大ハード(1)
その日も、始まりは玉川の訓示からであった。
「いいか、一週間後には期末テストだ。そのテストで最低点を取った者は退学処分……これは、校則で決まっている。まあ、それが誰になるか既に確定しているがな」
言いながら、玉川か睨みつけたのは……言うまでもなく只野である。
しかし、只野はおとなしくしていた。目を逸らし下を向いているが、何もせず黙って玉川の話を聞いている。
その姿を見た木杉は、不安を覚えた。今日の只野は、どうも様子がおかしい。
何か、とんでもないことが起きるのではないか。
その木杉の予感は的中した。突然、何者かが教室に乱入してきたのだ。
軍服のようなものを着ており、手には自動小銃を構えた者がふたり。どちらも目出し帽を被っているため顔は見えない。ふたりとも背は高く、がっちりした体格だ。さらに、耳にはインカムを付けている。
教室の中では、またか……という空気が漂っていた。
「おいおい、勘弁してくれよ」
「どうせ、また只野だろ」
「しょうがねえなあ、あいつも」
「今度は何をやったんだよ」
そんな声がヒソヒソ聞こえる中、ひとりの男が叫ぶ。
「諸君、私は『白い牙』のメンバーである北村だ。たった今、この学園は我々の支配下に置かれた。そこで諸君らには、我々の活動への協力をしてもらうこととなった」
この言葉に、玉川が反応する。
「ま、また只野が何かやったのか!? だったら、只野を連れてさっさと出て行ってくれ!」
「只野? 悪いが、そんな者は知らんな。それより、あなた方には教室の後ろに並んでもらおう。抵抗する者は、容赦なく殺す」
その声と同時に、あちこちから銃声らしきものが聞こえてきた。どうやら、他の教室にも来ているらしい。
北村は、クスリと笑う。
「これでわかってもらえただろう。先ほども言った通り、この学園は我々に制圧された。各クラスも職員室も、全て占拠されている。おとなしく我々の指示に従えば、危害は加えない」
北村の言葉で、生徒たちは悟る。今回は、只野が原因ではないのだ。
学園は、『白い牙』と名乗るテロリストに占拠されてしまった──
皆が呆然としている中、テロリストはテキパキと動く。北村と名乗った男が小銃を構えている間に、もうひとりが机と椅子を出入り口に積み上げていった。これでは、教室から出られない。
そんな中、北村は星川へと近づいていく。
「さて、星川くん……君の星川コンツェルンは、日本でもトップクラスの企業グループだ。その跡取りとなる君の身代金は、百億でも少ないくらいだろう」
そう言うと、ニヤリと笑った。
「そ、そんなこと、俺にはわかりません……でも、俺が目的なら、他のみんなは関係ありません。逃してください」
震えながらも、星川は言った。しかし、北村は笑いながら首を横に振る。
「悪いが、それは却下だ。今、ひとりでも逃げられると厄介なことになるのでね。それにだ……」
北村は、クラスの者たちを見回した。
「ここには、資産家の両親がいる生徒が多いらしいな。その方たちにも、我々への投資をお願いしたいのだよ。我々は、君らの両親に直に交渉させてもらう」
そう言った時だった。突然、バイクのエンジン音が聞こえてきた。明らかな改造車だ。
しかも、その音はどんどん近づいてくる。
「なんだ、あの音は?」
北村が、もうひとりの男に尋ねた。すると、男は小型無線機に何やら囁く。直後に報告を受けたらしく、顔をしかめ何やら耳打ちした。
途端に、北村は舌打ちする。
「なんだと!? どういうことだ!?」
だが、生徒たちにはなんとなくわかっていた。このエンジン音の原因は……おそらく只野だ。
やがて、エンジン音は止まる。直後、校庭から声が聞こえてきた。
「オラァ只野! 今日という今日は、もう許さんぞ!」
「またやってくれたなぁ! 出てこいオラァ!」
こんな状況にもかかわらず、一年D組の生徒たちは笑いをこらえるのに必死になっていた。やはり、只野は只野である。相変わらず、外で何かをやらかしていたらしい。
それが、こんな時に現れるとは──
「オラァ只野! 一州連合が来てやったんだぞ!」
「そうだ! お前にケジメ取らせるため、わざわざ来てやったんだぞ! 出てこい只野!」
一州連合といえば、生徒たちが入って間もない頃に現れた暴走族ではないか。あの時は、確か只野が総長のバイクにサイドカーを付けたなどと言っていたが……今回は何なのだろうか。
一方、北村は唖然となっている。
「おい、何なんだあいつらは? ここに何しに来たんだ?」
「どうします? 銃で追い払いますか?」
もうひとりの男が尋ねたが、北村は首を横に振った。
「バカ言うな。そんなことしたら、かえって面倒なことになる。こうなったら、徹底的に無視しろ。どうせ、学園内までは入ってこれまい」
「わかりました。皆にも、そう伝えます」
男は、無線に何やら囁く。だが、それを見ていた木杉は苦笑した。
お前らは、あの一州連合の怖さをわかってない。
ほっといたら、あいつら必ず乱入してくるぞ。
一方、一州連合は引き上げようとしない。校庭にて、相変わらず喚き続けている。
「コラァ只野! ついに仏を鬼に変えちまったなぁ!」
「てめえ、ついにやってはいけねえことをやっちまったなぁ!」
一年D組の生徒たちは、テロリストへの恐怖よりも、只野が何をやらかしたのかということの方に興味津々であった。皆、そちらの方に耳を傾けている。
只野の奴、何をやったんだ?
そんな空気が、教室を支配していた。
一方、北村はすぐに生徒たちを見回した。どうやら、今の騒動の原因がこのクラスにあると見抜いたらしい。
「おい、校庭の暴走族が言っている只野というのは、このクラスにいるのか?」
皆、何も答えない……かと思いきや、玉川が子供のように喚き散らした。
「はい、そうです! 只野です! 只野はここにいます!」
教師に密告する子供のようである。その声に反応し、只野は堂々とした態度で進み出た。こちらの方が、むしろ教師のようである。
「はい、僕が只野ですが何か」
「なるほど、君が只野くんか。事前に私は、全生徒のデータを調べた。君のデータも、もちろんチェックした。ごく普通の生徒、でしかなかったはずだが……そんな君が、こんな大騒動を起こしている。なんとも困ったものだな」
聞いている木杉は、思わず笑ってしまった…
事前に調べた?
あんたら、完全に失敗だよ。
只野のことを完全に見誤ってたんだよ。
一方、只野もすまなそうな顔で答える。
「はあ、そうですね。あの暴走族の方々は、社会に迷惑ばかりかけて困ったものです」
「いや、私が言っているのは君の方だよ。君の存在が、我々の計画にとんでもないバグとなっている。どうしたものかな」
クールな態度の北村だったが、只野は天然な態度で応戦する。
「そうですよね。バグは困りますよね。僕も、こないだ遊んでたゲームにバグが起きて困りました。クリアできなくなっちゃったんですが……考えてみれば、人生ってバグだらけのゲームみたいなもんですからね。むしろ、バグを楽しめるようになれば、その人はどんな環境でも楽しく過ごせますよ」
訳知り顔でそんなことを言われ、北村の体はプルプル震え出した。さすがに怒っているのか。
その間にも、一州連合は校庭で吠えている。
「コラ只野! よく聞け! 貴様は、総長のバイクをまたしても改造したな! しかも、今度は前回にも増してひどい! あれはとんでもない改造だ!」
「そうだ! 只野! てめえはついに、やってはいけないラインを超えてしまったんだ! よりによって、総長のバイクに鋼鉄製ユニコーンの頭をくっつけるなど、もはや言語道断の罪だ!」
「ユ、ユニコーンだと……」
さすがの北村も、それ以上は言葉が出なかった。しかし、只野は首を傾げる。
「あれ、変だなあ? 総長さんは、あのユニコーンの頭付きバイクを凄く気に入ってたんだけどな。なんで怒ってるんだろう?」




