十二
完顔宗翰がまた戻ってきた。
今度は、三十人あまりの金兵を引き連れている。
完顔宗翰は兜をかぶり、甲冑を身につけ、足には六合靴を履いていた。その傍らには、同じような格好をした若い男が立っている。
青年は色白で、顔立ちは柔らかく、眉間には凛々しい気迫が漂っていた。
自らを完顔宗望と名乗った。
完顔宗望は木箱を地面に置き、蓋を開けた。
完顔宗翰が歩み寄って木箱を蹴り倒すと、中から人の首が転がり出た。
「恥知らずな宋賊め! 偽物の首を使って俺を騙しやがったな!」
「完顔将軍」
王安中は腰を折って礼をした。
「どこが偽物なのでしょう?」
「これは張覚じゃない!」
完顔宗翰は目を血走らせた。
「張覚の首じゃない!」
「張覚を引き渡せ」
完顔宗望が言った。
「さもなければ、我々が自分で中へ入って探す」
金兵たちが剣を抜いた。
王安中と郭薬師は、じりじりと後ずさった。
「宣戦布告するつもりですか?」
王安中が言った。
「ここは燕山府の府衙です。大宋の領土ですよ」
「分からず屋め!」
完顔宗翰が罵った。
「まだ大宋の領土だなどと言っているのか!」
「王知府、我が父は燕山府と燕雲六州を惜しげもなく譲り渡した。まさに仁義を尽くしたと言っていい。ところが大宋は恩を知らず、燕雲六州の地名の扱いでこそこそ細工をした――そのことについては、私はお前たちと争うつもりはない」
完顔宗望が言った。
「父が亡くなったとき、燕雲六州と燕山府の引き渡しは、まだ完全には終わっていなかった。そこで、ある臣下たちはこう言った。『皇帝が崩御したのなら、いっそ父上と大宋との約定を破棄し、燕雲の地を取り戻してはどうか。先に約束を守らなかったのは大宋なのだから、我が大金が何もそこまで媚びへつらう必要はない』と」
「だが、私の叔父は皆の反対を押し切り、父が大宋に約束したことを忠実に履行した。なぜだ?」
完顔宗望は続けた。
「叔父は一つの道理を理解しているからだ。『言ったことを守らなければ、人としてどうしてよいものか』とな」
「宗翰は張覚を知らない。だが、私は知っている。張覚の首の後ろには、エンドウ豆ほどの黒い痣がある。この男は絶対に張覚ではない」
「郭薬師、お前、ちょっと来い」
王安中が手招きした。
「俺たち、本当に人違いで殺しちまったのか?」
郭薬師と王安中は腰をかがめ、地面に転がった首を調べた。
「お前が郭薬師か?」
完顔宗望が言った。
「まったく、仏祖の名を汚すような奴だな」
郭薬師は言った。
「見れば見るほど似ていませんな。王知府、あなたはもう目がかすんでいるんですよ。本当に人違いで殺してしまったようです!」
「私の間違いでした」
王安中は胸を叩いた。
「お二人の将軍、私に一日だけ時間をください。必ず首を持って参ります!」
「誰の首を?」
完顔宗望が尋ねた。
「張覚の首です」
王安中が答えた。
「また妙な真似をしたら、この州衙を血の海にしてやるぞ」
完顔宗翰が言った。
「府衙です」
完顔宗望が訂正した。
*
王安中は童貫を呼び、対策を相談した。
「童王爺、私はいったいどうすればよいのでしょう?」
「燕山府を取り仕切っているのはお前だろう。俺にどうしろと聞いてどうする?」
童貫は王安中を睨んだ。
「しかし、どうにも妙な話だな。あれだけの人数で、一日もかからず平州じゅうの宋軍を追い払ってしまった――まさか外で噂されているように、『水徳は火徳に勝ち、大金は宋の木徳に勝つ』とでもいうのか?」
王安中は泣きついた。
「童王爺、あなたは皇上のお考えを読むのが何よりお得意でしょう。私はどうすれば皇上のお怒りを買わずに済むでしょうか?」
「金人の機嫌を損ねるのは怖くないのか?」
童貫は冷笑した。
「この件は、絶対に大事にするな。もしこんなくだらんことのために金と宋の両国が仲違いしたら、お前の罪は小さくないぞ。俺は汴梁へ戻る――くそっ、せっかく遊びに出てきたのに、とんだ災難に巻き込まれたもんだ」
*
王安中と郭薬師は、ある大きな屋敷の奥にある庭園で張覚を見つけた。
張覚のそばには、十五、六歳ほどの娘が二人、しゃがみ込んでいる。
一人は葡萄酒らしき酒の入った杯を手にし、もう一人は葡萄干しを盛った青磁の果物皿を捧げていた。
張覚は、見るからに酔っ払っていた。
「張将軍、また金国から人が来ました」
王安中はため息をついた。
「あなたは金国の大将だ。本来なら、私はあなたを匿うべきではなかった」
「何だ? 俺を追い出すのか?」
「張将軍、そう興奮なさらないでください。追い出すつもりはありません」
王安中は満面の笑みを浮かべた。
「ただ、あなたの宝を一つ、お借りしたいだけです」
「何の宝だ?」
「頭です」
王安中は袖からきらりと光る匕首を取り出し、張覚の胸へ突き刺した。
一度。
二度。
三度。
張覚の口元から血がにじんだ。
唇がかすかに動き、上半身が小刻みに震える。
両脚を前後に開き、必死に身体を支えようとした。
だが、ついには耐えきれず、張覚の身体は右へ傾き、そのまま地面へ倒れた。
「首を斬り落とせ」
王安中がそばの衙役に命じた。
だが、すぐに言い直した。
「いや、私がやろう。お前らみたいな荒っぽい連中に任せたら、首の後ろの黒い痣まで斬り落としてしまいそうだからな」
王安中は衙役から片刀を受け取ると、張覚の首へ向けて、何度も叩きつけ、何度も斬りつけた。
「妙だな。人の処刑を見るときは、三度か四度もやれば済むものだが――張覚の首は普通と違うのか? 誰か、鋸を持ってこい」
王安中は大工用の鋸の一方の柄を握り、郭薬師に言った。
「ちょっと手伝え。お前は反対側を引け」
郭薬師は、その場に呆然と立ち尽くした。
「王安中。もし金人が俺、郭薬師の首を寄越せと言ってきたら、お前も渡すのか?」
「郭将軍、そんな縁起でもない話をするな! 金人が今、お前の首を欲しがってるのか?」
王安中はぶつぶつ言いながら振り返った。
「韋小宝、お前はそっちを引っ張れ!」
「俺、血を見ると気絶するんです」
王安中は一人で張覚の首を鋸で切り落とした。
そして、水で濡らした白い絹で張覚の頭についた血を拭き取った。
「王知府……顔に……」
韋小宝が言った。
王安中は血のついた絹をそのまま顔に当てて拭った。
顔じゅうが血まみれになった。
「役立たずめ」
そう罵った。
王安中は従者に命じ、張覚の首を入れた透かし彫りの花文様が施された紫檀の箱を、完顔兄弟のところへ届けさせた。
*
一炷香ほどが過ぎた。
馬に乗った完顔宗望と完顔宗翰、それに数十人の歩兵が府衙の外に立っていた。
王安中が外へ出て迎えた。
「お二人の将軍、今度こそ間違いありません。これが張覚の首でしょう?」
王安中は苦笑した。
韋小宝は完顔兄弟の後を追って城外へ出た。
城外の白樺の木には、毛色もさまざまな軍馬が百頭近く繋がれていた。
歩兵たちが次々と馬に乗る。
完顔兄弟が軍を率いて北へ向かった。
馬群が一斉に駆け出し、砂塵がもうもうと舞い上がった。
韋小宝は驢馬に乗って南へ向かった。
*
汴梁へ戻ったころには、もう大晦日の夜だった。
義父と義母は眉間に皺を寄せ、居間でぼんやりと座っていた。
「こんなに寒いのに、どうして火を焚かないんです?」
韋小宝が尋ねた。
王継先が言った。
「お前が金を出して炭を買ってくれるのか?」
「炭なんて、いくらかかるんです? 義父さん、最近始めた薬屋は、けっこう繁盛してるんじゃなかったんですか?」
義母が言った。
「小宝、お前は朝廷から禄をもらう身になったから、庶民の苦しみなんて分からないんだよ。お前が燕山へ行ってすぐ、河北路で水害が起きて、被災民が汴梁城へ押し寄せてきた。そうなれば朝廷は救済しなきゃならないだろ? 救済の金と食糧は誰が出す? 結局、お前の義父さんみたいな、権力も後ろ盾もない人間から取るんだよ」
「役所は今月の商税を倍にしたんだ! 薬を一包売って、損をしなければそれだけで御の字さ」
「小宝、叔母さんはお前に力があることくらい分かってる。そうでなきゃ医官になんかなれないもの。お前、義父さんを何とか助けてやっておくれ。義父さんだって、どうにか半人前の医者くらいにはなるんだから、太医局で働けるようにしておくれよ」
「叔母さん、俺を買いかぶりすぎですよ。太医局に入るには試験があるんです。入る者は誰でも試験を受けなきゃならない。朝廷から禄をもらうって、そんな簡単なことじゃないんですよ」
「小宝、お前の幼なじみだって、もう朝廷から禄をもらってるよ」
「誰が?」
「岳飛――継先、そういう名前だったよね?」
王継先は何も答えなかった。
義母が続けた。
「あの子は河東路の平定軍に入ったんだよ。家ではもう鍋の底まで見えるほど困窮していて、お前の義父さんから米を四斤借りていったのに、まだ返してもいないんだ」
「俺はずっと、軍に残れって勧めてたんですけどね。聞かなかった。これが、『人が人を教えるのは一度で覚えないが、出来事に教えられれば一度で覚える』ってやつか」
韋小宝は大きくため息をついた。
「何日かしたら、皇宮へ行ってみます――太医局は諦めてもらうとして、義父さんに宮中の別の仕事を世話できないか、探してみますよ」
*
皇宮は汴梁の中心部に位置し、その周囲には赤い漆を塗った高い塀が築かれている。
御街は正門から皇宮へ入るための必須の通りで、道の東西両側には、きれいに剪定された桃の木が一列ずつ植えられていた。
道沿いの邸宅は立派で、建物も壮麗だった。
その分、土地の値段も驚くほど高い。
一辺二十尺ほどの一間の部屋でさえ、家賃は月十五両の銀。
秦桧の二か月分の俸禄よりも多かった。
秦桧には御街近くの家を借りる余裕などなく、土地の値段が比較的安い城南に住んでいた。
前方には、もう皇宮の正門が見えている。
二人の若い宦官が左右に一人ずつ立ち、宮中へ入る者の腰牌を確認していた。
その近くでは、張家の屋敷の前に大勢の人が集まっている。
韋小宝は、野次馬になるような性格ではない。
腰牌を取り出し、皇宮の門へ向かって歩き出した。
ところが途中で、ふと思い出した。
後ろにあるこの張家の屋敷こそ、数年前、義父が自分を売って書童にしようとした場所だった。
韋小宝は振り返り、人混みの中へ入っていった。
「真冬のこんな寒い日に、人の服を全部脱がせたら凍え死ぬだろう?」
韋小宝が言った。
「いったい何の騒ぎだ? 西門慶が李嬌児を鞭打ってるのか?!」
裸にされた少女が、両膝をついて地面に跪いていた。
年はまだ十三、四歳ほどにしか見えない。
通行人の話によれば、張家の下女だという。
少女は片手で二つの乳房を隠し、深くうつむいている。
その前では、張員外の長男・張浚が力いっぱい鞭を振るっていた。
長い鞭が少女の身体の周囲の石畳へ叩きつけられ、ぱしっ、ぱしっと乾いた音を立てる。
「恩知らずの薄汚い女め! 親父が二十両もの銀を払って、お前の父母から買い取ったんだぞ――二十両だぞ!」
人々から、どよめきが起こった。
張浚はますます胸を張った。
「親父はもともと、お前を『美人盂』にするつもりだった。それを、この俺様がお前を可哀想に思って、何度も頼み込んで親父から譲ってもらったんだ」
「お前は生まれつき、あの金蓮にできそうな足を持っている。俺様が親切にも纏足をさせてやろうとしたのに――お前、お前、このクソ女!」
張浚は怒りのあまり言葉に詰まり、しばらく何も言えなくなった。
「三文儲けただけで染物屋を開いたような顔をしやがって、俺様の前で意地を張るとは!」
張浚は腕を振り上げ、張家の門前にある石獅子の背中へ鞭を二度叩きつけた。
その音に驚き、石像にもたれかかっていた三人の家僕が、慌てて頭を引っ込める。
「お前、『死んでも纏足なんかしない』って言ったよな? いいだろう。この俺様が願いをかなえてやる」
そう言って、張浚は足を上げ、少女の右肩を力いっぱい蹴りつけた。
少女は後頭部を石段に打ちつけ、そのまま地面に倒れ、ぴくりとも動かなくなった。
三人の家僕が駆け寄り、少女の腕と脛をつかむ。
引きずりながら、抱え上げながら、少女を張家の屋敷へ運び込んでいった。
「張浚、お前、この――」
韋小宝は怒りのあまり、逆に笑いがこみ上げてきた。
最後の「母ちゃん」という言葉を、どうにか飲み込んだ。
「纏足したくないなら、させなきゃいいだろ。なんでそこまで手荒なことをするんだ」
「下女が主人の言うことを聞かないなら、死んで当然だろう?」
張浚は皆に向かって言った。
「纏足は我が大宋の国粋だぞ。足の指を何本か折るだけじゃないか。何を嫌がることがある?」
張浚は鼻を鳴らした。
「はあ――こんなことになったのも、金国のせいだ」
「これのどこが金国と関係あるんだよ?」
韋小宝が言った。
「金国の女は、年寄りだろうが子供だろうが、誰も纏足をしない。醜い大足をさらして、そこらじゅうを歩き回っている。そのうえ今や宋と金が国境を接しているから、悪い風習が大宋へ伝わってきた」
「大宋の女まで、纏足をしないことを誇るようになった。こんなことでは、まったく本末転倒じゃないか? ああ、昔ながらの風俗も廃れてしまったな!」
「それでも、一人の命だぞ」
韋小宝が言った。
「下女一人が、いったいいくらの価値がある?」
張浚は嘲笑した。
そして大股で張家の屋敷へ入っていった。
張家の門前に集まっていた人々は、四方へ散っていった。




