宮本静香の尾行(2)
宮本静香は、距離を空けた状態で只野の後をついていく。鬼塚栄子も、なぜか横にいた。
只野はというと、ふたりの存在には全く気づいていないらしい。新聞紙ほどもある大きな地図を両手で広げたまま、どんどん進んでいく。通行人はいないが、もし誰かが歩いてきたらぶつかってしまうだろう。
それ以前に、自分のいる位置がわかっているのだろうか。
「あいつもバカだなあ。あれじゃあ、地図の意味ないだろ」
思わず呟いたのは宮本だ。仮にもセント・エルモ学園に入学できるだけの学力を持っている以上、変わり者ではあっても、バカではないだろうと思っていた。
しかし、目の前の行動を見ていると、その判断は間違いではないかと思えてくる。やはり、只野はバカなのか? それともアホなのか? などと考えていた時、鬼塚が宮本の肩をつかむ。
「先輩、とんでもないのが来ました。ヤバいッスよ」
「えっ?」
宮本が顔を上げると、前から二人組が歩いてくるのが見えた。
片方は丸刈りで。サングラスをかけている。小柄で、身長は百六十センチあるかないか。素肌にジーンズのベストを着ており、下は短パンという何とも奇妙な出で立ちだ。
もう片方は、とても大きな体の男だ。ガッチリした体格で、肩幅は広く胸板は厚い。白い帽子を被っており、白いTシャツを着ている。頭は良くなさそうだが顔は怖く、誰かが喧嘩を売ってくるのを待っている……そんな面構えだ。
このまま只野が直進していけば、その危険人物コンビにぶつかってしまう。
「なんだよアレ……」
呟いた宮本に、鬼塚が答える。
「デカい方はポパイって呼ばれてます。とんでもないバカでして、小学生の時、将来の夢を書けという作文で、怪獣になりたいって書いてあったそうです」
「それはヤバいな。小学生にもなれば、生物としての限界くらいはわかってくるだろ……」
「ただ、喧嘩はめちゃくちゃ強いです。中学生の時、近くの高校にひとりで乗り込んでいって八人を半殺しにしたそうですよ」
「その強さなら、充分に怪獣レベルだよ」
「で、チビの方が影島です。ポパイよりはマシですが、こいつもかなりバカなんですよ。隣町の中学に殴り込みに行った時、近くの工事現場からブルドーザー盗んで、乗っていったらしいんです。とんでもない騒ぎになったそうですよ」
「それは、ベクトルの違うバカだな」
ふたりがひそひそ話している間にも、三者の距離はどんどん縮まっていく。このままだと、ぶつかってしまいそうだ。
すると、影島がポパイに何やら耳打ちする。ポパイは頷き、歩いている只野の前に立ちふさがった。
只野はというと、全く気づいていない。地図を広げたまま進んでいき、ポパイと正面衝突した。となると、当然ながら只野の方が衝撃は大きい。バタリと仰向けに倒れる。そこで、初めて顔が露わになった。
ポパイは、倒れた只野をジロリと睨みつけた。
「おいコラ、どこ見て歩いて……ん?」
ありがちな恫喝のセリフであるが、そこで止まってしまった。ポパイは、倒れた相手の顔をまじまじと見ている。
さらに、横から影島が口を挟む。
「おい、お前只野じゃねえか。何してんだよ」
言いながら駆け寄っていったのだ。さらに、ポパイが倒れた只野を助け起こしている。これには、さすがの宮本も顔が引きつった。
「えっ、あいつら知り合いだったのかよ」
「びっくりッスね。やっぱり、只野はハンパないッス」
小声で言い合う宮本と鬼塚の前で、変人たちのやり取りは続いていた。只野は立ち上がると、笑顔で口を開く。
「やあ、影島さんとポパイさん。ちょっと聞きたいんですけどね、この辺に竹刀山て山ありますよね? この地図だと、よくわからないんですけど」
「ああ、あるよ。ここから、少し歩けば着く。けど、あんなとこ何もないぞ。何しに行くんだよ?」
言ったのはポパイだ。宮本も、そっと隣の鬼塚に尋ねる。
「その竹刀山って、なんなの?」
「確かにそんなのありますけど、マジで何もないです。子供が歩いて頂上までいけるような高さですよ。ただ、竹が多いですけどね」
鬼塚はそう答えたが、只野の方はとんでもないことを言い出した。
「実はね、その竹刀山にフランシスコ・ザビエルの埋蔵金が眠っているらしいんだよ」
「埋蔵金だと!? 幾らくらいあるんだ!?」
血相を変えて尋ねた影島に、只野は首を捻りつつ答える。
「詳しいことはわからないけど、数億円とも数十億円とも言われてるらしいよ」
「マジかよ! それすげえじゃねえか!」
興奮し飛び跳ねる影島。どうやら、このインチキくさい話を本気にしてしまっているらしい。
見ている宮本は頭を抱えていた。
「あいつら、本当にとんでもないバカだな。なんだよ、そのザビエルの埋蔵金って……」
一方、ポパイは口をぽかんと開けている。話がよく飲み込めていないらしい。
「で、お前はその埋蔵金を探しに来たのか?」
尋ねた影島に、只野は首を横に振った。
「いや、違うよ。ただ、見に来ただけ」
「本当か? 本当に、見に来ただけなんだな?」
「うん。僕は、埋蔵金が埋まってるって噂の山を見に来ただけだから」
「だったら、俺たちが掘り出しても文句はねえな?」
「もちろんだよ」
只野が答えた時だった。突然、ポパイが口を開く。
「なあ、そのフランシスコ何とかって誰だ? Kー1ファイターか何かか?」
「ザビエルてのはな、あれだよ。あの、とにかく外人の偉い奴だ。だから、埋蔵金もすげえんだ。なあ、只野?」
影島にいきなり振られた只野は、戸惑いながらも頷く。
「うん。まあ、そんな感じかな」
一方、隠れて聞いている宮本はツッコミたくて身悶えしていた。
フランシスコ・ザビエルは宣教師である。どこに数十億も隠し持つ財力があるのだろうか。そもそも、なぜそんな嘘にふたりして騙されているのだ。
「そんなわけだから、早く行こうや」
影島に急かされ、只野は歩き出した。ポパイも、状況がよく飲み込めていないまま付いていく。
一方、宮本はさすがについて行けなくなってきた。今から山に登るのはキツい。ここまでにしておこう。
後の顛末は、只野から聞き出すとするか……そんなことを思いつつ、彼女はその場を離れた。
だが、帰り際にとんでもない出来事が起こる。
「あー! ない!」
絶叫する鬼塚。彼女の停めておいたバイクがなくなっていたのである。
もっとも、そのバイクは鬼塚が誰かから盗んだものである。つまり、盗んだバイクを盗まれたわけだ。
ガックリと肩を落とす鬼塚を、宮本は優しく慰める。
「まあ、これで良かったのかもしれないぞ。悪いことはできないもんだ」
「そ、それもそうですね」
それから三日後、授業が終わり休み時間に入った時だった。
宮本はそっと立ち上がり、只野の席に近づいていく。只野は、相変わらず机の上に人形を乗せ、わけのわからないことをしていた。
「只野」
宮本がそっと声をかけると、只野は顔を上げた。
「えっと、君は……その、誰だっけ?」
「宮本静香だよ。同じクラスなんだから、名前くらい覚えろ。まあ、それはいいとして……あんた、ポパイや影島の知り合いなんだよね?」
「えっ? まあ知り合いといえば知り合いだけど……あのふたりがどうしたの?」
きょとんとする只野に、宮本はフゥと溜息を吐いた。この男は、自分が引き起こした騒ぎに全く気づいていないらしい。
「あんたさぁ、昨日のニュース見てないの?」
「いや、見てないよ。何があったの?」
「ポパイと影島のふたりが、竹刀山の頂上で不発弾を掘り出したんだよ。かなり大変な騒ぎになったらしいぞ」




