分解からの組み立てからの分解
芳賀は、思わず息を呑んだ──
現在、セント・エルモ学園一年D組は休み時間である。皆、思い思いの過ごし方をしていた。
そんな中、芳賀はいつもの通り只野ウォッチングに夢中である。今や、只野の観察が彼女のライフワークとなっていたのだ。
今、只野の机の上には恐ろしい物が置かれていた。モデルガンである。銃身の長いリボルバーだ。芳賀は、当然ながら拳銃には詳しくはない。だが、このタイプのものは見たことがある。と言っても、直接見た訳ではない。お茶の間で父親とテレビで見ていた時、放送していた映画にこの拳銃が登場したのだ。
主役の俳優が、こんなことを言っていた。
「こいつは四四マグナムっていう世界一強力な拳銃だ。お前の頭なんてきれいに吹き飛ぶぜ」
モデルガンとはいえ、そんな物騒なものを教室に持ち込み、いったい何をするつもりなのだろうか。芳賀は、横目でじっと見ている。
一方、只野は思いつめた表情で拳銃を見下ろしている。何を考えているのか、何をするつもりなのか、その顔つきから読み取るのは困難であった。
時間にして、およそ一分ほど経った時だった。突然、只野が拳銃を手に取った。
そして、拳銃に向かい語り出す──
「マーグ、いくぞ。覚悟はいいな?」
えっ?
マーグって何?
拳銃に話しかけてるの?
じゃあ、マーグって拳銃の名前?
マグナムだからマーグ?
混乱している芳賀だったが、只野はお構いなしだ。拳銃を、ゆっくりと机に置く。
直後、ドライバーを取り出した。そして叫ぶ。
「ほぅあたたたたたたぁ!」
奇声を発したかと思うと、その手は恐ろしいスピードで動き始める。拳銃を、あっという間に分解し始めたのだ。
その手は、とんでもない速度で動き続けている。しかも、奇声もずっと続いているのだ。
「ほぅあたたたたたたぁ!」
どこかで聞いたような奇声をあげつつ、只野はとんでもない速さで拳銃を分解していく。
机の上は、またたく間にモデルガンのパーツで埋め尽くされていった。只野の手の動きは完璧で、部品をひとつも取りこぼすことなく置いていく。もはや芸術的ですらあった。
芳賀は横目で見ることを忘れ、じっと見入っていた。
「ほぅあっちゃー!」
叫んだ直後、只野は最後のパーツを机に置く。最後に大きく息を吐き、教室の時計を見る。
その表情が渋くなった。
「ううむ、前回より零コンマ二秒ほど遅い……マーグ、すまんな」
見ている芳賀は、さらに混乱してきた。
えっ?
教室にあるのって針時計なんだけど?
あれで零コンマ二秒がわかったの?
一方、只野は再びドライバーを手にする。今度は、メスを握る外科医のごとき表情だ。
直後、決定的な一言を放つ。
「では手術開始だ! いくぞ芳賀さん!」
そう言うと、芳賀の方を向いたのだ。
ちょっと待って!?
私を、この異様な世界に引きずり込まないで!
入ったら、出られなくなっちゃう!
心の中で叫んだ芳賀だったが、次の瞬間に只野は動き出す。
「ほぅあたたたたたたぁ!」
そう、例のどこかで聞いた奇声だ。あれを放ちつつ、只野の手は忙しなく動く。先ほど分解したモデルガンを、再び組み立て出したのだ。
あっという間に組み上がっていく四四マグナム。その動きは、もはや芸術的ですらある。
芳賀はツッコむことも忘れ、ずっと見入っていた──
「ほぅあっちゃー! お前はもう、治っている!」
またしても、どこかで聞いたような決めゼリフだ。もっとも、机の上のモデルガンは完璧に組み上がっている。
見ている芳賀は、思わず拍手しそうになった……が、かろうじてその衝動を堪える。ここでそれをやってしまったら、永遠に戻れなくなる気がしたからだ。
無理……。
私には、あの世界に入っていける自信がない。
ここで見守っているくらいが、ちょうどいい。
内心で己に言い聞かせた時だった。タイミングを計っていたかのようにチャイムが鳴り、只野は出来上がったモデルガンを机の中にしまう。
教科書と筆記用具を取り出し、何事もなかったかのような顔で前を向く。先ほどまでの狂気めいた表情は、完全に消え失せていた。
若干ガッカリしつつ、芳賀もまた教科書と筆記用具を取り出す。次の授業は数学だ。教師の綾部は、ネチネチと口うるさい男である。目をつけられないよう気をつけよう。
そんなふたりを、じっと見ていた者がいる。木杉だ。何やら羨ましそうな様子で、ふたりの動きをじっと見ていた。
いや、正確には……教室内の大半の生徒が、只野の異様な動きをそれとなく見ていたのだ。しかし、誰ひとりとして態度には出していなかった。
やがて授業が始まった。
芳賀は、最初のうちこそ集中し教師の言葉に耳を傾けていた。が、その集中力はすぐに乱される。
隣の席にいる只野が、またしても何かしている。机の中に手を突っ込み、ゴソゴソと何かやっているのだ。
また何かやってるの?
駄目!
見ちゃ駄目!
芳賀は、必死で自分に言い聞かせる。と同時に、彼女の脳内にまたしても彼らが現れる──
「今は授業中だよ。見ちゃ駄目。おとなしく授業を受けなさい。でないと、あなたの人生はしっちゃかめっちゃかよ」
優しく語りかけるのは天使だ。ゆったりとした動きで手招きしている。
「ヒャッハー! こんなしょうもない授業受けてどうすんだよ! サインコサインタンジェントが何の役に立つ!? それより、只野がどんなアホやるか見てやろうぜ!」
こちらは悪魔である。激しく腰をくねらせながら、芳賀を挑発している。
芳賀は迷った……が、すぐに悪魔の誘惑に屈してしまう。彼女は、そっと横を見た。
途端にギョッとなる。只野は、机の中で手を盛んに動かしているのだ。動く度に、黒光りする何かが顔を覗かせる。
間違いない、先ほど分解し組み立てていたモデルガンだ。只野は、授業にあのモデルガンで遊ぼうというのか。
その時、声が漏れ聞こえてきた。
「マーグ、今は出てきちゃ駄目だ。お前と遊ぶ時間じゃない。授業中なんだよ」
はあ?
出てきちゃ駄目って、君が手を動かしてるだけじゃん?
何を言ってるの?
混乱する芳賀だったが、只野の一人芝居はさらにエスカレートしていく。今度は、己の右手を左手でつかんでいるのだ。どうやら。右手の動きを左手で制しようとしているらしい。
「駄目だマーグ、そこは駄目だ。やめるのだマーグ」
小声であるが、芳賀の耳にはしっかり聞こえていた。芳賀は必死で顔をしかめる。そうでないと、笑ってしまいそうなのだ。
と、只野の表情が変わる。
「仕方ないな。マーグ、お前を今眠らせてやる」
言ったかと思うと、只野の手が動き出した。どうやら、机の中でマーグを分解しているらしい。何とも恐ろしいテクニックである。
と、そこで綾部が叫んだ。
「おいそこ! 何やってる!?」
見つかったか? と思い、芳賀は思わず目をつぶる。しかし、綾部の標的は芳賀でも只野でもなかった。
「おい木杉! 立て!」
えっ?
木杉くん?
芳賀が唖然となる中、木杉はすました顔で立ち上がった。
「おい木杉、お前は私の授業中に後ろを向いていたなあ? なんだ? 何を見ていたんだ? 言ってみろ。さあ? さあ?」
迫る綾部に、木杉は目を合わさず答える。
「はあ、そこに天国があるような気がしたので見てしまいました」
途端に、教室内にクスクス笑いが広がる。しかし、綾部にとって笑えるものではなかった。
「なんだと? ふざけてんのか? なあ木杉、お前は私をナメてんのか? バカにしてんのか? なあ? なあ?」
ネチネチと詰め寄る綾部だったが、木杉は彼など見ていなかった。
あーあ。
芳賀の奴、いいなあ。
あいつの席に行けば、只野ウォッチングし放題じゃねえか。
俺も、芳賀の席に行きたいなあ。




