星川の決意
「おい只野、お前に話がある」
休み時間、いきなり星川から話を振られた只野だったが、困惑しつつも応える。
「えっ、ちょっと待って。僕、今ちょっと手が離せないんだ」
「だったら、それをしながらでいい」
星川は、そう言うしかなかった。
今、只野がやっている「それ」は、ゴリラのぬいぐるみとスーパーカーのミニカーによるストップモーションアニメの撮影……のような行為である。正直、何をイメージして撮っているのか全くわからない。
だが、それよりも重大な問題がある。
「只野、お前は動物と意思の疎通ができるのか?」
「えっ? 意思の疎通?」
「そうだ。できるのか?」
「まあ、できるといえばできるけどね」
只野は真顔で答えた。これが、彼以外の人間の言葉であったなら「嘘つけ」の一言で終わりだろう。
だが、星川は彼の行った奇跡を目撃している。そして、只野の答えは彼の仮説を確信へと変えたのだ。
「やっぱりな……なあ、お前のテントの前にいる鳥、なんていう種類だ? 名前はなんて言うんだよ?」
これこそが、星川の頭を悩ませている疑問だった。
只野の住むテントの前を、奇怪な模様の鳥が徘徊している……この事実は、既に全校生徒の知るところとなっていた。
もっとも、皆は事の重大さに気づいていなかった。星川は様々な文献やネットなどで調べてみたが、あんな鳥のデータはない。つまり、新種であるかもしれないのだ。
あの鳥を捕らえ、学会にて発表すれば、星川コンツェルンの歴史に新たな項目が加わることになる。しかも、あの鳥はなかなか賢い。毎朝、ほぼ同じ時間に只野のテントの前で高らかに鳴いているのだ。おそらく、目覚まし時計の役目を果たしているのだろう。
あのサイケデリックな羽の色に加え、非常に高い知能を持っている。上手くいけば、かつてのエリマキトカゲやウーパールーパーなど比較にならないヒット商品になるかもしれない……と、星川は既に計算していた。
そう、星川は根っからの商売人である。高校生にして、既に金の匂いには敏感なのだ。
しかし、只野はそんなことに興味はないらしい。
「えっ? ああ、セイトカイチョウか。新種なのかもしれないね。知らないし興味もないけど」
「興味ないって……お前な、下手すりゃ世紀の大発見なのかもしれないんだぞ」
「だってさ、セイトカイチョウは僕の友達だよ。別に新種だろうが何だろうが、そんなこと関係ないし」
星川の計画に、暗雲が立ちこめてきた。
彼は、只野を説得して新種の鳥を捕まえ、檻に入れて「新種発見!」と大々的に発表するつもりでいたのだ。しかし、肝心の只野が乗ってこない。
普通の人間なら諦めるかもしれないが、星川コンツェルンの息子は簡単に引き下がらないのだ。商売は、トライアンドエラーの繰り返し……これは、父から教わった教訓である。
「な、なあ只野、よく聞いてくれ。俺の親父が代表を務める星川コンツェルンはだな、新種発見ともなれば多額の金を出す用意があるぞ」
「へえ、星川くんちってお金持ちなんだ。凄いね」
凄いね、とは言っている。しかし、口調や表情から見るに、本心から凄いとは思っていなさそうだ。
こいつ、手強いな……と思っていた時だった。不意に、星川の視界の端に奇妙なものが入る。茶色と白の毛に覆われた何かが、教室の壁際を移動しているのだ。
な、何だあれ?
愕然となる星川。あれは、紛れもなくハムスターだ。おそらく、中間テストの時に見たものと同じだろう。
ハムスターは、教室の中を我が物顔で移動している。同級生たちは、誰も気づいていないらしい。
「おい、只野」
星川は、ハムスターから目を離さず只野を呼んだ。しかし、只野は反応しない。どうやら、撮影に夢中のようだ。
苛立った星川は、思わず声を張り上げた。
「只野!」
声を出した瞬間、視線が逸れた。同時に、只野が星川の方を向く。
「ん、何?」
「あれ見ろ!」
叫びながら、星川はハムスターを指さした……はずだったが、ハムスターはいない。確かに壁沿いに移動していたのに、影も形も見えなくなっている。
「う、嘘だろ。そんなはずは……」
呟いた星川に、只野は呑気な表情で話しかける。
「あ、そういえばさ、聞いたんだけど金持ちって税金が大変らしいね。イーデス・マスクが言ってたけど、税金が一兆円くらい取られることもあるって言ってたよ。一兆円なんて、想像もつかない額だね。僕なんか、豆腐一丁買うのも悩んじゃうのにさ」
聞いた星川は、さらに頭が混乱してきた。イーデス・マスクといえば世界的な大富豪である。只野とでは住む世界が違いすぎる。
にもかかわらず、なぜ知り合いのような口調で話しているのだろうか。
「やっぱりさ、星川くんの家も一兆円くらい税金を払ってるの?」
無邪気な顔で聞かれ、星川はハッと我に返る。
「バカ野郎! そんなに払えるか……」
星川は、そこであんぐり口を開けた。例のハムスターが、また出現したのだ。今度は、只野の足元をウロウロしている。
気づいた瞬間、星川は叫ぶ。
「只野! 足だ足!」
「えっ、アシ? アシって何? 人間は考えるアシであるっていうアレ?」
「ちがーう! 足だ足!」
「だから、アシって何のアシ? 僕にアシスタントして欲しいの? とりあえず撮影が終わったらね」
恐ろしいばかりのボケっぷりだ。しかも、その間にもハムスターは足元に留まっている。歯を剥き出し、笑っているような表情だ。捕まえられるものなら捕まえてみろ、と挑発しているかのようにも見える。
さすがの星川もキレそうになっていた。気がつくと拳を握りしめており、体はブルブル震えている。
すると、只野はハッとなった。
「何? もしかして僕のストップモーションアニメの撮影を見て、感動のあまり痺れてるの? もしかして泣いちゃう? いやぁ、そこまで感動されるとは思わなかったなぁ」
その間延びした声を聞き、星川は奥歯をギリリと噛み締める。今すぐ只野を泣かしたいという気持ちが、全身を駆け巡っていた。
しかし、星川は必死で堪える。彼は常々、父から言われていたのだ。暴力で物事を解決するのは最低の人間だ。お前は星川コンツェルンの後継者なのだから、絶対に暴力は振るうな……と。
その父から学んだ帝王学が、彼の体を押し留めていたのだ。代わりに、口から異様なまでに冷静な声が出る。
「俺の体が震えているのは、感動のためじゃない。頭がカーッときてるためだ」
「えっ? なんで頭がカーッときてるの?」
聞かれた瞬間、星川は只野の足元を指さす。
「お前のせいに決まってるだろ! 見ろ! そこにハムスターが……」
彼の言葉はそこで止まった。ハムスターの姿はかき消えており、あるのは只野の足だけだ。そう、彼の視線が怒りゆえに、一瞬ではあるが逸れてしまった。
ハムスターは、その隙を突いて隠れてしまったのだ──
「どうしたの? 星川くん大丈夫? さっきから変だよ。熱でもあるんじゃない? 僕と保健室に行こう」
そう言うと、只野は撮影を中断し立ち上がる。
普段の星川なら「ふざけるな! 俺は星川コンツェルンの後継者だぞ!」と断っていただろう。しかし、今の星川は偏頭痛のような症状に襲われていた。只野の言葉に、素直に頷いた。
「あ、ああ。気のせいか、頭が痛くなってきた。保健室で休んだ方がいいかもしれん」
ふたりは並んで保健室へと歩いていった。その後ろ姿を、気の毒そうに眺めているのは芳賀だ。
「だから、頭で考えちゃ駄目なんだよ。考えるな、感じろ……この精神で向き合わないと、只野くんにはついていけないから」
一方、保健室に行った星川は、ベッドで横になっていた。頭の中では、ハムスターの映像がぐるぐる回っている。
何なんだ、あのハムスターは……。
クソ、いつか俺が謎を解いてやる。
星川コンツェルンの名にかけて。




