期末テストの日
いよいよ、期末テストが始まった。
一年D組の教室では、皆おとなしくテストを受けている。だが、それは表面的なものだった。生徒たちは、何とも言えないような表情で答案用紙に答えを記入していた。
木杉は、じっと問題用紙を見つめた。
七割以上の問題は、見ただけで正解がわかった。後は、それを書き込むだけ……単なる単純作業でしかない。こんなもので、いったい何を測れるというのだろうか。
やがて、木杉はペンを手にした。半ば惰性で、答えを記入していく。
俺は、何をしているのだろう──
そんな思いが頭に浮かんだ。
ほんの三ヶ月前なら、考えもしなかった。テストでいい点を取り、他人を蹴落として上昇していく。自分のいるステージを、一段ずつ上げていく……そのことに、疑問を持ったことすらなかった。
だが、今は違う。
木杉は、つい先日の出来事を思い出していた。学園がテロリストに占領されるという、漫画のような事態に襲われた。そこで、頼りになったのは誰だったろうか。
無論、考えるまでもなかった。
木杉は顔を上げ、試験担当の教師を見てみた。数学教師の綾部が、偉そうな態度で生徒たちひとりひとりを見て回っている。
こいつは、あの時何をしているのだろう。
あの時、とはテロリスト占領事件のことだ。テロリストに対しても、こんな偉そうな態度を取っていたのだろうか。
いや、それはありえない。おそらく、ぶるぶる震えていたのだろう……木杉は、思わず笑ってしまった。
と、そこで綾部と目が合ってしまった。途端に、綾部の目が吊り上がる。
「木杉ぃ! 何を笑ってるんだ!」
叫んだ直後、つかつかと歩いてきた。木杉に顔を近づけ、歯を剥き出しにして睨みつける。
「貴様ぁ、今笑っていたなあ。今は何の時間だ? 言ってみろ、さあ! さあ!」
「はい、期末テストの時間です」
涼しい表情で答えた木杉。その態度が、綾部の怒りの炎に油を注ぐこととなってしまった。
「そうだよなあ、期末テストだよな。その期末テストの時間に笑うとは、ずいぶんと余裕だな。そんなにウチのテストは簡単なのか? なあ? なあ?」
「さあ、どうでしょうねえ」
「なんだその態度はぁ! 貴様、先生をナメてんのか!? バカにしてんのか!? なあ!? なあ!?」
すると、木杉はフゥと溜息を吐いた。
「前から思ってたんですけど、先生は毎回なあなあうるさいですよ。猫ですか? あ、でも猫なら可愛いから許せますけど、先生は可愛げが欠片ほどもないですからねえ」
「は、はあぁぁ! 何だとぉ! 貴様、教師に向かい──」
その瞬間、木杉の手が伸びる。綾部の口を塞いだ。
「その前に、ひとつお聞きしたいのですよ。先日、学園がテロリストに占領された時、あなたは何をしていたのですか?」
木杉の口から質問の言葉が飛び出した直後、その手は離れる。これで、答えられるようにはなった。
だが、綾部の答えは──
「それは、その、あの……」
しどろもどろになっている。だが、綾部も一応はエリート校の教師である。すぐさま体勢を立て直した。
「決まっているだろうが! 我々教師は、テロリストとギリギリまで交渉していたんだ!」
「ほう、交渉ですか。どんな交渉ですか?」
「そ、それは……生徒たちだけは解放してくれと言っていたんだ!」
「そうですか。では、その教師たちの中に玉川先生や学園長先生もいたのですか?」
「えっ? あ、ああ、そうだよ! 教師たちは皆一丸となり、テロリストと交渉したんだ!」
その瞬間、木杉はクスリと笑った。
「それは嘘ですね。玉川先生は、教室でずっと気絶していましたよ。このクラスにいる全員が、その情けない姿を見ています。先生、あなたは嘘を吐くんですね」
途端に、綾部の顔が歪んだ。体はプルプル震え出し、木杉を睨みつける。だが、何も言葉が出てこない。
一方、木杉は余裕の表情であった。
「さて、説教はこのくらいにしてもらえませんか。今はテストの時間ですからね」
そう言うと、木杉は答案用紙に答えを記入していく。
綾部は、そこでようやく気を取り直した。
「き、木杉! お前、後で始末書を書け! わかったな!」
怒鳴る声を無視し、木杉はペンを動かしていく。と、そこで新たな疑問が浮かぶ。
そういえば、只野は大丈夫なのか?
気になって、そっと只野の方を見てみた。
只野は、面倒くさそうな表情で机の上を睨んでいる。ペンを動かす素振りはない。
木杉の予測が正しければ、一年D組で最低点を取るのは只野だ。そして、期末テストで最低点を取った者にはペナルティが待っている。A組で最低点を取った者はB組に、B組で最低点を取った者はC組に、C組で最低点を取った者はD組に……と、クラスのランクを落とされる。
そしてD組で最低点を取った者は、セント・エルモ学園を強制的に退学させられるのだ。
只野、お前は退学するのか?
木杉は、心の中でそっと問いかけた。
もし、只野が退学処分になった場合、自分はどうすればいいのだろう。
テストが終わると、木杉は真っ直ぐ只野の席に向かった。
「おい只野、テストはどうだった?」
真剣な表情で聞かれた只野は、困惑しつつも答える。
「う、うん、半分くらいはできたかな」
「わかってると思うが……このD組で、期末テストで最低点を取ったら強制退学だぞ」
「えっ、そういやそうだったね。忘れてたよ」
「忘れてたのかよ!」
思わず大きな声でツッコむ木杉。すると、隣の席の芳賀が思いつめた表情で話に入ってくる。
「只野くん、やめちゃうの?」
「う、うん……まあ、D組で最下位だったら、退学にさせられるみたいだからね。仕方ないよ」
のんびりとした口調の只野に対し、芳賀はいきなり紙切れを手渡す。
「だったら、これ受け取って! 私の携帯電話の番号だから! メアドも書いてあるよ!」
おお、芳賀は意外と積極的だ……などと圧倒される木杉だったが、そうなると同じ只野ウォッチャーとしては負けてはいられない。
「おい只野、お前の携帯の番号教えろ」
「えっ、なんで?」
真顔で聞いてきた只野に、さすがの木杉も思わず襟首をつかむ。
「決まってるだろうが! お前と連絡を取りたいからだよ! 恥ずかしいから言わせんなバカ!」
「えっ、そうなの。そりゃ嬉しいな。あ、でも僕は携帯電話を持ってないんだよ」
「なんだとぉ! それで、友達とどうやって連絡取るんだ!」
「いや、僕友達いないから」
「う……そ、そういや前にそんなこと言ってたな。あ、でも両親はどうなんだよ!? 両親とは、どうやって連絡取ってるんだ?」
「ウチの親、電波が嫌いなんだよ。だから、電話そのものをほとんど使わないんだよね」
只野は、真顔でそう答えた。さすが、只野の両親……と感心してしまったが、すぐに我に返る。
「だ、だったらすぐに携帯電話の契約しに行こう!」
「いやあ、なんか嫌なんだよね。あれ、書類いっぱい書かないといけないじゃない。僕、書類いっぱい書くとジンマシンができるんだよ」
「そんな訳わからん奇病があるか! ほら、行くぞ!」
木杉が無理やり只野を引っ張って行こうとした時、話の輪に入ってきたのは星川だ。実のところ、彼もすぐ近くで会話を聞いていたのである。
「だったらさ、俺の使ってない携帯電話やるよ。良かったら使ってくれ」
「えっ、いいの?」
驚く只野に、星川はすました表情で頷く。
「ああ、構わないよ。その代わり、俺にも連絡よこせよ」
「さすが、星川コンツェルンの御曹司」
そう言って笑った木杉だったが、実のところホッと胸を撫で下ろしていた。これで、只野が退学になっても問題ない。いつでも会えるのだ。
そして、いよいよ学年集会の日が訪れた。大方の予想通り、期末テストでは只野が最低点を取ってしまったのである。




