大ハード(6)
木杉らが飛び込んだ先は、彼らが想像もしていなかった状態であった。
高そうな絨毯の敷かれた床には、メガネをかけた小太りの中年男と、桜小路力也とが縛られて転がされている。
部屋の中央にあるソファーには、ひとりの男が腰掛けていた。チェ・ゲバラのパチモノのような風貌で、軍服を着ており右手には拳銃を握っている。さらに、ソファーの後ろには自動小銃を構えた軍服の男たちが数人立っている。
その銃口は、木杉たちに向けられていた。こうなると、少年たちも動きを止めるしかない。
「私もね、ここまで計算外の事態が続出するとは思わなかったよ」
ゲバラ風の男は、淡々とした口調で語り出す。その声を聞き、ようやく少年たちは気づいた。
さっきまでは目出し帽を被っていたためわからなかったが、この男が北村だ──
「暴走族、ヤクザ、怪盗、そしてUMA。我々が計画に着手した直後、こんな異分子がタイミングを図っていたかのように、同時に妨害しにくる……この確率は何パーセントだと思う? おそらくは、宝くじの一等に十回連続して当選するのと同じくらいの確率ではないのかな」
そこで、北村の表情が変わる。
「つまりは、ゼロと言っていい確率なんだよ! どこの世界に、宝くじ一等に十回連続当選することを想定し生活設計をする者がいる? いないだろうが! 私も同じことだ! 事実、この学園の占領計画は、これ以上ないくらい上手く進んでいた!」
北村は言葉を止め、ジロリと只野を睨みつける。
「只野聖斗……お前だ。お前が、私の計画をめちゃくちゃにしてくれた」
「えっ? 僕がですか? 僕、何もしてないですよ。まあ、爆弾はいっぱい回収しましたけど……」
真顔でそんなことを言う只野に、北村はギリリと奥歯を噛みしめる。
一方、木杉はこんな状況にもかかわらず北村に微かな憐れみを覚えていた。自分もまた、最初のうちは只野にこんな思いを抱いていたのだ。
「お前だ。お前だよ。お前なんだ……全ての元凶はぁ! お前だけは殺す! 私の手で殺す!」
喚いた直後、北村は立ち上がり銃口を只野に向けた。
だが、そこで木杉が叫ぶ。
「バカな真似はよせ! もうじき、ここは警察に包囲される。捕まりたくないなら、さっさと逃げた方がいいだろうが!」
「捕まる? 笑わせるな。既に、我々のヘリコプターがこちらに向かっている。今回は、この桜小路くんと学園長を人質としていただいていく……それで、良しとしておくよ。だが只野、お前だけは許さん!」
吠えた直後、北村は拳銃を撃った──
轟く銃声、そして立ちこめる硝煙の匂い。確かに、銃弾は只野めがけ発射されたはずだった。
しかし、只野の前にはひとりの男が立っている。着物姿に長髪の若者で、何かを握りしめているかのように、握りこぶしを突き出していた。
皆が唖然となる中、その男は口を開く。
「己の強さのみを求め鍛えているうちは、その者はまだまだ三流……しかし、本当に愛する者と出会い、その人を守りたいと心の底から願いし時、男は本物の強さを手に入れるのだ」
何を言っているのだろう。誰ひとり訳がわからない……はずだった。しかし、そこでツッコんだのは、やはり只野であった。
「あ、王牙剣之助さん。どうしたんですか?」
間延びした声で尋ねる。そう、この男は王牙剣之助……忍者・王牙一族の若き頭領である。かつて、重要な巻物を只野に汚されたため、怒髪天を突く勢いで教室に乱入してきた男だ。
対する剣之助は、ニヤリと笑い手を広げる。すると、弾丸が落ちた。この忍者は、飛んできた銃弾を素手で掴み取ってしまったのだ──
「只野、今日はお前に報告がある。さあ、桜子さん」
剣之助がベランダの方を向いて言った。つられて、皆もそちらを向く。
そこには、着物姿の女性が立っていた。年齢は剣之助と同じくらい、長い黒髪は艶があり、肌は白く顔立ちは美しく整っている。
その女性は、クスリと笑った。
「お久しぶりね、只野くん」
「おやおや、風魔桜子さんまで一緒とは……さては、ノロケを聞かせに来たのですね?」
この状況で、なんつーことを言い出すんだ! と木杉がツッコもうとした時、剣之助が顔を真っ赤にしながら答える。
「じ、実はそうなのだ。私と桜子さんは、夫婦となる契りを交わした。祝言の日は、是非ともお前に出席してもらいたい……それを言いにきたら、この有様だ」
そこで、剣之助は桜子を見つめる。
「さあ、最後の仕上げといきましょう。これが、我々最初の共同作業ですね」
「ええ」
そんな訳のわからないことを言った直後、ふたりの表情が一変した。
「ふたりのこの手が真っ赤に燃える!」
さらに剣之助が吠える──
「幸せつかめと!」
「轟き叫ぶ!」
応えたのは桜子だ。
次の瞬間、ふたりは一迅の風となる。可憐かつ凶暴な風が、室内を吹き荒れた。その間、僅か一秒ほど。
木杉らが何も言えぬうちに、テロリストたちは全員が全裸にされ縛られてしまった……。
一方、剣之助と桜子は互いを熱い目で見つめ合っている。
「さすがですね、剣之助さん」
「いや、あなたも大したものですよ。さすが風魔一族の頭領だ」
「剣之助さん……」
「桜子さん……」
このまま放っておくと、ふたりの石すらも破壊するラブラブな昇天拳を見せられそうな気がしたので、木杉が横から口を挟む。
「すみません。この後、いろいろありますので……」
ためらいがちに言うと、ふたりは慌ててパッと離れた。
「そ、そうか! では只野、式の日取りは追って知らせるからな!」
「絶対に出てよ! あと、御祝儀も忘れないでね!」
そんなことを言ったかと思うと、剣之助と桜子は姿を消してしまった。
後に残されたのは、手足を縛られ転がされている桜小路力也と学園長、そして全裸で気絶させられた挙句に軍服で手足を縛られているテロリストたちだ。
「こいつらも、ちょっとだけ可哀想だよな」
テロリストを見下ろし、星川が呟いた。と、幸田が睨みつける。
「おい、こいつらのどこが可哀想なんだ?」
「だってさ、こいつらも完璧な計画立ててたんだぜ。そして、一度は成功しかけたんだよ。けど失敗した。誰が予想するよ? あんな暴走族やヤクザや怪盗や猫やハムスターが乱入してくるなんてさ。そして最後は忍者だぜ。誰も予測できないよ」
「そ。それもそうだな……」
さすがの幸田も、その意見には納得せざるを得なかった。と、そこで宮本が口を開く。
「いや、こいつらの計画は完璧じゃなかった。大きな穴があったんだよ。只野という男の存在を知らなかった……それこそが、最大の穴だったってわけ」
彼らがそんな話をしている横で、桜小路と学園長はウンウン唸っている。早く縄をほどけ、と言っているのだろうが、誰も聞いていない。
そんな中、木杉は只野の肩をポンと叩いた。
「なあ只野、サプライズニンジャ理論って知ってるか?」
「サプライズニンジャ理論? いや、知らない」
「どっかの脚本家の言葉らしいんだが、シナリオ中に突然ニンジャが現れて大立ち回りを演じた方がもっと面白くなってしまうようなシーンは考え直した方がいい……というものだ。まあ、ひとつの極論なんだろうけど」
「へえ、そんな言葉があるんだ。知らなかったよ。木杉くん凄いね」
「いや、凄いって誰が誰に言ってんだ。天災レベルの天才であるお前に言われたくねえよ。でな、今回の件だが……完全にサプライズニンジャ理論だったな。最後のおいしいところ、全部あの忍者バカップルが持っていきやがった」
その後、事件は穏便に解決した。学園のOBやら星川コンツェルンやら桜小路財閥やらがあちこちに手を回し、大事になるのを防いだのだという。
そして……日にちはややズレたものの、学期末テストが始まった。




