十三
立春のころ、御街の両側では桃の花が見事に咲き乱れ、地面は色とりどりの落花で埋め尽くされていた。
例年なら、この時期の汴京では、花を眺めながら街をそぞろ歩く人々の姿が、そこかしこに見られる。
ところが今日は、様子がまるで違った。
のんびり歩く庶民の姿はどこにもなく、代わりに街路脇には華蓋付きの馬車が停まり、長槍を手にした兵士が数歩おきに立っている。時折、馬車が猛スピードで駆け抜け、車輪が桃の花を轢き潰して泥に変えていった。
御街は戒厳状態にあり、官府の車馬だけが通行を許されていた。
戒厳令を出したのは、五日前の皇帝・趙佶である。
そのとき、金軍が汴梁への物資供給を断ち、汴梁城を包囲してから、ちょうど二日目だった。
箱型の二輪馬車の中で、韋小宝と秦桧が向かい合って座っていた。
秦桧は両目を固く閉じ、重苦しい表情を浮かべている。
一方の韋小宝は、首を傾け、車窓の外を流れていく街の景色を眺めていた。
二人が馬車を降り、宮中へ入って崇政殿にたどり着いたときには、殿内はすでに人でいっぱいだった。
色とりどりの官服を身につけた文官武将たちが、互いに顔を寄せ合い、「ぶんぶん」と低い声で話し合っている。
一瞬、韋小宝は自分がまた賑やかな街中にいるのかと錯覚した。
そこへ、一着の赤い袍がひらりと現れた。
百官は一斉に口を閉ざした。
「愛卿たちよ、いったいどうすればいいと思う?」
趙佶は赤袍の裾を持ち上げ、高い背もたれの金糸彫刻入り木製の龍椅へ腰を下ろした。
「完顔宗望は五万の兵を率いて、城外から虎視眈々とこちらを窺っている。燕山府はとうに完顔宗翰に奪われた。あいつが太原を落とせば、必ずそのまま汴梁へ攻め寄せ、包囲を助けるだろう。その時になったら……諸卿、いったいどうすればよいのだ?」
「皇上、何事にも必ず原因というものがございます――」
巡検使の范瓊が言った。
「金国と大宋が盟を結んでから、まだいくらも経っておりません。それなのに、なぜ突然このようなことを?」
「范瓊、お前はずいぶん大胆なことを言うな!」
龍椅の脇に立っていた童貫が怒鳴った。
「朝議の前に予習くらいしてこい! 朝廷に来てから何をするのかも分かっていないとは! 一日中ぼんやりしおって……」
「まあまあ――」
趙佶が手を上げた。
童貫は即座に口を閉じ、頭を下げた。
「金国は、大宋が海上の盟を守らず、帰順を受け入れ、反逆者を匿っていることを責めている」
趙佶は童貫をちらりと見て言った。
「招降納叛については、確かに我が大宋にも非がある。だが、事ここに至ってしまった以上、割れた鏡を元に戻すことはできん。この件については、もう誰も余計なことを言うな」
趙佶は続けた。
「今、一番大事なのは城下の包囲をどう解くかだ。昨日も金国の使者がやって来て、城外へ人を出して交渉しろと催促してきた。交渉の内容だが――毎年、歳幣を渡せというだけではない。大宋に太原・中山・河間の三鎮を割譲しろと言ってきたのだ」
「断じてなりません!」
甲高い男の声が響いた。
その男は緑色の袍をまとっていた。
群臣が左右へ分かれ、道を開ける。
緑袍の男は人々の最前列まで進み出ると、声を張り上げた。
「領土を割譲し、金を賠償するなど、主権を失い国の威信を辱める行為。断じて認めるわけにはまいりません。そんなことをすれば、天下の笑いものとなりますぞ!」
趙佶は歩み寄ると、緑袍の男の頭――自分より三、四寸ほど低い頭に拳を握り、三度、ぽかぽかと叩いた。
緑袍の男は呆然と皇帝を見つめた。
「お前、劉豫だな? ふざけるな、この野郎!」
趙佶が怒鳴った。
「領土を割譲することが、どうして国辱になるんだ? 物知らずめ! 去年、金国だって西夏に土地を割譲したではないか! 下寨以北、陰嶺以南――あれだけ広い土地を丸ごと西夏にくれてやって、その代わりに西夏に臣従させたんだぞ!」
「誰が『領土を割譲すれば国辱になる』などと言った? 劉豫、お前が俺に出してきた上奏文には、いったい何を書いている? 礼制だの何だのと説教しやがって! お前は河北の農民だろう。祖父の代から三代続けて田んぼを耕してきた家の出だ。礼制なんぞ、お前に何が分かる!」
「子供のころには手癖が悪くて、同級生の服を盗んでいたそうじゃないか。せっかく科挙に合格したんだからと大目に見てやっていたのに、まさかここまで空気の読めない奴だとは思わなかった!」
「吏部尚書はいるか?」
「劉豫を罷免し、取り調べろ!」
劉豫はその場にひれ伏した。
身体は、まるで寒さに震えるようにぶるぶると震えていた。
刑部尚書の王雲が列から進み出た。
「皇上、臣から二言三言、率直なことを申し上げるお許しを」
王雲は振り返り、朝臣たちへ向き直った。
「両軍が対峙すれば、今日はお前の土地を一寸奪い、明日は俺の土地を一寸奪う。攻めたり退いたりするのは、よくあることではありませんか? 一つの城、一つの土地を取ったり失ったりしたところで、大したことではありません」
「ですが、皆さん、考えてみてください。なぜ金軍はこれほど速く南下してこられたのでしょう?」
王雲は声を張った。
「はっきり言いましょう。大宋の沿道の駐屯軍が、戦う前から怖気づき、敵の姿を見ただけで逃げ出したからです!」
「こんな有様の大宋軍で、戦に勝てるというなら、そっちのほうが幽霊でも出たかと思いますよ」
「逃げるのが悪いことなのは確かです」
礼部侍郎の張邦昌が口を挟んだ。
「ですが、逃げなかったとして、我々は金軍に勝てるのでしょうか? 童王爺が遼へ出征したときには、二十万もの兵を失った。その二十万の西北軍は、一人残らず百戦錬磨の兵だったというのに――」
「張邦昌!」
童貫が怒鳴った。
「燕山府を奪い取ったのは、この俺ではないか!」
張邦昌は言った。
「王相公、あなたは刑部出身とはいえ、兵を率いて戦うことについては、私のような書生より遥かにお詳しいでしょう。皆さんに教えてください。今この状況で、大宋に城外の完顔宗望と戦える軍隊が、どこにあります?」
「ない」
王雲が答えた。
群臣の間にどよめきが走った。
「戦というものは、意志で決まる」
王雲は言った。
「勝とうとする意志だ」
「皇上はすでに広く勤王令を発し、各地の勤王軍が汴梁へ向かっております」
童貫が言った。
「勤王軍だと?」
張邦昌は鼻で笑った。
「たまに刀や槍を触る程度の農民の寄せ集めではありませんか」
「包囲が一日長引けば、それだけ危険も増します。皇上、僭越ながら申し上げます。金軍を決して怒らせてはなりません」
「話し合いましょう! ちゃんと話し合うんです! 話しているうちに、和平になるではありませんか?」
趙佶はうなずいたが、何も言わなかった。
「交渉はする」
王雲が顔を真っ赤にし、首筋まで赤くしながら言った。
「だが、その前に一戦やってからだ。皆さんに隠していたわけではないが、私はすでに王府の家僕をすべて解散させ、三年分の俸禄を国庫へ寄付した」
「金人が城内へ攻め込んできたなら、この王雲が真っ先に命を懸けて戦う!」
「私が証人になります。王相公の言葉に偽りはありません」
承節郎の韓世忠が言った。
「王相公は家財を投げ打って国難を救い、忠義をもって国に報いようとしている。その真心には、胸を打たれるものがあります」
「皇上――」
韋小宝は、聞き覚えのある声を耳にした。
つま先立ちになって見ると、やはり秦桧だった。
秦桧は趙佶の前まで歩み出た。
「皇上、金軍の無理難題をお受けになってはいけません」
「秦御史、理由を聞かせてくれ」
趙佶は低い声で言った。
「燕山府は金軍が攻め落としたものです。そして金国は、その燕山府を大宋へ譲り渡した。ならば大宋は、金国に感謝すべきです」
群臣の中から、ちらほらと野次のような声が上がった。
趙佶が群臣を振り返る。
野次はすぐに止み、殿内は水を打ったように静まり返った。
「秦御史、続けろ」
「感謝することと、土地を渡すことは別問題です」
秦桧は言った。
「中山、河間、太原。この三鎮はもともと大宋の領土です。金国に、それを要求する資格がどこにあります?」
「金国の使者は言いました。金国皇帝は、大宋が盟約を破り、信義を捨てたことにお怒りで、大宋に少しばかり思い知らせてやるのだと」
「ですが、大宋と大金は兄弟の国ではありませんか? 昔から、宗主国が藩属国を戒め、父親が息子を叱り、皇帝が臣下を戒めることはあっても、兄弟が兄弟を戒めるなどという話がどこにあります?」
「金国が厚かましく兄を名乗るからといって、大宋まで喜んで弟にならなければならないのでしょうか?」
「臣の考えでは、燕山府なら金国にくれてやっても構いません。しかし中山、河間、太原の三地については――一寸たりとも譲るべきではありません!」
趙佶は秦桧の肩をぽんぽんと叩いた。
「秦御史、お前の言うことはもっともだ。だが、今は状況が切迫している。こちらの都合など聞いてもらえんよ」
「金軍が交渉するつもりなら、交渉すればいい。ただし、向こうからもう一つ要求が来ている。こちらから皇子を一人、人質として送り出せというんだ――まったく、気の小さい連中だ」
趙佶は龍椅に戻り、殿の東側に二列に並んで立つ二、三十人の皇子たちを見渡した。
「誰か行きたい者はいるか?」
誰も答えない。
誰も列から出ようとしない。
趙佶は深々とため息をついた。
長い、長いため息だった。
「今日のこの事態を招いた責任は、朕にもある」
趙佶は言った。
「花石綱はやめよう。道官制も今日から廃止する――道士は官職に就くのには向いていない」
「朝議が終わったら、朕は『罪己詔』を出す」
群臣は互いに顔を見合わせた。
「思えば、朕が皇帝として即位したのは二十歳にもならぬころだった。それが今や不惑の年になった」
趙佶は言った。
「この皇帝という仕事も、もう十分やった。そろそろ退位して、賢者に譲るとしよう」
「皇子たちの中では、趙桓が一番年長だ。皇帝の位は、あいつに譲ろう」
朝臣たちは次々にその場へひれ伏した。
尻を天へ向けて。
「退位したら、朕は淮州と浙江一帯へ行って、丹薬を作りながら仙道を修めるつもりだ」
趙佶は言った。
「もし不老不死の仙丹を作ることができたら、皆にも一粒ずつ分けてやろう」
「朕は金口玉言だ。言ったことは必ず守る」
「諸卿、吉報を待っておれ」
「父皇、それだけは……どうかおやめください……!」
殿の隅で、趙桓が悲鳴を上げた。
「私に皇帝など務まりません……私は皇帝になどなれません……どうか、別の者をお選びください!」
趙桓はその場に突っ伏し、何度も額を床へ打ちつけた。
「七品以上の官員は残れ。それ以外は退朝せよ」
趙佶が言った。
百官はぞろぞろと殿門へ向かって歩き始めた。
趙佶は御台から駆け下り、趙桓を抱き起こした。
「そんな有様では、官員たちに笑われるぞ!」
「誰だって皇帝になるのは初めてだ。やりながら覚えればいい」
趙桓は手の甲で涙と鼻水を拭った。
額にできたいくつかのニキビが、ますます赤く腫れている。
「お前、俺についてこい」
趙佶は趙桓の手を取り、御案のそばまで歩いていった。
そして片手で趙桓の手を握ったまま、もう一方の手で兎毛筆を取り上げ、紙の上に文字を書き始めた。
官員たちは次々と殿外へ出ていき、殿門のところもようやく人でごった返さなくなった。
韋小宝はこっそりと、趙佶と趙桓を取り囲んでいる七品以上の大臣たちの後ろへ近づいた。
趙佶は紙にこう書いた。
「汝、受けざれば、則ち不孝なり」
「則ち」の「ち」を書き終える前に、趙桓が言った。
「臣、もしこれを受ければ、則ち不孝なり」
「皇帝にしてやると言っているのに、まだぐずぐず言うのか!」
趙佶は、見るからに老け込んだ顔をしかめた。
「江山社稷をお前の手に渡すというのに、お前が嫌だから受けません、で済むと思っているのか?」
「童貫、こいつを福寧殿へ連れていけ」
三人の宦官が一斉に趙桓へ飛びかかった。
「黄彦杰、お前も手伝え」
童貫が、肌のきめ細かな若い宦官に命じた。
四人の宦官は趙桓を両脇から抱え、福寧殿へ連れ込むと、椅子に押しつけて身動きできないようにした。
「これで逃げられまい」
趙佶は赤い皇袍を脱ぎ、趙桓の肩へ掛けた。
「息子よ。今日から、お前が大宋の皇帝だ」
「安心しろ。俺は俺で、おとなしく太上皇をやる。お前はお前の好きなようにやればいい。俺は絶対に口出ししない」
趙桓は一言も答えず、力なく椅子に座り込んでいた。
『具注暦』によれば、三日後は黄道吉日だった。
そこで、趙桓の即位の儀式は、その日に行われることになった。
崇政殿の前では、文武百官が幾重にも跪き、新皇帝・趙桓を拝していた。
慣例なら、儀式は丸一日かけて行われるはずだった。
ところが昼を少し過ぎたころ、趙桓はまだ礼服を脱いでいない大臣たちと皇子たちを、殿内へ呼び集め、朝議を開いた。
「弟たちよ」
趙桓が尋ねた。
「誰か、城外へ出て金軍と交渉してくれる者はいないか?」
皇子たちは両手を垂らしたまま立ち尽くし、長い沈黙が続いた。
「私が行きます!」
趙構が皇子の列から進み出た。
「よし」
趙桓は言った。
「交渉には康王と――そうだな、張邦昌も一緒に行ってもらおう」
「交渉の間、童貫、お前は汴梁城内の治安を任せる」
「皇上、それだけはご勘弁を! 私はもう年です。とても働けません!」
「童王爺、顔を見る限り、まだまだ若いじゃないか。五十歳くらいにしか見えないぞ」
趙桓が言った。
童貫は、龍椅の脇で垂れ幕の向こうに一人座っている趙佶へ泣きついた。
「臣が聞いたところによれば、金軍は太上皇の天威を恐れ、交渉の日には特別に太上皇を城外へ出すそうです――どうか太上皇、私も一緒に連れていってください!」
趙佶と趙桓は顔を見合わせた。
趙桓が言った。
「よし。童貫、お前も太上皇と一緒に行っていい」
童貫は頭を下げて礼を述べた。
「皇上、臣にはもう一つお願いがございます」
童貫が言った。
「太学院の、あの無法な学生どもが暴民を煽って騒ぎを起こしておりまして……」
「知っている」
趙桓が言った。
「学生たちが数日騒いだところで、熱が冷めれば自然と大人しくなるだろう」
「皇上、あの学生たちを甘く見てはいけません」
童貫が言った。
「ただ騒いでいるわけではありません。目的があるのです」
「特に、先頭に立っている陳東という男は、『街を練り歩く』ことを口実に、あちこちで強盗を働いております。私の側近から聞いたところによれば、学生たちは内侍官の家ばかりを狙っているとか」
「まったく、人を馬鹿にするにもほどがあります!」
「刑部の家を強盗する勇気があるのか? 兵部の家を襲う勇気があるのか?」
「結局のところ、我々内侍官が貧しい家の出身だから、いくら殴っても怖くないと思っているのでしょう!」
「どうか皇上、学生たちの中から首謀者を何人か捕らえ、朝廷の綱紀を正してください」
「この件は、かなり厄介だ」
趙桓は言った。
「太学生たちは毎日のように宮門の外で叫び声を上げ、朝廷の大臣を何人か殺して民衆の怒りを鎮めろ、と騒いでいる」
「ここで不用意に捕らえれば、騒然としている世論にさらに火を注ぐことになる……」
「皇上、私に一つ考えがあります」
太上皇の趙佶が言った。
「種師道、お前、こちらへ来い」
「朕の聞くところでは、種師道は太学生たちの間でかなり人望があるそうだ。この件、お前に任せよう」
趙桓はうなずいた。
「太学生たちと話すときは、決して役人風を吹かせるな」
趙桓が言った。
「自分たちの味方だと、学生たちに信じさせるんだ」
「承知いたしました」
種師道が答えた。




