大ハード(3)
学園内は、混沌とした状態になっていた。
現在、セント・エルモ学園は『白い牙』なるテロ集団に占拠されている。しかし、一年D組の教室には暴走族『一州連合』のふたりがいる。バイクに乗り、窓を突き破り入って来たのだ。
さらに今は、外に『東亜組』の若頭・鎌田が来ている。しかも、とんでもないことを叫んでいるのだ。
「コラァ! 聞いてんのか只野! ウチの組長のベンツにデカデカと『ヤンキー少女まどか☆マジっスか!?』なんか描きやがって! どうしてくれんじゃあ!」
外から聞こえてくる声に、木杉は頭を抱えつつ尋ねる。
「なあ只野、お前そんなことしたのか?」
「ああ……そういえば、したような気がするね。なんか、ベンツが寂しそうだったからさ、つい描いちゃったんだよ」
「そうか、つい描いちゃったのか」
木杉には、そうとしか言えなかった。一方、暴走族のふたりは唖然となっている。
「只野、お前ヤクザの組長のベンツを痛車にしちまったのかよ……」
「マジ気合い入ってんな。俺はお前を尊敬するよ」
真顔でそんなことを言い出すふたりに、木杉は笑うしかなかった。
今、この学園はテロリストに占拠されている。本来、ぶるぶる震えながら成り行きを見ていなければならない状況のはずだった。
にもかかわらず、今の学園を駆け巡っているのは只野のやらかしたニュースだ。テロリストなど、二の次三の次である。
そして外からは、鎌田の吠える声が拡声器に乗って聞こえてくる。
「おい只野! ウチの組長はなぁ、あれを描かれて以来、『ヤンキー少女まどか☆マジっスか!?』の大ファンになっちまったんじゃあ! これというのも……只野! てめえのせいじゃあ! どうケジメつけるんじゃあ! 何とか言え!」
「お、おい只野、鎌田が何とか言えって叫んでるぞ。あれはちょっと可哀想だと思う」
幸田が、そっと声をかけた。すると、只野は不思議そうな顔になる。
「えっ、なんで?」
「だってよお、ヤクザの組長が美少女アニメにハマったんだぜ。やっぱ気の毒だろ」
「いや、だからなんでヤクザの組長が美少女アニメにハマっちゃいけないの? もしかして、そんな法律あった?」
真顔で聞いてくる只野。それは嫌味でも何でもなく、心の底から疑問に思ったことを尋ねている……そんな様子であった。
すると、幸田はハッとなった。
俺、何やってんだ?
ヤクザが美少女アニメ観るのも、俺みたいなゴツいのが切ない恋心の詞を書くのも同じじゃねえか。
何がいけないんだよ?
そんな思いが浮かんできた時、階段を降りてくる足音が聞こえてきた。おそらく、新たなテロリストが派遣されたのだ。
すると、暴走族のふたりが顔色を変える。
「テロリストめ、来やがったな!」
「上等じゃねえか! 一州連合が、テロリストにビビったとあっちゃあ名折れだ!」
なぜか、俄然やる気になってしまったリーゼントとパンチパーマ。廊下に出ると、積んであった机や椅子を片っ端から投げつける。
さすがのテロリストも、こんな攻撃は予想もしていなかったのだろう。パッと横道に隠れる。
その時、外からは鎌田の声が聞こえてきた。
「コラァ只野! ウチの組長がどうなったか教えてやる! 組長はなぁ、『ヤンキー少女まどか☆マジっスか!?』にどハマリした挙句、俺はアキバの店にDVDボックスを買いに行かされたんじゃあ! 店頭で買うと、いっぱい特典が付いてるからって、俺はわざわざ店に行って買ったんじゃあ! このケジメ、どう取るんじゃ!」
外で吠える鎌田。拡声器を持ち叫ぶ様はどこかの政治結社のようであるが、言っていることは「組長が美少女アニメにハマってしまった話」である。全く様にならない。
しかも学園内では、たまりかねたテロリストが廊下にて銃をぶっ放したのだ。
「うおお! あいつら撃ってきたぞ!」
「マジかよ! 銃で撃たれたの初めてだぜ!」
暴走族ふたりは、慌てて教室に避難する。だが、恐怖よりも興奮が勝っているらしい。
さらに、その銃声は別な者まで招き入れてしまう。
「おい! なんじゃ今のは! 銃声じゃな! 中でドンパチやっとるんか! ガキのくせに学校でドンパチとは許せん! 東亜組の若頭・鎌田のおじさんが説教したる!」
喚く声が聞こえたかと思うと、とんでもない音が響き渡る。どうやら、車で突進してきたらしい。
たちまち、銃の撃ち合いが始まった──
「おいおい、どうなってんだよ……」
木杉は、唖然とした表情で呟いた。
ほんの二十分くらい前までは、この学園はテロリストに占領されていた。ところが今では、テロリストと暴走族とヤクザが戦争をおっ始めている。
いや、正確にはテロリストと只野の代理戦争なのかもしれない。
「どうする? 校庭から出られそうだけど?」
星川が言ったが、宮本が首を横に振る。
「それマズいよ。屋上にもテロリストいるからね。校庭に出たら撃たれるよ」
宮本の言う通りだった。いつの間にか、屋上にもテロリストがいる。銃を構え、あちこちに睨みを利かせていた。
おそらく、一州連合のふたりが入ってきたためだろう。
「仕方ない。とりあえずは東亜組に任せよう。さすがに、こんな騒ぎになれば警察も気づくだろう」
木杉が言った時だった。今度は、奇怪な鳴き声が聞こえてきた──
「カイチョオー! カイチョオー!」
あの声は間違いない。いつも、只野のテントの周囲を徘徊している怪鳥だ。図鑑にもネットにも載っていない新種の鳥なのだが、なぜか只野に懐いているのだ。
そんな怪鳥が、今は学園の上空を悠々と飛び回っていた。屋上のテロリストたちも、さすがに反応に困っている。どうしたものかと、無線で指示を仰いでいるのだ。
「おい、あれ只野のペットなんだよな……こんな時でも出てくるんだな」
星川が唖然とした表情で言ったが、その間にも刻々と状況は動いていた。外では、テロリストと東亜組が派手な撃ち合いを始めたのだ。空では、飛び回る怪鳥を相手にテロリストたちが右往左往している。
だが、それだけでは終わらなかった。只野の発する混沌の嵐は、まだ始まったばかりだったのだ
──
突然、二階から何者かが落ちてくる。見れば、迷彩服のテロリストだ。
続いて、上から降り立った者がいる。タキシードにシルクハット、二メートルを超える巨体……全く見覚えのない大男が立っている。
こいつ誰だ? という空気に支配された一年D組の教室。だが、木杉だけは気づいた。この少年、一度会った人の顔と名前は忘れないのだ。
「ああ!? お前怪盗ジャイアント・ホースか!?」
そう、かつて教室内に現れた怪盗ジャイアント・ホースであった。あの時は只野に向かい「君の授業時間を盗んでやったぞ」などと、バカなことを言って去っていったのだ。
「いかにも、私は怪盗ジャイアント・ホースである! 暇だったので、今日も遊びに来たんだが……どうも忙しいようだね。なので、失礼するよ」
ジャイアント・ホースは、爽やかな表情で語った。だが、木杉は首を横に振る。
「ちょっと待て。なんだか知らんが、暇なら手伝ってくれよ。テロリストを追っ払ってくれ」
「えっ、私が? いやあ、私は怪盗だからなあ。血を見るような行動はタブー、戦うのはちょっと……」
言った途端、発砲音が聞こえてきた。どうやら、屋上のテロリストが彼に向かい撃ったらしい。
途端に、ジャイアント・ホースの表情が変わる。
「今、私に発砲したな。テロリストごときが、この怪盗ジャイアント・ホースに発砲したというのか!? 許さんぞ!」
叫んだかと思うと、ジャイアント・ホースは壁をよじ登り、あっという間に屋上へと到達する。
たちまち、屋上のテロリストたちを倒していった──




