は何と教えた?」
「学んだことは、『学びて時にこれを習う』だ」
「ここでいう『習』という字には、『実践する』という意味だけでなく、『復習する』という意味もある。学んだことは、常に復習しなければならないんだ!」
――余計なお世話だ。
――俺は本物の韋小宝じゃないんだから。
「先生――いや、夫子」
彼は言った。
「俺、九九なら言えます」
教室中の子供たちを見回しながら、彼は思った。
――俺が九九を習い始めたのは小学校三年生だった。
――こいつら古代の子供たちの勉強が、二十世紀の小学生より難しいなんて、絶対に信じないぞ。
果たして、すぐに何人もの子供が尋ねた。
「夫子、九九って何ですか?」
崔凱はお経を唱えるように、
「二二が四、二三が六……」
と始め、
「九九、八十一」
まで一気に暗唱した。
「素晴らしい、素晴らしい」
夫子は何度も感心した。
「私は長年教えてきて、数えきれないほどの学生を見てきたが、二十歳になっても『九九』を覚えられない者は大勢いる」
「韋小宝、私の目に狂いはなかった。お前は本当に聡明だ」
夫子は手にしていた書物を置いた。
そして手を伸ばし、韋小宝と武戎の頭をそれぞれ押さえつける。
二人は揃って腰を下ろした。
「『九九』を暗唱するより、一字も間違えずに『百家姓』を暗唱するほうが少し難しい」
「武戎、お前の才能なら、科挙に合格するのも夢ではないぞ」
そのとき、乳臭い声の少年が横から口を挟んだ。
「こんなもん覚えて、何の役に立つんだよ!」
「黄四郎!」
夫子の顔色が変わった。
最後列、窓際の席。
十二、三歳ほどに見える、頬がぷっくりとした少年が立ち上がった。
「『百家姓』を暗唱できる雑種は、結局雑種だ」
「黄四郎!」
夫子が怒鳴った。
「お前の目には、師を敬う心というものがないのか!」
「雑種はお前のほうだ! お前も、お前の父親の黄堂も、お前の家族全員、みんな雑種だ!」
武戎が、その挑発してきた太った少年を罵った。
黄四郎は机の上に置かれていた硯をつかみ、投げつけた。
硯は、ちょうど韋小宝と武戎の間に立っていた夫子の股間を直撃した。
夫子は呻き声を漏らし、腰を折った。
「君子は手を動かして、口を動かさず!」
誰かが叫んだ。
武戎も負けてはいない。
自分の机の上にあった書物、硯、筆、筆立てを次々と黄四郎めがけて投げつけた。
黄四郎は準備していたらしく、あらかじめ身をかわす。
武戎はさらに、男教師が韋小宝の机の上に置いていた書物まで奪い取った。
そして、もう一度黄四郎めがけて振りかぶった。
教室中の子供たちが興奮して走り回る。
口々に奇声を上げている。
「ドン! ドン――!」
夫子は身を低くして、四方八方から飛んでくる物を避けながら、手のひらで机を激しく叩いた。
「授業は終わり! 終わりだ!」
子供たちは歓声を上げ、一斉に教室から飛び出していった。
黄四郎が裏口から出ようとすると、武戎が両手で低い腰掛けを頭上に掲げ、道を塞いだ。
黄四郎は身を翻した。
両手を窓台につき、窓の外へ飛び出す。
武戎もすぐ後を追って窓から飛び出した。
部屋に残ったのは、韋小宝と夫子の二人だけだった。
「ヒュッ、ヒュッ……」
夫子は口を開け、苦しそうに何度も息を吸い込んでいる。
顔は真っ青で、額には汗が滲んでいた。
――まずい。
――まさか、玉まで潰れてないだろうな?
韋小宝は夫子を支えて座らせた。
しばらく休むと、夫子の顔色も次第に赤みを取り戻した。
彼は立ち上がり、教壇の前まで歩いていって腰を下ろす。
そして筆を取り、白い紙の上を龍が蛇行するように走らせた。
紙の上には、二句の詩が書かれていた。
「若得水田三百畝,這番不做猢猻王。」




