只野のいない日
「只野の奴、いつ帰ってくるんだ?」
星川の問いに、木杉は苦笑しつつ答える。
「いや、それは俺が聞きたいよ」
「玉川は、何て言ってるんだ?」
今度は幸田が聞いてきた。
「個人のプライバシーに関する質問には答えられない、だとさ。ま、俺もあいつには期待してないけど」
そう言って、木杉は笑った。
只野が、王牙剣之助と共に教室を出ていったのは二日前のことだ。
以来、彼は学校に来ていない。校庭の隅に張られていたテントも、綺麗に片付けられている。どうやら、王牙万事谷とやらに行ってしまったようなのだ。
今、一年D組は休み時間である。木杉、宮本、星川、幸田の只野ファンクラブ(?)が集まり、今後の活動について話し合っているのだ。
「なあ、只野の奴、忍者に殺されるなんてことないよな?」
不安そうな顔で言った星川だったが、そこで宮本が笑いながら首を横に振る。
「殺される? ないない、あいつなら核爆発が起きても生きてるんじゃないの」
「俺もそう思う。まあ、忍者ごときには殺られないよ……つーか、俺たち本物の忍者と会ってんだぜ。なのに、何をこんな風に普通に話してんだろうな。俺らの頭も、只野に侵食されてきたんだよ」
冗談めいた口調で木杉が言った時、急に幸田が真面目な表情になる。
「今だから言えるけどさ、暴走族の一州連合が来た時あったじゃん。俺、あん時めちゃくちゃ怖かったんだよ」
「お前がか?」
星川が不思議そうな顔で聞いた。
確かに、幸田は身長百九十センチ、体重百キロの大男である。顔も強面だ。そこらのチンピラなど、姿を見ただけで逃げていくだろう。
「いや、一州連合って俺の地元じゃ有名だったんだよ。マジ怖かった」
「うん、あたしの後輩も言ってたよ。一州連合はマジでヤバいってね。でも、只野はそのおっかない暴走族総長のバイクにサイドカーくっつけたんだよね」
宮本の言葉に、みんなクスクス笑い出した。
「本当にとんでもない奴だよな。しかも暴走族が教室に乱入して凄んでるのに、平気な顔してウィンウィンとか言ってるんだぜ。あんなバカ、生まれて初めて見たよ」
木杉は、しみじみとした口調で語った。脳裏には、暴走族ふたりを相手にして全く怯んでいない只野の姿が蘇っている。
「だけどさ、次に来たのは東亜組だったじゃん。俺、星川コンツェルンのパーティーで組長を見かけたことあるんだけど、マジでヤバい人だったよ。だから、あの鎌田ってデカい男が教室に乱入してきて、俺は東亜組だ! って名乗った時は、さすがに只野も殺されるな……って思ったよ」
星川の言葉に、木杉が頷いた。
「アレはヤバかったな。幸田よりゴツいガタイしてたし、顔も怖い。だけど話聞いたら笑っちまったよ。日本にひとつしかない名刀を、コンクリートで固めちまうんだぜ。さすがは只野だよ」
「だけどさあ、そのコンクリートで固められた刀を振り回しているうちにマッチョになっちゃったって、組長も相当のアホだよね」
言ったのは宮本だ。
みんな苦笑するしかなかった。巨大な鈍器と化した日本刀を、庭で素振りする老人……かなり異様な光景ではある。
「その組長、一年前のパーティーに来た時は普通のガタイだったんだよ。てことは、次のパーティーではムキムキなマッチョになった姿で来るのか……会いたくないな。パーティー会場に、コンクリートで固められた刀を持って来るかもな」
ボヤく星川に、木杉がポンと肩を叩く。
「いいじゃないか。只野の話題でも振れば盛り上がるぜ」
言った後、木杉はなぜか天井を見上げた。
「俺さあ、こないだひとりでカラオケボックス行ったんだよ。只野を見習ってみようと思ってさ」
「只野を見習う? あいつカラオケなんか行くの?」
聞き返してきた宮本に、木杉は頷いた。
「ああ。それも凄いんだよ。ひとりでカラオケボックスに行って、隣の部屋からランダムに漏れ聞こえてくる音楽に合わせて踊るんだってよ」
「えっ? じゃあ、お前もそれをやったのか?」
驚いた表情で聞いてきた星川だったが、木杉は苦笑しつつ首を横に振る。
「無理だった。できなかったよ。踊ろうとした瞬間、入ってきた店員と目が合っちゃって……その瞬間、崩れ落ちたよ。でも、只野なら無視して踊り続けるんだろうな」
そこで、幸田も口を挟む。
「お、俺も只野がカラオケボックスから出てくるところを見たぞ。リーゼントのかつらなんか被っててさ、エルヴィス・プレスリーみたいなカッコしてたぜ」
「本当かよ……やっぱり、あいつ本気なんだな」
「本気? 何のこと?」
尋ねたのは宮本だ。対する木杉は、真面目な顔で答える。
「あいつなぁ、アメリカのプレスリーものまね大会に出るらしいんだ。ちょいちょい練習もしてたみたいだが、カラオケボックスで練習となると、本気なんだな」
そこで、木杉はフゥと溜息を吐いた。
「俺なんか、プレスリーものまね大会なんか存在自体知らなかったし、出ようとも思わないよ。でも、只野は本気で出るつもりなんだ。あいつは、俺たちの知らない世界をいっぱい知ってる。こんな小さい学園で、小さくまとまるような器の人間じゃないんだよ」
その翌日。
木杉は、いつも通りの時間に寮を出て学園へと向かう。が、そこで思わず立ち止まってしまった。
只野のテントが、元通りに張られているのだ。その入口には、あの奇怪な怪鳥もいる。
木杉が見守る中、怪鳥は天を向く。
「カイチョオー!」
叫んだかと思うと、飛び上がりバサバサ音を立てて飛んで行ってしまった。いつもながら思うのだが、あれは何という生物なのだろうか、木杉の知る、どの動物にも当てはまらない。
と、そこでテントから只野が出てきた。寝癖だらけの頭をポリポリ掻きつつ、眠そうな顔で辺りを見回す。
木杉と視線が合うと、ニコッと微笑む。
「おはよう」
「いや、おはようじゃないぞ。只野、そろそろ準備しないと遅刻だ」
木杉の至極もっともなツッコミに、只野は顔をしかめる。
「え、もうそんな時間なの。わかった、ラーメン食べてオートミール食べてチョコクッキー食べたら行くよ」
「そんなに食ってる時間ない。急がないと遅刻だ。また玉川に説教されるぞ」
「ええっ? じゃあ仕方ないなあ」
不満そうな顔をしながらも、只野はなぜかテントの外で着替え始める。
見かねた木杉は、只野を止めた。
「只野、ここは女子も通る。今の時代、何を言われるかわからんぞ。露出狂の変態などと思われたらどうするんだ?」
「へっ? いや、別にいいけど?」
「お前がよくても、俺が困る。着替えはテントの中、いいな?」
そんなことを言いつつ、木杉は思わず苦笑していた。この様子から察するに、忍者の里の揉め事は上手く収まったらしい。
さすが只野だ……。
◆◆◆
その頃、学園長室では──
「いやあ、只野くんには本当に困ったものですね。何とかなりませんか?」
学園長が、冷酷な表情で尋ねた。メガネをかけてはいるが、その瞳の殺意にも近い感情は隠しきれていない。
「は、はひ! い、いや、私めではどうにもこうにも……」
彼の前に立っている玉川が、情けない表情で答えた。足はガクガク震え、目には涙が浮かんでいる。今にも泣き出しそうだ。
学園長は、フンと鼻を鳴らす。すると、腹にたっぷりと着いた無駄肉までもがプルンと揺れた。
「まあ、いいでしょう。彼がこんな風に好き勝手していられるのも、今のうちだけ……期末テストが終われば、学園からは消え去るのは必然。それまでは、せいぜい学園の珍獣として温かい目で見てあげましょう」
そう言うと、学園長は笑った。頬の肉がプルプルと揺れ、陰険そうな目つきがさらに悪くなる。
つられて、玉川も笑った。だが、こちらは引きつった笑顔であった。




