二十四
金国皇帝・完顔晟から書状が届いた。完顔昌に命じ、南方へ赴いて趙構を捜索している完顔宗弼を支援せよ、という命令だった。
軍帳の中では、三十人ほどの将兵がいくつかの組に分かれ、地面に胡坐をかいて輪になっていた。
南下する前、最後の夕食である。
いつもより食事は豪勢で、一人につき牛肉が三切れと、焼酒が半杯、余分に配られた。
「間抜けな張邦昌の奴、せっかく皇帝になったっていうのに、趙構の犬になりやがった」
貂皮の帽子をかぶった士官が言った。
「おかげで今度は犬死にだ」
「趙構はなんで張邦昌を殺したんだ?」
別の金兵が尋ねた。
「張邦昌って男、何もかも悪くないんだが、とにかく覇気がない」
また別の男が話に加わった。
「だから、趙構はなんで張邦昌を殺したんだ?」
誰かが尋ねた。
「女に決まってるだろ。張邦昌が趙佶の妃を寝取ったんだよ。何とか夫人とかいう奴をな。そんなことしたら、ただじゃ済まんだろう? 趙構は張邦昌だけじゃなく、張邦昌の仲間だった王時雍まで一緒に殺したんだ」
「皇帝の妃にまで手を出すとはな……。張邦昌って奴、嫌いじゃない。俺は好きだぜ。ただ一つ悪いところがある。あそこがじっとしていられねえんだ」
どっと笑い声が起こり、しばらく天幕の中に響き続けた。
韋小宝は、完顔昌が地面に座る一団の後ろへ歩いてくるのを見た。
完顔昌は身をかがめ、そのうちの一人の肩を軽く叩いた。
男が立ち上がる。
ほかでもない。
韋小宝の養父、秦桧だった。
完顔昌と秦桧は天幕を出ると、中軍の大営へ向かった。
時折、二人は顔を寄せて何か二言三言話しているが、何を言っているのかまでは聞き取れない。
「お前、何しについてきた?」
完顔昌が振り返って韋小宝に尋ねた。
「こいつは私の義理の息子です」
秦桧が一歩先に答えた。
韋小宝の胸が、どきりとした。
三人は完顔昌の幕舎に入った。
「秦桧、最後にもう一度だけ聞く。よく考えてから答えろ」
完顔昌は机の後ろにどっかりと腰を下ろした。
顔はふっくらとしており、鷹のような目をしている。その眼光は鋭く、人を射抜くようだった。
「本当に、大金に残って官職に就くつもりはないのか?」
秦桧が答えようとすると、完顔昌は続けた。
「最後まで聞け。尚書令の席が一つ空いている。何人もの大臣が私にお前を推薦してきた。お前の才覚は朝野の誰もが認めている。お前が一言『はい』と言いさえすれば、大金の尚書省最高長官の座は、お前のものだ」
「忠臣は二君に仕えず」
秦桧は言った。
「私はすでに大宋の臣です。どうして金国に忠誠を尽くすことができましょう」
完顔昌は勢いよく立ち上がり、拳を机に叩きつけた。
「大宋はとっくに滅んでいる!」
だが、すぐに自分が取り乱したことに気づいたのか、再び腰を下ろし、目を閉じて大きく息を吸った。
「お前は私の軍事参謀をしている。それが金国への忠誠でなくて何だ? ああ――大金の朝班名簿に名前さえ載っていなければ、大金に忠誠を尽くしたことにはならない、というわけか? 自分を欺いているだけだ!」
秦桧は言葉を失った。
「それはそうと、趙佶と趙桓は庶民に落とされたとはいえ、我が大金はあの二人を粗末には扱っていない。燕京城に二年間幽閉されて、その間にこの父子はそれぞれ三、四人の子供をもうけた。あの趙氏の子孫たちなんぞ、もう『宋』という字の書き方さえ知らんだろう。大宋、大宋……大宋はとっくに滅んでいる」
「趙構が一息でも生きている限り、大宋の社稷は一日たりとも滅びません」
秦桧が言った。
「ならば、私がこれから趙構を捕まえに行く」
完顔昌は言った。
「秦桧、お前は賢い男だ。だが、賢い人間でも馬鹿なことをする。友人として忠告してやる。情勢をよく見ろ。趙氏王朝の命運はもう長くない。どうして火に飛び込む蛾になろうとする? 大金は兵も強く、馬も壮健で、国力も盛んだ。どうして趙構のような短命王朝と比べられよう?」
「完顔将軍、私も友人として答えましょう。私の故郷、江寧には、こんな言葉があります――『子は母の醜きを嫌わず、犬は家の貧しきを厭わず』」
秦桧は静かに言った。
「臣下たる者が、どうして――どうして国家が貧しく弱いからといって、国を見捨てることができましょうか」
窓の外から微風が吹き込んできた。
蝋燭の炎が揺らめき、人影も揺れ動く。
「はははは!」
完顔昌が突然、大声で笑った。
「分かったぞ。秦桧、お前は名声を得たいのだな! 私の従兄は何度も私に警告していた。お前は学識が高く、才覚もあり、世を治め民を救う能臣だ。だから『制御しながら使え』とな。だが、私は従兄の見立てをあまり信じなかった。早くから分かっていたよ。お前は虚名を好む男だ。私の経験から言わせてもらえば、虚名を好む者に能臣になれる奴はいない」
秦桧は身をかがめ、長揖の礼をした。
「秦某、才能も浅く学問も足りず、大任を担うには力不足でございます」
「趙氏王朝が滅びようとしているのに、お前はわざわざ火の中へ飛び込もうとしている。ならば止めはせん。出ていけ。お前の義理の息子も連れて、どこへでも遠くへ行け」
秦桧と韋小宝が幕舎を出たところで、二組の巡回兵とすれ違った。
巡回兵が遠ざかると、暗がりから甲冑姿の兵士が一人現れた。
韋小宝には、それが完顔昌の親兵だと分かった。
片手には松明、もう片方の手には三頭の軍馬の手綱。
親兵は秦桧と韋小宝に、それぞれ手綱を渡した。
そして軍営の門番に令符を見せ、二人を金軍の陣営から連れ出した。
頭上には満天の星。
黒い布地の上で光り輝く宝石のようだった。
馬蹄が、ぱかぱかと音を立てる。
夜の闇は銅壁鉄壁のように重く、人の胸を押し潰すようだった。
夜明け前、三人は道端の粗末な茅屋に入り、しばし眠った。
夜に道を急ぎ、昼に眠る。
そんな日々が何日も続いた。
やがて密生した黒松林を抜けると、目の前に青く広大な海が突然開けた。
親兵は馬を止めた。
ここから先は、もう道がない。
親兵は馬を下り、秦桧と韋小宝の手から手綱を受け取ると、腕を伸ばして遠くの波止場を指し示した。
二人は海岸へ向かって歩き出した。
「待て!」
背後から親兵の声が飛んだ。
「俺はてっきり、お前は口が利けないのかと思ってたよ。道中ずっと一言もしゃべらなかったからな」
韋小宝が言った。
親兵は腰帯から二つの袋を外し、二人に放り投げた。
韋小宝が中を覗くと、袋いっぱいに細かな銀が詰め込まれていた。
親兵は振り返って馬に乗り、林の中へ入って、そのまま姿を消した。
海の波が岩を打つ。
白い腹と黒い翼を持つ海鳥の群れが滑空しながら鳴き声を上げる。
潮の生臭い匂いが鼻を突いた。
岸辺では、蓑笠を着た老人が足をぶらぶらさせながら釣り糸を垂れている。
海岸に繋がれた烏蓬船では、禿頭の船頭が二本の櫂に手をかけ、こちらの父子を眺めていた。
韋小宝が袋から金を取り出そうとすると、それを見た船頭が言った。
「旦那さん、金はいりません。もう誰かが払ってあります」
韋小宝は甲板へ飛び乗った。
小船が左右に揺れる。
「この人生で、ようやく海を見られたってわけだ」
韋小宝は感慨深げに言った。
「待ちなさい。船に乗るのはまだ早い」
釣りをしていた老人が秦桧を引き止めた。
「秦相公、船に乗ったら、もう後戻りはできません。本当に、それでよいのですか?」
「韓状元、何のつもりだ? 完顔昌大帥が私を行かせたのに、なぜお前が出てきて邪魔をする?」
「邪魔をしているわけではありません。私、韓昉にはそんな度胸はない」
老人は言った。
「秦相公、先ほどのあなたの言葉は、完顔昌を破滅させかねません。あなたを逃がしたのは完顔昌個人の判断で、大金の官家は何も知りません。それなのに、どうしてそれを大っぴらに言いふらすのです?」
「ここには我々四人しかいない。まさか空を飛ぶ鳥や海の魚まで人間の言葉を理解して、噂を広めるとでもいうのか? 韓相公、言いたいことがあるなら、遠回しにせずはっきり言ってくれ。俺の旅を邪魔しないでくれ」
「秦相公、本当に帰心矢のごとし、ですね。お尋ねしますが、これからどちらへ?」
「私がどこへ行こうと、お前には関係ない」
「二年前、大金が汴梁から撤退した際、一篇の檄文を布告しました。名指しされた者は、全員、軍に従って北へ向かえ、と。秦相公、このことを覚えていますか?」
韓昉が尋ねた。
「もちろん覚えている」
「では、そこにあなたの名前を書き入れたのが誰なのか、考えたことはありませんか?」
「お前か?!」
秦桧の目から、怒りの炎が噴き出しそうになった。
「そのとおりです。あの檄文も名簿も、私が筆を執りました」
韓昉は平然と言った。
「秦相公、我々はともに孔門の弟子――」
秦桧は鼻で二度、ふんと息を吐いた。
韓昉はかすかに笑い、続けた。
「私はあの時こう考えました。お前を我々の陣中に取り込まなければ、いずれ必ず我が大金の強敵になる。秦相公、この二年間、大名府に滞在していて、大金はあなたを粗末に扱いましたか? 凍えさせましたか? 飢えさせましたか?」
「いいえ」
「では、なぜ逃げる?」
秦桧は黙った。
「秦相公、本当に頑固だ! 本当に馬鹿だ!」
韓昉は言った。
「趙構を探しに行くんでしょう? 完顔宗弼もあいつを探している! 完顔宗弼が追いかければ、趙構は逃げる。揚州から臨安へ、臨安から越州へ、越州から明州へ。明州から海へ出て、また陸へ上がり、台州と温州を行ったり来たり――浙江東路を、趙構は端から端まで逃げ回ったんです!」
韓昉は一気にまくしたてた。
「完顔宗弼は今回の作戦に、こんな掛け声までつけた。『山を捜し海を探り、趙構を生け捕りにせよ』。では、趙構がどう応じたと思います? 完顔宗弼に二十通あまりの命乞いの手紙を書いたんですよ。手紙の冒頭には何と書いたと思います? 『宋康王趙構、大金国相元帥閣下に書を致す』だ! 恥さらしもいいところだ! 秦相公、趙構本人でさえ自分を皇帝だと思っていないのに、あなたはまだあいつを皇帝扱いするんですか?」
秦桧は甲板へ上がった。
「船頭さん、船を出してください」
そして韓昉を振り返った。
「韓状元、もう口を使わせないでくれ。私の決心は変わらない」
「理由を言ってくれ。趙構のもとへ戻って仕える理由を、俺に聞かせてくれ」
「宋室王朝が倒れない限り、私、秦桧は一日たりとも宋の臣ではなくならない」
「自分で自分の出世を潰していると分かっているのか!」
韓昉は言った。
「私は以前、遼国で官に就いていた。遼が滅びたから、金国へ行って官に就いた。それの何が悪い? 若い頃、梁に縄を掛け、錐で股を刺すほど必死に勉強し、目を悪くするまで書を読んだのは、何のためだった? 帝王家に自分の才を売るためだろう! 帝王が何という姓で、何という名だろうと、俺たちに何の関係がある?」
韓昉は袖口で目尻の涙を拭った。
船頭は力を込めて二本の櫂を動かした。
烏蓬船はすでに岸から十数歩ほど離れていた。
「お前には、分からないさ」
秦桧は低い声で独り言を言った。
韓昉に聞こえたかどうかなど、気にも留めなかった。




