HIGH論破
「クソ……只野の奴、またふざけてやがる」
木杉は、忌々しげに呟いた。
彼の視線の先にいるのは只野である。その机の上に消しゴムをバラバラにちぎったものが並べられている。その数はかなりのものだ。欠片も細かく、米粒くらいのものまである。
只野は慎重に、ピンセットで小さな欠片をつまんで積み重ねていた。どうやら、元の形に組み直そうとしているようなのだ。
しかも、隣の席にいる芳賀もまた、只野をチラチラと見ている。あのパズル(?)が完成するかどうか、関心を持って見ているらしい。
「あいつ、ふざけすぎだろうが」
木杉は毒づきながらも、どうにか目線を逸らす。あんなバカに関わっていられない。どうせ、只野は中間テストが終われば消えているだろう。
今は授業中であり、ほとんどの生徒は真面目に授業を受けている。そう、このセント・エルモ学園はエリート校なのだ。バカなヤンキーも、アホなギャルもいない。日本の上級国民を目指し、人間としてのトータル的な実力をつけていく。そして人生の勝ち組になること……これこそが、学園のモットーである。
そんな学園に、なぜ只野のようなカオスの塊が入ってきたのか。木杉には、どうしても理解できなかった。
休み時間になり、木杉はゆっくりと首を動かした。と、その視界にある者が入ってくる。
只野だ。彼は、さらに派手な遊びを始めていた。今度は机の上に人形を乗せ、デジカメで撮影している。
見ているうちに、何だか黙っていられなくなってきた。木杉は立ち上がり、只野の席に行く。
「おい只野」
声をかけると、只野はこちらを見上げた。
「ん、何?」
「お前、何やってんだよ?」
「映画の撮影だね。今のところ、まだ冒頭部分しか撮れていないんだよ」
そんなことを真顔で答えた。やはり、只野はとんでもないバカだ……などと思いながら、木杉はあやふやな笑顔で頷いた。
「そ、そうか。まあ、お前が何をやろうが自由だ。しかしな、少しは他人と歩調を合わせることを覚えた方がいいぞ。お前、このクラスで……いや、この学園でだいぶ浮いた存在になっているぞ」
「えっ、そうなの?」
聞き返してきた表情に嘘はなさそうだった。つまりは、そんなことを考えもせずに生きているのだ。
木杉は、だんだん腹が立ってきた。意地悪な質問をぶつけてみる。
「なあ只野、お前友だちいないだろ?」
「うん、いないね」
即答だった。何の躊躇いもなく恥ずかしげもなく、自信すら感じさせる表情で答えていた。むしろ、質問した木杉の方が狼狽えていた。
「えっ……そ、そうか。そりゃ大変だな」
「いや、全然大変じゃないよ」
事もなげに答えた只野を見て、木杉の怒りの炎が再び燃え上がる。次は、さらにストレートな質問をぶつけてみることにした。
「おい、友だちいなくて寂しくないか?」
「うーん、寂しいとか感じたことないな」
その表情に嘘はなさそうだった。だが、木杉は納得できなかった。そんなはずはない。寂しいと感じたことのない人間など、いてたまるか。
でなければ、自分がこれまでやってきたことが無意味になってしまう──
「只野、俺には強がらなくていいんだぞ。本当は寂しいだろ?」
なおも問い詰めたところ、意外な答えが返ってきた。
「実はさ、やることが多すぎて、寂しいとか思う時間ないんだよ」
「やること多すぎ? 他に何やってんだよ?」
「例えば、こないだの休みの日はカラオケボックスに三度行ったよ」
木杉の頭は混乱した。カラオケに日に三度……さすがの木杉も、それはしたことがない。
「カラオケに三度? 一日でか?」
「うん」
「当然、ひとりなんだよな?」
念を押すように尋ねたところ、これまた当然のような表情で只野は答える。
「そう」
「じゃあ、ひとりでずっと歌い続けていたのか?」
「いや、ひとりで部屋にこもってさ、隣からランダムに聞こえてくる客の歌声に合わせて踊り狂うんだよ」
予想の遥か斜め上を行く答えが返ってきた。木杉は絶句し、顔面が硬直してしまう。想定もしていなかった事態に、一瞬ではあるが脳がエラーを起こしたのだ。
少しの間を置き、再び尋ねてみる。
「教えてくれ。それの何が楽しいんだ?」
これは嫌味でも何でもなく、心からの問いかけであった。その行為の何が楽しいのか。なぜ、そんなことで友だちのいない寂しさを消し去れるのか。
「何が楽しいって、楽しいから楽しいとしか言いようがないよ」
対する只野は、ニコニコしながら答えた。一点の曇りもない瞳で、こちらを見ている。
木杉は、呆然とした表情で只野を凝視していた。ややあって、その口から言葉が絞り出される
「お前がバカなのか、理解できない俺がバカなのか……何だか、わからなくなってきた」
それだけ言うと、打ちひしがれた様子で去って行った。
横で両者のやり取りを聞いていた芳賀は、そっと呟く。
「理屈じゃないんだよ。只野くんを頭で理解しようなんてしちゃ駄目」
その週の日曜日、木杉は少し離れた駅に降り立っていた。パーカーを着てフードを被り、マスクを付けている。
まるで不審者のごとき格好だが、彼には彼なりの理由があるのであった。そのまま少し歩き、目についたカラオケボックスに入る。
実のところ、木杉はひとりカラオケなどしたことがなかった。カラオケボックスにひとりで入るのも初めてである。
ましてや、今からするのはひとりカラオケなどというものではない。彼の宿敵・只野のやっていたことを真似するためなのだ。
(ひとりで部屋にこもってさ、隣からランダムに聞こえてくる客の歌声に合わせて踊り狂うんだよ)
そんな恐ろしいことを、木杉は今からやろうとしているのだ。さすがに足が震える。胸もドキドキし、舌がもつれる。受付では、思わず声が裏返ってしまった。
それでも、木杉はひとりで部屋に入って来たのだ。
「大丈夫だ。俺を誰だと思っている。地元じゃ負けなしの木杉英利だ。あんな奴にできて、俺にできないことがあるはずがない」
木杉は、己に言い聞かせた。
そう、木杉は学業優秀でスポーツ万能、かつ容姿端麗な超イケメン優等生である。おまけに、喧嘩も強くヤンキーからも恐れられていたのだ。
地元民からすれば、木杉はスターのような存在である。只野ごときに、負けるわけにはいかないのだ。
だが数分後、木杉は傷つき打ちのめされた表情でソファーに沈んでいた。
周りからは、楽しそうな歌声が聴こえてくる。時おり、煽る掛け声までもが響き渡る。
しかし、木杉には無理であった。踊ろうにも、手足が動かない。恥の意識が邪魔をして、どうしても踊り出すことができなかった。
実のところ、木杉はダンスもそこそここなせるはずだった。しかし、ここでは無理だ。
「クソ、俺にはできない」
呟いた時だった。彼の脳内に、只野の姿が浮かび上がる。
脳内の只野は、軽やかな動きでダンスをしていた。時おり、挑発的な目線を送ってくる。
(あれえ? 木杉くんはエリートなんだよね? なのに、こんなこともできないのかな?)
そう言って、高らかに笑う只野。すると、木杉の体がワナワナ震え出した。
「ちくしょう! 負けんぞ! 俺は絶対に負けん!」
怒鳴り、勢いよく立ち上がる。その時だった。
「失礼します……あ」
ドアを開け、入って来たのは若い女性店員であった。今まさに踊らんとしていた木杉と目が合う。
「飲み物お持ちしました……」
硬直している木杉に言うと、店員はそそくさと去って行った。
一方、木杉はまたしても打ちのめされた表情で座り込む。
その口から、声が出た。
「駄目だ、俺にはできない。なあ只野、楽しむにも才能が必要なのか? 俺には、その才能がないのか?」




