強襲! トーア・カマタ!(1)
始まりは、玉川の語りからであった。
「いいか、お前ら。もうすぐ中間テストだ。まあ、最下位が誰かは、もう確定しているがな」
そう言って、玉川はとある人物を睨みつける。
彼の視線の先にいるのは、言うまでもなく只野であった。しかし、只野は玉川のことなど完全に無視し、窓から外を眺めている。
玉川のこめかみがピクリと動いた。拳を握りしめ、奥歯をギリリと噛み締める。だが、彼はどうにか自分を抑えた。
「いいか! 人生はな、勝たなきゃゴミなんだよ! お前らみんな、この学園の入学テストにて無様に敗北し、最底辺のDクラスへと入ることとなった!」
そこで、玉川は口を閉じた。いかにも思わせぶりな表情を作り、生徒たちを見回す。
只野を除き、生徒たちは皆こちらに注目している……ように見えた。少なくとも、玉川はそう思っていた。
エヘンと咳払いをして、玉川は再び語り出す。
「しかし、勝負はここからだ! まずは甘えを捨てろ! ここから、勝って勝って勝ちまくれ!」
そこで言葉を止め、ニヤリと笑う。
「幸いなことに、今回の中間テストだが……最低点を取る者は既に確定している。しかし、これはある意味では不幸とも言える。なぜなら、君らの競い合いの機会が奪われてしまったからだ。最低点という地獄に落ちるか? それとも、蜘蛛の糸を手に天国に昇るか? この生きるか死ぬかの瀬戸際を体験した者は強いぞ」
その時、どこからか車のエンジン音が聴こえてきた。エンジン音はどんどん大きくなってきて、すぐ近くで停車した音も聞こえてきた。
直後、何やら吠えるような声。どうやら、警備員らとやり合っているらしい。生徒たちは、何事かと顔を見合わせる。
芳賀はというと、引きつった表情で只野を見つめる。まさかとは思うが、もしや彼の仕業だろうか。
木杉もまた、そっと只野の方を見る。しかし、当の只野はというと、呑気な表情で窓から外を眺めていた。時おり、何かの歌の一節を口ずさんでいるようにも見える。
「クソ、あいつはなぜあんなに落ち着いてやがるんだ……」
忌々しげに呟いた。木杉は、どう足掻いても只野の存在を無視することができない。
今の木杉にとって、只野はライバル……いや、それ以上の存在となっていたのだ。
「お前ら! 落ち着かんか!」
叫んだのは玉川だ。直後、彼は拳を突き出して見せる。
「いいか! 俺は古武術の黒帯取得者だ! 古武術に禁じ手はない! 人を殺せる技を使えるんだぞ! 何者が来ようが、先生が守ってやるから!」
勇ましく言った時だった。突然、廊下から足音が聞こえて来たのだ。荒々しい勢いで、この教室へと近づいて来ている。
クラスが緊張感に包まれている中、いきなり扉が開かれる。
入って来たのは、生徒たちが今まで見たこともないくらいの巨体であった。身長は百八十センチほどだが、横幅が凄い。肩幅は広くガッチリしており、胸板も分厚い。力士のような体格であり、確実に百キロを超えているだろう。
ただし、その頭には髷がない。それどころか髪すらない。ツルツルに剃り込まれており、口ひげとあごひげがたくわえられている。スーツ姿だが、着ているジャケットは今にもはちきれそうである。
その大男は、入ってくるなり怒鳴りつけた。
「俺は東亜組の若頭・鎌田だ! 只野聖斗はいるか!?」
やはり、只野が目当てであった。芳賀がそっと隣を見ると、只野はすました表情で立ち上がった。ヤクザを恐れる様子はない。
その時、玉川が横から口を開く。
「あ、あのう、何か用でしょうか? でしたら──」
「じゃかましい! おどれなんぞに用はないんじゃ! 俺は只野に用があるんじゃ!」
鎌田に一喝されると、玉川はその場にへたり込んでしまった。今にも泣き出しそうな顔である。先ほどまでは古武術の黒帯取得者などと勇ましいことを言っていたが、今は見る影もない。
一方、鎌田は只野を睨みつけた。その口から、予想もしなかった言葉が飛び出る。
「只野……お前、うちの組長の家に来そうだな」
「はい、お招きを受けたので」
横で聞いている木杉は、思わず感嘆の溜息を漏らしていた。まさか、ヤクザの組長の家に招かれるとは。只野という男の底の深さには、ただただ驚かされるばかりだ。
しかし、本題はこれからであった。
「お前、そこでおかしな真似をしなかったか?」
「別にしてませんよ、トーア・カマタさん」
その一言により、鎌田の表情がさらに恐ろしくなる。
「ゴルァ! 誰がトーア・カマタじゃ! 俺は東亜組の鎌田じゃ!」
喚きながら、床をドンと踏み鳴らした。しかし、只野は怯まない。
「ですから、東亜組の鎌田さん……つまりは、トーア・カマタさんですよね?」
「だから、そこを略すなと言ってるんじゃ!」
吠えた直後、今度は床を二回踏み鳴らす。まるで、大きな子供が駄々をこねているような仕草だ。芳賀は笑いを堪えつつ、成り行きを見守っている。
「いや、略さない方がいいんじゃないですか。むしろ、鎌田さんの組への想いの強さの証になるのではないかと思います」
「何わけわからんことを言っとるんじゃゴルァ! いい加減にしないと殺すぞ!」
「そんなことで殺さないでくださいよ。僕、まだ人生の半分も生きてないんですから」
途端に、鎌田は床を三回踏み鳴らした。
「ちょっと黙れボケがぁ! このままじゃ、いつまで経っても本題に入れんのじゃあ!」
「はあ、そうでしたか。すみません。どうぞ本題に入ってください」
そう言うと、只野は口を閉じた。
鎌田は、深く息を吸い込む。その分厚い体が、さらに一回り大きくなったような気がした。
直後、鎌田は凄まじい形相で口を開く。
「只野、お前は組長の誕生日パーティーに招かれ参加したな?」
「はい、しました」
組長の誕生日パーティーだと? どんな恐ろしいことが行われるのだろうか? 生徒たちは、途端にザワザワし始める。
しかし、話はここからであった。
「そこで、お前は組長の愛用の日本刀コレクションを見た。中でも、日本に……いや、世界にも一本しかない名刀・火之迦具土神を見て、えらく感動した……そうだな?」
「はい、あれは見ただけで右脳と左脳がチークダンス踊るかと思うくらい感動しました」
「ところが……お前はその火之迦具土神の刀身を、コンクリートで固めやがった! どういうことじゃゴルァ!」
鎌田が叫び、足を四回踏み鳴らした。その度、教室が揺れるのではないかという錯覚に襲われる。
しかし、只野は怯んでいなかった。
「ああ、あれですか。なんか火之迦具土神があまりにも寂しそうだったんで、コンクリートの台座に突き刺す形にしてみました。お気に召しませんか?」
「アホが! あれじゃあ、日本刀としての価値がゼロじゃあ! どうしてくれんじゃ!?」
「えっ、でもカッコいいじゃないですか。石の台座に刺さったエクスカリバーみたいで、超シビレますよ」
途端に、鎌田は床を五回踏み鳴らした。さらに、ゴリラのドラミングのように胸を叩く。しかも、グーで叩いているのだ。ちなみに、ゴリラのドラミングはパーで胸を叩いている。
直後、鎌田は叫んだ──
「このどアホがぁ! 知らんようだから教えてやる! 石の台座に刺さってるのはなぁ、王の印の剣じゃあ! あれを抜いた者が王になれるんじゃあ! で、エクスカリバーは湖の乙女からもらうもんじゃあ! 間違えるなボケ!」
口からツバを飛ばしながら吠える鎌田に、只野は大きく目を見開いた。
「おお、そうでしたか! いや、これはお恥ずかしい! それにしても、トーア・カマタさんは実はインテリなんですね! 王の印の剣と、エクスカリバーの違いを即座に指摘できるとは!」




