九
「王知州、老夫は南へも北へも渡り歩いてきたが、お前の雄州は、これまで見てきた中でいちばん荒れ果てた州衙だな」
童貫は太師椅にぐったりと身を沈め、背もたれに頭を預けて大堂の梁を見上げていた。
「太師にはご不快な思いをさせてしまいました。雄州は貧しい土地でして、会計は長年赤字続き、税もろくに集まりません。そのうえ、最近は戦況も緊迫しておりまして……」
「王安中、お前は詩も詞も作れるんだろう? 民衆の戦意をかき立てる詩や詞をもっと書け。そうでなければ、朝廷はお前たち文人を養って何の役に立つ?」
「太師のおっしゃるとおりです」
王安中は言った。
「明日にでも人を遣わして、この州衙を少し改修させましょう。それから太師、気晴らしに外へ出てみてはいかがです。雄州には素晴らしい景勝地が一つありまして、白洋淀と申します。行った者は皆、白洋淀は杭州の西湖よりも素晴らしいと申しております」
「行かん。そんな風流を楽しむ暇はない」
童貫は手を振った。
「改修もしなくていい。俺はお前のこんなぼろい土地に長居するつもりはない。下がれ。俺に少し静かに考えさせろ。あの遼国の蛮族どもを、これからどう始末するかをな」
王安中が儀門から出ていく。
童貫が指をくいくいと動かすと、大堂に長いあいだ立っていた劉延慶、種師道、郭薬師、そして韋小宝が一歩前へ出て、案卓のそばに集まった。
「韋小宝、お前、皇上への奏札を書け。今回の出征の戦果を報告するんだ」
「何を書けばいいんです、童太師?」
「我が軍は大勝し、見事に燕京城へ攻め入った、と書け」
韋小宝は仰天した。
「でも、俺たち明らかに負けたじゃないですか。燕京城から追い出されたんですよ」
童貫は案卓の上に置かれていた驚堂木をつかむと、韋小宝めがけて投げつけた。
驚堂木は韋小宝の頭に命中した。
「何をもって『負けた』と言うんだ? この太師は今、反攻を企てているところではないか! 韋小宝、お前の父親が太学の学正だから大目に見てやっているんだぞ――あそこにある殺威棒が見えんか? これ以上余計なことを言ったら、この老夫自ら、お前を何発かひっぱたいてやる」
種師道が言った。
「童太師、戦果を誇張して報告するのは軍中ではよくあることですが、これほどの大敗を喫してなお、朝廷に戦功を吹聴するというのは……いささか、まずいのでは?」
「老種、お前のその言い方、どうも耳に障るな」
童貫は言った。
「俺がお前を劉延慶の補佐に回したことを根に持って、嫌味を言っているのか?」
「滅相もありません」
「負けたからどうだというんだ? 昔、俺が兵を率いて西夏を攻めたときだって、大敗したことがある。それでも朝廷には大勝したと報告した。結果はどうだ? 何段階も一気に昇進したではないか! 朝廷は俺を護国軍節度使、開府儀同三司にまで任じた――種将軍、仕事は上手にやるより、上手に吹聴するほうが大事なんだ」
種師道が言った。
「勝報は勝報として、最後には燕京城を官家に差し出して決着をつけなければならないでしょう? 朝廷から勅使が来て、一通り見て回れば、すべて露見しますぞ!」
「勅使が来たところで何だ? あいつらがどんな連中か、老夫はよく知っている。表向きは鉄のように節義を守る顔をしていても、裏へ回れば、誰も彼も俺に賄賂を贈ろうと躍起になる」
童貫は言った。
「――まあ、朝廷にも正直な君子はいる。たとえば御史台の連中だ。あいつらが正直清廉なのは本当だ――」
童貫は目の端で韋小宝をちらりと見ながら、顎の下のまばらな白髭を撫でた。
「お前の父親、秦桧もまあ、正直な君子と言っていい。宦官に贈り物も金も寄こしたことがない――ああいう人間には、俺も心の底から感服しているよ」
韋小宝は額に鈍い痛みを感じながら、心の中で毒づいた。
――秦桧が賄賂を贈らない? このクソ宦官の言うことなんぞ、一言たりとも信じられるか。
「俺は二十そこそこで宮中に入り、官家のお側に仕えてきたんだ。官家のお考えくらい、俺に分からんはずがない」
童貫は得意げに続けた。
「俺が西北の四州を平定したとき、ちょうど宮中で火事が起きた。官家は全国、全軍に戦をやめよとの詔を下し、さらに自ら筆を執って、俺が出兵して戦うことを明文で禁じた」
「だが、そのころの俺は若くて血気盛んだった。そんなこと知るか――全軍出撃だ!」
「一戦で湟州を落とし、西北四州を手に入れた!」
「最後には、官家が俺に庭園付きの古い屋敷を一軒下賜してくださった。皇城のすぐ足元、宮城からわずか三里のところだ――老後のために使え、とな」
「童太師、老種が口の悪いことを言うのをお許しください。あなたがこれだけ長々と話されたところで、今の状況には何の役にも立ちません」
種師道が言った。
「大宋最精鋭の一軍が、ほぼ全滅したのです。我々二人とも、罪を免れることはできませんぞ」
「全滅とまではいかん」
劉延慶が言った。
「我が軍は二十二万の兵馬を率いて遼を討った。そしてこの戦いを経て、残ったのは四万だ」
「四万だと!」
種師道が声を上げた。
「たとえ俺たちが燕京城を落とせなくても、金人なら落とせるだろう?」
童貫は言った。
「韋小宝、俺がお前に書けと言った奏札はできたか? できたなら、もう一通、援軍を求める手紙を書け。宛名は『大金皇帝』だ。内容は、燕京城を長く攻めても落とせないので、助けに来てほしい、と書け――言葉遣いは、誠意を込めて、婉曲にな」
「童太師、海上の盟の取り決めでは、燕京城を攻め落とすのは大宋が単独でやることになっていたんじゃないですか? 金国が助けに来てくれるんですか?」
韋小宝が尋ねた。
童貫の顔の皺が一斉に寄り、両目が怒りに見開かれた。
まるで韋小宝を生きたまま丸飲みにしようとしているかのようだった。
韋小宝は慌てて口を閉じ、墨をすり、筆を執った。
そして三百字ほどの救援要請を書き上げ、童貫に見せた。
童貫は手紙を封筒に押し込み、封蝋で封をすると、召使いに渡した。
ほどなく、召使いが戻ってきて言った。
「太師、手紙を届ける通信兵が見つかりません」
「手紙を王安中に渡せ。あいつに駅伝を探させ、金字牌の急脚逓で送らせろ――待て、俺の汗血馬も一緒に連れていけ。駅卒に乗らせるんだ。手紙が一刻でも早く完顔旻の手に届けば、それだけ俺たちも安全になる」
それから半月あまりが過ぎた。
金国皇帝・完顔旻からの返書は、いつまで経っても届かなかった。
童貫は三日に一度という具合に白洋淀へ出かけ、湖で舟遊びをした。
王安中は雄州に戒厳令を敷き、州衙で民からの訴状を受け付けるのを一時停止した。
さらに何人かの大工や左官を呼び、童貫の好みに合わせて州衙を改修させた。
二十日後、州衙の改修工事が完了した。
王安中は童貫の乗る輿を支えながら降ろした。
童貫はすっかり様変わりした州衙を見上げ、嬉しそうな顔をした。
だが、その喜色は瞬く間に消えた。
眉間には、もはや誰もが見慣れてしまった愁いの雲が再び浮かんだ。
「王安中、王安中よ。お前の州衙がどれほど立派になったところで、燕京城の荒れ果てた家やぼろ屋には到底かなわん」
その日の午後。
童貫は幕僚たちと、広々として明るくなった州衙の大堂で茶を飲みながら雑談していた。
そこへ召使いが取り次いだ。
「使者がお見えです。金国から来た者だそうです」
童貫は太師椅から転げ落ちそうになった。
「早く! すぐに通せ!」
金国の使者が馬を引いて大堂へ入ってきた。
態度は尊大で、口調もぶっきらぼうだ。
しかも、童貫のことをいきなり呼び捨てにした。
使者は童貫に告げた。
「燕京城はすでに金軍が攻め落とした。遼国の南院大王・蕭幹と興軍節度副使・張覚は、いずれも金に降った。蕭普賢女は最後まで降伏を拒み、居庸関へ逃げ込んだ。金軍が居庸関を攻め落とした後、蕭普賢女の行方は分からなくなった」
「金軍とは、まさに神兵天将だな!」
童貫は感嘆した。
「燕京城が大金に占領されたのは、実に結構なことだ。だが――最初の取り決めでは、燕雲十六州……燕京城は我が宋国のものではなかったか?」
金国の使者は鼻で笑った。
「貴国もずいぶん厚かましいものだ。あれこれ要求する顔がよくもあったものだな。盟約には、大宋が出兵して挟撃することになっていただろう? それを履行しなかった以上、先の取り決めは無効だ」
使者は吐き捨てるように続けた。
「それに、あの盟約の話になると、私は腹が立つ。宋国が我が大金に渡した盟書は、国書ではなく詔書だったではないか。詔書というのは臣民に告げ知らせるためのものだ。その程度の小細工で、我が大金を欺けると思ったのか?」
童貫は黙り込んだ。
「まあ、とはいえ――我が大金皇帝は大局を見通し、度量も広く、仁をもって臣下や民を厚く遇するお方だ」
使者は言った。
「たとえ宋国が遼攻めに力を出さなかったとしても、我が大金はそのことを咎めない。大金皇帝から、お前たちに伝えよとのことだ」
「一つ。宋国がこれまで遼国へ納めていた歳幣は、これから一文残らず大金へ納めること」
「二つ。大金は特別に、燕雲十六州のうち六州、二十四県を宋に譲る。燕京城も、お前たちが取っていくがよい」
「金国皇帝陛下は、まことに寛大なお方だ。大宋としては、何をもってお返しすればよいものか……」
童貫は声を詰まらせた。
「老夫、ただちに上奏文を書こう。今後は兄弟の国としての礼をもって、大金の使者を迎えるよう皇上にお願いする。そして、これから大金へ送る文書は、すべて国書とするように、と」
金国の使者は馬にまたがりながら言った。
「西の夏国、東の高麗国――あの国々は我が大金と兄弟の付き合いをしたがっているが、我が大金のほうが願い下げだ」
「お前たち宋国も、身の程をわきまえることだ。こちらの好意を、驢馬の肝のように扱うなよ」
「やっ!」
使者は馬を走らせ、門の敷居を飛び越えると、そのまま姿を消した。
「急げ、急げ!」
童貫は韋小宝に命じた。
「早く皇上への手紙を書け! このとんでもない朗報をお知らせするんだ。燕京が我ら大宋のものになった、と書け!」
そして郭薬師、劉延慶らに向かって言った。
「それなら、お前たちも今日のうちに北へ出発して、燕京を接収したらどうだ?」
郭薬師と劉延慶が答えるより先に、童貫は皆に取り囲まれながら大門へ向かった。
だが、何かを思い出したらしい。
振り返って案卓のところまで戻ると、韋小宝に念を押した。
「忘れるなよ。今回の戦で我が軍が遼軍から大打撃を受け、十八万の兵馬を失ったことも書き入れておけ……戦というものは、どうしたって代償を払うものだからな――この最後の一言は書くなよ」
その日、童貫は羊角淀の湖面に舟を浮かべ、船の上で蓮の実の羹が煮えるのを待っていた。
すると岸辺に、威風堂々とした儀仗隊が現れた。
童貫は召使いたちに声をかけ、櫂を漕いで岸へ寄せさせた。
泥濘の中で、開封府から来た特使が、皇帝・趙佶の聖旨を読み上げた。
「燕京を改めて燕山府とし、府内に広陽郡を置く。童貫を広陽郡王に昇格させる。王安中を燕山知府に任じ、ただちに赴任せよ」
童貫は岸辺の泥の中に跪いた。
その顔には笑っているような、泣いているような表情が浮かんでいる。
そして天を仰ぎ、声を張り上げた。
「父ちゃん! 母ちゃん! 聞こえるか! 昔、腹いっぱい飯を食うために、身を清めて宮中に入った親不孝な息子が、今じゃ王様になったぞ!」
「父ちゃん、母ちゃん、聞こえるか! 皇上が、この俺を王様にしてくださったぞ!」




