第4話 時間操作の代償
翔は会社の裏手にある小さな公園のベンチに座り込み、震える手で額を押さえた。
さっきまでの戦闘の余韻が、まだ身体の奥に残っている。
「……俺、ほんとに死ぬところだったんだな」
腕輪――アークブレスは静かに光を灯している。
まるで翔の呼吸に合わせるように、淡く、規則正しく。
『翔。あなたの生命反応は安定しています。
ただし――時間操作の影響が残っています』
「影響……?」
翔は腕輪を見つめる。
その瞬間、胸の奥がズキッと痛んだ。
「うっ……!」
『時間操作は“生命力”を消費します。
あなたは先ほど、死の未来を回避するために数秒巻き戻しました』
「そんな……聞いてないよ……!」
『昨日の段階では、あなたが理解できる状態ではありませんでした』
「勝手に判断するなよ……!」
翔は怒鳴りかけたが、声は途中で震えに変わった。
「……俺の命を削ってまで助けたのか」
『あなたが死ぬ未来は、私にとっても望ましくありません』
アークの声は淡々としているが、どこか人間らしい温度があった。
翔は深く息を吐き、空を見上げる。
夏の青空は、戦いの影など知らないように澄み渡っている。
「……俺は臆病だよ。戦うのも怖いし、死ぬのも怖い」
『臆病であることは弱さではありません。
恐怖を理解できる者ほど、正しい判断ができます』
「正しい判断……」
翔は腕輪を握りしめた。
「でも……俺は逃げてばっかりだ。
今日だって、戦ったのは腕輪のおかげで……俺じゃない」
『いいえ。あなたは“生きたい”と叫びました。
その意思が、私を動かしました』
翔は言葉を失った。
自分の叫びが、腕輪を動かした――
それは、ただの機械ではありえない反応だった。
そのとき、公園の入口から誰かが駆け寄ってきた。
「矢本さんっ!」
白いワンピースにカーディガンを羽織った女性。
肩までの黒髪を揺らしながら、息を切らして翔のもとへ走ってくる。
「し、白峰さん……?」
白峰凛。
翔の会社に出入りしている外部研究者で、以前から翔に何度か話しかけてきた女性だ。
「さっきの……黒い霧、見ました。
あなた、狙われてますよね?」
翔は息を呑む。
「なんで……知ってるんですか」
凛は翔の腕輪を見つめ、静かに言った。
「それ……アークブレスですよね」
翔の心臓が跳ねた。
「知ってるのか……これを?」
凛は頷く。
「私はアークブレスの研究者です。
オルド・レムナントが狙っている理由も知っています」
翔は腕輪を押さえた。
「……教えてください。
俺はもう逃げられないみたいだから」
凛は翔の隣に座り、真剣な表情で口を開いた。
「アークブレスは古代文明が作った“守護装置”。
でも同時に――世界を滅ぼす力にもなり得るんです」
翔は息を呑む。
「滅ぼす……?」
「オルド・レムナントは、その力を解放しようとしている。
あなたが持つアークブレスは、その鍵なんです」
翔は腕輪を見つめた。
淡い光が、まるで自分の鼓動と同じリズムで揺れている。
「……俺は、どうすればいいんだ」
凛は静かに答えた。
「まずは、アークブレスの力を理解すること。
そして――あなた自身が覚悟を決めることです」
翔は拳を握りしめた。
臆病でもいい。
怖くてもいい。
でも――逃げ続けることは、もうできない。
腕輪が淡く光り、翔の決意を受け止めるように脈打った。




