まじリスク・王牙忍法帖(2)
一年D組の教室内は、唖然となっていた。
授業中、突然に乱入してきた忍者……と称する怪人物が、わけのわからないことを言って教師をKOしたり、机を手刀の一撃で真っ二つにしてしまったのだ。
そんな恐ろしい男・王牙剣之助だが、今は只野の褒め言葉を聞いて照れまくっているのだ──
しかし、剣之助はハッとなった。ようやく、自身がどういう状況かを思い出したらしい。
「只野ぉ! 貴様、話題を逸らすな! まだ話は終わっていないのだ!」
「はあ、失礼しました。では、話を続けましょうか。王牙剣之助さん、あなたは何を怒っているのですか? 池に潜ったことが原因ですか? なら、謝りに行きますよ。さあ、行きましょう」
そんなことを言った只野に向かい、剣之助は奥歯をギリリと噛み締めた。
ややあって、震えながら口を開く。
「只野……胸に手を当てて、よく考えてみろ。他に何かとんでもないことをしなかったか?」
言われた通り、只野は両手を胸に当てた。グラビアアイドルがよくやる「手ブラ」のポーズのようである。
真っ先にクスクス笑い出したのは星川だ。芳賀は、顔を真っ赤にしながら笑いをこらえている。だが、剣之助は違う印象を抱いたらしい。
「貴様ぁ! ふざけてるのかぁ! ひとつ言ってやる! 貴様は、庭の狛犬を金色に塗ったのだ! なぜ、あんなことをした!?」
「ああ、アレですか。アレはですね、庭があまりにも殺風景だったし狛犬も切ない表情してたので、金ピカに塗りました。これで狛犬もニッコリ、金色ならば金運がよくなることも間違いなし。もう、ウィンウィンですね」
すました顔で答えた只野は、ひとりウンウンと頷いた。
途端に、剣之助は吠えた。さらに、床を思い切り踏みつける。その拍子に、懐から手裏剣やマキビシが転げ落ちた。もっとも、本人はそれどころではないらしい。
「貴様ふざけるなぁ! あの狛犬のせいでな、大長老の屋敷はどこぞのバカ遊園地のアトラクションのようになってしまったんだよ!」
「おや、そうでしたか。大長老さんは、お気に召さなかったのですか?」
只野が聞き返すと、剣之助はなぜか目を逸らしうつむいた。
「そ、それは……その、あの、まあ、俺が気に入らん」
「ちょっと待ってくださいよ。大長老さんは怒ってるんですか? それとも怒っていないのですか? どっちなんですか?」
「お、怒ってはいない」
「はい? 聞こえませんよ。もっと大きな声で答えてくださいよ」
「あーそうだよ! 大長老は怒ってねえよ! 俺が怒ってんだよ! 怒ったから来たんだよ! 文句あんのか!? 怒っちゃいけねえのかよ!?」
ついに逆ギレし、駄々っ子のように喚き散らす剣之助を見て、一年D組には何とも言えない微妙な空気が流れていた。
「うわ、イケメンだけどキツイわ」
「残念すぎるイケメンだよ」
「イケメン忍者かと思ったら、残念忍者だったか……」
「あれが頭領じゃあ、下の人間が苦労するな」
ヒソヒソ囁き合う声が聞こえてきて、剣之助はキッとなって周りを睨みつける。
途端に、声はピタリと止んだ。
「フッ、まあいい。只野、狛犬を金色に塗ったこともまた、許しがたい罪である。しかし、それよりも大きな罪を貴様は犯したのだ」
「大きな罪、ですか。はて、なんでしょうか。身に覚えがないのですが……」
首を捻る只野。本当に、何をしたのかわからないらしい。
横で見ている木杉は、剣之助に微かに同情した。只野という男は、いわば台風だ。突然どこからともなく現れ、暴風雨を撒き散らし周囲のものを破壊し尽くしてから去っていくのだ。
現に、この忍者も只野により価値観を破壊されつつある。
「いいか……先ほども言ったが、先日、我が王牙一族と風魔一族との不戦の条約が破られた。これは、実に二百年ぶりのことだ」
「付箋の条約? 気になったところにペタペタ貼るアレですか?」
真顔で聞いてきた只野に対し、剣之助は下を向き拳を握りしめる。
ややあって、黒板を向きチョークを握った。「不戦の条約」と、大きく書いたのだ。
「これが不戦の条約だ。わかるな?」
「はあ、わかりました。つまり、今まで両一族は戦うこともなく、平和に交流していたわけですね?」
「その通りだ。しかし、不戦の条約が破られた今……我々は戦わねばならぬ。先日、人別帳が両陣営に配られた」
横で聞いている木杉は、大まかな事情は理解できた。どうやら、この王牙剣之助は風魔一族と殺し合いをしなくてはならないらしい。ただ、ニンベツチョウなる意味不明の単語が出てきたのが気になる。
一方、剣之助の表情がさらに険しくなった。
「さて只野、貴様は先日、我が大長老の屋敷に招かれた。貴様は庭の池に潜ったり、狛犬を金色に塗ったり、クナイで爪の垢を取ったり、妖刀・村正で脛毛を剃ったりしてくれたそうだな。まあ、それは置いておくとしよう」
うわ、結構とんでもないことやってるな……と、木杉の表情も歪む。
だが、本番はここからであった。
「我ら王牙一族は、風魔一族と二百年ぶりに相まみえることとなった。勝負は、互いに十人ずつ出し合っての忍法勝負であり、相手を殺した者の勝ちだ。我らは殺し合い、最後のひとりが残っていた方の勝ち。生き残った者は、里より勝利の栄冠を受け、未来永劫その名が里に残るのだ」
何と恐ろしいルールなのか。一年D組の生徒たちも、さすがに引いている。
だが、それでも疑問は残る。その恐ろしげな争いと、人生を巨大なおもちゃ箱としか見ていない只野との間に、接点が感じられないことだ。
思わず聞き入る生徒たちの前で、話は想像もつかない方向へと転がっていく──
「さて只野……貴様、屋敷に泊まった翌朝。おかしな子供と遊んでいたな。アレが何者かわかっているのか?」
「へっ? ああ、なんかいましたね。おかっぱ頭で、汚れた着物を着た子。なんか寂しそうにしてたから、一緒に遊んであげたんですよ」
すました表情で答えた只野を見て、剣之助はなぜか懐から鎖鎌を取り出したのだ。
凄まじい形相で分銅のついた鎖をブンブン振り回し始める。どうやら、己の怒りを堪えるためだけに鎖をブン回しているようだ。
そして、剣之助はキッと只野を睨む。
「アレはな、妖怪洟垂れ小僧だ! 王牙の里に、時おり現れる妖怪なのだ! かかわってはならないと、幼い頃から言われていた曰く付きの存在なのだぁ!」
喚くなり、なぜか鎖鎌を床に投げ捨てた。しかし、生徒たちはそれどころではない。
「妖怪洟垂れ小僧?」
「なんだそれ?」
「めっちゃくちゃ弱そうじゃん」
「俺でも勝てそうな気がするぞ」
ヒソヒソ声があちこちから聞こえるが、剣之助は構わず話を続ける。
「只野……貴様、その洟垂れ小僧の垂れた鼻水を拭いてやったな?」
「えっ? あ、はい、拭いてあげました。なんか可哀想だったので」
「貴様はな……ただでさえ、触れてはならぬ存在に触れるという大罪を犯した。それだけでも、許しがたい行為だ。だが、貴様の狼藉はそれだけに留まらなかったぁ!」
そこで、剣之助はビシッと只野を指さす──
「只野ぉ! 貴様、洟垂れ小僧の鼻水を、よりによって人別帳で拭いたな! 我ら王牙一族と、風魔一族の選ばれし二十名の戦士の名が書かれし人別帳でだ!」
「いやぁ、鼻水拭いてあげたかったんですけど、手近に紙がなかったんですよ。そしたら、目についたのがあの巻物です。鼻水拭いてあげたら、あの子喜んでましたよ。いいことをすると、気分がいいですね」
そんなことを言って、只野はニッコリ笑った。しかし、聞いている木杉は頭を抱えていた。




