シンガーソングライター
幸田尊は、身長が百九十センチ近くあり、体重は百キロである。ただの脂肪太りではなく、筋肉質のいかつい体つきだ。
しかも、顔の方もゴツい。高校一年生だが、かなり老けて見える。まだ十五歳にして、中堅どころの悪役俳優のような顔立ちである。街を歩いていれば、ほとんどの者は避けて通る強面だ。
そんな彼は今、クラスメイトの只野聖斗と鉢合わせしてしまった。
それも、互いにカラオケボックスの部屋から出てきた所をだ──
プロレスラーのごとき体格を誇る幸田だが、実のところ、彼の趣味は作詞と作曲であった。それも、ラブソングが中心である。
片思いの辛さや、会うことのできない切なさを訥々と唄っている時、幸田は何とも言えない幸せな気分になれた。これこそが、本当の自分……そう感じていた。
しかし、それを他人に明かしたことはない。恥ずかしくて、言えるわけがなかった。自分に似合うのは、マイクよりダンベルである。仮に唄うとしても、ハードロックやヒップホップではないのか。
こんなゴツい外見で、しっとりしたラブバラードなど唄えない。人前で唄ったら、その時点で皆の笑いものだ……だからこそ、幸田は人前でオリジナル曲を唄ったことはなかった。
そんな幸田が、唯一唄える場所……それは、ひとりカラオケであった。無論、彼とて友人たちとカラオケに行くこともある。だが、その時は己のキャラに合った荒々しい曲調の歌を選んでいた。
しかし、ひとりカラオケなら誰に気を遣う必要もない。己が作詞作曲した歌を、心ゆくまで唄う……それこそが、彼にとって最高のひとときであった。
ただし、その姿をクラスメイトに見られてはならない。そのため、幸田は学校の寮から離れた場所にあるカラオケボックスで唄うのだ。
今日もまた、幸田はカラオケボックスで唄い続けた。
そして、部屋から出た時だった。全く同じタイミングで、隣の部屋から出てきた者がいた。
何の因果だろうか……それは、一年D組最強の問題児・只野聖斗であった。それも、リーゼントのカツラを被り、腕にヒラヒラの付いた奇妙な服を着ているのだ。
そんな格好の只野は、ノリノリで腰を振りながら出てきた。当然ながら、幸田と鉢合わせになる。
ヤバいと思い、幸田は顔を背ける。しかし、その巨体は隠しようもない。案の定、只野の目が丸くなる。
「あれ? 君は……同じクラスの人じゃなかったっけ?」
百九十センチ近い大柄な体の幸田に向かい、臆することなくグイグイくる只野。
幸田は、知らないふりをして目を逸らす。が、そこでとんでもない言葉が飛んできた。
「思い出した! 君は、確か大豪寺列道くんだよね!」
「何だそれ!? 勝手に恐ろしげな名前つけんな! 俺は幸田尊だ!」
根が正直な幸田は、我慢できず答えてしまった。直後、思わず頭を抱える。
何をやってんだ俺は……。
ここは、別人のふりして通り過ぎようよ。
これで、名前までバレちまった。
絶望的な気分に浸る幸田だったが、さらに奈落の底に突き落とす言葉が発せられた。
「ああ、幸田くんか。隣の部屋から微かに聞こえてきた、しっとりした歌声は君だったんだね。恋愛したことない僕にも、なんか気持ちが理解できちゃったよ」
聞かれてた……。
俺は、もう終わりだ。
明日、俺の株は大暴落する。
クラス内で、俺は最下層の男になってしまう。
口を開け唖然となる幸田に、只野はリーゼントのカツラ姿で笑った。
「僕はこれから、ひとり麻雀しなきゃいけないんだ。というわけで、また明日」
「ちょっと待て。ひとり麻雀て何だ? ゲーセンの脱衣麻雀か?」
なぜか、そんな問いが口から出ていた。すると、只野は首を横に振る。
「違う違う。テントの中で、ひとりで四人分打つんだよ。もう、忙しくて大変なんだよね。頭も四人分使うし」
「は、はあ?」
「しかもさ、今日の相手は、ブルース只野とチャック只野とジャンクロード只野なんだよ。負けたら、飛び蹴りが飛んできそうで怖いんだよね。てなわけで、また明日」
そう言うと、只野は去って行った。時おり、腰をクイッと捻りつつ歩いている。
一方、幸田は唖然となって見ていた。
ひとり麻雀て何だよ?
何が楽しいんだ?
負けたら飛び蹴りって、誰が誰にやるんだ?
ブルース只野は「アチョー!」とか言いながら牌を切るのか?
様々な疑問が湧いてきた。本来、幸田が悩まなくてはならない問題は別にあるはずなのに、すっかり頭から吹き飛んでいた。
しかし、翌日になれば当然ながら問題を思い出す。
幸田は早めに登校し、真っ直ぐ只野のテントへと向かった。だが、途端に仰天する。
ニワトリに似た大きめの鳥が、只野のテントの前をうろついているのだ。テントと似たようなケバケバしい色の羽の色。猛禽類のような恐ろしき目つき。歩く姿は機械のように規則正しく、門番のようである。
な、何だこの奇怪な鳥は?
百九十センチで百キロの堂々たる体躯を誇る幸田も、こんな未確認生物は怖い。どうしたものかと考えていると、鳥が突然空を見上げた。
そのクチバシから、恐ろしい声が放たれる──
「カイチョオー!」
直後、鳥はバサバサと翼を動かし飛び上がる。あっという間に、空の彼方へと消えていった。
「飛べるのか、あいつは……」
呆然となっている幸田だったが、直後にテントの入口から只野が出てきた。寝癖だらけの頭をポリポリ掻きながら、眠そうな顔で辺りを見回す。
幸田はすぐさま動いた。只野に近づき襟首をつかむ。
「おい只野、昨日のことは言うんじゃねえぞ」
低い声で凄んだが、当の只野はキョトンとしている。
「や、やあゴーダくん」
「ゴーダじゃねえ! 幸田だ! いいか、昨日は……」
幸田の言葉は、そこで止まった。
まだ早い時間帯にもかかわらず、登校してくる木杉の姿が見えたからだ。しかも、隣には星川と芳賀もいる。
「な、何だあいつら……只野、昼休みに屋上まで来いよ。いいな!」
そう言うと、幸田は逃げるように去って行った。
一方、木杉は眠そうな顔の只野に近づき声をかける。
「只野、そろそろ登校の用意しとけ。飯は食ったか?」
「いや、これからだよ」
「ところでさ、幸田くんが怖い顔してたけど、何かあったの?」
芳賀が心配そうに尋ねたが、只野は首を傾げるだけだった。
「さあ、全くわからない」
そして昼休み、言われた通り只野は屋上に行った。
幸田は、思いつめた表情で待っていた。只野の到着を見るや、肩をいからせ歩いていく。
「よく聞け、昨日のことは誰にも言うなよ。いいな?」
顔を近づけ、小さな声で念を押した。しかし、只野は困った顔だ。
「昨日のことって?」
「そ、それは……カラオケボックスのことだよ。お前、聞こえてたんだろ?」
「うん、聞こえてた。片思いの切なさとか、強い娘になりたいとか、そんな歌詞だったよね」
「い、言わなくていい。お前、誰かに喋ったか?」
「いや、喋ってないよ」
「そうか。誰にも言うな。わかったな?」
「へっ? なんで?」
真顔で言われ、幸田は顔をしかめた。
「はあ? それくらいわかんだろ。俺のキャラで、あんな歌を唄うなんておかしいだろうが」
「キャラ? キャラって何?」
これまた真顔だ。幸田は、戸惑いつつも答える。
「だから、俺みたいなゴツい男が、女の子の初恋とか、片思いの歌とか唄ってたらおかしいだろうが!」
「えっ、そうなの? それは流行りなの?」
「は、流行りぃ?」
「僕は流行りとか疎くて知らないんだけどさ、ゴツい男が初恋の歌を唄うのがおかしいってのが今の流行りなの?」
「いや、流行りとかでは……」
「まあ、いいや。とにかく誰にも言わなきゃいいんだよね。そろそろ戻って、頼まれた小説を書き下ろさないといけないから失礼するよ」
「しょ、小説? どんな小説だよ?」
「江戸川乱歩が自分の小説に脱字を発見し、出版社に殴り込みをかけるアクションラノベ。タイトルは『乱歩! 怒りの脱字!』だよ」
「え……誰に頼まれたんだ?」
「もちろん、僕が僕に頼んだんだよ」




