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只野聖斗は世界を改造する  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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ソロキャンプ

「おいおい、本当かよ……」


 木杉は思わず呟いていた。

 朝、彼が寮から登校すると、校庭の隅に人だかりができていたのだ。何かと思い、近づいてみる。だが、途端にびっくり返りそうになった。

 隅には、テントが張られていたのだ。それも、やたらと多くの色が塗りたくられたサイケデリックなものである。

 そのテントのそばで、のんびりとラーメンをすすっているのは只野であった。ガスコンロと小さな鍋が置かれており、只野は鍋から直接麺を食べている。


「コラ只野、これはどういうわけだ?」


 玉川が、体を震わせ尋ねた。言うまでもないことだが、震えているのは頭がカーッときているためである。

 他の教師たちも、只野を睨みつけていた。このセント・エルモ学園の歴史において、ここまでふざけた真似をした生徒は彼が初めてである。


「えっ、何ってキャンプですよ。なにせ、僕は寮を追い出されちゃいましたからね。仕方ないから、校庭で暮らすことにしました」


 只野は、ラーメンを食べながら答えた。玉川らの視線にも怯む様子はない。


「お前、こんなことをしていいと思っているのか? なあ? なあ?」


 今度は綾部が凄む。しかし、只野はすました顔だ。


「だって、校則に校庭でキャンプをしてはいけない、とは書いてないですよ。だから、校庭に住むことにしました」


「いいか、そんなことは校則以前の常識だろうが。常識ってもんがないのか? どこの世界に、学校の校庭に住み着く生徒がいるんだ? 言ってみろ? なあ? なあ?」


 ネチネチと責め立てる綾部だが、只野は即答する。


「はあ、ここにいますが何か?」


「何か、だと!? もう許さん! お前のそのふざけた性根を叩き直してやる!」


 喚きながら、飛びかかろうとしたのは玉川だ。しかし、他の教師たちに取り押さえられた。さすがに、暴力はマズいのだ。

 直後、Cクラスの担任である徳原が口を開く。


「こんなバカに時間を割いても仕方ない。こうなったら、学園長の口から直接言っていただくとしましょう」


 そう言うと、他の教師たちも納得したらしい。渋々ながらも、校舎へと入っていく。

 そこで木杉がそっと声をかけた。


「なあ只野、ラーメン食ってる場合じゃないぞ。着替えないと遅刻だ」


「えっ、本当? じゃ、すぐに食べちゃうよ」


 直後、急いで麺をすすっていく。木杉は、ただただ苦笑する以外なかった。




 木杉の手助けもあり、どうにか着替えを終えて登校した只野。もっとも、頭は寝癖だらけである。しかも、制服はしわくちゃだ。

 見かねた木杉は、頭を抱えつつもアドバイスする。


「只野、キャンプはいいけどな、制服を置く場所は考えた方がいいぞ。あの狭いテントじゃ、下手すると畳んだ制服の上で寝てたりするかもしれないからな」


「うーん、それもそうだね。どこに置けばいいかな……」


 只野が首を傾げ考えていると、玉川が入ってきた。明らかに不満そうな顔つきである。

 こうなっては仕方ないので、木杉は席に戻った。玉川は出席を取った後、皆の顔を見回す。


「いいか、ひとつ覚えておけ。世の中にルールがある理由、それは諸君らを守るためだ。世の中のルール……つまり法律を守らない奴は、警察に逮捕され不利益を被ることになる」


 そこで、玉川の目はひとりの生徒をロックオンする。言うまでもなく只野だ。


「このセント・エルモ学園は、他校に比べ校則の項目が極めて少ない。それはなぜか? 諸君らの自主性を尊重しているからだ。ここに入れる生徒なら、いちいち校則で決めずともわかるだろう……そう思い、敢えて決めていないこともある」


 玉川の声が熱を帯びてきた。身振り手振りも大きくなっていく。

 しかし、只野は全く見ていなかった。あらぬ方向を向きながら、何事かを考えこんでいる。時おり、ブツブツ呟いていた。

 木杉は、時おりチラッと彼を見る。何を呟いているのか聞きたい。しかし、彼の席では聞こえない。


 クソ、聞こえねえよ。

 あいつ、何を言ってんだろ。

 芳賀なら、聞こえてんのかな。


 一方、星川もまた玉川のことなど見ていなかった。彼が見ているのは、とある人物だ。言うまでもなく只野である。

 そう、星川の体は只野の毒に侵されてしまっていたのだ。


 只野の体は、どうなっているんだ?

 あのハムスター、どこから出てきた?

 ひょっとして、あいつの細胞が分裂しハムスターになったのか?

 この仮説が正しければ、只野はハムスターを無限に生み出せることになるぞ。


 そして芳賀はというと……彼女もまた、玉川のセリフなど聞いていなかった。ひたすら耳をすませ、只野の声を聞き取ろうとしていたのだ。

 只野の口から「なぜだ?」「なぜなんですか?」という声が微かに聞こえる。どうやら、何か謎を解こうとしているらしい。


 只野くん、どうしたの?

 ソロキャンプ中、何かを発見してしまったの?

 何が君をそんなに悩ませているの?


 芳賀がそんなことを考えている間にも、玉川の語りは続いている。


「よく聞け。法律とは、基本的に低レベルな者たち向けに作られている。盗んではならない、殺してはならない……こんなことは、本来なら法で決めるまでもない。まともな知能のある者ならば、言われるまでもなく守るものだ」


 そこで、玉川の表情が変わる。


「しかーし! 世の中には、そんなことすらわからん大バカ者がいる! 校庭でキャンプをしてはならない……そんなことすら、説明せねばわからんバカがいるのだ!」


 直後、玉川は只野を睨みつけた。しかし、只野は彼のことなど見てはいない。眉間に皺を寄せ、別の方向を見ている。

 玉川は奥歯を噛み締めつつ、生徒たちを見回した。


「そのようなバカが、このセント・エルモ学園にいてはならない! 絶対に排除しなくてはならないのだあぁ! 俺は誓う! 腐ったミカンを捨て去ってやるとな!」


 叫んだところでチャイムが鳴った。玉川は再び只野を睨みつけ、教室を出ていく。

 入れ替わるように、一時間目の授業が始まった。




 一時間目が終わると、木杉は只野の席に行った。只野は、相変わらずブツブツ言っている。

 

「おい只野、キャンプの許可は取れたのか?」


 聞いたところ、只野の口から意外な言葉が飛び出した。


「へっ? いや知らない」


「知らないだと!? お前、大丈夫なのか!?」


「んー、たぶん大丈夫じゃない? だいたい、今はそれどころじゃないんだよ」


「それどころじゃないって、何に頭を悩ませてんだよ?」


 実のところ、それこそが木杉の聞きたいことであった。芳賀も耳を傾けており、星川もそれとなく近づいて聞き耳を立てている。


「何って……昨日知ったんだけど、ドストエフスキーとツルゲーネフって喧嘩してたらしいんだよ」


「は、はあ? 何だそれ? お前の今の生活と何の関係があるんだ?」


「いやさ、喧嘩の原因は何なのかと思ったら、夜もろくに眠れなかったんだよ。やっぱりアレかな? 方向性の違いとか、そんなのかな?」


「いや、それじゃバンドの解散理由だよ……ま、まあ、仮にも文豪同士だからな、方向性の違いとかあるかもしれねえけど」


「あとさ、どんな技使ったのかな?」


「はあ? 技ぁ?」 


「だってさ、文豪の喧嘩だよ。打撃とか寝技とか……いや、ひょっとしたら凶器攻撃もあったかもしれないね。ペンで刺して額から流血させたり、インクぶっかけて目潰ししたりとかさ」


 その時、木杉の脳裏に映像が浮かぶ。ツルゲーネフをヘッドロックし、ペンで額を突き刺すドストエフスキー。

 流血しながらも、バックドロップでドストエフスキーを投げるツルゲーネフ。


「何て恐ろしい闘いなんだ……って、んなこと考えてる場合じゃねえだろうが! 少しは先のことを心配しろ!」






 

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