↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『岳飛伝』  作者: RiHakuun
PR
23/44

二十二

商丘から汴梁城内の借家に戻った韋小宝は、尻も温まらぬうちに宗沢を訪ねに出かけた。応天府へ向かったあの日、宗沢は旅費として銀十両を彼に持たせてくれたのだ。

宗府の寝室に入った韋小宝は、目を疑った。

宗沢は上半身裸で背中をさらし、見るからに弱り切っていた。――あの精気に満ち、いつも楽しそうに話していた老将は、いったいどこへ消えたのだ?――宗沢は寝台にうつ伏せになっていた。

左肩から背中にかけて、黒ずんだ赤色の腫れ物が大きく盛り上がっている。小さな丘のような形だ。腫れ物はすでに破れ、土色の膿がじわじわと流れ出していた。

韋小宝は、入ってきたときから漂っていた悪臭の正体を、ようやく悟った。

「宗老先生、金を返しに来ましたよ!」

韋小宝が声をかけると、宗沢は苦しげに何度も呻いた。

「応天府で官家にお会いしましたよ」

――どうやら、俺の話なんか聞いていないらしい。

「官家からの伝言です。どうかもう、汴京へ来いと催促するのはおやめください、と。大事な国事を片づければ、いずれご自身で戻ってこられるそうです」

宗沢の口がかすかに開閉した。声は蚊の鳴くように小さい。

顔には幾重にも皺が刻まれ、それが連綿と連なる山脈のように見えた。

韋小宝はしゃがみ込み、宗沢の口元へ耳を寄せた。聞き取れたのは、詩の一節だった。

「出師未だ捷たずして身先ず死し、長く英雄をして涙を襟に満たさしむ……」

最初、韋小宝は趙構のことを言っているのかと思った。だが、少し考えてから、ようやく分かった。

宗老先生は、自分を諸葛亮になぞらえているのだ。

「宗将軍、そんな縁起でもないことを言わないでください。百戦をくぐり抜け、死体の山から這い上がってきたお方でしょう? たかが毒腫れごときに負けるんですか?」

韋小宝は左右を見回した。寝室には誰もいない。

「俺の叔父さんは代々医者の家柄なんです。叔父さんに頼んで、毒腫れに効く薬を調合してもらいますから。ちょっと待っていてください」

韋小宝は宗府から逃げるように飛び出すと、一気に城西の区画まで走り、王継先が新しく開いた薬舗へ駆け込んだ。

小さな腰掛けに座って薬を挽いていた叔母は、韋小宝の姿を見るなり、開口一番、愚痴をぶちまけた。

汴梁は人口が激減し、腕の立つ者はみな金国へ移住してしまった。薬舗の商売はやりにくくて仕方がない。それなのに、甥っ子は出世したというのに恩知らずで、世話になった年長者への情もない――。

韋小宝は叔母に言った。

「叔父さんと叔母さんは二人とも子供ができなかったから、俺を実の息子みたいに育ててくれたでしょう。そんなこと、俺だってちゃんと分かっていますよ。これから先、きちんとお二人に恩返しします。老後の面倒だって俺が見ますから」

叔母は小さく笑った。

その顔には、何やら思うところがあるのがありありと浮かんでいる。それでも両手は一瞬たりとも休むことなく、薬碾きを前後に押していた。

叔母が何も言わないのを幸い、韋小宝はその場を離れ、七星斗柜の前で診察していた王継先に尋ねた。

「汴梁留守の宗沢将軍が毒腫れを患っていて、かなり重いんです。叔父さん、何かいい処方はありませんか?」

王継先は、がばっと立ち上がった。

「そんなもの、簡単だ」

「『黄帝内経』にもあるだろう。『諸疮の痒痛は皆心に属す』とな。人はなぜ毒腫れになる? 心火が盛んだからだ! 小宝、お前だって医術を学んでいる。叔父さんと比べても、腕は引けを取らん。何しろ、叔父さんの命を救ったのはお前じゃないか。覚えているだろう?」

韋小宝はぶんぶんと首を横に振った。

「釈迦に説法ですよ」

「では仙方を一服、処方してやろう。宗沢の命を必ず救ってみせる」

王継先は草書で書いた処方箋を一枚、韋小宝に渡した。

「ここに書いてある薬は、うちの店に全部ある。お前は甥っ子だから、仕入れ値で売ってやる。一文たりとも上乗せはしない」

当帰、防風、貝母……。

韋小宝は処方箋の文字を苦労して読み解いていった。

白芷、穿山甲、乳香、没薬……。

どれも安い薬ではない。

結局、二貫文を使って、薬をすべて揃えた。

再び宗府を訪ねると、宗沢の寝台の周りには大勢の人が集まっていた。妻妾、侍女、何人かの腹心の将軍……。

韋小宝は薬包を手に厨房へ駆け込んだ。

家僕が鍋を火にかけて湯を沸かし、薬材を煎じる。やがて、褐色の薬湯が一鍋できあがった。

韋小宝は熱々の薬湯を持って寝室へ戻った。

「宗将軍、この命を救う薬を一碗飲めば、病気なんてすぐ治りますよ」

宗沢は目を細く閉じていた。もはや目を開ける力さえ残っていないようだ。鼻翼がかすかに動き、息も弱々しい。

「まだ薬を飲ませるな」

王善が、韋小宝の碗を持つ手をそっと押し戻した。

「宗将軍には、話したいことがある」

王善と張用は同時に腰をかがめた。

張用が耳を宗沢の唇に寄せる。

「河を渡れ、河を渡れ、河を渡れ」

張用は腰を伸ばして言った。

「宗将軍は、我々に河を渡れとおっしゃっています」

「黄河を渡れ、ということだ」

王善が言った。

「宗将軍、この薬は上火に抜群に効きます。飲んでください」

韋小宝が勧めた。

張用と王善は二人がかりで宗沢の身体を寝返らせ、横向きの姿勢にした。

韋小宝は宗沢に薬湯を飲ませた。

半碗ほど飲んだところで、宗沢は首を横に振り、口を閉ざした。もう飲みたくないらしい。

目を細めたまま横向きに寝ていると、顔にはほんのり赤みが差してきた。

皆は驚嘆の声を漏らし、韋小宝の薬が神業のように効いたと口々に褒めた。

夕暮れになると、宗府を訪れていた者たちは後堂へ呼ばれ、夕食を取ることになった。

ところが、ちょうど箸を手に取ったところで、東の脇部屋から女の悲鳴が聞こえてきた。

侍女が慌てて走ってきて、客人たちに告げた。

宗沢が、息を引き取ったのである。

宗沢の死後、滄州知州の杜充が代わって東京留守に就いた。

杜充は御街の豪華な酒楼を一軒借り切り、部下たちを招いて十卓の宴席を設けた。

「新しい官には、新しい三本の火だ!」

杜充は杯を高々と掲げた。

「第一の火は、まず汴梁中のうまい酒を全部飲み干すことだ! 腹いっぱい飲んでこそ、仕事もできる!」

客たちは杯を掲げ、痛飲した。

杜充は酒卓の間を行き来し、清酒、白酒、黄酒と、次から次へと酒を腹に流し込んでいく。

韋小宝の卓まで来ると、杜充は張用と王善に尋ねた。

「お二人の将軍、どうして飲まない? 酒の格が気に入らないのか?」

張用が答えた。

「宗将軍の遺骨もまだ冷めておりません。部下である私に、酒を飲む気分などありませんよ」

王善も言った。

「私も同じです。宗将軍には、ずいぶん目をかけていただきました」

「酒を飲むのに気分なんぞ必要か!」

杜充はにっこり笑った。

「気分が悪ければ悪いほど、酒を飲んで憂さを晴らすべきだ。一酔いすれば千の愁いも消えるというだろう。飲め! 死ぬほど飲め! 酔っ払ってしまえば、何も考えずに済む!」

王善が言った。

「杜将軍、金軍がいつ攻めてくるとも限りません。この大事な時に、どうして思う存分酒など飲めましょうか?」

「王将軍の憂国の心には、杜某、まことに感動したぞ。心配するな。金人への対処なら、この杜某に妙策がある」

杜充は言った。

「二人とも、飲め! 飲まないのは、俺の顔を潰すことだぞ!」

王善も張用も、杜充が差し出した磁碗には手を伸ばさなかった。

杜充の顔から笑みが消えた。

酒の入った碗が卓に叩きつけられ、真っ二つに割れた。

「お前ら二人、示し合わせたんじゃないだろうな? 俺が新参の官だから、舐めてもいいと思っているのか? もう徒党を組み始めたってわけか?」

韋小宝は愛想笑いを浮かべた。

「杜将軍、こんな些細なことで仲違いすることもないでしょう。俺が代わりに飲みますよ」

ぐびぐびぐび。

韋小宝は一気に清酒を二碗あおった。

酒気が喉を突き上げる。頭がぐらぐらし、身体がよろめいた。危うく倒れそうになったが、顔を上げて見ると、杜充はすでに次の丸卓へ酒を勧めに行っていた。

金人が宋を攻めるという噂は、日一日と緊迫の度を増していった。

汴梁城内では噂が飛び交った。

ある者は言った。

「金国は本気で攻めてくるつもりらしい。靖康の年には、金軍は自らを律し、慎重に振る舞って、民衆を乱暴に扱うこともなく、皇室の貴族だけを罪に問った。だが今回は違う。金人は汴梁の民を皆殺しにするだけじゃない。大宋国の民全体を皆殺しにするつもりだ!」

別の者たちは言った。

「金軍は規律が厳正で、平民を殺したことなどない。宋国の民は安心して、これまでどおり自分たちの暮らしをしていればいい」

ともあれ、東京汴梁の住民が日に日に減っていることだけは、誰にも否定できない事実だった。

韋小宝は毎日のように城壁の下で、家族を引き連れた土豪紳士たちが車に乗って城を出ていくのを見た。

「どこへ行くんです?」

そう尋ねると、

「金国へ移住する」

という者もいれば、

「南蛮へ逃げる」

という者もいた。

霜降の日、杜充は士官たちを召集し、軍事演習を行った。

遠く磁州にいた岳飛も召集され、汴梁へやって来て演習に参加した。

「杜充はお前を磁州へ行かせて、何をさせてたんだ?」

韋小宝は幼なじみに尋ねた。

「水路掘り」

岳飛は答えた。

「お前、軍人だろ? なんで苦役なんかやらされてるんだ?」

韋小宝がさらに聞く。

「言うなよ。俺は一番下っ端の兵卒だぞ。苦役をやらなくて何をするんだ? 小宝、小宝、お前の言葉を聞いて逃亡兵になったんだ! 『逃亡兵』の烙印を一度押されたら、この一生、もう出世なんて望めない。永遠に苦役ばかりだ」

「またそれか、またそれかよ」

韋小宝は言った。

「また俺のせいにするんだな」

汴梁の外城、西南の一角には、もともと京へやって来た劇団が芝居を演じるための勾欄があった。

靖康元年以来、勾欄は次第に寂れ、荒れ果てていった。

杜充は、ほとんど廃墟と化していたその勾欄跡に、演習指揮所を設けさせた。

二炷香ほどの間に、牛革の天幕が一張り、たちまち組み上がった。

杜充は天幕の中でのんびりと座り、演習する兵士たちが陣形を操る様子を眺めていた。

重装歩兵、四翼騎兵が次々と登場する。

盾を構え、突撃する。

戦車、軍馬、神臂弓も一つずつ披露された。

演習で使われている陣形の名は、平戎万全陣。

宋の太宗・趙炅が自ら考案した陣形である。

二時間ほどして、杜充は演習を中止させた。

兵士たちはその場で休憩に入った。

張用と王善が銀色の甲冑を身にまとい、二人そろって天幕へ入ってきた。

杜充は幕僚とともに、卓上に広げた陣図を身をかがめて調べていた。

顔を上げると、二人に尋ねた。

「お前たち二人、何をしに入ってきた?」

「杜将軍、お呼びになったのは将軍ではありませんか?」

張用が答えた。

杜充はいきなり陣図をひったくった。

「でたらめを言うな! 俺はそんな命令を出していない!」

彼は羊皮紙を振りながら怒鳴った。

「この図は我が大宋の最高機密だ。勝手に入り込んできたということは、陣図を盗むつもりだったのか?!」

王善と張用は、呆然として顔を見合わせた。

「間者だ! お前ら二人、金国の間者だ!」

杜充が声を張り上げた。

「宗沢のそばには間者しかいなかったんだ!」

張用は両膝をつき、抱拳の礼をして言った。

「私はもともと江湖の大盗でした。宗将軍の身をもって国に尽くす赤心に感服したからこそ、朝廷の招安を受け入れたのです。私が金国の間者だなんて……そ、それはいったいどこから出てきた話ですか?」

「うむ……そうか……張用、お前は罪を認める態度がなかなか良い。機密の陣図を盗み見た件も、ひょっとすると多少の誤解が――」

杜充がそこまで言ったときだった。

隙を見て軍帳から飛び出した王善の背中を見て、杜充は鋭く叫んだ。

「逃がすな!」

王善はすでに砂塵の舞う演習場へ駆け出していた。

一頭の白馬に飛び乗り、衛兵の手から長槍を奪い取る。

馬上で王善は猛然と振り返った。

「今日から俺は、宋廷とは断じて相容れん!」

長槍を軽く放り上げ、反対の手で受け止めると、そのまま軍帳めがけて投げつけた。

長槍は杜充のそばにいた韋小宝の両脚の間へ突き刺さり、穂先の半分が地面にめり込んだ。

韋小宝は冷や汗をびっしょりかいた。

王善は馬に拍車をかけ、蹄を鳴らして疾走した。

あっという間に外城の城門を駆け抜け、その姿は見えなくなった。

杜充は地面に胡坐をかいて休んでいた演習兵たちに向かって叫んだ。

「誰でもいい! 王善の首を持ってきた者には、昇進も栄達も思いのままだ!」

しばしの沈黙。

岳飛が立ち上がった。

「杜将軍! 私が王善を殺してきます」

「よし! よし!」

杜充は笑った。

「今すぐ行け。吉報を待っているぞ」

その日の遅い時間、岳飛は灯火煌々たる杜充の屋敷へ入ってきた。

そして杜充の足元へ、一つの包みを放り投げた。

杜充は包みの中の人頭をじっと見つめ、喜色満面になった。

「まさに見込みのある人材だ! 名を名乗れ――官職は何か持っているか?」

「岳飛、字は鵬挙。湯陰の者です」

岳飛は胸を張って答えた。

「まだ官職には就いておりません」

「お前ほどの人材に官職を与えないとは、朝廷の大損失だ」

杜充は言った。

「お前に七品の副官、武功郎を授けよう」

「杜将軍のご厚恩、ありがたく頂戴いたします」

岳飛は地に伏して叩頭した。

幼なじみが出世した。

韋小宝は祝宴を開いてやろうと思い、何度も軍営へ岳飛を訪ねた。

だが、何度行っても会うことができなかった。

七品の武官といっても、それほど大した官ではない。

まさかそれだけで、泥遊びを一緒にしていた幼なじみを見下すようになったのか?

――そんなはずはない。

韋小宝はめげなかった。

何度も軍営へ足を運び、少しばかり金を使って人脈を頼り、ついに杜充の側近の秘書から確かな情報を聞き出した。

十日前、杜充はすでに岳飛を磁州へ向かわせていたのだ。

「磁州へ?」

韋小宝は尋ねた。

「また溝掘り――いや、溝掘りの監督をしに行かせたのか?」

「この話は、あなたにだけします。韋相公、くれぐれも外には漏らさないでください」

秘書は声を潜めた。

「金国の四太子、完顔宗弼がすでに大軍を率いて黄河を渡り、磁県へ進軍しています」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。