八
太陽がすっかり高く昇ったころ、童貫は盧溝河のほとりにしゃがみ込み、顔を洗い、髪を整えた。身なりを整えると、ようやく陣を引き払う命令を下した。
「行くぞ。燕京の豆汁を飲みに行こう」
五万の兵馬が、浩々蕩々と燕京城へ進軍していった。
灰色の城壁がもう目の前に迫っている。三つの城門は、いずれも門を大きく開け放っていた。
童貫率いる大軍は、中央の豊宜門から城内へ入った。
城門の両側には、遼国の官服を身につけた文官武将が二十人あまり、列を作って待ち受けていた。
先頭に立つ韓昉がゆっくりと歩み出て、腰を折って礼をする。
「童太師、かねてよりお名前は存じ上げております。燕京へようこそ!」
すると、灰色の戦袍をまとった丸顔の大男が韓昉を押しのけ、にこにこと笑いながら言った。
「童太師、私のことを覚えておられますかな?」
童貫は馬上から大男をじろじろ眺めた。
「常勝軍の郭薬師じゃないか。短命な耶律淳のために涿州を守っていたはずだが?」
「私は心から宋に帰順するつもりで、すでに涿州と易州を大宋へ引き渡しました」
郭薬師は言った。
「童太師が北へ兵を進めると聞き、一晩中馬を走らせ、誰よりも先に燕京城へ攻め入りました。すべては太師のお喜びにあずかりたくてのことです」
「燕京城をお前が攻め落としたのか?」
童貫は馬から飛び下りた。
「私が策を用いて、たやすく手に入れたのです。間者を商人に化けさせて燕京城へ潜り込ませ、守備兵を何人か暗殺し――」
「郭将軍、私は以前から宋国に降るつもりだったのだ。はあ……こんなことをする前に、一言私に知らせてくれてもよかったのでは?」
韓昉が口を挟んだ。
「私も、まさかお前まで裏切るとは夢にも思わなかった」
「私はお前とは違う……燕京の民のためだ……本当に……」
「まあまあ、よいではないか。今日から我々は同じ朝廷に仕える身だ。心を尽くして官家のために働こう」
童貫は豪快に笑った。
「さあ、みんなで茶館へ行って朝茶を飲もう。『月満茶社』の茉莉花茶は絶品だそうじゃないか」
一行は路地にある茶館の二階、窓際の席に落ち着いた。
香り高い茶から白い湯気がゆらゆらと立ち上り、薄切りにした牛肉や羊肉、砂糖をまぶした果物の砂糖漬け、黒胡麻の米糕などが長机いっぱいに並べられている。
宣撫都統制の劉延慶と種師道の二人、そして十数人の甲冑姿の将軍たちが、五つの茶卓に分かれて座っていた。
韋小宝は卓の間を行ったり来たりしながら、兵士たちに大きな黄龍負図旗を欄干に縛りつけさせていた。
路地の幅は馬車一台が通れるほどしかない。
両側には薬屋、酒楼、質屋、雑貨屋が軒を連ねている。店先に吊るされた、形も色もさまざまな幟が、まるで生き物のようにひらひらと舞っていた。
通りには人があふれ、商人や物売りの呼び声がすぐ耳元から聞こえてくる。
路地の入口と出口には、それぞれ宋兵が三人ずつ立っていた。
「この老夫も、まさか勝利がこんなに簡単に転がり込んでくるとは思わなかった。杭州の農民反乱を平定したときより、ずっと楽だ」
童貫は二本の指で茶碗をつまみ、二口ほどすすった。
「杭州の農民反乱?」
韓昉が尋ねた。
「農民の賊徒だ。少し前、我が大宋の睦州青溪県で、方臘とかいう男が十数万の農民を扇動して杭州を攻め落とした。朝廷は老夫を討伐に派遣したんだが……あの泥臭い百姓ども、実に手強かった!」
童貫は得意げに続けた。
「それがどうだ。今日の燕京城攻略は、兵一人失うこともなく、袋から物を取り出すような簡単さだった! 兵法にもあるだろう。『戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり』とな」
童貫は目を細め、頭をゆらゆら揺らしながら、うっとりした顔をしていた。
「今や金、宋、遼の三国が覇を争い、争乱が絶えず、民は安らかに暮らせない。はあ――」
「韓昉、お前は本を読みすぎて頭がおかしくなったのか?」
郭薬師が言った。
「天下のどこに、もうあの耶律延禧の出る幕がある? これからは宋と金が天下を治めるんだ。遼国の命運は尽きた。馬鹿にだって分かる!」
郭薬師は机を叩いた。
茶碗や皿が「カチャカチャ」と音を立てる。
「木が倒れれば猿は散る――と言うだろう。興軍節度使の張覚のことは知っているな? あの男はとうの昔に宋へ降るつもりだ。まあ、見ていろ」
「張将軍が? そんなことは……」
郭薬師は箸を指の間に挟み、それを韓昉へ向けた。
「なぜそんなことがある? お前のような書物馬鹿ですら、風向きを見て舵を切り、大宋に降ることを知っているじゃないか」
「私が抵抗をやめたのは、燕京の民と城を守る兵士たちの命を惜しんだからだ。彼らが無意味に死んでいくのを、ただ見ていることなどできなかった」
韓昉は言った。
「皆さん、韓某は遼国の朝廷に背くことになりました。ただ、これからは田園に隠れ住むことを願うのみです……」
「つまり、お前は大宋のために働くつもりはないということか?」
童貫は手づかみで羊肉を何枚か取り、口に放り込みながら言った。
「韓状元――我が大宋の官家は寛厚仁義のお方だ。太祖は『士大夫を殺さず』という祖訓まで残された。遼国にそれができるか? 金国にそれができるか?」
「韓昉はただの凡才です。宋廷のご厚意を受けるには、あまりに力不足です」
韓昉は答えた。
「融通の利かない文人なんて、みんな凡才、役立たずじゃないか」
郭薬師は童貫の茶碗に茶を注いだ。
「何と言ったかな? 『平時は袖手して心性を論じ、危急に臨めば一死して君王に報ず』だったか?」
郭薬師は薄笑いを浮かべた。
「耶律の老いぼれは大同にいる。韓相公、お前は死ななくてもいいんだ。死んだところで、誰も見てくれやしないがな……」
「大変だ!」
欄干のそばにいた韋小宝が突然叫んだ。
童貫の後ろにいた護衛が大股で歩み寄り、廊柱を抱えるようにして、上半身を欄干の外へ乗り出し、通りの入口を覗き込んだ。
二人の宋兵が仰向けに倒れていた。
一人は頬に矢が突き刺さり、もう一人は胸に矢を受けている。
ほどなく、真っ赤な戦袍をまとった女が路地の入口に姿を現した。
右手には長刀を握り、馬にまたがっている。その後ろには数人の女兵が続いていた。
通行人の波が一斉に南へ押し寄せる。
さらに多くの女兵が視界に入ってきた。誰もが少なくとも一つは武器を手にしている。
「蕭普賢女だ! あの女、戻ってくる度胸があったのか!」
郭薬師が振り返って童貫に言った。
蕭普賢女が叫んだ。
「天意に従え! 汴寇を殺せ!」
彼女の周囲にいた、馬に乗った者も徒歩の者も、女兵たちが一斉に叫ぶ。
「天意に従え! 汴寇を殺せ!」
「この女狂いどもめ!」
郭薬師が罵った。
「少し懲らしめてやらんとな」
「まずい。蕭幹まで来たぞ」
劉延慶が言った。
女兵の隊列の後ろから、鉄兜をかぶった男が馬に乗って路地へ入ってきた。
左右には弓兵が付き従っている。
「老いぼれ童貫! 出てきて死ね!」
「蕭幹は長年、西夏と戦ってきた勇将だ。武勇も並外れている。手強いぞ」
種師道が言った。
「童太師、三十六計、逃げるに如かずです。まず退きましょう」
「郭薬師、手柄を立てる絶好の機会だ。手勢を連れて奴らと戦え。劉延慶、お前は殿を務めろ。種師道、お前は俺を守れ」
童貫が言った。
護衛が報告した。
「下は人でいっぱいです。出られません」
路地の一角には人々が黒山のように群がり、茶館の入口を塞いでいる。
宋兵たちは絶えず怒鳴りつけ、罵声を浴びせながら、人々に道を空けるよう命じていた。
「死んでも大遼を守るぞ!」
群衆の中から誰かが叫んだ。
「大遼を守れ!」
別の者が応じる。
「奴らをぶっ殺せ!」
「くそったれ! 汴寇どもとやり合え!」
童貫は窓際の欄干に足をかけて下を覗き込むと、腕を空中で大きく振った。
「武器を持って、下へ投げつけろ! あのろくでなしどもを叩き殺せ!」
茶碗、杯、皿、茶壺、腰掛け……。
雨のように通りへ降り注いだ。
文竹の鉢植えまで窓から放り投げられた。
さらには人の背丈の半分ほどもある庭石が、三人の護衛によって欄干から押し落とされた。
茶館の入口にいた群衆が左右へ割れた。
地面には一人の女が倒れていた。脳漿が地面に飛び散っている。
そのそばでは、一人の男児があぐらをかいて座り、泣きじゃくっていた。小さな手で、何度も女の衣の裾を引っ張っている。
入口に一人の護衛が馬を引いてやってきた。
童貫は護衛から手綱を受け取ると、馬の鬣をつかみ、身を翻して馬上にまたがった。
そして男児の頭上を飛び越えるようにして馬を走らせ、南の路地へ向かった。
韋小宝も一頭の若馬に飛び乗った。
路地を抜けると、大通りへ出た。
南北を貫く大通りで、馬車八台が横に並んで走れるほどの幅がある。
韋小宝が四方を見渡すと、すぐに童貫の姿を見つけた。
童貫は馬の背に身を伏せ、猛スピードで城外へ駆けていく。
韋小宝は馬首を変え、城楼へ向かって走った。
彼と一緒に逃げているのは、馬に乗った宋軍の将軍たちもいれば、徒歩で走る兵士たちもいた。
燕京の住民たちは道の両側に立ち、入城してから二日も経っていない宋軍が、慌てふためいて逃げ出していく様子を、面白そうに眺めていた。
宋軍の主力部隊が駐屯している盧溝河のほとりには、大きさもさまざまな天幕が立ち並び、両岸を一本の木橋が結んでいた。
北岸の軍営の門前では、びっしりと並べられていた木製の拒馬が一か所だけ開けられ、逃げてきた宋兵たちがそこから橋頭へ殺到していた。
ところが、盧溝河の南岸にある軍営は、いつまで経っても門を開けようとしない。
橋の上には逃げ兵がどんどん押し寄せ、韋小宝は木橋が重みに耐えきれず崩れるのではないかと心配になった。
逃げ兵たちは刀を抜き、戈を振り回し、あちこちで罵声を浴びせ合っている。
やがて門が開いた。
南岸の部隊も撤退を始めた。
痩せた若馬にまたがった韋小宝は、つま先で地面を蹴りながら、周囲の人間をひっきりなしに押しのけた。
橋の両端では、ときおり人が水へ落ちている。
なんとかそこへ押し出されないようにしなければならない。
同時に、自分も馬の背から落ちないように気をつけなければならなかった。
後ろから押し寄せる人や馬に、生きたまま踏み殺されかねないからだ。
河を渡り、二里ほど走ったところで、まばらな白樺林の中に座り込んで休んでいる宋兵の一団が見えた。
劉延慶が指示を飛ばしている。
「あとで決死隊を何隊か編成して戻らせ、軍営を焼き払え。遼国の蛮族どもに、何一つ得をさせるな!」
「劉将軍、これからどうします?」
種師道が尋ねた。
「童太師は?」
「姿が見えなくなるまで逃げていきました。官家から下賜された名馬に乗っているんだ。誰が追いつける?」
「だったら、あの宦官は命なんぞ惜しまず走ればいい。我々はそうはいかん。行軍で最も忌むべきは隊形を失うことだ」
劉延慶は言った。
「まずは走るな。後続の兵と将を待つんだ。少なくとも六千人はいる。人数が多いほうが安全だ」
夜になった。
韋小宝は劉延慶と種師道のすぐ隣にある天幕の外で、衣服も脱がず、草地に横になって眠った。
ほどなく、短い軍号が夜空を切り裂いた。
韋小宝は強い違和感を覚えた。
軍号には決められた音程とリズムがあり、それぞれに固有の意味が割り当てられている。
先ほどの号笛は規定から外れていた。
吹き方に力がなく、音もばらばらだった。
韋小宝が見ると、数歩先で二人の宋兵が刀を抜き、まるで仇敵同士のように斬り合っている。
そのそばを三人、五人と群れになった兵士たちが通り過ぎていくが、誰一人として止めようとはしない。
そのとき、背後から互いに呼応するような狼の遠吠えが二度聞こえた。
韋小宝がばっと振り返ると、数歩離れたところで、歩兵用の甲冑を着た二人の兵士が地面に這いつくばり、狼のような声を上げていた。
さらに遠くでは、何人かの人影が一か所に集まり、意味の分からない掛け声を叫んでいる。
劉延慶と種師道が、そろって天幕から這い出てきた。
「くそったれ、いったい何が起きてる? 何を勝手に走り回ってるんだ!」
劉延慶が怒鳴った。
「副官! 俺の副官はどこだ!」
通りかかった兵士を呼び止める。
「俺は全軍に、その場で休息するよう命じたはずだぞ!」
兵士は問いかけなど聞こえないかのように、肩をひねって劉延慶の手を振りほどくと、一言も発さずに歩き去った。
「くそっ、どこの営の雑兵だ? 俺の顔すら知らんのか! ぶった斬ってやる!」
劉延慶が腰の佩刀を抜いた。
「劉将軍、落ち着いてください」
種師道は劉延慶の手を押さえ、そのまま彼を脇へ引っ張っていった。
「劉将軍、我々は今、兵を率いて戦う上で最も恐ろしい事態の一つに遭遇しています」
「どういうことだ?」
劉延慶は怒りに任せ、刀を振り下ろして空気を二度斬った。
「我々西北軍の言葉では、これを『炸営』と呼びます。兵士たちが命令を聞かなくなり、集団で狂乱するのです――極めて不吉な兆候です」
種師道は言った。
「この老種は七年前に一度、『炸営』を経験したことがあります。何の前触れもなく、私の配下の数万の兵士が、まるで幽鬼のように天へ向かって金切り声を上げ始めた。そして、目につく者を手当たり次第に殺し始めた……」
種師道は遠い記憶を思い出すように言った。
「今でも思い出すだけで背筋が寒くなる。あの光景はまさに地獄そのものだった。先ほど、あなたがあまり強く問い詰めなかったのは幸いでした。もしあれ以上やっていたら――」
「もし、どうなる?」
劉延慶は言った。
「俺は全軍の最高指揮官だぞ――」
「狂った兵士の目には、指揮官だろうが何だろうが関係ありません!」
種師道は言った。
「彼らを野獣だと思えばいい。たとえ皇帝が道を塞いだとしても、彼らは構わず殺します」
「そこまでひどいのか?」
「大げさでも何でもありません」
周囲ではあちこちに火が上がり、種師道の顔の半分が真っ赤に照らされていた。
「今となっては……」
種師道は隣にいる韋小宝へ目を向けた。
「まだ狂っていない者を何人か探して、一緒に逃げるしかありません。まずは、この不吉な場所から逃げ出すことです」




