学食
「はあ……」
芳賀は溜息を吐いた。
これから昼食の時間である。セント・エルモ学園の生徒たちは、基本的に学園内の食堂(通称・学食)で昼食をとる。
元来、引っ込み思案で人見知りな芳賀にとって、食事の時間はつらいものであった。ひとりで食事をしているところを、他の者たちに見られる……これは、ある意味では苦行である。
いっそ、何も食べずにいようか……そんなことを思いつつ、学食へと入っていく。
セント・エルモ学園では、食事すらクラスによって違っている。
Dクラスは、ご飯とおかず三品に味噌汁で終わりだ。しかも、ご飯は半分が米で半分が麦である。まるで刑務所のようなメニューだ。一応、おかわり自由ではあるが……何とも切なくなる内容である。
これがCクラスになると、和食と洋食を選べる。魚か肉か選べて、さらに麺類も付けられるのだ。しかもデザート付きである。この時点で、はっきりとした差が出てくる。
BクラスとAクラスは、そもそも学食の場所からして違う。そのため、彼らと食事で顔を合わせることはない。
そして今、芳賀が学食に入っていくと……既にCクラスは、全員が揃い食べ始めていた。そう、彼らCクラスは時間に正確なのである。一方、Dクラスはまだ揃っていない。
この食事の時間もまた、学園により意図的に作り出された比較の場なのである。どちらが時間に正確に動けるか、ここでも両クラスの競争意識を煽っているのだ。
遅れて入ってきた芳賀には、Dクラスの面々から険しい視線が飛んでくる。遅いんだよ、とでも言いたげだ。一方、Cクラスから飛んできたのは侮蔑の視線だ。芳賀は慌てて自分の分を取り、空いているテーブルに着いた。
まだ視線を感じる。恥ずかしい。他のみんなは既に仲良しグループができあがっているのに、自分はひとりで食べなくてはならない。しかも、こんな注目を浴びている中で……。
だが、彼らの視線はすぐに離れた。別な人物が入ってきたからだ。
芳賀は、そっと入口を見る。すると唖然となった。入ってきたのは只野である。しかも、手には布袋を持っているのだ。
当然ながら、彼はCクラスとDクラス双方の視線を浴びている。にもかかわらず、彼に怯む気配はない。すたすた歩いていき、自分の分のお盆を手にすると、そのまま空いているテーブルに着いた。当然、ひとりである。
そこから、只野の食事……いや、ステージが始まった。彼は、まず小型のガスバーナーを取り出す。
それで、ご飯を炙り始めたのだ──
唖然となる一同であったが、只野の奇行は止まらない。今度は布袋からゴリラのぬいぐるみを取り出し、隣の席に座らせたのだ。
そして、ぬいぐるみに向かい語り出す。
「今回はご飯を炙ってみたぞ。焼きおにぎり的な味になるんじゃないかと思ったんだ。なあコング、どう思う?」
続いてゴリラのぬいぐるみを持ち上げ、声音を変えて答える。
「んなもん知らねえよ。食ってみろ。でも飛行機は勘弁な」
聞いている芳賀は仰天していた。食べるのも、ボッチ飯であることも忘れ、ただ見ていることしかできなかった。
何よあれ……。
ひとりで恥ずかしくないの?
だいたい、飛行機は勘弁なって何? 意味わかんないよ?
そんなことを考えている間にも、只野の奇行は続く。ゴリラのぬいぐるみを持ち上げ、こんなことを言ったのだ。
「おい只野、大統領でもぶん殴ってみせるから、それちょっと食わせろ」
声音は低く、オッサン風である。直後、元の声音で答える。
「うん、コングが飛行機に乗ってくれたらいいよ」
「ふざけんな。俺は飛行機には絶対に乗らない」
只野とコングの会話(?)を聞いているうちに、芳賀の中にもひとつの感情が生まれていた。
私、何やってんだろう。
只野くんのやってることに比べれば、ボッチ飯なんか大したことない。
そう、みんなの視線なんか少しも怖くない!
芳賀の体内は、ポジティブな思いで満たされていく。彼女は、たったひとりの食事を始めたのだ。
その間にも、只野とコングの会話は続いている。
「それ、うまそげだな。どんな味だ?」
「すげー美味いよ。やっぱりさ、炎というのは命に繋がってるんだね。ご飯を燃やすことにより、人間の持つ命の炎も燃え上がるんだよ」
「なるほど。でも、飛行機の燃料だけは勘弁な」
そんなことを言っている只野を横目で見つつ、芳賀も元気よくボッチ飯を楽しんでいた。
◆◆◆
そんな只野を、忌々しげな目で見ている者たちがいた。
「おい木杉、あいつほっといていいのかよ? このままじゃ、Cクラスの奴らにナメられんぞ」
そんなことを言ったのは幸田尊である。体は大きく、喧嘩っ早そうな顔立ちだ。
「ほっとけ。どうせ、俺たちには関係ない」
木杉は、すました表情で答えた。しかし、箸を持つ手は震えている。ふざけやがって……という感情を隠しきれていない。
「ほっといていいの? あいつがいたら、クラス内ポイントダダ下がりだよ。そしたら、あたしたちDクラスのままじゃん」
言ったのは宮本静香だ。彼女もまた、ひとり芝居を続ける只野を睨んでいた。
このセント・エルモ学園では、他の高校にはないシステムが導入されている。
まず入学式で点数順にAからDまでのクラスに分けられる。Dクラスの寮にはエアコンすらなく、扇風機とストーブのみだ。学食のメニューも差があるし、学園内での待遇にも差がある。
もっとも、これには続きがある。期末テストのクラス平均点にプラスして、各クラスのポイント次第で、クラスは入れ替わるのだ。下剋上システムと呼ばれているものである。
CクラスとDクラスはもちろんのこと、点数次第ではAクラスとの入れ替わりも可能である。
しかし、只野のような平均点を下げる生徒がいては、入れ替わりは叶わないのだ。
「いっそ、俺たちであいつを追い出さないか?」
物騒なことを言い出したのは星川末次だ。親は大企業の社長であり、Dクラスでもトップレベルの財力を誇る御曹司だ。
しかし、木杉は首を横に振った。
「やめとけ。そんなことしても仕方ねえ」
「なんでだよ!? あいつがいたら、Cクラスを抜けねえだろうが!」
食ってかかる星川だったが、木杉はクールな表情で宥める。
「まあ、待てよ。俺たちが動くまでもない」
「どういうことだ!?」
「わからないのか。もうじき中間テストだぞ。そうすりゃ、あいつは消える」
木杉は、感情を押さえ答えた。
そう、Dクラス内で中間テストで最低点を取ると寮を追い出される。さらに期末テストで最低点を取れば退学になる。
もっとも、これまで中間テストで最低点を取り寮を追い出された生徒は、全て自主退学している。あまりにも恥ずかしい目に遭うからだ。
「けどさ、それまであいつにやりたい放題やらせとくわけ? すっげーウザいんだけど。さっさと追い出さない?」
ふてくされたような口調で絡んできた宮本に対し、木杉は首を横に振った。
「駄目だ。今は、あいつを最下位で確定させておいた方がいい」
「なんで?」
「今、Dクラスで最下位は只野で確定だ。だから、お互い足を引っ張り合うこともない。クラスもひとつにまとまれる。だがな、只野がいなくなったら、間違いなく最下位争いが始まる。テストの時期になると、カンニングする奴まで出てくるぞ」
「本当かよ?」
顔をしかめつつ聞いた星川に、木杉は頷く。
「ああ、そういうバカなことをやりだす奴が必ず出てくる。さらには、誰かを不正な手段で蹴落として最下位を回避、なんて考える奴も出てくる。しかし只野がいれば、そういう争いは起きないんだよ」
「でもさ、只野がいなくなったらどうすんの?」
宮本に聞かれ、木杉は渋い表情になる。
「問題はそこなんだよ。だから、只野がいる間に対策を考えないとな」




