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只野聖斗は世界を改造する  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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1/9

一州連合参上!

「諸君、このセント・エルモ学園に来た以上、甘い考えは捨ててもらおう。甘酸っぱい青春などという妄想は、今すぐそこのゴミ箱に捨ててしまえ」


 言いながら、ゴミ箱を指さしたのは教師の玉川だ。彼は、この一年D組の担任である。大きな丸眼鏡に、ひょろりとした体型。どこかサイズが合っていないスーツに身を包んだ情けない姿であるが、彼は自らをクラスの冷酷な支配者であると信じているようだ。

 聞いている生徒たちの顔にも、悲壮な表情が浮かんでいる。ほぼ全員が、真剣な眼差しで玉川の話に聞き入っていた。


「お前らは、Dクラスの寮で一週間生活してみたわけだが……芳賀、お前はどう思った?」


 いきなり玉川に話を振られた芳賀結子(ハガ ユイコ)は、慌てて立ち上がった。


「は、はい! あの、その……」


「正直に言え。嫌だと思っただろう?」


 玉川に詰められ、芳賀は視線を外す。


「はい……」


「当然だ。先生だって、あんな寮で生活したくない。エアコンはなく、部屋も狭い。テレビもゲーム機もなく、九時になれば携帯電話は没収。風呂もトイレも共同……嫌に決まっている」


 そこで、玉川は机をドンと叩く。一瞬、痛みに顔をしかめたように見えたが、そのまま語り続ける。


「しかし、他のクラスは違う。Cクラスの寮はエアコン完備でバストイレ付き。Bクラスの寮はお前らの倍の広さでトレーニングジムやゲームコーナーもある。Aクラスに至っては……おっと、これは秘密だった。ひとつだけ言えるのは、Aクラスはもはや桃源郷のレベルだよ」


 そこで、玉川はニヤリと笑った。


「諸君、甘酸っぱい青春とやらを味わいたいなら、勉強してAクラスに行け! 世の中はな、勝たなきゃゴミなんだよ! 三年間、ずっとDクラスに甘んじるか? それとも、死ぬ気で努力しAクラスに行くか……」


 玉川は、そこで口を閉じた。遠くから、恐ろしい爆音が聞こえてきたのだ。一昔前の映画やドラマに登場する暴走族が立てるエンジン音のようである。

 このセント・エルモ学園は人工島に建てられている。本土とは橋で繋がっているが、用もないのにわざわざ来る者などいないはずだった。ましてや、こんなバカの見本のごときエンジン音を出す者など、付近には住んでいない。

 にもかかわらず、爆音はどんどん近づいてきている。正確に、学園の校舎へと向かっているようなのだ。

 しばらくして爆音は止まった。直後、バタバタという足音が聞こえてくる。

 数秒後、教室の扉が開いた。入ってきたのは、二人組の若者だ。いわゆる特攻服を着ており、髪型はリーゼントとパンチパーマである。どちらも人相は悪く、コスプレではないらしい。どちらも、片手に木刀を握っている。

 そして、リーゼントの方が喚いた。


「探したぞ只野聖斗(タダノ セイト)!」


 その声に、皆の視線は只野へと向けられた。

 彼の見た目は、ごく普通の高校一年生である。ノホホンとした顔立ち。やや小柄な体つき。覇気など皆無の、脱力感に満ちた佇まい……こんな暴走族と、揉め事を起こすようなタイプには見えない。

 当の只野はキョトンとしている。


「へっ? 何?」


 そう言いながらも、彼の手は動き続けている。よく見れば、教科書に載っている野口英世の顔にもみあげを書き足しているのだ。それも、エルビス・プレスリー風の見事なものである。

 隣の席の芳賀は、プッと吹き出した。一方、担任教師である玉川はというと、青ざめた顔でどうにか言葉を絞り出す。


「き、君たち! いったい誰なんだ! 今は授業中なんだぞ!」


 彼にとって精一杯の抵抗であったのだろう。しかし、パンチパーマがじろりと睨みつけた。


「るせーぞゴラァ! 俺たちゃ一州連合(いっしゅうれんごう)じゃあ! 文句あんならヤッちまうぞ!」


 暴走族による言葉の洗礼を浴び、玉川はたちまち腰を抜かした。ガタガタ震えながら、首を横に振った。

 しかし、暴走族は彼のことなど相手にしていない。再び只野へと視線を戻す。


「只野ぉ! てめえ、あんなことしやがって……許さねえぞ! 殺す! 今すぐ殺す!」


「ちょっと落ち着いてくださいよ。僕が何かしましたかぁ?」


 とぼけた声で返す只野。その表情は落ち着いており、猛獣のような二人組を相手に怯む気配はない。

 その言葉を聞いたリーゼントは、木刀で壁をバシンと叩いた。

 次の瞬間、とんでもない言葉が飛び出る──


「てめえだろうがぁ! ウチの総長のバイクにサイドカーくっつけたのは! おまけに溶接までしやがって! 外せねえじゃねえか! どうしてくれんだコラァ!」

 

 教室内は、しんと静まり返る。

 だが、それは一瞬であった。生徒たちは、ざわざわと語り出す。


「何それ?」


「暴走族にサイドカー?」


「カッコ悪……」


 しかし、パンチパーマが木刀で壁を叩いた。


「ざわざわすんな!」


 途端に、教室は元通り静かになる。と、パンチパーマは只野を睨んだ。


「てめえ、あんなことして無事に済むとは思ってないよな?」


「いやあ、だってサイドカー付けた方が安定するじゃないですか。それに、抗争の時なんか役立ちますよ。総長がバイクで突っ込み、サイドカーの人が木刀で薙ぎ倒す。完璧じゃないですか」


 すました顔で返していく只野に、隣の席の芳賀は呆然となっていた。この少年、どこまで面の皮が厚いのか。

 その時、リーゼントの肩がぷるぷる震え出した。言うまでもなく怒りのためだ。


「よく聞け……総長はな、そのサイドカーに愛犬のポチを乗せてんだよ。今じゃあ、集会の時は必ずポチを連れてるんじゃあ!」


「いいじゃないですか。ポチも集会に参加できて幸せでしょう」


「ざけんなゴラァ! お陰で、俺ら一州連合はいい笑いモンなんだよ! おまけに、最近じゃギャルがケータイ片手に総長とポチをパシャパシャ撮りやがって大迷惑なんじゃ!」


「だったら、断ればいいじゃないですか」


 平然とした態度で返していく只野に、今度はパンチパーマが怒鳴る。


「殺すぞゴラァ! 総長はな、笑顔で撮られとるんじゃ!」


「それならいいじゃないですか。総長さんも、ギャルに撮られて嬉しいんでしょ? ウィンウィンですよ」


 引く気配ゼロの只野に、ついに暴走族の怒りが爆発した。


「何がウィンウィンじゃ! クソがぁ! もう怒ったぞ!」


 喚くなり、木刀を振り回して襲いかかっていく。だが、只野もおとなしく待っていない。素早い動きで窓から外に飛び出ると、そのまま走り出す。

 あっという間に、姿は見えなくなってしまった──


「あの野郎! 逃げやがったぞ!」


「捕まえろ!」


 怒鳴る二人組だったが、なぜか廊下を走り外へと出て行った。彼らは暴走族なのだが、窓から外に出るのは良くないと判断したらしい。

 二人組もまた、すぐにいなくなってしまった。


 教室内は、何とも言えない空気に支配されていた。今のは、いったい何だったのだろうか。いきなり暴走族が教室に乱入し、生徒を追いかけていく……まるで、アクション映画のワンシーンのようだ。

 しかし、その沈黙は長く続かなかった。玉川が立ち上がり、何事もなかったかのような顔つきで説教を再開したのだ。


「いいか、今のような連中はしょせん負け組だ。はっきり言う。君らは今、負け組と勝ち組の境界線上にいる。これから努力に努力を重ね、Cクラスに下剋上を決めるか。この学園での三年間を、Dクラスの待遇に甘んじるか。それは、君らの自由だ」


 偉そうなことを言ってはいるが、先ほど暴走族に脅され腰を抜かしていた姿を見てしまった今となっては、威厳も何もない。

 芳賀は、隣の席を眺める。机の上には、教科書が出しっぱなしだ。そこには、野口英世の写真にエルビス・プレスリー風のもみあげが描かれている。ここに、さらなる改造を施そうとしていたのだろうか。


「いいか、この社会は勝たなきゃゴミなんだ。勝たなきゃ、誰かの養分と成り下がる。では、どうすれば勝利できるか……それは、たゆまぬ努力以外の手段はない」


 語り続けている玉川だったが、芳賀の頭には半分も入っていなかった。






 

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