大ハード(5)
木杉らは、そっと廊下に出てみた。
只野の姿はない。どうやら、猫たちと共に校内に仕掛けられた爆弾を解除しにいったらしい。
「とりあえず、隣のクラスを見てみるか」
木杉が言うと、皆は頷いた。
上からは、相変わらず罵声と銃声とが聞こえてくる。おそらく、東亜組の鎌田だろう。今、学園内ではテロリストとヤクザと怪盗とUMAが戦っている……という恐ろしい状況なのだ。
さらに今は、只野が猫の群れを率いて、爆弾を探し駆け回っている。あまりにもカオスな世界だ。
そんな中、四人は隣の一年C組へと到着した。あまりにも静かである。人の気配はあるが、テロリストたちの立てる音が全く聞こえてこない。
木杉が、そっと覗いてみる。途端に顔をしかめた。
一年C組の生徒たちは、全員が教室の隅に集められていた。口にダクトテープを貼り付けられ、体育座りの姿勢にさせられている。どうやら、何らかの手段で動けなくされているらしい。
そして、テロリストたちの姿は見えない。
「お前ら! 大丈夫か!?」
まず木杉が教室に入っていく。よく見れば、生徒たちは手首と足首に結束バンドを巻かれている。しかも、右手首と左足首に巻かれていた。ひとつの結束バンドで、ひとりの人間の動きを封じることができる……やはり、相手はプロのテロリストなのだ。
とりあえず、手近にいた男子生徒のダクトテープを剥がした。と、生徒は涙目で叫ぶ。
「き、木杉!? 早くほどいてくれ!」
その生徒の顔をよくよく見れば、以前D組に乱入し「それにしても、この教室はひどいな。机も椅子も、戦前から使ってたんじゃねえか? ボロすぎるぜ」などと言っていた上山だ。
それが、今では木杉に泣きついている。
「とりあえず、この階にテロリストはいない。あとな、ほどいてやりたいけど、結束バンドだからどうにもできないんだよ。だから、しばらくこのままでいてくれ」
冷たい口調で言うと、木杉は立ち上がった。途端に、上山は涙目ですがりつく。
「た、頼む! 置いていかないでくれ!」
「だから、俺じゃほどけないって言ってるだろ」
そんなやり取りの横で、星川の目はあるものを捉えていた。
突然、教室に入ってきたもの……それはハムスターであった。それも一匹ではない。大人(?)のハムスターが二匹、それに小さなハムスターが二匹。
そのハムスターには、見覚えがあった。いつも星川の前に現れ、彼をおちょくってくれた奴ではないか。
「お前ら……子供ができたのか」
感激し、呟いた星川。一方、ハムスターたちは星川の足にちょんと触れた。彼らなりの挨拶であろうか。
直後、生徒たちの方に進んでいった。結束バンドを、その鋭い前歯で次々と切り裂いていく。
「う、うわ……このハムスター、星川が飼ってるのか?」
聞いてきたC組の生徒に、星川は笑顔で首を横に振る。
「いや、飼ってるわけじゃない。むしろ、ライバルみたいなもんさ」
そんなことを言っている間にも、ハムスターたちは次々と結束バンドを切っていく。
そこで、木杉は皆を見回した。
「じゃあ、自由になった奴から逃げろ。校門は今ゴチャゴチャしているから、校庭から逃げた方がいい」
「お、お前らはどうするんだ?」
生徒のひとりが尋ねたが、木杉は笑って答える。
「ウチのクラスの只野が、今あちこち駆け回ってるんだよ。俺はあいつのファンだからな、見捨ててひとり逃げるわけにもいかないんだ」
「そ、そうか。じゃあ、頑張れよ」
そう言うと、生徒たちは窓から出ていった。
後に残されたのは、木杉たちとハムスターの家族だ。星川は、そのハムスターたちと真顔で話している。
「なあ、他のクラスの連中も自由にしてやってくれよ」
星川が言うと、ハムスターはキキッと声をあげた。直後、B組へと走っていく。
木杉らも廊下に出たが、途端に只野と鉢合わせした。見れば、粘土の塊のようなものを大量に抱えている。
「おい只野、まさかそれって……」
木杉が顔を歪めつつ聞くと、只野は楽しそうに答える。
「うん、爆弾だよ。僕、頑張っちゃったよ。頑張れ爆弾、頑張れ爆弾ってね。さて、残りの爆弾も回収しないとさ」
「いや、頑張れ爆弾ってなんだよ! 訳わかんねーこと言うな! つーか、危ねえだろうが! 爆弾なんか持ち歩くな!」
木杉に怒鳴られ、只野はペコペコ頭を下げる。
「あ、そ、そうだよね。ごめん。じゃあさあ、とりあえずトイレに流そうか?」
「流すんじゃねえ! とりあえずは……誰も来ない場所に置いとけ!」
「うん、わかったよ」
そんなことを言い合っていた時、いきなり廊下にひとりの生徒が出てきた。見れば、一年A組の生徒だ。
生徒は、木杉らを見るなり走ってくる。
「お、おい! お前ら大変だぞ! ウチのクラスの桜小路が連れて行かれた!」
「サクラコウジ? 誰それ?」
真顔でそんなことを言った只野の頭を、木杉は反射的に叩いていた。
「こないだウチのクラスに来て、お前と揉めて暴れていった奴だ! 覚えとらんのか!? お前確か、手にあいつの名前を書いてたろうが!」
木杉の凄まじいツッコミの嵐を受け、只野はどうにか思い出した。
「あ、思い出したよ。いきなり来て、ひとりで怒ってた人だね。あの人、さらわれちゃったのか……それは一大事だ」
「で、桜小路はどこにいる!?」
木杉の問いに、A組の生徒は首を横に振った。
「わからない。とにかく、あいつと他に何人か連れていくとか言ってたよ」
「じゃあ、下手すりゃ俺もさらわれてたのかよ……」
呆然とした表情で言ったのは星川だ。そう、彼もまた星川コンツェルンの跡取りである。さらわれていてもおかしくなかっただろう。
「奴らは、まず学園を占領し、そこから秘密裏に金持ちの親と取引するつもりだったんだ。ところが、只野のお友達が次々と現れたため、取引どころか学園の占領すらできなくなった。こうなった以上、奴らは一番金になりそうな桜小路を連れてヘリコプターで高飛びし、後で改めて取引する魂胆だろう」
冷静に状況を解説する木杉。と、そこで宮本が口を開く。
「だったらさ、あいつら今は学園長の部屋にいるんじゃない?」
「えっ、なんでわかるんだ?」
尋ねた幸田に、宮本はニヤリと笑った。
「あたしさ、一度学園長の部屋に忍びこんだことがあるんだよ。あそこ、クソデカいバルコニーがあったんだ。あそこから、ヘリコプターで逃げるつもりだよ」
「そうだな。屋上はジャイアント・ホースとセイトカイチョウが暴れてるから、ヘリコプターを呼べない。間違いなく学園長の部屋だ」
そう言うと、木杉は駆け出した。他の者たちも、慌てて後を追う。
一方、ハムスターたちは律儀にあちこちのクラスを回り、生徒たちを縛る結束バンドを切り裂いていった。
「やけに静かだな」
木杉が呟いた。
彼らは、学園長の部屋の前まで来ていた。無論、一般の生徒がここに来ることは許されない。三年A組の生徒だけが、ここに来ることを許可されるのだ。
扉もまた、趣味の悪い形であった。B級映画に出てくるバカな悪役が、とりあえず思いつくままデザインしてみた……そんな印象を受ける。
「これが学園長の部屋なのか? なんか俺、生徒であることが恥ずかしくなってきたぜ」
幸田の呟きに、皆は思わず頷いていた。その時、中から声が聞こえてくる──
「そこに来ているのだろう! さあ、遠慮せず入ってきたまえ! でないと、中にいる者の指を一本ずつへし折っていくよ!」
それは、明らかに木杉らに向けられたものだった。
「ど、どうする?」
不安そうに尋ねた星川に、木杉は顔をしかめ答える。
「仕方ねえ。行くしかねえだろ。大丈夫、俺たちには只野がついている!」
訳のわからんことを叫んだかと思うと、木杉はドアを開けた。




