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只野聖斗は世界を改造する  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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2/8

エルヴィス・プレスリー

 芳賀結子は唖然となっていた──




 今、セント・エルモ学園は授業の時間である。芳賀のいる一年D組もまた、化学の授業中だ。

 皆、真剣に授業を受けている。教師の話に耳を傾け、黒板に書かれるものを見つめ、ノートに写している。

 そう、この学園はエリート校である。底辺校のように、授業中に遊ぶ者などいない……はずだった。

 

 しかし、芳賀の隣の席にいる只野は、授業など完全に無視していた。

 今、彼が出しているのは化学の教科書ではない。歴史の教科書なのだ。真剣な表情でじっと教科書を見つめ、時おり意味不明のアクションをしている。かっと開かれた目には、狂気のような光が宿っていた。


 な、何してんだろう……。


 芳賀は興味をそそられ、彼の動きを横目で見る。

 そう、隣の席の男は名前こそ只野だが、そもそも只者ではないのだ。なにせ、授業の初日に暴走族が乱入し、只野に襲いかかっていった。対する只野は、凄まじい勢いで校庭を走って逃げていく。

 その後、どうなったのかはわからないが……今日、只野は何事もなかったかのように登校している。

 当然、彼に話しかける者などいなかった。この学園に入る生徒には、暴走族のような危険人物と関わりのある者などいない。つまり、昨日の一件で只野はクラスの……いや、学園の異分子として認識されてしまったのである。

 しかし、芳賀は目を離すことができなかった。今や只野の目は見開かれ、獲物を狙う猛禽類のような、あるいは深淵を覗き込む狂人のような光を宿している。

 その表情のまま、彼は奇怪極まりない動きを繰り返していた。数秒間、彫刻のように固まったかと思えば、突如として肩を「ビクンッ」と痙攣させ、目にも留まらぬ速さで教科書に何かを書き込んでいる。


 な、何してんの? 誰か教えて?


 芳賀は教科書で顔を隠しながら、その異様な挙動を横目で追った。

 只野はというと、教師のことなど毛ほども気にしていない様子だった。震える手でシャープペンシルを握り直し、輝かしい偉業を打ち立てた偉人たちの顔面へと、その鋭いペン先を突き立てようとしていた。


 と、そこで化学教師の佐原(サハラ)が黒板に向かい公式を書き始めた。

 その刹那、只野は音もなく立ち上がった。驚きのあまり口を開け彼を見上げる芳賀だったが、只野の奇行は止まらない。エアギターのごとき構えをして、腰をブンと振ったのだ。


 待ってえ!? この人、何してんの!?


 心の中で叫ぶ芳賀だったが、次の瞬間に佐原が振り返る。

 その零コンマ数秒前に只野も動く。瞬時に音もなく座ったのだ。当然、並の人間にはできない芸当である。


 凄い……こんなこと、普通できないよ。


 なぜか感心している芳賀だったが、只野は納得いっていないらしい。不満そうな表情で、しきりに首を傾げる。

 と。その目がキランと光った。少なくとも、芳賀にはそう見えた。

 次の瞬間、ポケットからティッシュを取り出す。クシャクシャに丸めると、己の両頬に付けたのだ。


 ちょっと待って? それ何?


 思わず顔をしかめる芳賀だったが、只野はさらに動き続けている。今度は手鏡を取り出し、自身の顔をじっくりと眺めている。しかし、これまた納得いっていないらしい。不満げな表情で、顔を左右に向ける。

 その時、芳賀と目が合ってしまった──


 まずい!

 見ていることがバレた!?


 咄嗟に目を逸らしたものの、一瞬ではあるが只野と見つめ合ってしまったのだ。

 この只野は恐ろしい男である。暴走族総長のバイクにサイドカーをくっつけ溶接してしまうような怪人なのだ。機嫌を損ねたら、何をされるかわからない。

 芳賀の脳裏に、恐ろしい光景が浮かぶ。父親の車にサイドカー……いや、サンルーフまで付けられていた。

 その横で、高笑いする只野──


 そしたら、父さんどうするんだろう?

 やっぱり泣くよね?


 そんなことを思いつつも、芳賀は必死で目を逸らし黒板を見つめる。だが、隣の席からの視線を依然として感じているのだ。

 

 ひょっとして、まだ見てる?


 見てはいけない。だが、芳賀は欲求に負けた。そっと横目で隣を窺う。

 直後、すぐに目を逸らす──


 やっぱり見てるじゃん!


 そう、只野は見ていたのだ。両頬にティッシュの塊をつけたまま、芳賀の方を凝視していたのである。

 残りの時間、芳賀はずっと只野を無視することだけに努めていた。




「芳賀さん!」


 授業が終わると同時に、話しかけてきたのは言うまでもなく只野である。

 芳賀は、引きつった顔を向けた。


「な、何?」 


「あのさ、僕あれに出ようと思うんだ」


「あれって?」


「アメリカで開催される、エルヴィス・プレスリーものまね大会だよ」


 芳賀は必死で頭を回転させる。実のところ、彼女はエルヴィス・プレスリーを知らないのだ。

 エルヴィス・プレスリー……一九五〇年代に世界の若者を熱狂させたロックスターだ。ただ、悲しいかな芳賀の生誕は九〇年代だ。したがって、プレスリーの名前すら知らない。

 そんな彼女に向かい、只野は一方的に語っていく。


「パンク、ヘビメタ、ヒップホップ……どれも素晴らしい音楽だ。でもね、僕はやはり原点に返って、プレスリーを極めてみたいんだよ」


「う、うん、そうなんだ。凄いね」


 それで話を終わらせようとした芳賀だったが、只野はそれで逃してくれるほど甘くはなかった。


「本当? 僕って凄い? イケる?」


「うん、凄いと思うよ」


 芳賀が言った時だった。只野は、いきなり立ち上がる。

 彼女の前で、エアギターをしながら踊り出したのだ。時おり腰を振り、エアマイクでしっとりと歌いあげる。無論、声は出ていないが……その姿に、芳賀は唖然となっていた。

 そんな奇怪なステージは、三十秒ほどで唐突に終了した。只野は、キラキラ輝く目で芳賀を見つめる。


「どうかな? これでプレスリーものまね大会に出ようと思うんだけど、予選突破できるかな?」


 そんなことを聞かれても、芳賀にわかるわけがない。そもそも、彼女はオリジナルのプレスリーを全く知らないのだ。評価のしようがない。

 有り体な感想を言うなら、どこかのリハビリ施設に連れて行った方がいい動きに見える。しかし、ここで率直な感想を言ったら、何をされるかわからないのだ。

 下手すると、芳賀のカバンにサイドカーを取り付けたり、寝てる間にティッシュのもみあげをくっつけられてしまうかもしれない。


「うーん、上手いかどうかわからないけど、魂を感じるよ。只野くんのプレスリーを愛する気持ちが、見てるこっちにも伝わってくる」


 これだけのセリフを、芳賀は零コンマ何秒かの間に頭をフル回転させ作り上げた。そして口にしたのだ。

 すると、只野の表情が一変した。ガシッと芳賀の両肩をつかむ。


「おお、それをわかってくれたのか! 芳賀さん、君は素晴らしいよ! なんか自信でてきた! よし、次のプレスリーものまね大会にエントリーだ!」


 芳賀は、この勢いに押され頷くことしかできなかった。


「へ、へえ、そうなんだ。頑張ってね」


 ◆◆◆


 そんなふたりを、離れた位置から苦々しい表情を浮かべ見ている者がいた。木杉英利(キスギ ヒデトシ)である。

 スラリとした体型に整った顔立ちで、制服もきっちり着こなしている。だらしない只野とは真逆のタイプだ。

 セント・エルモ学園の一学年では、クラス全員のテストの結果が貼り出されている。木杉はDクラスのトップであり、只野は最低点である。したがって、クラスのカーストも木杉が頂点であり、只野は最底辺だ。

 当然、只野など眼中にない……はずであった。しかし、木杉の彼を見る目には複雑な感情がある。


「クソ、忌々しい奴だ。あいつ、この学校に何をしに来たんだ?」



 


 


 


 


 





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