大ハード(2)
一年D組の教室内には、異様な空気が漂っていた。
テロリストに占拠されてしまったセント・エルモ学園。
教員や警備員らも囚われており、外部との連絡手段も完全に断たれていた。後は、テロリストと生徒たちの両親の交渉が始まる……はずだった。
ところが今、校庭には暴走族の一州連合が来ている。只野に対し、何やら怒鳴っているのだ。
その内容というのが、また意味不明なものだった。
「つまり、彼らは君が総長のバイクを改造したことに腹を立てているのだね?」
テロリストの北村は、できるだけ穏やかに聞いた。顔の表情は目出し帽を被っているためわからないが、怒りを堪えているのは間違いない。
そして、只野の方はいつもと変わらぬ態度だ。
「そうみたいですね。でも総長は喜んでましたよ。サイドカーに愛犬のポチを乗せて、ユニコーンバイクで走ってました。あと、ギャルとも普通に写真撮ってましたよ。なんか地元じゃ、総長のファンクラブまでできたみたいです」
横で聞いている木杉は、思わず笑みを浮かべる。ユニコーンヘッド付きのサイドカーに愛犬を乗せ、走り回る総長……一度は見てみたい。
だが、北村はそうは思わなかったらしい。
「そうか。ただ、彼らの存在が我々にとって邪魔なのはわかるね?」
「えっ、そうなんですか?」
真顔で聞き返した只野に、北村の動きが止まった。危険な空気が流れる。さすがの木杉も、只野ヤバいぞ……という念を送ってしまったほどだ。
少しの間を置き、北村は再び語り出す。
「君に説明している暇はない。とにかく、彼らを今すぐ帰らせてくれ。余計なことを言わないで、窓から顔を出してのやり取りで終わらせろ。でないと、君のクラスメイトをひとり殺す」
言った時だった。突然、校庭からとんでもない声が聞こえてきた──
「コラァ只野! 出てこない気だな! だったら、こっちから行ってやる! 見とけオラァ!」
そんな声が聞こえてきたかと思うと、エンジン音が響き渡る。
次の瞬間、ガラスをぶち破る音がした。そう、バイクが窓から飛びこんで来たのだ。言うまでもなく、一年D組の教室内にである。
テロリストのふたりは、完全に意表を突かれた。片方の男は、バイクで跳ね飛ばされ倒れる。
北村は怯まず、自動小銃をぶっ放した。しかし、暴走族は構わずバイクで突進していく。この命知らずな振る舞いに、北村は横に飛びバイクを躱した。そのまま、机のバリケードを乗り越え廊下へと逃げていく。
一方、乱入してきた暴走族は……以前にも来たパンチパーマとリーゼントである。ふたりとも、教室内の様子に唖然となっていた。
「おい、なんじゃ今のは?」
パンチパーマの問いに、只野が答える。
「はあ、なんとかの牙とかいう人たちです」
「なんとかの牙? 知らんなあ……つーか只野! てめえ総長のバイクに何してくれてんだよ!」
迫るのはリーゼントだ。しかし只野は、不思議そうに首を傾げる。
「えっ? 総長さん凄く喜んでたんですけど、マズかったですか?」
「ふざけんじゃねえよ! 総長ばっかズルいじゃねえか! 今度、俺のバイクにミサイル発射できるよう改造しろ!」
まずパンチパーマが叫び、続いてリーゼントも怒鳴る。
「そうだ! 俺らのバイクもミサイル発射できるよう改造しろ!」
そこで、木杉が恐る恐る話に入っていった。
「あのう、つかぬことを窺いますが……あなた方はミサイルを発射して、何と戦うんですか?」
「バカ野郎! ミサイル発射といえば、男のロマンじゃねえか!」
「そうそう、男のロマンだよな! ミサイル発射ボタンを押す! ガキの頃からの夢だよ!」
そう言って、ガハハと笑うパンチパーマとリーゼント。あまりの頭の悪さに、木杉はめまいを起こしそうになりながらも、かろうじて堪えた。今は、このふたりだけが頼りだ。
「すみません。実は今、この学園は白い牙と名乗るテロリストに占拠されている状態です。携帯電話をお持ちでしたら、すぐに警察に電話してもらえませんか?」
そう言ったが、これはマズかった。テロリストなどという単語が、彼らのやる気に火をつけてしまったのだ。
「テロリストぉ!? 上等じゃねえか! やってやんぜぇ!」
「んなもん相手に引いたら、一州連合の名折れじゃ! やってやんぞオラァ!」
ふたりして言い合うと、彼らはまず只野を見る。
「おい、担任の先公はどうした?」
「センコー? ああ、死者が出るから線香を用意しろと言うんですね。わかりました。買ってきます」
答え、教室を出て行こうとする只野を止めたのは木杉であった。さっと彼の腕をつかみ、教室に戻した。と同時に口を開く、
「担任の玉川先生なら、ここに寝てます」
そう言って、気絶している玉川を指さした。すると、ふたりは顔をしかめる。
「な、なんじゃこいつは……だらしない奴じゃのう。まあ、いい。みんな、こうなりゃ俺たちだけで戦うぞ」
パンチパーマが言うと、今度はリーゼントが生徒たちの顔を見回す。
「今、この学園はテロリストに占拠されちまったらしい。テロリストに日和ってる奴いるか? いねーよなあ?」
そんな勇ましいセリフを吐いた時、教室内のスピーカーから声が聞こえてきた。
「一年D組の諸君、そして乱入してきた一州連合の面々に告ぐ。君らは、教室でおとなしくしていたまえ。今、そちらに我らが同士を送った。彼らは精鋭たちだ。いざとなれば、星川くん以外は全員殺す。わかったら、おとなしくしていたまえ」
その言葉に、星川の顔が歪む。こんな状況でも、自分だけが特別扱いなのか。
しかし、そこで彼の肩を叩いたのは幸田だった。
「星川、つまんねえこと考えるな。お前は……ん?」
幸田は、そこで異変に気づいた。遠くから、何か聞こてくるのだ。あれは、車のエンジン音ではないのか。
「おい、今度は車のエンジン音が聞こえるぞ」
幸田が言うと、木杉の顔が歪む。
「ひょっとして、奴らの増援か……いや、待てよ」
そこで、木杉は只野の方を向いた。
「おい只野、他にも何かやらかしてないだろうな?」
「やらかしてるって言うか、あっちこっちでいろいろやってるからね」
呑気な声で答えた只野に、パンチパーマとリーゼントは呆れた表情になった。
「お前、ウチ以外にもやってんのかよ……」
「とんでもねー奴だな」
その時、幸田が鋭い声を発した。
「間違いない! あれは、東亜組の鎌田の車だ!」
「な、なんでわかるんだ?」
思わず尋ねた星川に、幸田は即答する。
「俺の耳をナメるな。あの程度の音が聞き分けられねえようじゃ、作曲なんてできねえよ」
そこで、車が停まる音がした。次いで、恐ろしい罵声が響き渡る。
「オラァ只野! 出てこんかぁ! てめえ、よくもやってくれたなぁ! もう許さん! 出てこんかぁ!」
間違いなく鎌田の声だ。
生徒たちの脳裏に、ゴリラのような巨体で地団駄を踏んでいた姿が蘇る。あいつは。テロリストが相手でも間違いなく乱入してくるだろう。
「只野……確か前回は、組長の刀をコンクリートで固めて、台座に刺さった伝説の剣にしちまったんだよな。今回は何をやったんだ?」
このような状況にもかかわらず、妙に冷静な口調で聞いてきた木杉。
対する只野は、ただ首を傾げるだけだ。
「うーん、何したっけな……よく覚えてないんだよ。とにかく僕は、いろいろ忙しい身だから」
そんなことを答えた只野だったが、外からはとんでもない声が聞こえてくる。どうやら、拡声器を使っているらしい。
「おい只野! 今度という今度は許さんぞ! てめえ、よりによってウチの組長のベンツを痛車にするとは何事だ! しかも、『ヤンキー少女まどか☆マジっスか!?』の絵ををデカデカと描いてくれたなぁ! このケジメは、どうつけるんじゃあ!?」




